本国から至急の呼び出しを食らい、カノンはやっと、シュナイゼルをブリタニア本国に連れ戻す事に成功した。
ルルーシュはやれやれと思いながらも、あんな異母兄に誠心誠意仕えているカノンに対して尊敬の意を抱いてしまう。
それに…あの異母兄が本国に帰ったとなると…とりあえず、普段の生活に戻ると云う事だ。
そして…その予想は外れる事なく…ゼロとスザクは毎日ルルーシュを巡って校内マラソンを繰り広げている。
今日は、ライの方はゼロの命令で生徒会室でゼロを待機中で、ルルーシュと一緒に生徒会室のパソコンの前で生徒会業務をこなしていた。
まぁ、体よくライにゼロの分の生徒会業務を押し付けている訳なのだが…
というのも、これまではルルーシュが基本的にフォローしてきたのだが…
『いい加減、俺に全てを押し付けるのはやめろ!』
とゼロに対して云いつけたのだが…そうしたら、ゼロ自身は何を考えたのか…ライに全て押し付けて本人は相変わらずスザクとじゃれているのだ。
「ライ…すまないな…。俺がゼロを甘やかしすぎたばかりに…」
この状況の中、生徒会室にいるのはルルーシュとゼロだけ…
そして、当然のように業務をこなしているのはこの二人だけである。
「いえ…僕自身、少し体調があんまりよくなくて…。スザクがゼロの相手をしてくれているのは助かります…」
そう云って、ライはルルーシュににこりと笑って生徒会の業務を続ける。
元々、自分に何かあってもなかなか云わないライだが…
恐らく、ここにいたのがゼロだったらライのこの言葉にすぐに反応したかもしれないが…
ここは神のいたずらか、運命の気紛れか…ここにいたのはルルーシュだった…
ルルーシュも周囲に良く気を配る方だが…それでも、細かいところまで目を行き届かせる事は出来ない。
ライの言葉に少し不思議な顔をするが…それでも、ルルーシュは自分の分の生徒会業務を続けて行く…
ここのところ、ここにいない、この生徒会室の責任者であるミレイが生徒会業務をため捲くったお陰で…ルルーシュも目の前の山積みになっている作成しなければならない書類と格闘しなければならない。
放っておけばいい…と思ってはいても…これは、ルルーシュ生来の性格なのか…目の前に色々山積みされていると放っておけない性分で…
つい、手を出して、墓穴…と云うよりも、実は見た目ほど楽ではない事にドツボにはまっていくのだが…
今も、生徒会室の中では2台のパソコンのキーボードをたたく音が響いている。
ルルーシュもライもこうしたタイピングのスピードはずば抜けて速い。
そして…そのキーボードをたたく音は…聞いている方としては中々心地よくて眠ってしまう事もしばしばだ…
暫く、二人のキーボードの音が響いていたが…
突然…二つのタイピング音が一つになる。
「…?ライ…?」
その事に気づいたルルーシュが顔をあげてライの方を見ると…
ライがパソコンの横のテーブルに突っ伏している。
「ライ!」
ルルーシュが慌てて立ち上がってライの元へ寄り…ライの額を触ると…
「ひどい熱だ…」
恐らく…ここまでひどくなる前に自覚症状はあったのだろうが…
ライの性格を考えれば…ここまで我慢する事は至極当然で…
おまけに、いつも自分勝手なわがままであちこち連れ回すゼロの騎士なのだ。
ライはゼロの騎士としての責任感が非常に強い。
決して、ゼロに何かあってはならないというその責任感が強い分、自身の体調管理もしっかりしてはいたのだろうが…
それでも、子供みたいなゼロの騎士である限り、よほどの体力の持ち主でなければ務まる筈がないし、ライだって、いくら優秀だからと云っても人間なのだ…
無理をすれば必ずこうした形で現れて来る。
「だ…大丈夫です…。すみません…ルルーシュ…」
辛そうに声を震わせながらルルーシュに謝るのだが…
「バカが!そんな事を気にしている場合じゃないだろう!とにかく…クラブハウスの俺たちの部屋に戻ろう…。安静にした方がいい…」
そう云って、ルルーシュはライに肩を貸そうとするが…
立ち上がる事も困難な程辛いらしい…
ルルーシュではライを抱えて自分たちの部屋に戻る事なんてできない…。
ルルーシュは自分の学生服のポケットから携帯電話を出して、自分たちの世話係となっている篠崎咲世子に連絡してすぐに生徒会室へ来るように告げる。
そして、その連絡を受けてすぐに咲世子が来て、ライをおぶって彼らの部屋へと連れていく。
そして、それを見届けて、ルルーシュはゼロの携帯電話に電話するが…
どうやら、スザクとの校内マラソンに夢中で気づいていないらしい。
「これは…あんまり使いたくないがな…」
そう一言呟いて、専任騎士に渡している非常用の通信機に連絡を入れる。
すると、スザクはすぐに返事をよこしてきた。
「ゼロに伝えてくれ…。ライが倒れた…。今俺たちの部屋に連れて行って貰ったから…。すぐに戻って来いと…」
その一言を告げると、通信機の向こう側でゼロを取り巻いている空気が変わった事が良く解る。
いくらルルーシュに対して妙な執着を持っていても…ゼロにとっての一番はライなのだ。
それが解っているから、ルルーシュとしても、スザクが遊び仲間になっている内はそれはそれでいいと思っていたのだが…
連絡を受けて、顔色を真っ青にしてライが運ばれた部屋にゼロが飛び込んでくる。
「ライ!」
今にも泣きそうな顔をしてゼロがライの名前を呼ぶ。
そんなゼロを見て、ライの枕元にいる咲世子がそっと人差し指を唇にあてて、静かにするようにと促す。
「ゼロ様…大丈夫ですよ…。少し、お疲れが出ただけのようです。2〜3日こうして安静にしていればすぐに良くなられますよ…」
泣きそうに…と云うより、既に目尻に涙をためているゼロに気を使って咲世子がそう告げる。
「ライは…眠っているのか?」
ルルーシュが尋ねると、咲世子は『はい』とだけ答えて部屋を出て行った。
ここまで無理をするライもライだが…気付かないゼロもゼロだ…
それに…ルルーシュ自身、一緒にいたのに…ライが普段なら絶対に云わないような言葉を吐いていたのに…気付かなかった自分に対して叱責する。
「ゼロ…少し静かにしてやろう…」
ルルーシュがそう云ってゼロの手を引っ張って、こちらを向かせると…
普段のゼロからは想像もできない様な…涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔になっていた。
「ゼロ…」
流石に驚いたスザクがその顔を見てゼロの名前を口にする。
「俺…ライの傍にいる…。今日は…ライの看病する…」
そう云って、ゼロの表情に驚いてゼロの手を掴んでいた手の力の抜けたルルーシュの手から離れて行く。
そうして、ライの額に乗せられているタオルを絞り直して元に場所に戻す。
いつもは…ライの事を困らせてばかりのゼロだが…
それでも…ゼロにとって、ライは特別な存在なのだ。
「とりあえず…僕たちは外に出ていよう…ルルーシュ…」
ゼロのこの姿を見て、少しショックを受けたのか…
いつもなら、ルルーシュの云う事ならルルーシュ自身に関わっている事でなければ確実に従うゼロが…
こんな姿を見せた…
いつも…自分を巡ってゼロとスザクが追いかけっこをしている姿を見ているのが好きで…心地よかった…
でも、今目の前にいるゼロは…自らルルーシュの手から離れて行った…
これは…喜ぶべきこと…
頭の中では解っているのだが…
いつか、双子の自分たちも必ず、別々の道を歩いて行く事になる事は解っていたから…
いつまでも、ルルーシュべったりのままではいられない事は…解っていたのだが…
頭では理解していた筈なのに…
「ああ…そうだな…スザク…」
少しだけ…寂しさを感じながら…
ルルーシュはスザクと一緒に部屋を後にした。
これまで…ゼロがライを好きでいる事は知っていたのに…
そして、いずれ、二人は別々の道を歩かなくてはいけない事は解っていたのに…
今は…寂しい気持ちが…ルルーシュの心の中に生れていた。
ルルーシュのその表情の変化にいち早く気づいたのはスザクだった…
だから、スザクはルルーシュに声をかけて…部屋から連れ出した。
「咲世子さん…ちょっと紅茶を淹れて貰えますか?後…今晩はゼロがライについているそうですから…」
スザクがルルーシュをダイニングに連れて行き、ルルーシュを腰かけさせながら、キッチンで夕食の準備をしている咲世子にそう告げる。
「畏まりました…。ライ様のお食事は…?」
「一応、用意してくれる?きっと、脱水になっているだろうから…。水分補給させた方がいいから…その辺は咲世子さんに任せるけど…。ゼロの食事もライの食事を持って行くときに一緒に持って行ってあげて…。今日は僕とルルーシュが二人でここで食事をするから…」
普段、ゼロと戯れているスザクだが…やはり、その辺りはルルーシュの騎士と云ったところか…
ルルーシュが呆けている時にはちゃんと指示を出す事が出来る。
ルルーシュとスザクの前に紅茶を出され、咲世子がキッチンに戻っていくと…ルルーシュが口を開いた。
「なぁ…ゼロに依存していたのは…俺の方なのかもな…」
ぼそっと、そんな事を云う。
スザクには兄弟がいないからそんな感覚は良く解らないのだが…
それでも、ゼロはゼロで完全にルルーシュに依存していると思う。
こんな風に二人を見ていると、何となく羨ましいと思う気持ちと、妬ましいという気持ちが入り混じるが…
「とりあえず、咲世子さんが淹れてくれた紅茶を飲もうよ…。冷めちゃうともったいないし…」
こんな時、なんて声をかけていいか解らないので…とりあえず話をそらしてみようと思うのだが…
「ゼロは…いつも俺が黙って座っていても…ゼロの方から…俺のところに来てくれた…。でも…ゼロには…ライがいるんだよな…」
いつもなら、スザクとしてはむっとしない訳にはいかない話の内容だが…
今のこの状況では…そんな事も云っていられない…
ゼロは素直に普段からルルーシュにじゃれついているから…
ルルーシュは…放っておいても…ゼロはいつも自分のところに来てくれるものと…思い込んでいた。
「ルルーシュ…。だったらさ…ルルーシュもゼロ離れすればいいじゃない…」
「ゼロ…離れ…?」
「そう…僕としては、そうして貰った方が有難いけど…。ルルーシュを一人占めできるしさ…」
明るくルルーシュにそんな風に云っているスザクに…
少しだけ…涙がこぼれそうになる…
「俺…兄…失格だな…。弟に…依存しているなんて…」
そんなルルーシュに、スザクはやれやれと云った表情でため息を吐く。
確かにスザクには兄弟がいないから…良く解らない感覚だけれど…
客観的に見ても…ゼロは…充分過ぎる程ルルーシュに依存している。
―――僕が本気で追っ払わないといけない程…にね…
ライの傍から離れないゼロの方は…
顔を赤くして、浅い息をしているライを見ながら…
「ごめん…ライ…ごめん…。俺…主失格だ…。自分の騎士の事を…ちゃんと見ていなくて…」
誰もいなくなって、まだ、泣いているゼロだったが…
いつも、ルルーシュを追い掛け回していても絶対にゼロを守ってくれるライだったから…
今回、スザクとの追いかけっこにライが付いてこなかった事に何かおかしいと思うべきだった…
ゼロは心底そう思う。
ライは…騎士である前にゼロの恋人だ…
だから…表向きには立場の違いはあるが…本質の部分では対等だ。
そう接してくれる…
「ゼ…ロ…」
ライが…少し意識がはっきりしてきたのか…すぐ隣で泣いているゼロの涙をぬぐおうと手を伸ばしてきた。
「申し訳…ありません…。ゼロの…騎士として…失格です…僕は…」
まだ苦しいのか途切れ途切れに言葉を紡いでいる。
「ライ!なんでこんなに具合悪くなるまで放っておいたんだ!騎士は…騎士の役目は…ずっと、主の傍にいる事だ…。具合悪いときだって…俺の…傍にいなくちゃいけないんだ…。こうして…今みたいに…」
「ゼロ…あなたは…本当に無茶を云いますね…」
ゼロの言葉にライが苦笑する。
「だから…だったら…もう…こんな風に倒れるまで無理するな!と云うより…せめて…倒れるなら…俺の前で…」
どうやら…ルルーシュの前でダウンしてしまった事が不服らしい。
横になったまま、ゼロの方を見ると…
子供が悔しがっている様な…そんな表情で相変わらず涙目になっているゼロの顔がある。
「ゼロ…鼻をかんで下さい…。折角のゼロの顔が…台無しです…。僕は…ゼロの…笑った…綺麗な顔が…好きなんですから…」
熱を出してもキザッたらしい事を云っているが…
それでも、ゼロが泣きそうになっている時、泣いている時には…こうした事を云うと…いつもライに縋ってくれるので…つい、そんな風に云う癖がついてしまっている。
―――つくづく…自分もゼロが一番…なんだな…
心の中でライが苦笑する。
ゼロがライの云う通りに近くのティッシュボックスから数枚、ティッシュペーパーを引きぬいて、自分の顔を汚している鼻水や涙を綺麗に拭いている。
「まだ…少し顔が赤くなっていますね…。ちょっと、僕の方に顔を近づけてくれますか?」
顔を綺麗にし終えても、顔は涙や鼻水の影響で真っ赤になっている。
ゼロは、ライの云っている真意も解らずにとにかく、ライの顔の傍に自分の顔を寄せる。
ライの顔から約30cmのところまで来た時、ライがゼロの首の後ろに腕をまわして、ゼロを自分の方に引き寄せる。
「!!」
ゼロがライの行動に驚いて目を見開く。
ゼロの唇に…ライの唇が当たったから…
本当に…ほんの少しの時間…ちょっと触れるだけのキス…
「ルルーシュには…内緒ですよ?」
驚いているゼロに…ライはそう笑いかけた…
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