いつか…巡り会う…


 今日も、身支度を整えて、いつも、迎えに来る幼馴染を待つ。
ルルーシュの朝の日課だ。
「5、4、3、2、1…」
口の中でカウントダウンをして、『1』を云い終えると同時に…
―――ピーンポーン…
チャイムの音が聞こえてくる。
いつもの時間…いつものタイミング…
そして、ルルーシュもいつものように自分のカバンと、その迎えに来た幼馴染の為のランチボックスを持って玄関へと向かう。
―――シュッ…
セキュリティを解除してルルーシュが玄関を開けると、いつもの調子の幼馴染の姿がある。
「おはよ♪ルル…」
栗色の癖毛で、身体をよく動かしている事が解る身体の線…
翡翠色したその瞳は…ルルーシュのお気に入りでもある。
「おはよう…スゥ…。これ、お弁当…」
そう云って、手に持っていた目の前の幼馴染の分の弁当を手渡した。
「やった…♪ルルのお弁当、美味しいから…。今日のおかずは何?」
「もう昼食の話か?開ければ解るんだから…その時まで我慢しろ…」
やれやれと云った表情で、ルルーシュが目の前の幼馴染、枢木スザクに言葉を投げかける。
そんなルルーシュの言葉に、スザクは子供っぽく頬を膨らませる。
「いいじゃない…僕…それが楽しみで学校行っている様なものだし…」
「何を云っているんだか…」
ルルーシュが呆れ顔でそう云った後、『はぁ…』と大きなため息を吐いた。
そんなルルーシュの動きをスザクは見逃さない。
「ルル…どうしたの?」
心配そうにルルーシュの顔を覗き込むスザクに、ルルーシュは慌てて表情を取り繕う。
「あ、何でもない…。ちょっと…寝不足なだけ…」
スザクの心配そうな顔に、ルルーシュは顔に無理矢理笑顔を張り付けた。
今のため息は…寝不足そのものよりも…その寝不足の原因となっている…ルルーシュが見た夢…
ここ数日…同じ夢を見る…
最初は…目が覚めた時には本当にぼんやりとしか覚えていなかったけれど…
毎日同じ夢を見て、目が覚めると…全身が汗びっしょりになっている。
日を追うごとに、鮮明になって行き、目が覚めた時にも…鮮明にその情景が映し出される。
夢…と云うよりも、過去の記憶が蘇ってきている様な…ルルーシュにはそう感じていた。
夢の中のルルーシュは…男で…夢には男になっているスザクも出てきて…
お互いに、お互いを想っているのに…すれ違って…交わる事がなくて…殺し合いをして、銃口を突き付け合って…最後には…
―――夢だ…あれは…ただの…夢…
ルルーシュは何とかその夢の記憶を振り払おうと頭を左右に激しく振った。
「ルル…」
『何でもない』と云った傍で、こんな事をされてはスザクも心配すると云うものだ。
「あ、ごめん…。ホントに…大丈夫…。ほら、もうすぐ、テスト近いだろ?だから…遅くまで勉強していて…」
ルルーシュらしくない…と自分でも思う…
こんな風に…言い訳みたいな事をしなくたって…と、自分でも思ってしまうが…

 学校に着くと、既に教室には半分以上の生徒が揃っていた。
部活動の朝連が終わったばかりの生徒、今来たばかりの生徒…様々だ…
平凡な学校生活…
大好きな幼馴染もいるし、学校生活そのものは…退屈ではあるけれど、平和で、平凡で、これはこれで幸せだと思う。
あの夢は…きっと、そんな平凡な生活の中で、思春期の少女らしく、何か刺激を欲してのものだ…そんな風に思っているのだが…
―――あの夢…私…皇子様で、でも捨てられて、友達が出来たけれど、その大切な友達も、大好きだった異母妹に盗られて、敵同士になって、殺し合って…最後に…その友達に…殺された…。私…あの時…笑ってた…。なんで?それよりも…あの…変な能力…。そう、今の私にはそんなのない…。だから…あれは…ただの夢…
自分の席について、机の上で両手を握りながら、下を向いて、必死にそう思おうとする。
そもそも、ここで、『思おうと』しているなんて…
あれを、『夢』じゃないと…云っている様なものだと云うのに…
最初は…黒い衣装を身に纏って、黒い仮面を被っていた…
たくさんの人が死んでいった…
自分の施した…策によって…
そして…異母兄を…異母妹を…自分の手にかけた…
あの頃…ルルーシュに対して…好意的だった数少ない…異母兄妹を…
そして…目の前の爆発の中に…自分の妹が巻き込まれて…
失意の中…その頃には世界的な組織となっていたルルーシュの率いていたレジスタンス…
そのレジスタンスも…ルルーシュの一番恐れていた異母兄の策略で、あっさりとルルーシュを裏切った…
最後に…全ての元凶と思っていた父親を葬って…敵対していた…誰よりも愛して、憎んだ、大切な友達と…契約を交わした…
自分の命と引き換えに…『ゼロ・レクイエム』を…成し遂げる事を…
そして…それは成功して…ルルーシュは…笑みを浮かべて…
その大切な友達が…ルルーシュにとって、誰よりも大切に思う幼馴染の…枢木スザク…
それに…『ゼロ・レクイエム』とは…当時、混沌の世界を終わらせる為の…革命だったと…歴史の教科書には書かれている…
でも…ルルーシュが見た夢は…
そんな簡単で、単純なものじゃなくて…
その陰には色々あって…
現在ではあの後、日本の首相となった扇要が『正義』の立場で書かれている。
でも…話しはそんなに簡単なものじゃない…
そう考えた時…ルルーシュの目から涙が止まらなくなり…そして…
「い…いやぁぁぁ…」
そう叫びながら…立ち上がり、倒れた…
ルルーシュのそんな様子に…教室は騒然となったが…そのルルーシュ自身は…意識を手放していた為に…そんな事は知りもしない。
教室の中では、ルルーシュが倒れた事によって、叫び声が聞こえる。
ただ…その騒ぎを聞きつけて、駆け付けたスザクが…真剣な…見ている方が怖いほど真剣な顔をして、ルルーシュを抱えて…保健室へと連れて行った…

 スザクがルルーシュを保健室に連れて行き、保健室の中で事務仕事をしていた保険医を睨みつけた。
「C.C.…これ…どう云うこと?どう考えたって…これは…」
スザクが保険医に向かって怒鳴りつける。
保険医の方は生徒のそんな姿にも全く動じる事はない。
「おい…ここでその呼び名はやめろ…。ここでは…」
黄緑色の長い髪、少し小柄な女がスザクにそう告げる。
「そんな事はどうでもいい!それより…これ…。僕が…あの時の事を思い出した時と…」
「ああ…同じだな…。記憶の封印が…解かれる…と云うところか…」
余りに能天気な答えにスザクが更に怒りを露わにする。
「あの時…君が現れて…僕の封印を完全に解いた…。その時、僕は全てを思い出した…。でも…君は云った…。『私が見張っていれば…ルルーシュの記憶の封印を…解かずに済む確率が上がる…』と…。でも…ルルーシュは…」
スザクはルルーシュを抱く腕に力が入る。
それを見たC.C.が『やれやれ』と云った表情になる。
「少し落ち着け…。完全に封印が解けないと言った覚えはない…。そもそも、お前の方が先に記憶の封印が解けるとは思っていなかったし…。と云うか、何故、お前たちの記憶の封印が解かれる事になったのか…。まぁ、そんな事より、まず、そのお姫さまをちゃんと寝かせてやれ…」
落ち着き払ってスザクにそう云うと…スザクも少しだけ熱が冷めたのか…保健室にある、ベッドにルルーシュをそっと横たえた。
ここ最近、ルルーシュはずっと『寝不足』を訴えていた。
大体、ルルーシュが試験勉強で寝不足になんてなる筈がない…スザクにはその確信がある。 そこまで頑張る必要がないからだ…
「ルル…」
気を失った状態…恐らく、結構深い眠りなのだろう…
夢を見ている様子がなくて、スザクはほっとする。
ルルーシュの前髪をさらっと、撫でて、スザクはC.C.の方に向き直った。
「ねぇ…ルルは…このまま…記憶を取り戻さずにすむ方法はないの?あの時の記憶…僕だって…相当しんどかった…。ルルが思い出したら…ルルが…あの…『皇帝ルルーシュ』だったなんて知ったら…」
スザクの中で、様々な可能性を考え…でも、思い浮かぶのは嫌なものばかりで…
―――ルルーシュは…ああ見えて…神経が細いし、誰よりもその悲しみを自分の中に貯め込んで行く…。だからこそ…あの時…ルルーシュはあんな決断を…。あの時に気づかなかった僕もバカだけど…
あの時…二人ともそれしか考えられず…そして…多くの涙を流させた…
あの後…確かに表向きには平和になったかもしれない…
でも…結局…あの世界は…本当にルルーシュの望んだ世界だったのか…
『今のスザク』が色々考えて見ても…整理してみても…全然解らない。
あの後の『真実』を…ルルーシュは知らない…。
歴史の教科書に書かれている事は…世間的に知られている歴史は…真実とは程遠いところにある…。
確かに、相当マニアックな専門書などを読めば…教科書よりは幾分、真実に近い歴史が書かれているが…
それでも…『真実』とは…違う…。
それに…その真実を知れば…ルルーシュが苦しむ事は…スザクの中で解り過ぎるほど解っている。

 そんなスザクの姿を見て…C.C.は声をかける。
今では、ルルーシュはC.C.の契約者でも、ブリタニアの皇子でも、仮面を被ったテロリストでも、父親からその地位を簒奪した『悪逆皇帝』でもない…
ただの…スザクと変わらない…一人の少女に過ぎない。
何故、スザクに記憶が戻ったのか、ルルーシュの記憶が戻ろうとしているのか…C.C.にも解らないが…
それでも、全てを知る彼女がいれば…少しは状況が変わるかもしれない。
「スザク…ルルーシュは…お前が思っている程、弱くはないぞ…。それに…お前も…お前が思っている程強くはない。心配なのは解るが…信じてやれ…」
C.C.の言葉にスザクは怒りの色をその表情に表す。
「な…何を…云っているの?ルルは…誰より優しくて…全てを背負おうとする…。あの時の記憶が戻ったら…また、ルルは…全てを自分に抱え込もうとする…。もしかしたら…僕の前からいなくなっちゃうかもしれない!だから…」
スザクの言葉にC.C.が『ほぉ…』とため息を吐いた。
本当に救いが欲しいのは…恐らくスザクの方じゃないかと…
そんな風に思えてきた。
あの後…スザクは、ルルーシュとの約束通り…決して仮面を外す事はなかった。
混乱も治まって、『ゼロ』と云う存在が必要とならない…寧ろその存在自体が混乱を招きかねない…そう、彼が判断したのは『ゼロ・レクイエム』から30年以上が経っていた。
そして、既に、年を経た『枢木スザク』の顔を知る者がいないと云うのに…スザクは決して人前に出なかった。
誰とも顔を合わせる事無く…ただ、ルルーシュが『ゼロ』の活動拠点としてスザクに遺した、日本の未開発の山の中の小屋で…一人暮らしていた。
誰に看取られる事無く、スザクはその山の中で息を引き取り、誰にも骨を拾って貰う事も望まず、その山の中の自然に還って逝った。
今もそこを探せば、骨のかけらくらい見つかるかもしれない…と思うくらい…人の立ち入らない場所だった…
「スザク…本当は…お前が辛いだけなのだろう?ルルーシュがあの時の事を思い出せば…確かにお前の傍から離れて行くかもしれない…。でも、時代は変わっているんだ…。お前も、ルルーシュも…あの頃に縛られる必要はない。二人の記憶が戻った理由なんて私は知らない…。それに、私はお前たちを見守る事しか出来ないんだ…。そのくらい…解るだろう?」
確かに…C.C.の云っている事はその通りだと思う。
多分、『あの頃』のルルーシュが聞いてもそう判断するだろう。
記憶が戻った意味は…全く解らない。
これまで、記憶がなくても…ルルーシュとスザクは惹かれ合っていたし、互いを必要としていた。
あの頃の間違いを…失敗を…もう一度取り戻すかのように…
あの頃…何よりも欲しいと願っていた二人の姿が…今の二人なのだと思う程…
「でも…ルルーシュは!あの時…あの時…僕が…」
そこまで云って、スザクの言葉が切れた…
嗚咽で…言葉が続かなくなったのだろう…
下を向いて、必死に涙を堪えようとしているが…堪え切れていないようだ。
「前世の『業』まで…背負う必要はない…。それに、ルルーシュの記憶が戻っていても、戻っていなくても…そんなお前の姿を見たら…ルルーシュはどう思う?きっと、記憶が戻っていたら、『スザクにそんな顔をさせたのは自分だ…』と、自分を責めるだろうな…。ユーフェミアの時もそうだったが…あいつは…そう云う時には必ず自分を責める。あの時は『ギアス』と云う『罪』があったからまだ、逃げ場もあったが…」
C.C.の言葉に…スザクは…ぐっと唇をかむ。

 二人が話しこんでいるさなか…布団のすれる音が聞こえた。
ルルーシュが目を覚ましたらしい…
「ルル!」
涙目になっている事も忘れて、スザクがルルーシュに駆け寄った。
「ス…ゥ…」
ルルーシュの顔を覗き込んでいるスザクの頬に、ルルーシュがその細い指を当てた。
「なんで…泣いている…の…?」
ルルーシュが…いつもと変わらない様子で、スザクに話しかけて来て…少しだけほっとする。
―――良かった…思い出していない…
スザクがそう思った時…ルルーシュが話し始めた。
「あのね…スゥ…私…ここ最近…ずっと…変な夢を見るの…。私も、スゥも…男の子で…お互いに、お互いの事が大好き…なのに…憎しみ合ったり…殺し合ったり…」
ルルーシュの言葉にスザクが堪らなくなってルルーシュの上から覆い被さるようにルルーシュを抱きしめた。
「いいの!それは…ルルの見ている…ただの夢なの!だから…ルルは…何も心配しなくていいの!僕と一緒にいればいいの!」
抱きしめて…解った…
ルルーシュも…涙を堪えている…
小刻みに身体が震えている…
「私…スゥの…スゥの…傍に…いて…いいの?私…スゥの…大切な人…を…」
ルルーシュの言葉がそこで途切れた。
見ている夢が鮮明になり…少しずつ…それが自分のものであると自覚し始めているのかもしれない…
―――神様は…イジワルだ…。なんで…ルルーシュはもう…充分苦しんだ!僕だって…苦しんだ…。それなのに…あの時の『罪』に対する『罰』は…まだ…足りないの…?
「当たり前じゃない…。ルルが離れたいって…僕が邪魔だって言ったって…僕は、絶対にルルから離れないから…。絶対に…」
―――もう…あんなに悲しいウソを…君に吐かせないから…。僕が…今度こそ…君を守るから…
スザクの言葉に…ルルーシュもスザクの背中に腕を回した…
そして、小さく呟いた…
「有難う…ごめん…スザク…」
ルルーシュのその呼び方に…スザクがはっと顔を上げた…
「ルル…?」
その呼び方に一抹の不安を覚えるが…ルルーシュの方はそんな自覚は全くないように見える。
「スゥ…?」
今のルルーシュの…スザクに対する呼び方になって…不安が消え去らないにしても…それでも、少しだけ安心した。
きっと…無意識の中で…ルルーシュの記憶は少しずつ解放されている。
C.C.の目からも…それははっきりと解る。
あの時…ルルーシュは…世界で一番優しいウソをついて、人々を欺いた…
あのままの気質のルルーシュとして生まれていたとしても、あの時と成長過程が違うから…多分…あそこまでの事をする事はないと思うが…
それでも、本質の部分は変わっていないから…また、いつ、自分を切り捨てて何かを守りたいと考えた時…その時は…少し怖い気もするが…
「ルルーシュ=;ランペルージ…お前はちょっと貧血気味の様だから…枢木スザクに送って貰って今日は帰れ…。担任には私から伝えておこう…。枢木スザク…お前はそいつを送ってやれ…」
適当も適当な口実でルルーシュとスザクを帰す事にした。
どのみち、このままでは授業どころではない。
「「はい…」」
二人の返事を聞いて、C.C.は担任に提出する早退届に二人の名前を書いて、判を押して、手渡した。

―――これは…シャルルやマリアンヌの仕業か?それとも…この二人に殺された者たちの…報復なのか?こいつらは…充分に苦しんでいると云うのに…
C.C.はそんな事を思いながら、二人の生徒を見送るのだった…

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