ロイドからルルーシュは『猫帝国』とやらから逃げ出してきた理由を知り…
スザクは以来、『ルルーシュは僕が守る!』と云う使命感に支配されていた。
ルルーシュが猫の姿とは云え、人間の言葉で話せるようになったのはシュナイゼルと対峙して3日後の事だった…
あの時…ルルーシュはシュナイゼルの姿を見て完全に目の色を変えて鳴き喚き、しかも、スザクの姿を見つけた途端にスザクにしがみ付いてきたのだ。
しかも…何かに怯えるように…ぶるぶると震えて…
確かにロイドの話だけでも十分すぎるくらいだ。
ロイドは
『シュナイゼル殿下は、ちょっとだけ愛情のかけ方を間違っているだけなんだけどね…。そのちょっと間違った愛情のかけ方が致命的になっているみたいだねぇ…ははは…』
と、軽く流していたが…
実際にその、間違った愛情を引き受けなくてはならないルルーシュとしては迷惑この上ないだろうし、あの、狂気ともとれる愛情は…いずれ、ルルーシュの身を危険にさらす…
あの時のシュナイゼルの目は…そう思われても仕方ない…と云うより、その事を物語っている目だった…
確かにスザクだって…ルルーシュに対してちょっぴり『ヨコシマ』な感情を持ち合わせているのだが…
あんなに綺麗で、可愛らしくて…本当は男の子にしておくのは勿体ないくらいで…
でも、そんな性別なんてこの際どうでもいいと思えちゃうほどルルーシュの事が好きで好きで堪らない…と云う感情に気づかせて貰った…
シュナイゼルに…
それまでは…寝顔なんか見ていると…男の子らしい変な感情に襲われることも多々あったのだが…
そこまでの感情があるとも思っておらず…>
でも、あの時、シュナイゼルを目の前にして、ロイドの話を聞いて…確信した…
―――僕は…ルルーシュに恋しちゃっている!
と…
その時はうっかり胸を張ってしまったのだが…
実際には同じ屋根の下で…しかも、ルルーシュ自身はそう云った感情とか、男の子の生理現象とかには本当に疎くて…
時に…残酷な事をしてくれる…
流石にシュナイゼルほど横暴にルルーシュを好きなように出来る程スザクの肝っ玉は据わっている訳ではない。
そもそも、あんな風にルルーシュを怯えさせるなんて…スザクにとっては万死に値するとさえ思ってしまっていた。
ルルーシュは気が強くて…決してあんな風に素直に怖がったりはしない。
でも、あの時…風邪で熱が下がったばかりで、身体が弱っていたとはいえ…あんな風に露骨に怯えた姿を見せると云う事は普通じゃないと…スザクでなくても判断出来る。
だからこそ…スザクの(ある意味)突っ走り気味な正義感を抱き、ルルーシュを守ろうと頑張っている。
ルルーシュはまだ、人間の姿に戻れずにいるが…スザクと普通に会話を交わす事は可能になっていた。
ロイドは峠を越えた後が長いと云っていた…
ルルーシュをロイドのところへ連れて行って既に10日経っているが…スザクと会話ができるようになったのは…つい、2日前の事だった…
スザクの希望により、ルルーシュはロイドのところから連れて帰ってから、スザクのベッドで一緒に眠っている。
スザクの布団の中に小さな体を丸くして頭だけでるようにはいって眠っている。
本当はスザクとしてはルルーシュを抱いて眠りたいくらいだったが…
流石に寝ぼけて抱きしめたりしたらルルーシュは潰れてしまう。
折角、シュナイゼルよりもスザクを頼ってくれたルルーシュに対して『ルルーシュを守る!』と決めたスザクがそのルルーシュを潰してしまっては意味がない。
目を醒まして…小さな寝息を立てているルルーシュを見て…スザクはほっとしたようにい笑みを浮かべる。
仕事から帰ってきてバスケットの中で苦しそうにしていたルルーシュを思い出すと…今でも自分を責めてしまいそうになるが…
でも、ルルーシュはそんな風に気にしているスザクを見て、流石に放っておけなくなったのか…
『別に…あれはスザクの所為じゃないし…。それに、具合悪くなる時は突然なるものだ…。スザクだってそうだろ?』
と云ってくれた。
しかし、スザクは昔から『体力バカ』と呼ばれており、風邪を引いたとか、インフルエンザにかかったという事がなくて…あんな風に寝込んでしまう程具合悪くなった事がなかった。
だから…どう答えていいか解らず…
『えっと…僕…生まれた時から…凄く丈夫だったらしくて…風邪ひとつひいた事ないんだ…。勿論虫歯になった事もなくて…。僕自身は歯医者にも行った事がないんだ…』
と、うっかり正直に話してしまった瞬間…ルルーシュが…少し…不思議そうな顔をしたかと思ったら…
『そ…そうなのか…。いつか…スザクが具合悪くなったら…スザクが俺にしてくれた以上に…』
そこまで云った時ルルーシュが下を向いて…何も言えなくなった…
流石にそんな姿を見て…スザクは焦ってしまう…
シュナイゼルのあの、ルルーシュに対する偏愛ぶりを見て、ロイドの話を聞いて…自分で決めたばかりではないかと…
『あ…あの…ルルーシュ…。僕が…ちょっと人より丈夫なだけで…普通は、風邪くらい引くよ…』
慌ててルルーシュにそう訴えるのだが…焦っていた事もあり、ルルーシュの云わんとしている事を理解できていなくて…更にルルーシュを落ち込ませてしまった…
その後…その日(と云ってもルルーシュが目を醒ました早々だった)は…折角話が出来たというのに…ルルーシュが黙り込んでしまった…
―――せ…折角…ルルーシュと話が出来るようになったというのに…
ここにシュナイゼルがいたら狂喜乱舞で…しかも、ルルーシュ自身が落ち込んじゃっている(しかも落ち込ませたのはスザクの一言な)ので、そのまま拉致して帰ったに違いない…
自分の言葉に後悔するも…
ルルーシュ自身はきっと…スザクに何かしたいと考えてくれたのかもしれない…
だから…
『ねぇ…ルルーシュ…次の僕の休みの日…猫の姿でもいいから一緒に外にお散歩行かない?勿論、ルルーシュの負担にならないようにするから…』
その一言に…やっと、ルルーシュはスザクの方を見てくれた…
そして…スザクが待ちに待ったスザクのお休みの日…
あれから既に2週間が経とうと云うのに…未だにルルーシュは猫の姿のままだった。
「ごめん…スザク…」
猫の姿でしょんぼりとルルーシュがスザクに謝る。
「なんで謝るのさ…。猫の姿なら…一緒に公園にでも行こうか…」
ルルーシュが謝っている姿に…なんで謝っているのか良く解らないが…
こんな姿も可愛いと思ってしまう。
「でも…俺…スザクと一緒に出かけるなら…その…えっと…」
何か云いたそうだが…しかし、その肝心な部分は完全にどもってしまっていて聞こえない。
「何?あの…ルルーシュ…?」
もごもご口の中で何か云っているようだが…
いくらルルーシュの言葉でもこんな風に口の中だけでもごもご言われていていは解らない…
多分、10分くらい…スザクは黙っていたのだが…
ルルーシュがやっと意を決したように一言云い放つ。
「べ…弁当!」
ルルーシュが少しヤケになっている様にも聞こえる様な声で、その一言を口にする。
そして…スザクはルルーシュのその一言に目を丸くする。
「弁当?」
スザクがオウム返しに聞き返すと…ルルーシュはなんだか恥ずかしそうに小さな声で…それでも、先ほどよりのはっきりとした口調で話し始める。
「えっと…インターネットで…スザクの弁当の為に色々調べていたんだ…。えっと…弁当にあうおかずとか…。で、それを見ていて…『デート用のお弁当』とか…あって…その中に…スザクの好きなおかずとかもいっぱいあって…。で…それで…俺も…スザクと一緒に…弁当って…食べてみたくて…えっと…」
こう言う時、しどろもどろになるのはルルーシュの特徴らしい。
皇子様モードのときはいつも強気に話すのに…こう言う時はやたらと恥ずかしがっている。
「えっと…ルルーシュ…君、病み上がりだって解っている?ロイドさんにも、峠が過ぎてからも結構大変だからって…云われているし…。あ、でも、そうなると外出すること自体大変な事か…」
と、スザクが自分で話している内に勝手に自己完結しそうになると、ルルーシュが慌てて声を上げる。
「ちょっと…俺は…行きたい…。スザクと出かけるなんて…凄く久しぶりだし…。それに…シュナイゼル異母兄さまが…こっちの世界に来ているから…ロイドのところに診察に行くときも…異母兄さまに色々云われるし…。だから…」
少しずつ声のトーンが下がっていく。
ルルーシュ自身、スザクとはちょっと違った感情かも知れないが…スザクに対しては好意を抱いてくれているらしい。
それに…思ったら一直線…っぽいところは…ちょっとだけシュナイゼルに似ているかもしれない…
それに思いこみの強さも…
「無理しなくていいんだよ…。僕が…一緒にいたくて…口実を作りたかっただけだし…」
スザクがしゅんとなっているルルーシュにそう言うと…少し、表情が少しだけ変わった。
そんなルルーシュをスザクがひょいっと抱き上げる。
「ルルーシュ…とりあえず…朝御飯食べようか…」
いつもの明るいスザクの笑顔を見て…ルルーシュも嬉しそうに笑った…
朝食を終えて、スザクが身支度を整えると今日はゲージに入れることなくそのままルルーシュを抱いて外に出かけて行く。
「いい天気だね…」
腕の中のルルーシュにスザクがそう話しかける。
辺りに人がいるので…ルルーシュの方はと云えば…
「にゃあ…」
と、答える。
この世界では猫の姿で喋る訳にはいかないのだ。
しかし、スザクとしては…本当なら…猫の姿のときだってルルーシュと普通に喋りたいと思う。
―――そう言えば…ロイドさんの云っていた『契約』とか云う奴で…人の言葉を喋れる時にルルーシュが猫の鳴き声で返事をした時も…解るのかなぁ…
と、ちょっとばかな事を考えてみるが…
そもそも、人間だって猫の鳴き真似くらいする…
ルルーシュにしてみれば、そんな感じなのだろうが…
大体、あの時はルルーシュの事を一切無視してあんな宣言をしてみたが…
実際にその『契約』とやらが、どんなふうにすればいいか解らないし、ルルーシュ本人に相談どころか、そんな気持ちを持っている事とか、そんな『契約』があると云う事を知ったという事さえ云っていないのだ。
―――ルルーシュは…僕がこんな事を思っているって知ったら…どんな顔をするのかなぁ…。と云うか、完全に僕の一方的な気持ちだよね…これって…
と、今更な事を考える…
しかし…あんな偏愛な異母兄がいると云うのなら…
まして…『猫帝国』とやらに戻れば…似たような兄弟がいると云う話を聞いては…
―――だったら…まだ、僕の方がマシだろ…。きっと、契約したって里帰りくらいは出来るだろうし…
と、勝手な思い込みの下に…しかもルルーシュの気持ちを一切聞く事なく勝手に自己完結している。(まぁ、自分の中で話が終わっているから自己完結と云うのだが)
「ねぇ…ルルーシュ…、ルルーシュがちゃんと元気になったら…今度はお弁当持って、出かけようね…」
ルルーシュが風邪をひいてから…スザクはロイドの契約者であり、スザクの上司であり、同じ職場では多分最強である、セシル=クルーミーの作る料理に舌包みを打たされている生活が続いている。
普段、ルルーシュの料理が美味なだけに…スザクは結構心身共に疲れていた。
『ルルーシュのお弁当』が恋しい毎日なのだ。
帰ってきても、猫の姿ではルルーシュは食事の準備は出来ないので、スザクはコンビニのお弁当を食べている状態だ。
まるで…ルルーシュと初めて会った時のように…
ルルーシュに対してはロイドから云われている通りの食事を与えているけれど…
ルルーシュを無理させて、また、熱を出させるようなことでは困る…
とにかく、今は…ルルーシュの回復を願っているのだが…
しかし…
―――ルルーシュのご飯が…恋しいなぁ…
知らなかった頃は確かにコンビニのお弁当でも…何とかなった。
セシルの料理は…ちょっと…飢え死に寸前くらいまでお腹がすかないと無理かな…と思うような代物だが…
そんな事を考えながら、公園の片隅にあるベンチに腰掛ける。
ちょうど、屋根の付いているところで…直射日光も当たらない。
また、今日は平日で…子供たちも幼稚園なり、保育園なりに行っている時間帯だから…あまりたくさん人がいる訳でもない。(だから、日蔭のベンチに腰掛ける事が出来た)
「ねぇ…ここならちょっとくらいなら話せるよ…」
ルルーシュに話しかけると、ベンチとセットになっているテーブルの上にルルーシュがぴょんととび乗った。
「そうか…。ごめんな…そんな事まで気を使わせて…」
またもしょんぼりスイッチが入っちゃったルルーシュにスザクは優しく頭を撫でてやる。
「そんなこと気にしないで…。本当はこの世界がもうちょっと寛大に出来ていたら良かったのにね…」
半分冗談、半分大真面目な事を云ってみる。
「まぁ…俺たちの世界の方が珍しいみたいだからな…。他の世界に繋がる穴に落ちた連中も、やっぱり…その世界の知的動物の言葉を操れる『猫』はいないらしいから…」
「へぇ…他の世界って…どんなんだろうね…」
『他の世界』と云う事に興味を抱いたスザクがそんな事を聞いてみるが…
しかし、ルルーシュの方はあんまりおもしろくなさそうに話を続けた。
「まぁ…ここは基本的には平和だ…。人々が穏やかだし…。ロイドなんかはあんな風に軍関係の仕事をしていてもつまらないだろうな…って思うくらい…」
少しだけ複雑そうな表情でルルーシュが云った。
「そうなの?でも、この世界も…確かにここは平和だけどね…。まぁ、細かい事を云い始めると…物騒な事はいっぱいあるけど…。でも、ルルーシュが落ちた場所が日本でよかったよ…」
「そう…なのか?」
「うん…。この世界も…国によっては普通に銃声が聞こえたり、戦車が走っていてそれを逃げ惑う人々がいたりするんだ…。僕としては…この国が…そんな事になって欲しくないから…軍人になった…って云ったら…かっこいいって思ってくれる?」
少しだけ悪戯っぽく笑いながら云ってみると…ルルーシュは真剣な目をして頷いた…
ここで、突っ込んで貰わない事にはオチにならないのだが…
でも、ルルーシュがきっと、『猫帝国』で聞いてきた他の世界に行ってきた者たちの言葉が…ルルーシュの中では印象が強かったのだろう…
「あ…ごめん…冗談のつもりだったんだけど…」
「ううん…スザクは凄いよ…俺も…少しくらいは…スザクの役に立てたらいいのに…」
スザクから顔を背けて…真剣な目でそんな風に呟いているのを見て…
流石に…両親が他界して、食うに困ったから…なんて言えなくなってしまった…
でも…動機はなんであれ…実際に軍と云う組織に入って…現実を知ってきて…少しずつ…あの頃と心境が変わっている事は気付いている。
「何を云っているの…ルルーシュがいてくれて…ルルーシュがいてくれるから僕、頑張っているのに…。ロイドさん、あんな風に見えて、のめり込むとこっちは大変なんだよ?」
スザクの言葉に…ルルーシュはスザクの腕にすり寄って…
「にゃあ…」
と…一回猫の鳴き声をスザクの耳へと届けた…
―――ルルーシュ…何かちょっと嬉しい時とか、こうしてわざと猫の鳴き声を出すんだな…
そう思った時…更にスザクはルルーシュと…ロイドの云っていた『契約』をしたいという思いが強くなった…
copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾