時は平成、ところは東京下町…
現代社会の片隅に、今日も愉快な仲間が集まる小さなお店がありました。
そのお店の名は…
おでん屋 ルルやん
相当久しぶりの登場だが…
今年もまた、スーパーにはおでんの材料が数多く並ぶ時期に入ってきた。
ルルーシュがナナリーからこのお店を押し付けられてから、季節関係なく、様々なお客が来るようになり…
それでも、それまでルルーシュが創り、育てた株式会社『黒の騎士団』をしっかりと守っている。
副社長のジェレミアと、専務の扇の間になんだか確執の様なものがあり、少々困っているのだが…
ただ、能力だけでいえば、ジェレミアに任せておけばいいのだが…それでも、扇の方が古株と云う事であんまり無視し続ける事も出来ず…未だに二重生活の日々だ…
で、スザクの方は、自衛隊員なのだが、ここ最近はそれほど忙しいと云う事はなく…
毎日のようにルルーシュのお店に来ているのだが…
こう言う時に限って、他のメンツも暇で…玉城やカレンまで来ており、玉城に至っては、ルルーシュの頭を悩ませている扇を連れて来るものだから…正直、スザクはうんざりしているし、ルルーシュはとにかく、他人のふりをしていたかった。
扇は酔っ払うと愚痴っぽくなるし、玉城は扇を煽りまくりし…
カレンは扇に何やら恩があるのか、逆らえない理由でもあるのか、扇が愚痴を云う度に『ルルーシュ!扇さんがこんな風になっちゃって…。しっかりしなさいよ!』と叱責してくる始末…
スザクはスザクで、二人きりの時間を邪魔されていてすこぶる機嫌が悪い…
扇の愚痴を聞いていると、ルルーシュも
―――ジェレミア…会社内で何をやっているんだ…。と云うか、俺も毎日会社に顔を出している筈なんだが…
と、頭を悩ませているのだが…
最近、どうも、おでん屋に力が入り過ぎて、そちらの方が疎かになっている様な気がする。
それでも、ジェレミアは非常に優秀な副社長だし、ルルーシュも頼りにできる人材なのだが…
何せ、彼の場合、
『ルルーシュ社長の御為に全てを捧げます!』
と云いきっちゃっていて、時々怖くなるのだが…
そんなジェレミアに対して反発する者たちもいる。
古くから『黒の騎士団』の社員として頑張ってきた扇専務一派だ。
確かに、扇は古くからルルーシュの会社に籍を置いているのだが…微妙に変な『正義観』みたいなものを抱いているらしく、時々、ルルーシュが強引な手を使って話しを進めようとするといつも反対していた。
しかし、その先の事を全く考えずに感情だけで話しをするものだから…墓穴を掘る事になる。
表向きには『ちょっぴり優柔不断』で済んでいるのだが…ルルーシュやジェレミアのように頑張って会社を大きくしようとしている人間から見ると、『お前…一体何をしたいの?発言したいなら、ちゃんと筋道立てて話そうね?』と云う気分になる。
実際に、ルルーシュじゃなくても、他の重役たちから『じゃあ、その先はどうするんですか?対案はあるんですか?』と尋ねられると言葉がつまってしまう。
正直、ルルーシュとしてもこのまま扇を専務にして置いていいのかどうかという疑問があるのだが、社長と副社長が、会社の為には結構強引な手を使うので、ヘタレとはいえ、彼らに意見出来る奴は必要…って事でそのポジションに置いたままなのだが…
で、今日も午後9時過ぎになって、扇と玉城がやってきた。
そして、後からジェレミアも来てしまったものだから…中々大変な事になっている。
「社長!このように中途半端な事しか出来ないようでは、この先、この男、会社を潰してしまいますぞ!」
とまぁ、ジェレミアがカウンターの向こう側に立つルルーシュに力説している。
元々、ジェレミアはブリタニア人で、ルルーシュの亡くなった両親がこの店を切り盛りしていた頃、初めて訪れたという。
そこで、この店の主人だったシャルルと主人を手伝ってこまごまと働いているマリアンヌを見て感銘を受けたという。
元々、この二人は大きな会社を起業していたらしいのだが、子供が出来た事をきっかけに実家のおでん屋さんを継ごうと云う事になり、会社は人に任せて、自分たちはおでん屋さんになってしまったと云う…
そんな話からもジェレミアは感激したらしい…
シャルルたちが起業した会社はシャルルたちが退社すると同時に名前を変えて、『ヴァルトシュタイン・カンパニー』と云う、世界的に結構有名な会社になっている。
今でも時々、社長のビスマルクがこの店を訪れる。
話しはそれたが…ジェレミアに酒が入り、彼自身も会社で優柔不断な態度を崩さない扇に業を煮やしているらしく、普段なら絶対に云わない様な本音をぶっちゃけている。
「ジェレミア…ここでは俺は、社長じゃないし…。それに、他のお客もいるんだから…会社の内情をばらすような会話は慎め…」
一応、客商売なので、仕事中はルルーシュはアルコールを飲んだりはしない。
たまに、勧めて来る客もいるのだが…最近では、スザクやカレンの助けなしでもお断り申し上げられるようになっている。
「しかし…」
ジェレミアが云いかけた時、ルルーシュがぴしゃりと云い放つ。
「隣に扇もいるんだ…。それに、扇もそれなりに酒がまわっている状態だからな…。ここでお前らが臨戦態勢になったら止められる奴がまだ来ていないんだ…。今度、扇のいない時にいくらでも話を聞くから…」
と、ルルーシュは困り果てて、こそこそとジェレミアに耳打ちした。
確かに…扇の仕事の仕方ではいい様に他の誰かに利用されるだけだ。
先の見通しもないままに、どこぞの誰かに泣き落しされた挙句、情に絆されて『解った…俺が何とか掛け合ってみるよ!』とか何とか云って、ルルーシュに訴えてきて、ルルーシュがその話しを却下しなくてはならないと判断すると…『あの社長は…人を人とも思っていない…』などと吹聴して回るから困ったものだ。
なまじ、凡庸で人の良さそうな感じに見えるし、当人に、『会社に迷惑をかけている』と云う自覚がないから困ったものだ。
しかし、この男の場合、会社の中で『平社員』には非常に評判がいいのだ。
こうして、情に絆され易く、失敗した社員たちの話をよく聞く所為だろう…
ただ、解決法を教えちゃくれないので、本当に聞くだけなのだが…
それに、『平社員』の声を聞ける重役も必要と云う、ルルーシュなりの判断もあり、時々頭を悩ませる人物ではあるのだが、『専務』と云う肩書で頑張って貰っている。
そして、扇と玉城の方に視線を向ける。
「もう一杯…飲むか?勿論、奢らないが…」
ルルーシュがそう話しかける。
「あ、じゃあ…もう一杯…」
扇はそう云いながら、ルルーシュに冷酒を注文した。
それほど強いとも思えないのだが…やたらと強い酒を飲みたがる。
特別日本酒が好き…と云う感じでもないのだが…
「じゃあ、俺はビールとロールキャベツ…」
今度は玉城が注文してくる…
「玉城…お前はそろそろツケを払え…」
ルルーシュはその一言だけ返す。
すると、扇がルルーシュの方を見た。
「こいつの分も頼む…。俺がこれまでのこいつのツケ…払うから…」
なんとなく、やけっぱちになっているように見えないでもないが…
確かに、一人で飲んでいても楽しくない事は事実だ。
「こいつのツケって…結構あるぞ?」
「構わん…。今日は現金を持ってきている…」
完全に酔っ払っている状態だ…
本当にいいのか迷うところだが…
一応、玉城のツケの伝票を見せると…扇が財布を取り出した。
「とりあえず、玉城のツケの分だ…」
と、1万円札を数枚、確実に玉城のツケよりも多い額だ。
「おい…お前、普段そんなに現金を持ち歩いていたのか?」
店の隠し金庫に現金1億円も隠していた奴に云われたかないが…(しかもナナリーにあっさり見つかって、怪しげな団体に寄付されてしまった)
「俺はカードが嫌いだからな…」
その言葉を聞いて、ルルーシュとしては…
―――否、お前、そう云う問題じゃ…
確かに、カード嫌いな人間はいるが…必要だから作って、使っている人間はいる。
少なくとも、ルルーシュの会社で『専務』ともなれば、(時々、ちょっと納得できない事もあるが)それ相応の給料を払っているし、株式会社『黒の騎士団』の『専務』ともなれば、彼のところに通っているセールスマンだって、それ相応の金額の商品のカタログを持ってくるし、部下を連れて行く店だって、恐らく彼の払いで飲んでいるだろう事は予想出来る。
ともなれば、相当な金額を必要とする。
普通に10万円を超える様な買い物や支払いだってある筈だ。
「まさか…お前…どこの支払いも現金一喝なのか?」
「当たり前だろ…俺は借金とか嫌いだからな…」
この発言に少々呆れてしまう。
彼の来ているスーツだって有名ブランドのスーツだし、物騒な昨今、全額現金で、しかも一括払いで支払いをするには結構な金額が必要で…
確かにカードだって危ないっちゃ危ないのだが…
現金を持ち歩いていると云う事は、そこらのチンピラ達に『襲って下さい。そして、盗んで下さい…』と云っているようなものだ。
きっと、ここに外国人強盗犯がいたら、店を出てすぐに後を尾行られ、人の気配がなくなったと同時に、襲いに来るだろう…
勿論、ルルーシュと違ってその金のみを目的に…(まぁ、証拠隠滅の為に消されてしまうと云う可能性もあるが)
まぁ、その辺りは自己責任って事で何とかして貰いたいとは思うが…
―――そこまで俺が責任持てるか…
と、ルルーシュとしては、相手は大人なのだから…と云う事で片付ける事にした。
ルルーシュは呆れかえりながら、扇にお銚子を渡し、玉城にはビールのジョッキとロールキャベツをのせた皿を渡した。
確かに…外から見ている分には『苦労しているんだなぁ…』と思いながら、話を聞くのだが…ルルーシュは一応中の人なので…単純にそう思ってしまう訳にもいかない。
「社長…私にも焼酎と厚揚げを…」
ブリタニア人なのに、おでん屋の常連になり、昨今の西洋かぶれになっている日本人よりもよほど日本人らしい好みをしている。
「ジェレミア…ここでは俺は社長じゃない…。ルルーシュでいい…」
いい加減云い飽きている台詞なのだが…
どうしてもジェレミアはその辺の切り替えが上手に出来ないらしい。
こんな仕事モードのままで酒を飲んでいて楽しいのか…と思えてしまうのだが…
しかし、ジェレミアとしてはこれが自然体らしい…
それに対してストレスになっている訳でもなく…
だからと云って、会社の飲み会などは気を遣うから嫌だという…
普通、社長の顔を見ながら酒を飲む方が疲れると思うのだが…
「あ、すみません…。どうも社長の事は…社長としか呼べないようで…。確か…先代の主人の時にも…」
そこから過去の話がつらつらと始まる。
どうしてここに通うようになったかとか…当時のシャルルやまりアンヌがどれ程凄かったのか…とか…
よほど、ジェレミアにとってはスペシャルな存在だったようだ。
現在、シャルルが創った『ヴァルトシュタイン・カンパニー』は、株式会社『黒の騎士団』よりにとっては大きなライバル企業である。
元々、ジェレミアはシャルルとマリアンヌに憧れ、入社して、頭角を現したのだが…シャルルとマリアンヌがおでん屋になってそれなりの年月、『ヴァルトシュタイン・カンパニー』に籍を置いていたのだが…
株式会社『黒の騎士団』がルルーシュの作った会社だと知ると同時に、とっとと『ヴァルトシュタイン・カンパニー』に見切りをつけて、ルルーシュの元へと走った。
幾度もルルーシュ達の会社を大きくしようとしていた時に邪魔をしてくれた相手だったが…
それは、株式会社『黒の騎士団』がルルーシュが起業した会社だと知らなかったからだ。
ルルーシュも決して無能な人間ではなかったし、何度も絶体絶命の危機を乗り越えてきているのだ。
その中には扇としては承伏しかねるような方法をとった事もあったのだが…
それでも、その当時、もし、手段なんて選んでいたら会社はなくなっていたかも知れないのだ。
だからルルーシュは扇に言い続けてきたのだ…
『俺のやり方に、考えた方法に文句があるなら、ちゃんと『対案』を考えてこい!ただ上に流されてるだけでは話にならん!』>
と…
その辺りは、企業当初(殆ど利用する為のコマ扱いではあったのだが)から成長してくれない事がずっと悩みだったのだが…
しかし、数年前、ジェレミアが入ってきてくれて、みるみる頭角を現して、とっとと扇よりも上の地位に就いてしまった。
―――こいつらの歯車がうまくかみ合うとそのまま会社を任せてしまってもいいのだが…。このままでは数千人単位に膨れ上がった社員が路頭に迷う事になりかねない…
まぁ、ルルーシュがやめてしまえば心配する必要のない事なのだが…
しかし、その辺りはどうしても気になってしまうのだ。
スザクにも、
『ねぇ…あんな内輪もめばかりで、専務がその権限を知らないままに上に流されているような会社…とっとと見捨てちゃえばいいのに…。なんだったら、僕、自衛隊やめて、ルルーシュと一緒に仕事するよ…』
などと云ってくれた。
それはそれでいいかもしれないと思うのだが…
ナナリーにこのおでん屋を押しつけられてから、食べ物でも色々と金儲けが出来そうである事を知ったルルーシュ…
それに、ITというのは確かに現在の世界に必要な者かも知れないが、人間が生きていく為に必要なのは『衣(医)・食・住』である。
そのカテゴリーの中で商売した方が絶対に食いっぱぐれはないし、金儲けもしやすいような気がする。
オマケに、ルルーシュの創った会社の中で色々企業経営ノウハウも身につけているし、パソコン知識も奥が深いもので、現代社会、何をするにしても必要なカテゴリーだ。
きっと、また、ほかの会社を始めると云えば、ジェレミアはルルーシュに着いてくるだろう。
株式会社『黒の騎士団』は扇が懇意にしている連中が結構いるので、正直、やりにくくなってきていた昨今だ…
―――確かに…スザクの云うとおり、そっちに方向転換する時期かも知れないな…。そのうち、扇がクーデターでも起こしてくれればいいんだが…
などと、結構物騒というか、普通、会社の社長がそんな事考えるなんて、あり得ないだろう…というような事を考えているのだ。
そんな事を考えている時…
―――ガラガラ…
店の扉の開く音…
あれから…随分時間が経っていて…
「あ、ルルーシュ…ごめん遅くなっちゃって…」
入ってきたのは、スザクだった…
そして、スザクはカウンターに並んでいるメンツを見て、一気に機嫌が降下していく表情を見せる。
「ルルーシュ…僕、ビール…」
いかにもご機嫌斜めな口調でルルーシュに注文する。
「あと、餅巾着と大根…」
スザクは、玉城とジェレミアはともかく、扇が嫌いだったから…
何かとルルーシュに会社の文句ばかり言っているので、それが気に入らないらしい…
そんなスザクを見て、ルルーシュは『やれやれ』という表情を見せる。
まぁ、スザクが扇の事を良く思っていないのは知っていたし、扇も変な正義感を振りかざして、自衛隊の話を始めた時には、『あれは軍隊だ!』とか『憲法9条を守れ!』とかわめき散らす事も原因の一つだろう。
スザクがそんな扇に対して
『憲法9条って本当に国を守ってくれるんですか?』
と聞いてしまった…。
その時には…もう、警察を呼ぼうかと思うような掴み合いになってしまい…
まぁ、それでも寸でのカレンが止めに入ったから事なきを得たのだが…
扇がいる事が解っていてもスザクが帰らないのは…一途に『ルルーシュは僕が守る!』という意識が強いからだろう…
しかし…ルルーシュとしては、こんなメンツの中で…しかも今日に限って押し寄せてくる女性客がいない。(と云うより、扇がいると解るとさっさと帰ってしまうのだ。変な絡まれ方をするので、ルルーシュも早く帰るように奨める)
スザクが来てくれたお陰で、ルルーシュも変な絡まれ方をしないと…期待しているのだが…
専務と云っても、実力が伴っていない場合、なかなか厳しいポジションなのだ。
気持ちは解らなくもないのだが…出来れば、全員がおとなしく帰ってくれるといいなぁ…と願いながら…夜は更けていった…
時は平成、ところは東京下町…
現代社会の片隅に、今日も愉快な仲間が集まる小さなお店がありました。
これは…そんな小さなお店の…ちょっとだけ心温まるお話…
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