高校に進学して…早くも半年が過ぎた。
ルルーシュとスザク…幼馴染で、家が隣同士で…物心がつく前から一緒にいた…。
下手な兄弟よりも一緒にいる時間が長い様な…実際に、どこへ行くにも、何をするにも一緒だったような気がするが…
ここにきて、初めて…彼らは別々の学校となり、初めて…別々の生活を送るようになった。
最初の内は…家が隣同士だし、いつだって会える…いつだって一緒に遊びに行ったり、家を行き来したり出来る…そんな風に思っていた…。
でも、現実には、学校が違うと云う事は…彼らの生活パターンが全く変わった者になると云うことだ。
中学に進学した時でさえ、所属しているクラブが違っていたので、そのすれ違いでさえ、色々な違和感を覚えたのだが…
それでも、3年間、奇跡的に同じクラスだったし、クラブ活動以外の時は基本的にいつも一緒だった。
男同士でいつも一緒にいるものだから…周囲には怪訝そうな顔をされた事もあったが、それでも、幼馴染で、ずっと一緒に育ってきた様なものだと云うことで、本人達は至って普通の事だと考えていた。
それに、何より、彼らはお互いに一緒にいる事を望んでいたし、一緒にいる事が自然だった。
だから、クラブが違っても、どちらかが先にクラブが終わると、相手のクラブが終わるまで待っている…と云うのがごく当たり前で、他の生徒たちも『彼らはいつもそんな感じ…』と云った認識だった。
本人たちも、周囲の噂を時々耳にする事はあっても、特に気にする事もなく…
『云いたい奴には云わせておけばいい…』
と云うスタンスだった。
変に意識しなかった所為もあって、中学の時には『それが当たり前』と云う認識で受け止められていたし、本人たちもそれが当たり前だと思っていた。
だから…ルルーシュはこの地域では屈指の進学校へ、スザクはスポーツ推薦で全国からその才能に長けた生徒を集めている高校へ…別々の高校へ進学すると決まった時には…周囲の方が驚いた。
何せ、この二人、『親友』と云う一言で括っていいのか解らないくらい…仲が良かった。
時々、二人でいて、その二人の周囲を取り巻いている空気は…何とも近づきがたい様なオーラを放っていた。
それでも、その二人が一緒にいる時の光景は…ごく自然で、当たり前で、変な方向に考えてしまう方がなんだか…神聖なものを穢しているような気がしてしまう程の…そんな光景だった。
確かに、二人の得意分野は正反対で…
ルルーシュは中学の地方別模試でも常に1位をキープするような秀才で、しかも、何かをやらせると完璧にこなす…教師からも生徒からも信頼されていた。
スザクは陸上部に所属していたのだが…中学の全国大会でトラック競技3種目、全国制覇を成し遂げている程のスポーツマンだった。
得意分野が違っているし、性格も何となく正反対で…凸凹コンビに見えたが…それでもその凸凹具合がうまくかみ合っているように見えた…
それなのに…二人は…別々の高校へ進学した…
周囲にはさらっと『得意分野が違うから仕方ない…』と云い放って、驚愕させていたが…
お互い、自宅から通える学校だったから…別々の高校に通ってはいるものの、相変わらずの家が隣同士の幼馴染…
しかし、スザクの通う高校はルルーシュの通う高校よりも遠くにあり、方向は同じなのだが、朝、家を出る時間が全く違う。
おまけにスザクはスポーツ推薦だったから…朝から陸上部の練習があり、薄暗い内から出かけて行くのを…ルルーシュは時々みかけていた。
そして、帰って来るのも…大会の前でなくても…普段の練習が厳しいようで、ルルーシュよりも遅く帰って来る。
ルルーシュが帰宅して大体1時間後くらいにいつも、スザクは帰って来る。
高校に進学してから半年…スザクと殆ど話をした覚えがない。
と云うか、直接顔を合わせる事もなくなった。
二階の自室の窓からは…手を伸ばせばスザクの部屋の窓に届く距離だと云うのに…
でも、ルルーシュは夜遅くまで学校で出される宿題やら、授業の予習やらで部屋に電気を点けているが…
スザクの方は、練習で疲れているのか…ルルーシュが風呂から上がって来ると、既に電気が消えていた。
こんな形でスザクと話しをしないのは…多分、物心がついてから初めての事だ…
高校が違っても…家が隣同士なんだから…
そう云っていたのは…自分たちだ…
でも…実際に離れてしまうと…これほどまで距離が出来ていた。
―――最後にスザクの声を聞いたのは…いつの事だろう…
既にそう考えてしまう程、スザクの声を聞いていない…
中学までは…喧嘩をしていたって、いやでもスザクの声は聞こえてきたのに…
でも、こうして離れてしまうと…声を聞く事さえ…叶わない…
―――寂しい…のか…?
今の学校にだって、ルルーシュにできた友達がいる。
気の合う友達と今の学校では話しもするし、時に一緒に勉強もする。
でも…何かが違う…
寂しいと云う…その感覚とも違うような気がする。
いつも一緒にいた…
それが…高校進学を機に突然…当たり前の事が、当たり前の事ではなくなった…
いつも、ルルーシュの右隣に陣取っていた…スザク…
その存在が…今いない…
―――寂しいなんて…女じゃあるまいし…。大体、あんなにべったりだった事の方が異常だ…
今になって、中学までの二人が、異常だったのだと思い始める。
だから…これがごく当たり前なんだと…自分に言い聞かせる毎日…
時々、スザクと同じ学校の生徒を見かけて…スザクの噂話をしているのを耳にする。
あれだけ、スポーツに力を入れている高校に入って、入学して半年で噂になる程…スザクの実力は凄いらしい…
それに…女子の話が耳に入って来ると、かなりもてるらしい…
―――そう云えば、入学して間もなくなのに、誕生日には何か貰っていたみたいだったな…
ちょっとだけ、盗み見てしまった…スザクの家の郵便受けに小さな包みを入れていた、スザクの学校の女子の制服を着た、高校生…
―――きっと…今は、俺よりも、彼女の方がスザクの事を知っている…
そう思った時…なんだか、酷く切なくなった…
スザクがルルーシュと違う高校に進学して、既に半年…
ルルーシュがスザクの声を聞いていないのと同様に、スザクもルルーシュの声を聞かなくなっていた。
スザクの方はスポーツ推薦で入学しているので、大会ではそれ相応の結果を要求される。
中学までは確かに…学校内では一番だったかもしれないが…
でも、全国からスポーツに特化した生徒たちを集めている学校だ…
少し気を緩めれば居場所なんてすぐになくなる。
スポーツ推薦と云うからには、スポーツで結果を出さなければ居場所がなくなる。
当然、一般入試で入ってきた生徒たちもいるし、スポーツに特化している生徒たちばかりじゃないが…
それでも、スポーツ推薦で入学しているのだから…スポーツで結果を出さなければならない。
それに、スザクは勉強がそれほど得意じゃない…
流石に推薦入学を許したのは学校側だから、思う通りの結果を出さなくたってすぐに放り出すような事はしないとは思うが…
それでも、中学の時のスポーツの結果でこの学校の入学を許されたのだから…きちんと結果を出さなくてはならない…
こう云う時、妙な真面目さが災いしている。
スザクはこの、運動神経万能と自負している生徒たちに囲まれている中でも、人の倍、努力を惜しまなかった。
高校でも陸上競技をしているから、本当なら電車通学をする距離なのだが、毎朝早起きして走って学校に通っている。
帰りも、クラブの練習が終わってから、走って学校から変える。
もし、これを電車通学に切り替えれば、少しくらい、ルルーシュと顔を合わせる事が出来るかもしれないのだが…
いつも、夜遅くまで電気が点いているらしい事は知っている。
時々、トイレに起きると、かなり遅くまで、スザクの部屋の窓から見えるとなりの窓は光を放っている事が解る。
元々、夜目が効く方なのでトイレに起きる時には電気を点けないで行って帰って来るものだから…恐らく、ルルーシュは気付いていない。
多分、ルルーシュがこちらが起きた事に気づけば…確実に声をかけてくれる。
でも、今、5分だけ会話する…と云う…そんな切ない事をしたくない…
ずっと、一緒にいた存在が…隣にいなくなった…。
いつも、スザクの左側にいてくれて…それが当たり前だった存在…
家が隣なのだから…確かに、中学の時ほど長い時間、一緒にいられなくても、多少、一緒に話が出来る時間が減るだけだ…と思っていた…
でも、実際には、これほどまでにすれ違っている生活だ…。
たった5分の会話で…我慢できる筈がない…
いつも隣にいたのに…高校進学を機に突然、そうでなくなってしまった…
中学の時、二人の進路を知った周囲の驚愕の顔…今でも忘れられない…
驚いていた…
信じられないと云う顔をしていた…
でも、『得意分野が違うから仕方ない…』その一言が真実だった…
でも、その一言が、更に周囲を驚かせていた…
周囲が驚いたのは…きっと、ずっとスザクとルルーシュが、誰にも割り込めない程一緒にいたからだろう…
でも、スザクの成績ではルルーシュと同じレベルの高校へ行くのは無理だし、ルルーシュも、今スザクの通っているスポーツに力を入れている高校では、畑違いだろう…
お互いが、自分の出来る事、出来る分野の学校に進んだだけなのだが…
実際には、スザクはとても苦しい…
確かに、学校でのクラブ活動はとても充実しているし、得意な体育の授業にも力を入れていて…学校生活そのものに不満はない…
ライバルとも呼べる友達もできた…
その友達とは切磋琢磨しながら、クラブ活動も頑張っている。
それでも…何かが足りない…
その何か…
本当は解っている…
でも…二人は違う道を選んだのだ…
あの時…
選んだし、お互いが同じ学校を選ぶと云うのは物理的に無理があり過ぎた。
でも…心が…寂しい…切ない…
そんな言葉がぐるぐる回っている。
気が付いていた気持ち…
でも、ルルーシュに嫌われるのが…遠ざけられるのが怖くて…ずっと隠し続けてきた…そんな気持ち…
もし、ルルーシュが女の子だったら…スザクが女の子だったら…
この気持ちは…素直に伝えられたのだろうか…
―――そう…僕は…怖かったんだ…。確かに物理的に同じ学校へ行くのは無理だったけれど…もし、同じ学校へ行けたとしても…僕は…
その、スザクの中にある気持ちは…
気付いたのはいつごろだったのだろうか…
最初は…ただ一緒にいたくて、いるのが当然で…
ルルーシュは、『スザクは本当にもてるんだな…』なんて云っていたが…本当はルルーシュだって凄く人気があった…
でも、スザクがいつもべったりだったから…恐らく、ルルーシュに好意を抱いた生徒たちを、無意識のうちに遠ざけていたのだろうと思う。
いつだったか…ルルーシュに頼まれて、ルルーシュのロッカーから辞書を出した時…その中にあった、何通もの手紙…
思わず…スザクはその手紙を自分の懐に入れて…そのまま、持ち帰って、シュレッターでバラバラにして捨てた…
その後も…ルルーシュの信頼をいい事に、ルルーシュのロッカーに入っていた手紙やらプレゼントは全てスザクの手で抹殺されてきた。
やがて、ルルーシュがそれに対して全く興味を持たない…と云うことになり、スザクが何をしなくても、そんな者がルルーシュの手に届く事はなくなった。
そう、ルルーシュに手紙やプレゼントを渡そうとする生徒がいなくなったのだ…
スザクの方は…意外とストレートに告白してくるタイプが多くて…ルルーシュは自分はもてないが、スザクはもてる…そう云う認識になっていた。
―――僕は…ルルーシュを独り占めする為に…あれだけの事をしてきたのに…
色々と複雑な思いがあるのだが…
でも、いつの頃からか気付いた自分の気持ちは…
相変わらずだ…
と云うより、会わなくなれば…少しは収まっていくかと思いきや…声を聞く事さえできなくなって、たった5分だけ話しても逆に辛くなるだけ…そんな事を思いながら、隣で勉強しているルルーシュの存在を感じながらも、自分から声をかける事が出来ない。
ルルーシュは…スザクが隣にいなくなっても…(殆ど顔を見る事もなくなっているが)変わった様子はない。
確かに、ルルーシュの入学した高校は屈指の進学校…
いくらルルーシュでも頑張らないとついて行けないのだろう…
いつも、遅くまで電気が点いている…
二人の気持ちは…なんだかすれ違っている。
一緒にいるのが当たり前だった頃は…これほど考えた事はなかった。
でも…お互いが一緒にいる事が当たり前だった頃も…こんな風に離れ離れになる事なんて考えた事なんてなかった…
実際、そうなってしまうと…切ない…
ルルーシュは…まだ、自分の気持ちが何であるのか解っていない…
でも、ルルーシュの抱えるスザクへの気持ちは…
―――恋しい…
そして、スザクも…自覚しているルルーシュへの気持ちも…
―――恋しい…
どんな形の気持ちであっても、いつかは…消えてなくなるのだろうか…
近くにいる筈なのに…殆ど顔を見る事さえなくなった…いつも一緒にいた相手…
彼らが…今望んでいる事は…
恐らく…
『一緒にいた頃に…還りたい…』
何故…そう思うのか、解っているスザクと…解っていないルルーシュ…
ただ…互いが遠い存在に思えて来て…
あんなに近くにいたのに…
あんなに一緒にいたのに…
それなのに…今は一緒にいなくて…遠くに行ってしまって…
こんな気持ち…いつか…消えるのだろうか…
でも、お互いが隣の家に住んでいて、夜になれば、窓際に立てば、数十センチ離れているだけの向こう側の窓の向こう側には…自分が傍にいたい相手がいるのだ。
顔を見たい…
話がしたい…
どうしたら…この気持ちが消えるのか…
この気持ちを満たす事が出来るのか…
夜、確実にすぐ隣の窓の向こうに、お互いがいると解っている時間は…結構辛い…
相手が眠っていなければ…少し声をかけるだけで…その相手は…自分に顔を見せてくれるのに…
でも…自分から声をかける勇気がなくて…
相手から声をかけてくれる事を待っているのも辛くて…
結局、この日も…声をかけるか、どうか…悩んでいる内に時間だけが過ぎて行く…
ルルーシュもスザクも…
目が相手さえいれば…部屋の電気が消えていたって…声をかけられれば、窓に駆け寄って行くのに…
スザクは電気を消しているからルルーシュは声をかけられないのだ…と…
ルルーシュは勉強をしているから邪魔になってはいけないと…スザクは声をかけられないのだ…と…
お互いが、自分の気持ちを誤魔化す為に適当に自分に都合のいい言い訳をしながら、でも、本当は、相手に声をかけて欲しくて仕方ない状態で…
こんな風に、逃げ腰で、何をそんなに悩んでいるのかどうかさえ分からなくなってきている自分に嫌気がさし始めている…
だから…ルルーシュとスザクは…ほぼ同時に…立ち上がり…窓の方へと歩いて行く…
そして…カーテンを閉めている窓の向こう側に…人影を見つけた時…
心臓が大きく『ドクン』と鳴った事を…意識的に無視した。
多分…嬉しさと、緊張の入り混じった…気持ちが鳴らした心臓の音…
お互いに…自失のカーテンのを握り、恐る恐る開いて行く…
すると…ずっと、会いたいと思っていた…話しをしたいと思っていた…ずっと当たり前の様に一緒にいた、その相手が…立っていた…
そして、意を決して…窓を開き、声を掛け合った…
「あ…あの…」
「久しぶり…」
久しぶりのお互いの声…
その先の言葉が続かなくなる程…その姿と声に…なんだかよく解らない感情に支配されていた…
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