現在、生徒会室の空気は…現在の雨降りの空のようにどんよりと淀んでいる。
「か…会長…」
リヴァルが恐る恐る、生徒会長のミレイに声をかける。
どうやら、このどんよりした空気に耐えられなくなったらしい…
ミレイも流石にこの空気の重さを考えると…放っておくわけにもいかない状態だと判断するのだが…
「なぁに?リヴァル…」
ミレイも出来る事なら、『触らぬ魔神に祟りなし…』と、『触らぬ枢木に祟りなし』に徹したいらしい。(枢木スザクの場合、本人が祟りを起こす張本人として見ているらしい)
「ミレイちゃん…あの魔神さまと…スザク…どうしちゃったの?」
ニーナもこの空気に耐えられないのか…少し震えながら尋ねて来る。
「あの二人…何が原因で喧嘩しちゃったの…?」
カレンがこそこそとシャーリーに尋ねる。
「なんか…スザク君…また、ユーフェミアさまにかまけていたんだって…」
シャーリーが呆れかえったように答えた。
彼らはルルーシュの異母妹であるユーフェミアのルルーシュに対する執着ぶりを知っている。
そして、ルルーシュとスザクが恋人同士と知った途端に、(ほぼ職権乱用に近い状態で)力ずくでスザクを自分の騎士にしてしまった。
で、ルルーシュは、スザクがユーフェミアのいう事に逆らえない事を解ってはいるのだが…納得出来ず、エボつって(いじけて)しまったのだ…
で、現在、冷戦中…と云うか、一方的にルルーシュがエボつって(いじけて)シカぽん(シカト)こいていると云う訳なのだが…
こういう状態は…単純にユーフェミアを喜ばせるだけ…とも思えるのだが…それでも、ルルーシュ自身、完全にエボつり(いじけ)モードに入っちゃっているので、誰にも手が付けられない…
現在、アッシュフォード学園高等部生徒会室には…魔神が降臨しているのだ…
しかも、絶対零度のオーラを身に纏い、半径1メートル誰も寄せ付けないATフィールドが張り巡らされている。
そして…スザクはスザクで…現在の冷戦状態のルルーシュからある一定の距離を置いて、鎮座している。
そして、こいつからも、更なる絶対百度のオーラが出ている。
それこそ、こいつらが二人、うまく噛み合っていれば、この生徒会室の中は適温に保たれるのではないかと思われるほど…
現在、生徒会室の気温は、ミレイ達が避難しているミニキッチン以外は、絶対零度と絶対百度の2つのエリアに分けられている。
恐らく、彼らがこの部屋を去らない限り、この生徒会室は二つのエリアに分断される事になる…
と云うか、
「ねぇ…私たち、あいつらが帰らないとこの生徒会室から出られないのかしら?」
カレンの口から、凄く平凡な…でも、相当重要な疑問が出てきた。
そして…避難しているメンツの誰もが…
「……」
沈黙するしかなかった…
このミニキッチンから、出入り口まで…約5メートル…
しかし…地球から太陽までの距離よりはるかに長く感じる5メートル…
全員、溜息を吐く事しか出来なかった…
―――頼むから…こんな時ばっかり二人して真面目に生徒会の仕事に取り組むのはやめてくれぇぇぇぇぇ~~~~~
彼らの…切実なる心の叫びであった…
その次の日曜日…
3日ぶりに雨が止んだ…
ルルーシュは窓の外を見て…ふっと思い立つ…
「そうだ…街へ出よう…」
そんな事を一言呟いて、着替え始める。
普段の日曜日なら基本的に外に出ようと思う事など殆どないのだが…
ルルーシュの通うアッシュフォード学園は少し郊外にあり、街に出るには電車に乗って逝く事になる。
ちなみにルルーシュは仮にも皇子様なので、アッシュフォード学園のクラブハウスで特別室が用意されてそこで普段、生活している。
きっと、普段なら、スザクが一緒に行くと騒いで、そして…ルルーシュがそのスザクのしつこさに負けて、一緒に出て行く事になるのだが…
でも…今日はそんなうるさい人懐っこい飼い犬もいない…
と云うか、その飼い犬は、ルルーシュよりも、その飼い犬を横取りした現在の飼い主の方がいいらしい…
「べ…別に…俺は寂しくなんてないぞ…。そうだ!これから街に出て、新しい飼い犬を探すんだ!」
そんな事を心に決めてはみるものの…涙ぐみそうになっているのがよく解る。
―――泣くな!俺!男の子だろ!
とまぁ、見る人が見たら、悶え死にそうな事を考えているが…
本人にその姿が、他人の目にどんなふうに映っているのかとか、一切考えた事がない。
つまり、無自覚なのだ…
「そう!俺の事だけを考えて、俺の傍にいて、俺の言う事を聞いてくれる…そんな…」
ここまで云って、更に落ち込む。
そもそも、こんな女々しい奴に懐く犬なんているのかどうか…
そんな事を考えていると、今度は悔し涙まで出て来る…
なんだか不条理すら感じるのだ。
―――俺ばっかりスザクを…。なんで俺が…こんな…
ある意味勘違いがあるのだが…この辺りは、ユーフェミアの巧妙さがうかがえる。
元々、ルルーシュとユーフェミアはとても仲のいい異母兄妹で…ルルーシュもユーフェミアが大好きだったし、ユーフェミアもルルーシュが大好きで…仲が良かった。
その仲のいいユーフェミアがルルーシュの恋人であるスザクを強引に自分の騎士にしてしまい…スザクは騎士となってからルルーシュといる時間が極端に減ったのだ。
クラブハウスを出て、駅へ向かう道も…スザクと一緒ならあっという間の道のりだと云うのに…今日は…雨上がりでまだ濡れている道路が非常に長く感じる。
空には太陽が光を投げかけてくれているのだが…
ルルーシュの周囲にはそんな太陽の光が届いていないみたいに感じる。
電車に乗り込んで…ぼぉっと窓を眺めていると…自分の顔が映る。
―――なんか…すっごい不細工な奴が…窓に映っている…
自分の姿を見てそんな風に思う。
本人はそんな風に思っているのだが…周囲としては、なんだか憂いのある少年が電車の窓の外を眺めているように見えるのだが…
そして、何とか見つからないようにルルーシュの後を付けている人物も…うっかりそんなルルーシュの姿に見とれていたのだが…
しかし、ルルーシュの姿に見とれている場合じゃなく、今日、ルルーシュが出かけるらしいと云う情報をくれた生徒会メンバーたちの協力によって、こうしてルルーシュの後をついて来ているのだから…何とか仲直りするきっかけが欲しい…
でも、どうしたらいいか解らないまま…時間だけが過ぎて行った…
やがて、目的の駅に着く…
ルルーシュは特に目的もなく歩き出す…
―――いつもなら…何を考えるまでもなく…考える必要もなく、適当に歩いているだけで楽しかったのに…
なんとなく出て来てみたはいいけれど、何も考えずに出てきてしまった事を今更ながら後悔する。
周囲には、親子で、友達同士で、恋人同士で…楽しそうに歩いている人たちしかいないように見える。
なんだか…自分だけが一人でいる様な…そんな気になってくる。
そんな中、ふと声をかけられた…
「君…一人?」
男の声だ…
時々…一人で歩いていると男女問わず声をかけられる。
正直、女はまだ、百歩譲って許せても、男は解せない。
「何か用か?」
ルルーシュが声をかけて来た男を睨みつけて、出来るだけ低い声で返事する。
この時、相手の反応は2パターンだ…
『げっ!男かよ…』
と云って、逃げて行く奴と、
『へぇ…こんなに美人なら男でもいいよ…俺…』
と、笑顔で話しかけて来る奴と…
今回はどっちのタイプなのだろうかと…ルルーシュは考えつつも、この軽い感じが自分の飼い犬にするのはごめんだと思う。
「あっれぇ?男の子だったのかぁ…。女の子かと思った…ごめんね?」
そんな相手のノリに…少しだけ面食らう。
こんな風に、『女』と間違えて謝って来たのはこいつが初めてだったからだ…
「お詫びにお茶でも奢るよ…。俺、ジノ…。君は?」
テンポの速いこの相手のペースに乗せられている気がした…
「ルルーシュ…」
その男のペースに乗せられて、自分の名前だけ答えた。
「へぇ…綺麗な名前だな…。俺、ちょっといい店知っているんだ…行こうぜ?」
「あ…しかし…」
流石にこの勢いに乗せられてついて行くのは危ないと感じたのか…ルルーシュは躊躇した。
そんな様子に気がついたのか…ジノと名乗った男が、ルルーシュに何かをルルーシュの目の前に突き出した。
よく見ると…
「これ…ナイトオブラウンズの…」
ルルーシュが思わずそれを見て口にする。
ナイトオブラウンズ…父であるシャルル=ジ=ブリタニアの12騎士の一人…の証し…
「へぇ…よく知ってるね…。身元はばっちりだから…。それに、俺、人攫いとかしないし、俺の立場でそんな事出来ないし…」
ジノの言葉を聞いて、ルルーシュは『こんなところで一般人をナンパしているのはいいのか?』と、尋ねたくなるが…その辺は黙っておいた。
とりあえず、自分の飼い犬に出来なくても、今日一日くらい暇つぶしになりそうだ…そんな感覚だ…
「そんなラウンズサマなら…俺なんか相手にしなくても退屈しのぎくらい…いるだろうに…」
思わず、憎まれ口を叩いてしまう。
ルルーシュがラウンズに対して一々ヘコヘコする必要はない。
ただ…今は、自分の素姓を隠しているから、そう云う訳にも行かないが…
「ラウンズだって人間…。たまには羽を伸ばしたくって…でも、同僚はみんな任務に行っちゃって一人で詰まらなくて…。で、君がいたって訳…」
べらべらとよく喋ると思ったが…頭の悪い男には見えなかったので、とりあえず、ついて行ってみる事にした。
陰からルルーシュを追いかけていたスザクは…そんなルルーシュを見ていて…最早気が気ではない。
ルルーシュは本当に無自覚なのだ…
本当に、自分がどれだけ目立ち、人を惹き付けているかに気づいていない…
本当は…待っていたのだ…
ルルーシュから…ルルーシュの騎士に指名してくれるのを…
そんな事をずっと考えている内に…ルルーシュの事を大好きだと公言して憚らない。
そのお陰で、ルルーシュから騎士の任命を貰う前に、ユーフェミアから専任騎士の指名を受けてしまい、逆らう事も出来ず…今の今まで来てしまい…
ルルーシュと一緒にいる時間は極端に減り、ルルーシュはあからさまに機嫌を悪くするし、スザクとしてもストレスがたまりまくっている。
大体、ユーフェミアの場合、スザクに対して専任騎士の仕事であるユーフェミア自身の護衛よりも、ユーフェミアが起こした騒ぎの後始末ばかりを押し付ける。
護衛はユーフェミアの親衛隊員の一人に任せているのだ。
そんなイライラの中、生徒会室ではとてつもないオーラを発揮して、あの、『天下無敵』の生徒会長でさえも、『君子危うきに近寄らず…』の構えだ。
ルルーシュは絶対零度の…スザクは絶対百度のオーラを遠慮なく発生させて、恐らく、学園全体に迷惑を撒き散らしている状態…
流石にスザクも良心の呵責が働き、素直に謝ろうとルルーシュを追いかけてきたのだが…
話しかけるタイミングを逃している内に、ルルーシュはどっかの貴族の坊っちゃんっぽい男にナンパされていた。
で、あっさりとついて行ってしまった…
―――普段なら…一人で歩いていて、声をかけられたって…絶対について行ったりしないのに…
スザクは目の前の光景に一瞬、意識が遥か遠くに行ったような気がした。
そして…ルルーシュを連れて行こうとしている金髪の長身が、スザクの方に視線を向けている事に気がついた。
スザクが思わずその顔を睨むと…ジノがふっと笑って、ルルーシュの右肩に自分の右手を置いて歩き出した。
スザクは更に呆然として…思考がストップする。
―――まさか!ルルーシュが…なんで???
思わず泣きそうになるが…流石にここで呆けている場合じゃない事に10秒程経って気がついた。
はっと我に返り、二人の後を追って行く…
ルルーシュの表情は…スザクと一緒にいる時のような表情ではないけれど…でも…なんだか楽しそうに話をしているのだ。
ルルーシュが…スザク以外の相手とあんな風に楽しそうに話す事は見た事がない。
時々、感心したような表情とか、驚いたような表情を見せているのだ。
流石に…喧嘩中と云うか…ルルーシュを怒らせ中とはいえ…ここまでルルーシュが勝手な事をしていい訳がない…スザクがそう思う。
いくら喧嘩していたって、寂しいと云ったって…ルルーシュはスザクの恋人なのだし、今日だって(タイミングを完全に逃してはいるものの)ルルーシュに謝ろうと思って、殆ど無理矢理ユーフェミアとロイドから休暇を貰ってこんな真似をしているのだ。(傍から見ればストーカーに見えるかもしれないが)
無意識のうちに…スザクは駈け出していた…
「ルルーシュ!」
二人の背中からスザクがルルーシュを呼んだ。
普段はそれほど大きな声を出さず、生徒会室ではそれこそ、穏やかな人物で通しているのだが…
でも、今はそんな事を云っている場合ではないのだ。
「…スザク……?」
ルルーシュがにわかに驚いた顔を見せる。
血相を変えているスザクに驚いた表情を見せるルルーシュ…
そして、にやっと嫌な笑みを浮かべる隣の長身男…
「ルルーシュ…なんでこんな男と一緒に歩いているんだ…。僕は…確かに、ユーフェミア皇女殿下の騎士になっちゃったけど…明日、正式にこの騎士章を返すつもりだったんだ…。ルルーシュを一人にしちゃってたし…僕もルルーシュに会えなくて…それなのに!ルルーシュは…もう…僕がいらないの…?」
カッコ悪いと思いながら、涙がボロボロと零れてきた。
「スザク…?一体…何を云っているんだ…」
ルルーシュが焦ってスザクに声をかけるが…ルルーシュの隣に立っている男がルルーシュを制止する。
「でぇんか…こいつですか?さっき云ってた…」
「ジノ!こいつは仮にもユフィの騎士だ!いくらお前がラウンズでも…」
「否、今はナイトオブスリーとして…と云うよりも、ジノ=ヴァインベルグとして云ってるんですけどね…」
ジノのその言葉にスザクがピタリと動きが止まった。
「ナイトオブ…スリー…?」
「ああ…俺は気付かなかったんだけれど…こいつは俺の事を知っているみたいでな…。まぁ、母上が父の騎士だったから…知っていてある意味当たり前なんだけど…」
ジノの言葉とルルーシュの言葉に…スザクは動きを止めた。
ついでに涙もすっかり止まっている。
「え?じゃあ…この人の…ナンパについて行ったんじゃ…」
スザクのその言葉にルルーシュがこめかみに怒りマークをたくさんつけていた。
「スザク!お前は俺がそんな奴だと思っていたのか!俺は…そんなナンパして歩く様な軽い男について行く趣味はないぞ!」
ルルーシュの怒鳴り声を聞いて…なんだか、冷戦状態だった事を忘れてしまう。
多分、ルルーシュも忘れている。
「よ…よかったぁ…」
スザクが力が抜けてしまい…その場にへなへなとへたり込む。
「殿下?もし、こいつのお守に疲れたら、いつでも私がお相手になりますよ?勿論、『恋人』として…♪」
ジノの言葉にスザクがムッとした表情を見せる。
「ジノ…俺は別に…スザクと一緒にいる事は疲れたりなんてしない…と云うか…最近…は…」
そこまでルルーシュが云ったとき、ルルーシュははっとしたように口を噤んだ。
ジノはそんなルルーシュを見て、ほほえましい物を見ているような表情で見ている。
「ま、いつでも私に声をかけて下さい…。一応、マリアンヌ様の太鼓判は頂いていますから…」
そう云いながら、ジノはその場から去って行った…
その場に残された…ルルーシュとスザク…
二人が顔を見合わせると…少しだけ、恥ずかしいと云うように、顔を赤くして…下を向いてしまっていた…
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