黒猫ルルにゃん11


 すっかり体調も回復して、いつものようにルルーシュはスザクの帰りを待ちながら夕食の準備をしている。
結構長い事、猫の姿のままで、何も出来なかった事に、かなりのストレスが溜まっていたらしく、体力が完全に回復したと判断した途端に、スザクが止めるのも聞かず、あの、スーパーのおばちゃんたちとの戦いに出向いている。
―――まぁ…僕も悪かったんだけど…
ルルーシュが猫の姿で家事の一切を出来なかった時、とにかく…散財したのだ。
スザクとしては…ルルーシュが来る前の生活とあまり変わらない…つもりだったのだが…
それでも、ルルーシュの作る食事で舌が肥えてしまい…コンビニ弁当では自分の腹を満たす事が出来なくなり…まぁ、色々と苦労した訳なのだが…
流石にルルーシュを放っておいて外食…と云う気にもなれず、とりあえず、スザクでも作れそうなメニューを選んで材料を買って来たのだが…
例えば…小・中学校の時、家庭科の調理実習で作ったものなら…と、その頃の家庭科の教科書を引っ張り出し(←意外と物持ちがいいらしい。ちなみに和泉綾も小・中・高の家庭科の教科書、『実家』に残っています)…それを見ながら色々と作ってはいたのだが…
その程度のものなら、うまい、まずいは別にしても、とりあえず、口にして口の中が『スクランブルアラート』が響き渡るような物にはなっていない。
ただ…買い物の仕方に色々と問題があった…
まぁ、スザクは軍人で、ルルーシュの様に、昼間、買い物に出ると云う事は基本的には無理だ。
で、そんなタイムサービス時間帯に買い物なんてできる訳がなく…
それでも、ルルーシュの具合が悪いと云うことで、いつもみたいに、無茶振りな残業をさせないだけ、あのロイドの性格を考えた時には…まだ、良心的だ。
本当なら、貯まりに貯まっている有給休暇を使って、ルルーシュが、せめて『人間』の姿に戻れるようになるまでは四六時中一緒に着いていてやりたかったし、どうせなら、ルル種のこだわっているタイムサービスなるものも一度くらい経験しておきたかった。
で、そんな状態だったから…ルルーシュが全ての家事をしていた時と比べて、かなりの出費が増えたと云うわけだ…
その時のレシートと、ルルーシュが預かっていたお金の入った財布の中身を見て…ルルーシュはすっかり青ざめた。
まぁ、そこまでの反応を見せられるとは思わなかったから…スザクも、その後の事は嫌な予感はしていたのだが…
それでも…
―――ここまでやるかなぁ…
と、とにかく、節約!節約!な、生活となった。
これは既に、ルルーシュの趣味の域に入るのではないかと思われるほど…
青ざめた割には、現在のルルーシュの表情は…なんだか楽しそうだ…
『これだから…スザクには…任せられない…』
などと云いながら…
そのセリフを口にするときも…とにかく、嬉しそうと云うか、楽しそうと云うか…
なんだか…凄く張り切っているのは…良く解る…
最近、家の中の事はルルーシュに殆ど任せている状態で…
スザクもいつの間にかお小遣い制となっていた。

 まぁ、ルルーシュが回復後、スザクのお小遣いが減らされていると云う事はない。
それは、スザクは仕事をしているのだから、色々と職場での付き合いというものがある事を知ったルルーシュは、スザクには月に大体いくら使っているか尋ねた時に聞いた金額をそのまま渡す様になった。
そして、ルルーシュが普段の食材の材料費から、生活に必要な電気光熱費についてまで、管理するようになった。
そうしたら…
『スザク!顔を洗う時、水出しっぱなしはダメだ!』
とか、
『廊下の電気は消せ!』
とか…
一番困ったのは…
『この間、テレビで見た時に気づかされたんだけど…風呂…一緒に入れば節約になるって…。湯船に入れるお湯も少なくていいし、別々に入るより電気代が少ないって!このマンションのお風呂…大きいから…一緒に入ろう!』
などと言い出した時だ…
ルルーシュは多分、何の他意もなく云っているのは解る…
しかし…スザクとしては…
自分の中に色々と複雑な感情を抱えたまま、ルルーシュの全裸を正視できる自信はないし…冷静な態度でいられる自身もない。
と云うか…スザク自身、もっとルルーシュに対して自分の気持ちをアピールするべきなのだろうか…と真剣に悩む。
―――まぁ…ルルーシュが病気で、家事とか出来なかったからなんだけど…
スザクとしては、皇子様であると聞いているのに、なんで、これほどまでに貯金を好むのだろうか…
そんな思いもある。
とにかくここ最近のルルーシュの節約は…輪がかかっている。
ルルーシュと出会う前はそんな事を考えた事もなかったのだが…
それでも、ルルーシュに色々指摘されて、気を付けるようになっていたが…
そして…給料日前日、ルルーシュが給料の振込やら、公共料金の引き落としなどに使っている通帳の残高をスザクに嬉しそうに見せる。
『ほら!スザク!ちゃんと、スザクが俺の為に使っちゃった分、少しずつだけど、取り戻しているぞ!』
そのセリフに…少しだけ感心するのと同時に…『僕の給料じゃ…そんなに不安なのかなぁ…』と云う思いがスザクの中に過って行く。
恐らく、ルルーシュの中にそんな気持ちは微塵もないと思われるが…
ただ…流石に『一緒にお風呂』だけは…スザクの精神衛生上、そして、ルルーシュの身の安全の為にも避けようと必死だった。
だから、出来るだけ、職場のシャワーで汗を流して帰って来る事が増えたが…
それでも、夜の空気がかなり冷たくなってきた昨今、それもしんどくなってきているのだ。
出来れば…家でお風呂に入りたいとは思うのだが…
―――あの、ルルコン兄貴に知られたら何を云われるんだか…
そんな事を思うのだが…
しかし、いつまでも家でお風呂に入れない日が続くのは困る…
冬、寒い中帰って来た時には、やっぱり、お湯に浸かって温まりたい…
それでも、ルルーシュに云われた通り、『一緒にお風呂』と云う事になってしまったら、確実に、『お風呂で身体を温める』ではなく、『ルルーシュで身体を温める』事になってしまう…
最初に数回はきっと頑張るだけ頑張って我慢するだろうが、そんなもの、長続きはしない。

 今日も仕事を終えて、帰ってくると…ルルーシュはいつものように夕食の準備を終えて、節約雑誌を読んでいた。
しかも…ルルーシュが家事を出来なかった間の財布を見て、青褪めてすぐに買った時の…結構古くなってしまっている節約雑誌だ。
「ただいま…ルルーシュ…」
スザクのその声に、ルルーシュがぱっと雑誌から目を離してスザクを見る。
「おかえり!スザク…」
ルルーシュが嬉しそうにスザクの方へと駆け寄ってくる。
そして…ここ最近、毎日恒例となった一言が飛んでくる…
「スザク!今日こそ一緒に風呂入るぞ!今日も夜は冷えているからな…。職場のシャワーだけでは辛いだろ?」
スザクは、そのセリフに…『勘弁して下さい…』と云う気持ちになるのだが…
しかし、ルルーシュは純粋に『節約』に情熱を捧げているのだから、怒る事も出来ない。
「あ、あの…ルルーシュ…僕は…」
「ダメだ!スザク!きっと…二人で入ったら楽しいぞ!」
ルルーシュが相変わらず邪気のない顔でそんな風に訴えて来るから…
きっと、この現場を見たら、シュナイゼルは烈火のごとく怒るだろうし、ここで頷いたら、そのまま八つ裂きにされそうだ。
スザクの気持ちを知らないし、人間のお年頃の男の子の生理現象がもしかしたら解らないのかもしれない…と思うのだが…
それでも、毎日これは…スザクの方も辛い。
いっそ、自分の気持ちを伝えてしまえれば…と思う。
一応、ルルーシュとある『契約』とやらをすればルルーシュが猫になった状態でも話せるし、と云うか、『契約』の内容を知らないので、その先の事がよく解らない。
ただ、ロイドが結構意味深な事を云っていた。
まぁ、あの時の言葉を総合すると、『一生、ルルーシュの為に生きる』と云う感じの意味に聞こえたが…
ルルーシュの事を好きであれば大丈夫みたいな風だったし…
―――いっそ、『契約』とか云う奴の内容を教えて貰って、『契約』した方がいいのかなぁ…。まぁ、ロイドさんの口ぶりから…なんとなくどう云う内容かは解るんだけど…
でも、それがスザクの勘違いだった時には大笑いだし、スザク的には笑えない冗談ではすまされない。
「ルルーシュ…もし、猫の姿になるなら…一緒に入っても…」
「ダメだ!猫の姿じゃ、お風呂のお湯のかさが足りない!この姿で入るぞ!」
とんでもない事になっているスザクは、様々な煩悩と理性とのはざまで全力で戦っている状態だ。
―――くっそ…どの番組だ!ルルーシュに余計な事を吹き込んだ番組は…。
まぁ、今更そんな事を云っていても仕方ないのだが…
とにかく、スザクは一生懸命戦っていた…
自分の煩悩と…
それは、それは…そう云ったことで自分自身と戦った事のある者であれば、誰もが理解してくれるであろう…苦悩を抱きながら…
そんなスザクの姿を見ながら…ルルーシュが…
「スザクは…俺が…嫌いなのか…?」
突然しょんぼりスイッチの入ったルルーシュが俯いて、少し、肩を震わせてスザクに尋ねてきた。
この姿に…スザクの顔は真っ赤になってしまう…

 しかし、ルルーシュの方は至って本気らしく…下を向いて震えたままスザクの方を見ない。
そんなルルーシュを見て『萌え♪』ている場合ではないと思い直して、スザクはルルーシュに対して色々と事情があるのだと…説明するが…
「でも…スザクは…最近、俺に触る事もしない…。何かに書いてあったぞ…。人間は、自分の嫌いな人間を『黴菌扱い』して触れようとしないって…」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらルルーシュがそんな事を云い始める。
―――一体何を読んだんだ?と云うか、そんな小学生のいじめみたいな…
「だから…スザクは…俺の事…嫌いになったのか?ひょっとして…俺、具合悪くなっちゃって、スザクに一杯迷惑かけたから…だから…」
どこからそんな情報を得たのかは知らないが…
と云うか、今はそれどころではない。
「ちょっと…ルルーシュ…。一体何を読んだのかは知らないけれど…僕がルルーシュを嫌いになる訳ないじゃないか…。あ、でも、ルルーシュに触れなくなっちゃったのには…色々訳があって…」
スザクが慌てて言い訳を始めるのだが…
こう云う時、ルルーシュの頭の回転の速さを呪いたくなる。
「だから…俺が嫌いになったから…なんだろ?ごめん…気付かなくって…。もう…迷惑かけないよ…。俺…ロイドのとこに行く…。それで…大変だけど…シュナイゼル異母兄さまと…」
ルルーシュがそこまで云い掛けると流石にスザクも慌ててしまう。
「ちょ…ちょっと待って…。嫌いじゃないって!さっきから云っているじゃないか!だからね…人間の男には…色々事情が…」
ルルーシュはそんな余計な知識ばかり仕入れて来るのに、人間の男の生理現象を書いた資料を目にする事がないのは何故なのだろうかと真剣に悩む。
「だから…その事情が…」
ルルーシュとこんな風に話をしていると、本当に堂々巡りになっている事に気づいた。
どうしたら、回避できるのだろうか…
ルルーシュ自身は、スザクに対してある程度の好意を抱いてくれている様には見えるのだが…
でも、どんな感情であるのか…なんて、さっぱり解らないし…
告白して…そこまで受け入れて貰えるのか…それ以前にどんな解釈をするのかが解らない。
告白を受け入れて貰える、貰えない以前に、こんな調子のルルーシュに対して、『好きだ』と云って、どんな解釈されるのだか…
頭の中に思い浮かぶ、悪魔の尻尾と耳を持った『シュナイゼル』が『ケケケ…』と嘲笑っている。
しかし、いつまでも二の足を踏んでいては…
「あ…あのね…ルルーシュ…。僕はルルーシュの事が大好きなの…。本当に…ルルーシュの全部を僕のものにしたいくらい…。でも…本当に無理矢理ルルーシュを僕のものにしちゃったら、ルルーシュ…きっと辛い思いをするから…。でもね、僕も頑張っているんだけど…やっぱり、ルルーシュに触れたり、お風呂に入っちゃったりするとね…その…なんと云うか…どう云えばいいのかよく解らないんだけど…」
スザクが必死になってルルーシュに説明しているのだが…
どこまで理解して貰えるのかは…スザク自身、相当不安であるが…

 そこまでスザクが云って…暫くの間、沈黙が続いた。
今度はスザクの方が下を向いてしまっている。
スザクの中では『あ〜あ…やっちゃったよ…』と云う思いだろう。
ルルーシュに早く何かを云って欲しいのだが、スザク自身、ちゃんと話にピリオドを打ってから話をやめていない状態で、ルルーシュにそれを求めるのはちょっと違うような気もする。
そんなスザクに…ルルーシュがやっと顔を上げた…
「スザク…俺に触れたり、俺と一緒にお風呂に入ったりすると、どうなるんだ?」
ルルーシュがその一言を口にして…スザクは…倒れそうになる…
―――ルルーシュって…天然なの?本当に知らないの?解らないの?
そんな思いがスザクの中でぐるぐる回っている。
そう云えば…猫の発情期って春だったなぁ…などと、うっかり思ってしまった自分がいる。
そして…本当に不思議そうな顔をしているルルーシュを見て…確信した…
―――全部だ…。ルルーシュは天然で、本当に知らなくて、解らないんだ…
そう思った途端に全身から力が抜けてしまい、その場にへなへなとへたり込んでしまう。
―――自分以外の誰かのボケに…脱力するって…本当にあるんだな…。ルルーシュの場合、大真面目にナチュラルだけど…
こんなルルーシュは可愛いと思うし、抱きしめてしまいたいと思うのだが…
しかし…それをやったが最後…恐らく、スザクの中にわずかに残された最後の理性が吹っ飛ぶ事は確実だと…スザクは自分の中で思う。
そして…どうしたら、自分の思いが報われるのだろうかと…必死に考える。
「なぁ…スザク…こないだ、ロイドからちょっと聞いたけど…スザク…俺と『契約』したいんだって?」
またも、ルルーシュの爆弾発言に…気を失いたくなった…
「ロイドさん…そんな事ルルーシュに話したの???」
今度はスザクの方が泣きそうだ。
確かに、順番すっ飛ばして、ロイドたちにそんな事を云っちゃっているスザクもスザクだったが…
それにしても、喋ってしまっているロイドもロイドだ。
「ああ…。いいぞ…スザクなら…『契約』しても…。と云うか…俺、スザクと『契約』したい!」
ルルーシュの言葉にスザクは『へ?』と脱力状態のまま顔を上げて、ルルーシュを見た。
「スザク…俺…スザクと『契約』したい!」
その言葉にスザクは驚く。
「あ…あの…僕もその『契約』って結ぶと君が『人の言葉』を喋れない時でも君の言っている事が解る…ってことくらいしか知らないんだけど…」
「あ、そうなのか…。えっと…確か…人間で云うところの…『結婚』と云う奴だ…。ただ、人間の『結婚』と違って、その『契約』は絶対で、二人が死んだ後も、『あの世』とやらまで続く…」
その後にルルーシュは『俺は『あの世』なんて信じていないけどな…』と続けた。
スザクの予想通りだった…
と云うか、それよりも深いものだった…
ロイドが『よく考えろ』と云った理由が…なんとなく解った。 スザクは…ルルーシュその言葉に…完全にフリーズしていた…

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