夏が過ぎて…漸く残暑も過ぎ去って…何をするにも心地いい季節になった。
相変わらず忙しい少年皇帝のルルーシュだが…気候が穏やかになった事で少しは顔色もよくなってきていた。
「ルルーシュ?」
この王宮内で一々彼の許しを得る事もなくそんな呼び方をして、誰にも咎められない人物はたった一人だけだ…
ルルーシュに『皇帝』の地位を押し付けた異母兄たちも…一応、身内なのだが、皇位継承権を放棄した時点で皇族ではなくなるので、ルルーシュの計らいで王宮への出入りは自由だが、身分は最早『皇族』ではなく、『平民』なので、一応、『皇帝』に対しては礼を払う必要がある。
ただ、それは、ルルーシュがいる場で、ルルーシュが『お願いですから…その呼び方はやめて下さい…』と云った時だけだ。
異母兄たちも、『皇帝』なんて、自由はないわ、仕事はめんどくさいわ、プライベートなんて殆ど皆無な職業はごめんだとばかりに、成人すると同時に『皇位継承権』を放棄している。
そして…残されたのが…男の兄弟の中での末っ子であるルルーシュだけ…だったと云う訳だ。
女の方は…『私…素敵な殿方を見つけてしまいましたの…』と、王宮から去って平民の男(それなりに金持ち)と結婚して6男4女の大所帯のお母さんをやって幸せそうにテレビに出ていたり、『私はどうも…王宮と云う場所は性に合わん!』とか云って、お気に入りの護衛役数人連れて、トレジャーハンターになってしまったり…
妹はいるのだが…歳の順で行くとどうしてもルルーシュに…と云う事になってしまった…。
戴冠式の時には…『俺は!本当は『反逆者』になりたかった!『反逆者』になって…ブリタニアを壊し、世界を手に入れたかった!』などと…『萌え♪』な涙目でフルフル拳を震わせながら云ってしまったのだが…それでも、世間は、ルルーシュの戯言はしょせん子供の戯言と処理してしまい…
『可哀そうに…18歳の身空で『皇帝』なんて事になってしまって…。でもまぁ、その代わり、後宮には好きなだけ美女を侍らせていいから…』
と、訳の解らない事を云って片付けてしまった。
恐らく、18歳と云う年齢で思春期の妙な欲求不満がたまっているのなら、それをちゃんと吐き出させてやればいいだろうと云う、結構浅はかな考えだったように思えるのだが…
しかし、ルルーシュの方は、そんな者よりも、『反逆』に『憧れ』を持つらしく…
広く作られた後宮ではあったが、ルルーシュが『皇帝』に即位して早1年…その中身の質素たるや…
と云うよりも、誰もいない…。
流石に建物と云うのはちゃんと手入れをしてやらなくてはならないのだが…人のいない後宮を掃除しに行く王宮付きの女官たちは…何とも複雑な気分だし、かといって、ここにあふれんばかりの女性たちでひしめいているのも見ていて気持ちのいいものではないのだが…
しかし…『皇帝』ともなれば、今はまだいいが、その内にみるのもうんざりするほどの見合い写真が届けられ、業を煮やした家臣たちが様々な女を使ってモーションをかけてきて、何としても『お世継ぎを!』となる訳なのだが…
ただ、ルルーシュ自身、本来は『皇帝』に即位するような立場になかったから、それまではのんきにしていたのだが…いざとなると、異母兄たちはとっとと『皇位継承権』を返上してしまい…最終的に末っ子に押し付ける形となっていた。
それに気づいたのは…父、シャルルがルルーシュの母であるマリアンヌと『ちょっと『Cの世界』まで遊びに行ってくるから…後は息子たちに任せる!『皇帝』はやりたい奴がやれ!』と云う、無責任極まりない書置きを残して家出してしまった当日だった…
その書置きを見るなり…異母兄たちは、さっさと自分の離宮に戻り、荷物をまとめにかかっていた…
と云うか、中には既にそれを予想していたかのように『荷物さえ持って行ってしまえばこっちのものさ!』とばかりにしっかり荷づくりまでしていた奴もいた…
一番ドンくさい異母兄だと思っていたクロヴィスもその辺りは用意周到で…
『大丈夫だよ…。ルルーシュなら立派な『皇帝陛下』になれるよ…。僕では頭が悪すぎて無理だから…。それに、シュナイゼル異母兄上も、外で遊ぶだけ遊んだら、時々帰って来るって云っていたからね…。安心していいよ…』
と、とっとと逃げられた。
ルルーシュは…第11皇子って事で、そんな者になるとは思ってなかったし、まだ、18歳の身空で、心の準備もないままに人生を決められてしまうなんて思ってもみなかった…
そこで、慌てたのは、逃げ出した異母兄や異母姉の母君たちだ…。
異母妹と云っても、思いつく限り、ユーフェミアとカリーナくらいしか思いつかないし、同じ母を持つナナリーに『皇帝』なんて、めんどくさい物を押し付ける訳にはいかない…
とりあえず、ユーフェミアの元に相談に行ったら…
『まぁ…ルルーシュが『皇帝陛下』になるのですね!でしたら…私は『皇妃陛下』になれるのですね!』
と、後宮へ入るとばかりに引っ越しを始めるし、カリーナのところへ行ったら…
『え〜〜〜、『皇帝』って遊べないんでしょ?しかも、プライバシーないし、いつも護衛と称していかついSPに囲まれる生活なんて絶対にいや…。私、もっともっと、おしゃれしたいし、素敵な恋もしたいし…』
とまぁ、『皇帝なんて絶対なるもんか!』とばかりに、自分のやりたい事を並べ始めた。
仕方なく、各離宮に残されていた、逃げ去った異母兄、異母姉の母君たちに相談に行くと…
『今はそれどころじゃありません!とっとと息子(娘)を連れ戻さないと…。ルルーシュ殿下…あなたが『暫定的』に『皇帝』に即位して下さい!一番先に自分の子供を連れ戻した后の息子が『正式』な『皇帝』になりますから!』
と…自分の子供を探す旅に出て、そろそろ1年が経っているが…
しかし、平民出身で『騎士候』にまで昇り詰め、(さっさと放棄しちゃったけど)皇帝のお気に入りになれる程有能なマリアンヌならともかく、家柄以外に誇れる物のない他の后たちにさっさと逃げ去った子供たちをとっ捕まえて、説得してここに連れ戻す事が出来るまでに一体何年かかるのだろうか…
シュナイゼルに至っては、確実に捕まらない自信があるのか…時々帰って来るとまで云っている…
で、今に至る訳なのだが…
結局、父、シャルルと母、マリアンヌの家出によって、変なところで皇位継承権争いが勃発してしまい…
ドンくさいと思っていた異母兄、クロヴィスは結構逃げ足は速いらしく、未だに王宮に帰って来たと云う報告はない。
で、離宮を使っていたシャルルの后たちは半年くらい前から業を煮やして、自分でも外に出て探す様になった。
中には、
『ルルーシュ陛下?ご機嫌麗しゅう…。実は私…この度、素敵な運命の殿方に出会ってしまいましたの…。もし、私の子供が帰ってきたら…是非とも取り立ててやって下さいましね…』
と、これまで身分の低い母を持つルルーシュを邪険に扱ってきた義母が掌を返したような猫なで声で挨拶に来て、そのまま王宮を去った…と云う女もいた…
ルルーシュはここで学んだ…
―――『女』と云う生き物は…どこまでも強く…逞しい…
と…。
でも、ルルーシュとしてはここで感心している場合ではなく…
今でも自分の子供を探している后妃たちにかけているのだが…
しかし…未だに『自分は幸せになったんで、後よろしくね♪』と云う女以外の報告は一切ない。
と云うか、完全音信不通となっていて…まぁ、一応『皇族』の一員なので、死んじゃいないと思うが、どこで何をしているのか解らない…
大体、この王宮で『皇帝』の后をやっている時点で、余程の例外(例えば、ルルーシュの母の様な)でない限り、まぁ、貴族、または、皇族の遠縁にあたる人間しかいない。
つまり、中には外の世界を知って、そっちの方がよくなっちゃった人もいる…と云う事もあり得るのだ。
一応、ルルーシュに挨拶にきた女はそのクチだろう…
自分が幸せであると、他人に対しても優しくなれる。
それは自分の中に余裕が出来るから…
ルルーシュがそう考えた時…ルルーシュは…女たちの期間を…8割方諦めた…
中には王宮での暮らしでしか生きていけないものもいるかもしれないが…ただ、女と云う生き物、王宮で暮らして行こうとすると、当然のように『権力欲』の塊となる。
ある意味仕方ない。
自身に何か、実力でもあればともかく、自分の家柄だけしかないものにしてみれば、とにかく、権力を手に入れなくては、この王宮内では肩身の狭い思いをする。
とにかく、自分が『実権を握りたい!』と云う程度の目的で権力を求めた場合、頂点に立つか、もし立てなければ、頂点に立った者のご機嫌とりをして、自分の立場の安泰を謀らなくてはならない。
そして、この王宮に入って来る女の殆どが、自分の実家の後ろ盾くらいしか、誇れるものがない。
となると、自分で権力を握る為には、相手を蹴落として行かなくてはならない…
そこで、色んな意味ではた迷惑な知恵だけは付いてくるのだ。
ルルーシュとしては…そんな場面をいろんな場所で見続けてきた為、母、マリアンヌが『あなたは皇帝になるのですよ!』などと云う母でなくてよかったと心の底から想っていたのだが…
ただ、その矛先を向けられていた皇子や皇女たちが…いとも簡単に逃げ出して…自分が渦中に残されている…
そんな長い考え事だったが…冒頭でルルーシュは『皇帝』になっちゃったので、とりあえず、戴冠式の前に『騎士』を決めろと云われて…で、9歳の時から10歳にかけて、短期留学していた日本で出会った枢木スザクを『騎士』に指名した。
日本側も相当びっくりしたようだが、とりあえず、出来るだけブリタニアとは良好な関係を保ちたい『軍事力放棄』と云う、今となっては完全に矛盾している憲法に縛られているので、ブリタニアは味方に付けておいた方がいいと…確かに現在首相となっている枢木ゲンブの一人息子だったが、枢木家の跡取り一人で良好な関係を保てるなら安いもの…とばかりに快く差し出してくれた。
おまけに、スザクの方も、ルルーシュとの再会をそれはそれは喜んでくれて、『君のその言葉を僕は7年も待っていたんだよ!』とまで云われた。
成り行きでなっちゃった『皇帝』の地位…
スザクとの再会は『皇帝』なって、良かったと思える数少ない幸せの一つだ。
「スザク?どうした…?」
長い説明文でお忘れかもしれないが、ルルーシュの騎士は冒頭でルルーシュに声をかけていた。
「あのね…僕さ、ルルーシュが『皇帝』になっちゃった成り行きとか…一通り聞いたんだけど…ホントに…誰かが帰ってきたら…やめちゃうの?」
何か不安げに尋ねて来る。
何が不安なのだろうかと、ルルーシュの頭の中では『?』が飛び交っているのだが…
「当たり前だろう…なんでだ?大体、俺自身がこんな『皇帝』でいたくはないからな…。戴冠式の時にも云っただろう?俺は、『反逆者』になって…ブリタニアを壊して、世界を手に入れたい!と…」
どうやら、ルルーシュは未だに諦めてはいないらしい…
ただ…ルルーシュが即位してから…
「君の執政で随分、ブリタニア国内、安定しているし、外交も良好じゃないか…。ずっと、険悪だったEUとも国交まで回復しちゃって…。今、ルルーシュが『皇帝』やめたら…きっと、『ルルーシュ陛下!『皇帝にお戻りください!』と云う、ある意味、暴動が起きると思うけどな…。家ですれば、世界総出で捜索活動するだろうし…」
スザクがさらっと…事実と予想される未来を云い放つと…ルルーシュはすこぶる機嫌が悪くなる。
「だって…俺が無能者になったら…ナナリーが…悪く云われる…」
ぼそっと、そんな事をほざいている。
「ルルーシュ…何を目的に『世界に反逆』したいの?」
「そ…そりゃ…えっと…その…」
どうも、本編と違って『ナナリーだけでも幸せになれる世界』と云う大義名分がないため、どうやらその先を考えていなかったらしい…
「要するに…『皇帝』になりたくなくて…口から出まかせを云っちゃったわけね?まぁ、ルルーシュが『反逆したい!』って云った時、あの報道の視聴率、凄く上がったらしいよ?で、ホントにテレビ局に問い合わせてきた人もいるって…」
ルルーシュは心の中でこんな事を思っている。
―――俺は間違っていない!間違っているのは世界の方だ!大体、ブリタニアの皇帝が『反逆者』になりたい!って云ったんだぞ!絶対に世界は間違っている!
まぁ、確かに云っている事はその通りなのだが…その当時、ルルーシュはまだ18歳…
世間的には、色々な意味で色々な感情を向けられている。
麗しいその姿で、『俺は!本当は『反逆者』になりたかった!『反逆者』になって…ブリタニアを壊し、世界を手に入れたかった!』などと…『萌え♪』な涙目でフルフル拳を震わせながら云ってしまって、世界に『萌え♪』をばら撒いてしまった為、なんだか解らないファンレターやら、応援メールがたくさん届くようになった。
中には、その言葉に対して反感を持った者もちょっぴりいて、脅迫状紛いの手紙とかメールを送ってきたり、カミソリ入りの手紙が届いたりもした。
ルルーシュの手にはそれは確実にチェックが入るので、ルルーシュの手には届かなかった。
しかし、そのチェックをしていた職員がそのカミソリでちょっと手を切ってしまい、それが…マスコミに変な形でばれてしまった。
『ルルーシュ陛下!世界の敵とも云える痴れ者の卑劣な手段により、お怪我されたもよう…』
などと報道されてしまい…またまた世界中は大騒ぎとなった。
まぁ、消印等から投函されたポストは解るし、それを実行した人物もそれほど頭が云い奴ではなかったらしく、中に入っていた手紙の指紋を調べて、1週間後に日本警察によって逮捕された。
けがをしたのはルルーシュじゃなくて届いた者のチェックをしていた職員で、怪我も指先をちょっと切っただけの、絆創膏と消毒液で10日くらいで完治する程度のものだった。
流石にこれだけ大騒ぎともなると…
―――なんだか…世界中が俺の敵みたいだ…
と、内心とっても悲しんでいるルルーシュであったが…
これで、自分の子供たちを探しに旅に出てしまった后が全員、外で幸せを見つけて、帰ってこなかったら…ルルーシュは世継ぎが出来てその世継ぎに皇帝の地位を渡さない限り、ずっと皇帝陛下でいなくてはならない。
「スザク…どうしたら…俺…『皇帝』やめて、『反逆者』になれる?あの、『コードギアス』とか云うアニメの『ゼロ』みたいに仮面かぶってみたい!悪辣な高笑いしてみたい…」
「ルルーシュ…お願いだから…あの、トゲトゲ仮面被るのと、『是非セクハラして下さい!』みたいな衣装を着て、腰を振って演説したいなんて云わないで…」
スザクは心の底からルルーシュに頼んでいる。
最近、外に出る事もめっきり減って、仕事ばかりになってしまっているルルーシュを気の毒に思い、日本から取り寄せたアニメDVDをルルーシュに上げたのだが…
変な形で感化されて、ファンになったらしい…
―――しかも…『ゼロ』になりたいだなんて…
よほど、ルルーシュは今のこの状況が切ないのだろうか…
確かに、ルルーシュの『騎士』になれたこと自体は本当に嬉しいのだが…
スザクも中々ルルーシュと二人の時間を楽しむと云う訳にも行かなくて…
「早く、ルルーシュの異母兄君たちが帰って来るといいね…」
と云うくらいしか出来る事がない。
と云うか、一番いいのは、なんだか知らない内に責任放棄したルルーシュの父、シャルル=ジ=ブリタニアが帰って来る事なのだが…
―――その頃…諸悪の根源のシャルルは…
「マリアンヌ…流石わしらの息子だ…。なかなかやりよるわ…」
「まぁ、シャルル…あんな風に戴冠式で『萌え♪』な表情を世界中に発信しちゃった時には烈火のごとく怒ったくせに…」
「まぁ、あの時はあの時よ…。最近は『反逆者』になりたいと云わなくなったのぉ…。やっと諦めたか?」
「さぁ…そのうち云いだしそうだけど…」
とまぁ、結構能天気にどこかの片田舎の別荘で息子の活躍を目を細めて見ていたのだった…
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