願い事


 ルルーシュが…ブリタニア軍の日本攻撃の際にナイトオブワンの手によってブリタニアに連れ戻され、妹、ナナリーは決して政治の道具として使わないという条件を出して、ルルーシュは、まだ、10歳と云う幼い年齢でナイトオブラウズの一人となった。
父、シャルル=ジ=ブリタニアが何を考えているのか…ルルーシュには解らない。
元々、ルルーシュもナナリーもいる事を承知で日本に攻撃を仕掛けてきたブリタニア…
ブリタニアは父、シャルル=ジ=ブリタニアの命令一つで動く国であり、また、彼の命令がなければ動かない国だ。
だから…あの日本の攻撃は…ルルーシュとナナリーに危険が及ぶ事を承知の上での攻撃だった…
あの…ブリタニア軍を目にした時…自分は捨てられた…そう思った。
元々…あの帝国内では…とるに足りない存在だった事くらいは解っている。
母は父の騎士であり、騎士候にまで上り詰めたが…それでも、所詮は庶民出身…
母を蔑む后や貴族たちもたくさんいた。
しかし、表向きには母はとても民衆からの支持があったし、ルルーシュの母を蔑んでいたのは、基本的に実力よりも家柄だけでその地位を得ていた者たちだけだ。
ただ…家柄と云うのは、王宮では非常に重要らしい。
実際に、ルルーシュの異母兄弟たちを見ていても…皇族の血筋を持つ母、貴族出身の母を持つ者は…何もしなくても、自身の地位を得ていた。
それは…ルルーシュが日本に送られ、そして、ナイトオブラウンズとして存在するようになってからイヤと云うほど思い知らされてきた。
ナイトオブラウズとして…ルルーシュは皇族の名を名乗る事が出来ない。
ルルーシュが皇子である事を知るのは、父であるシャルル=ジ=ブリタニアとナイトオブワンであるビスマルク=ヴァルトシュタイン、そして…つい最近、ナイトオブセブンとなった…日本にいた頃にできた友達…枢木スザクだけだった。
ラウンズの中で、ルルーシュは『ルルーシュ?ランペルージ』と名乗った。
母の遠縁にあたる者の名を貰った…。
そして…表向きにはルルーシュは死んだ事にされた。
王宮に戻されたナナリーはビスマルクの手によって救い出された事になった。
ナナリーには…ルルーシュが死んだと告げられている。
今のルルーシュは…ナナリーを守る為に…たった一人…となった…。
そのこと自体には何も思いはしない。
ただ…ナナリーの中に…自分の存在がいない…それが切なかった…。
スザクの存在はいるのに…
父の存在はいるのに…
ルルーシュの存在は…ナナリーの中には…もう…死んだ存在となっていた…。
―――これも…ナナリーが安心して…安全に生きる為…

 ルルーシュは元々、チェスなどのゲームが得意で…戦略を考えるのが得意だった。
前線でナイトメアを駆る事よりも、旗艦に乗ってナイトメアを駆る者たちに作戦を指示する役目を担った。
だからこそ、余計に陰の存在となっている。
ナイトオブラウンズの中ではその存在を知られているが…
一歩ラウンズから離れると、軍組織の中でさえ、ルルーシュがラウンズの制服を着ていなければルルーシュがラウンズであると知る者はほとんどいない。
それほどまでに…『ナイトオブゼロ』と云う存在は…外に知られていない。
だからこそ、出来る仕事も多い…
また、国内の不穏分子の抹殺は基本的に誰にも知られないように遂行するのが普通だ。
相手が大物であればある程…それは陰が動かなくてはならない。
ルルーシュは…そう云った事を遂行する立場にあった。
それ故に、ナイトオブワンを除く他のラウンズよりも…様々な情報を持っていたし、敵にその存在を知られた時には真っ先に狙われる立場だった。
―――それでも…それでナナリーが守られるのなら…
ルルーシュがナナリーの姿を見る事が出来るのは…様々な式典に出席した時…遠くからそっとその姿を見る事だけ…
ルルーシュのすぐ下の異母妹であるユーフェミアと一緒に笑いながら話している姿を見るたびに…ルルーシュはほっと息を吐く。
―――ナナリーが笑えているなら…それでいい…。自分の存在意義は…もうそこにしか見出す事が出来ないから…
実際に、スザクがナンバーズでありながらナイトオブラウンズとしてルルーシュの目の前に姿を現すまでは…そう思っていた…
日本がブリタニアに負け…日本はブリタニアの植民エリアとなったと…ブリタニアに連れ戻されてから聞いた…
日本で共にいた…スザクの事がずっと気がかりだった…
生きているのか…
まずはそこに思考が及んだ…
いつか…何かの形で元日本であったエリア11に赴任出来た暁には…絶対にスザクを探そうと決めていたくらい…
微妙な二国間の関係の中で…
明日、どうなるか解らない中で…
日本に送られ…『ブリタニアの皇子』であるという事で…ルルーシュが一人で外に出るたびに…ルルーシュは近所の子供たちから殴られたり、蹴られたり…そんな事が日常茶飯事だった。
そんな中…スザクは…
『俺は弱い者いじめが嫌いだ!』
そう云って…ルルーシュをかばった…。
何度も助けてくれた…
あの時には…云えなかったけれど…礼を云いたかった…
そして…また、笑って話したかった…
たとえ、ルルーシュがスザクを見つけ出し、再会できたとしても…あまり現実的ではない望みだとも思ったが…
それでも…一目、スザクの姿を見たかった…

 あれから7年…
ルルーシュはナナリーを守る為に…そして…スザクの消息を知る為に…ナイトオブゼロとしてルルーシュの持てる全てを注いだ。
今では、年若いながら…全ナイトオブラウンズの中でも一目置かれる存在となった。
そして…アフリカ遠征の際に…その時のナイトオブセブンが戦死したとの報告が入り…ナイトオブセブンの椅子が空いた…
ナイトオブラウンズの欠員が生じると、様々な形で影響が出て来る。
軍とは完全に独立した存在で…軍の規約を守る必要もない。
軍を自己の判断において動かす権限を持つが、その分、責任は大きい。
そして…ラウンズに命令を下したり、懲罰を与えたりできるのは…この世にたった一人…
そのラウンズの仕えるブリタニア皇帝…ただ一人だ…
これは…皇子、皇女であってもそれは覆す事が出来ない。
極端な話、戦場で皇子や皇女が死傷しても、ブリタニア皇帝がナイトオブラウンズに責任がないと一言云ってしまえば、実際はどうであったとしても、責任を問われる事はない。
それほどまでに…ナイトオブラウンズの権限は強い。
ただ…そこまでも傍若無人をふるうような者がナイトオブラウンズに入る事もあまりない事だが…
基本的に文武両道に優れ、人格的にも認められた者がその名を戴く。
そして…ルルーシュの前に…新しいナイトオブラウンズが…現れた…
「スザク…」
ルルーシュは…生きていてくれた…と云う喜びと、こんな形での再会になってしまったことへの悲しさ…そして、今の自分を見られたくなかったという切なさの交じった顔でその、新しいナイトオブラウンズを出迎えた。
「ルルーシュ…良かった…。無事にブリタニアに帰ってきていたんだね…。でも…なんで君がここに…?」
聞かれたくない事を…ストレートに尋ねられた…。
しかし、隠しておくわけにもいかない…
「俺は…ナイトオブゼロ…。ナイトオブラウンズの一人だ…」
ルルーシュが複雑そうな笑みを浮かべて目を伏せる。
そんなルルーシュの表情を見て…スザクもまた…切なそうな表情を見せる。
「そっか…。君の表情で…なんとなく、君が何かを背負っている事は解るよ…。でも…僕は…君にもう一度会えた事が嬉しい…。ずっと…頑張ってきた甲斐があった…」
スザクの言葉に…ルルーシュが驚いてぱっと顔をあげてスザクを見る。
スザクの目には…うっすら涙が浮かんでいて…それでも、無理矢理笑おうとして…
「ずっと…頑張ってきたって…?」
あの戦争の後、スザクの行方を捜す事も出来ず、自分自身はナナリーを守る為にナイトオブゼロと云う立場で世界を奔走していた。
心の片隅で…いつも気にかけていたのに…でも…スザクの為に何一つ出来る力はなかった…
「ヴァルトシュタイン卿が君たちを連れて行った後…すぐだった…。日本が無条件降伏をしたのは…。その時から僕はイレヴンになった…。どうしても…君に会いたくて…でも、ナンバーズの僕がブリタニアに渡るのは…軍人になって功績を上げる事しかなかったから…。だから、名誉ブリタニア人になって…軍の中で…どんな事にも耐えたよ…。君に…遭う為に…」

 スザクは…簡単に云っているが…それは想像を絶する努力だっただろうと思う。
かつてのスザクは…『俺』と云っていたし、こんなに大人しい喋り方をしていた訳でもない…
それなのに…言葉遣いがこれほどまでに変わってしまう程…スザクは…
ルルーシュは…スザクと別れてから…自分を『俺』と呼ぶようになった。
それは…スザクが自分の事をそう呼んでいたから…
だから…そうしていたのに…
ルルーシュは思わずスザクを抱きしめる。
「ごめん…ブリタニアが…ブリタニアが…」
スザク達日本人の運命を狂わせてしまった…
謝ってすむ事じゃない…
あの時、確かにルルーシュにできた事なんて何一つなかったが…
でも、ナナリーを守るという口実の下に…スザクと同じような運命をたどる人々をたくさん生みだしてきた…
「ルルーシュの…所為じゃないだろ…?それに…僕はこうして生きている…。また…君の傍にいる事が出来る…」
スザクの言葉が突き刺さってくる…
これから…スザクがナイトオブラウンズとしてルルーシュの傍にいるのならいずれ解ってしまう…
ルルーシュがこの7年間…ラウンズとしての地位を失わず、ナナリーを守る事が出来た裏に何をしてきたのか…
それを知られたくないと思う…
否、知られるのが怖いと思う…
あんな風にルルーシュとナナリーを見守り、ルルーシュを守ってくれたスザクが…今のルルーシュを見たら…何と思うだろう…
それを創造すると怖くて堪らない…
初めての友達…
そして、唯一の友達…
共に笑いあえた相手…
時に喧嘩もできた相手…
そんな存在なのに…
そして…その存在が今度は同じラウンズとして傍にいると云うのに…
それでも、これまで自分のしてきた事を考えると…傍にいる事が辛い…
「ルルーシュ…自分が穢れたと感じているのは…何も君だけじゃないよ…」
まるで、ルルーシュの心の中を見透かしたように…スザクがそう一言口にした。
その言葉に…ルルーシュは動く事も出来ず…ただ…目を見開く。
そんなルルーシュを無視して…スザクは言葉を続ける。
「僕も…ただ…君に会いたくて…名誉ブリタニア人になって…軍人として…反ブリタニア組織と呼ばれた人たち…同じ日本人なのに…粛清してきた…。僕は…そんな功績の積み重ねで…ここにいるんだ…。ただ…君に会いたいという…その願いの為だけに…」
まるで…ルルーシュだけじゃない…自分も同じだと…そう言われている様な気がした。
ずっと…探したいと…会いたいと思っていたけれど…ずっと怖かった…
こんな風に…特に国に対して忠誠を誓っている訳でもない…
皇帝の為に働こうと考えている訳でもない…
ルルーシュの個人的な…ナナリーを守りたい…そんな気持ちだけで…多くの戦場に赴いて…自分は作戦だけを立てて…他の者たちに手を下させてきた…

 スザクの目には…さっきよりも涙がたまっている。
ずっと…辛かったのだろうと思う。
その方法しかなくて…裏切り者と云う名を甘んじて受けてきた…
「相変わらず…泣き虫だな…お前…」
ルルーシュがスザクの目尻に人差し指を当てる。
ルルーシュがそう言うと、スザクの目からは涙がこぼれおちる。
「だって…君は…素直に泣けないだろ?だから…君の分も一緒に…泣いているんだよ…」
スザクの言葉に…少しだけ…昔に戻ったような気がした…
「バカな事を云うな…俺は…泣く様な事なんて…」
そこまで云うと…自分では意識していないのに…
言葉が切れてしまう…
涙が出て来る訳でもない…
でも…なんだか…色々と…様々な思いが込み上げて来るのが解る。
これまでに…ずっと、押し込めていた…様々な思い…
ナナリーの中ではルルーシュは既に死んでいる事になっている事…
ずっと…スザクに会いたかったけれど…会う事が怖いと思っていた事…
そんな、身勝手な望みの為に…多くの戦場を駆け巡ってきた事…
ブリタニアに執着もなければ、愛着もない…
自分たちを捨てた国だ…
それでも、自分の願いの為に必要とあれば、憎い国でも利用する…
ずっと、そんな風に思ってきた…
「ルルーシュ…僕も…君に会う為に頑張ってきたんだ…。君も…僕と会いたいと思ってくれていたんだろう?だから…そんなに優しい言葉をくれるんだろう?自分の祖国を裏切った僕に対して…」
そう云いながらスザクが下を向く。
ずっと…裏切り者の名前を…その身に被ってきた。
こうして、ブリタニアの皇帝の騎士になったことで…祖国からの風当たりは更に強いだろうし、ブリタニア軍の中でもスザクを『祖国を裏切って上り詰めた』という、評価をするのだろう…
裏切りであれ、なんであれ、スザクの努力によって得た地位だと云うのに…
「大丈夫…僕たち二人が力を合わせたら…出来ない事なんてないよ…。昔…そう云ったじゃないか…」
スザクのその一言に…ルルーシュの瞳からも一粒の涙が零れ落ちた…
「なぁ…なら…二人の願いを叶えよう…。これから…共にいるのだから…」
ルルーシュは…スザクの言葉に…そう返した…

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