俺の仕えるおぼっちゃま


 ルルーシュが枢木家の世話係になり、何年か経つのだが…
相変わらず、ルルーシュが面倒を見ているおぼっちゃま…枢木スザクは我儘放題である。
古参の執事やメイドたちはスザクがルルーシュの云う事なら聞くと解った途端に…
『ルルーシュ君!君はこんなところの掃除なんてしなくていい!とにかく…スザク坊っちゃんのところへ行ってくれ…』
と、執事長御自らに頼まれてしまい…本当なら見習い期間の間は早朝の掃除は新人世話係の仕事なのだが…
元々、スザクがルルーシュに一目ぼれして決まった世話係だ。
ルルーシュが面接に来た時には…就職の面接マニュアルをそのまま丸暗記したような受け答えだったのだが…
それでも、スザク自身が気に入ってしまったのでそのまま採用となった訳なのだが…
時々、周囲がこの二人を見ていると、どちらが主でどちらが世話係なのか解らなくなる事もあるのだが…
それでも、スザク自身は非常に楽しそうにしているし…
何よりも、ちょっと退屈だからと屋敷をぶっ壊して回らなくなっただけ、ルルーシュが来る前と比べると大した進歩である。
ルルーシュ自身は自分が雇われている身であると自覚があるので…
最初はスザクの行動に戸惑っていた。
どこの世界に主を使いっぱしりにする世話係がいると云うのか…(あ、否…『ハヤテごとく!』にはいたけどね)
それでも主の望みであるのなら叶えなくてはならないと思い…最近ではルルーシュ自身、納得もしているのだが…
それでも、ルルーシュは自分で自分が仕えている主がちょっと変わっていると思う。
ルルーシュの云う事は…まぁ、それなりに聞いているのだが…
しかし、スザクは『坊っちゃん』と呼ばれるだけあって、枢木家の主ではないのだ。
ルルーシュはまだ、枢木家の当主に会った事はないのだが…
自分の倅を…まして、自分の跡取りをこんなに好き勝手させておいて大丈夫なのかと云う心配もちょっとはしているのだ。
ルルーシュだって、就職先が不安定なところでは困るのだ。
不景気なご時世…
もし、この屋敷を追い出されたりでもしたら…
身体の弱い妹の治療費をどうやって支払って行けばいいのか…とか、この歳で路頭に迷ったら…次はホストかな…とか…
微妙に統一性のない事を考えたりもしている。
尤も、ルルーシュがホストになったところで、ここほどの給金は貰えないだろうが…
今のところは、この枢木家…とっても安泰のようだし、このご時世でも会社は成長しているようだし…
今のところ、給金も悪くないし、ちょっとめんどくさい坊っちゃんではあるが、労働条件はそれほど悪くはない。
だから…できるだけ、ここで働いていたいのだが…

 いつものように、朝も早起きして、ルルーシュはスザクを起こしに行く。
大抵、ルルーシュがスザクの部屋に入る前にスザクが目を醒ましている事は解っているのだが…
ルルーシュが声をかけないと絶対に布団から出て来ないので、いつも、茶番劇のようなお目覚めコールをしているのだ。
しかし…そうしなければスザクは布団から出ようとしないので仕方ない…
厄介な弟でもできたような気分になるのだが…
それでも、時々目にする…スザクの妙に大人びた表情と、寂しげな瞳は…少しだけ…ルルーシュの心を動かす。
確かに、こんなに広い屋敷に…執事やらメイドやらに囲まれて暮らしているのでは…
恐らく、この屋敷に彼と同じ歳の人間が暮らすのはルルーシュが初めてなのだろう。
それに…学校へ行っていても…やはりこうした家庭の子女が集まる学校だから…一種独特の空気で…
一応、お世話係としてルルーシュもスザクと同じ学校に通っているが…
根が庶民だからその空気に慣れるまでに時間がかかっている。
と云うか、慣れる事が出来ないと判断し、慣れる事を諦めて、とりあえず、スザクの世話をしながら、当たり障りなく学校生活を送ろうと考えていた。
考えるまでもなく…そこの生徒たちはルルーシュとは違う人種だ…
生きてきた世界も…その中で培われてきた価値観も…
そう思った時、
―――とりあえず、一線引いて…こんなところで友達を作ろうなんて考えない事だな…。それに…バカな友達が増えても困るだけだ…
そんな感じだ…
ただ…ルルーシュの中で忘れていた事がある…
ルルーシュは…面食いなスザクに一目ぼれされて枢木家の執事になったと云う事実…を…
ルルーシュはとにかく、黙って立っているだけで目立つのだ。
それは色んな意味で…
その容姿は…みるもの全てが心を奪われる程の輝きを持っているのだ。
本当は、当の本人が無自覚であると云うのは非常に危険なような気もするのだが…
しかし…それでも、ルルーシュの醸し出す雰囲気は…ルルーシュの半径1mはまるで、神の住まう聖域のようなオーラを感じてしまう。
実際にそんな者があるとは思えないのだが…
しかし、芸能人などの大スターに直接会うと、その人間のオーラを感じるという…
ルルーシュにも、そんな、大衆的なスターとはちょっと違うが…そのオーラを身に纏っているらしい…
それは…人のオーラと云うより、神の住まう聖域のオーラ…と云う方が正しい…。
だからこそ、本人が無自覚でも危険な目に遭わないのかも知れない…
普通の人間なら…そんな神々しいオーラを感じたらその聖域を侵してはならないという意思が働く…

 ただ…枢木スザクの場合、神様とは仲がいいとは云えなかったし、あまりに素直にその気持ちを表現するという特徴を持ち合わせているからなのか…
その、神々しいオーラを身にまとったルルーシュを傍に置いておき、そのオーラを身にまとったルルーシュを存分に愛でていたいと思ったのだ。
そして、運のいい事にスザクはお金持ちのおぼっちゃまで、ルルーシュは仕事を求める世話係志望の少年だった…
それだけの話だったのだが…
スザクはその幸運をしっかりと握りしめて、今に至る…
ルルーシュとしては、中々給料もいいし、今、一人で入院中の妹に対してしっかりと病院での治療費を送ってやれるという…この職場を気に入っていた。
時々、主の奇行に驚かされるのだが…
いつだったか…
こんな逸話がある…
ルルーシュが執事の仕事を一つ終えて、次の仕事に行こうとしていた時…スザクに声をかけられた…
「なぁ…ルルーシュ…。ルルーシュの好きな食べ物って何だ…?」
スザクの突然の質問にルルーシュとしては戸惑いを感じる。
実際、仕事中にいきなり好きな食べ物を聞かれるとは思わないだろう。
仕事仲間との雑談でならともかく、仕事中に雇い主からこんな質問を投げかけられるとは普通は思うまい…
「は?あの…いきなり何の話で…?」
ルルーシュが驚きを隠せずに聞き返すが…スザクはそのルルーシュにちょっとだけイライラした様子を見せる。
「だからぁ…ルルーシュの好きな食べ物だよ…。僕が知りたいんだから教えて…」
元々童顔で幼く見えるスザクなのだが…
こう言う我儘を云っている時は更に幼く見えるのだ。
「えっと…プリンが…好きですけれど…」
ルルーシュがそう答えると、いきなり携帯のメモ帳機能に書き込んでいる。
ルルーシュは『いったい何なのだ???』と云う感じでスザクを見ているが…
しかし、ルルーシュのそんな視線もスザクにとっては何も気にならないらしい…
そして…
「解った…ありがと♪ルルーシュ…」
その一言を置いて、走り去って行った。
ルルーシュとしては、非常に不思議な光景だと思いながらスザクの後ろ姿を見ていたのだが…
しかし、古参の執事やメイドたちからは本当に怪獣を扱っているような勢いで色んな逸話を聞かされてきたが…
あんな風に子供っぽい我儘を云って、答えてやると、それこそ本当に子供みたいに笑顔を作って走り去って行く姿は…
―――可愛いところがあるじゃないか…
と、ほんわかしてしまう。
まぁ、それですんでいる内はいいのだが…
そこですまないのが枢木スザクの凄いところだと云えるだろう。
翌朝…ルルーシュはそんな風にうっかり思ってしまった事を全力で撤回する事になるのだが…

 翌朝…朝のスザクの世話が終わって、自分の学校の準備をしようと、自分に与えられている部屋に戻ると…
見た事もない部屋になっていた…
部屋のクローゼットの隣には450リットルの大型冷蔵庫が鎮座していた。
しかも、最近はやりのエコポイントが貰える最新型の冷蔵庫だ…
冷蔵庫の扉には『中を開けてみろ!』と云う張り紙があり…
恐る恐る開けてみると…
中はプリンでいっぱいだった…
冷凍庫には凍らせたプリンとかプリンのアイスとか…これまたぎっしり入っている。
「こ…これは…一体…」
顔が引きつってしまうが…
とりあえず、今回の原因究明をすべく…頭を働かせる。
そう言えば…昨日…スザクがルルーシュの好物を聞いていた…
その時にルルーシュは『プリン』と答えている…
「まさか…その一言で…?しかも一晩でこんな最新の超人気の冷蔵庫を買って、これだけのプリンを集めたのか?」
思わず、自分が仕えているお坊ちゃんの行動力に驚かされる。
冷蔵庫の中を見て行くと…
本当に様々なプリンが揃えられていた。
普通にスーパーで売っているオーソドックスなぷっちんプリンから、コンビニで季節ごとに変わるデザート商品…果ては、有名菓子店の超レアものプリンまで揃っている…
ルルーシュはそんな冷蔵庫の中身を見ながら…うっかりプリンの世界にはまり込んで行ってしまう…
「あ…これは…1日20個限定のなかなか手に入らない…。こっちは予約半年待ちの…。これは…マニアが見たら泣いて喜ぶ幻のプリンじゃないか…」
一つ一つ手に取りながら…時間を忘れてしまいそうになるが…
途中…流石に雇われていると云う自覚があった事もあり、はっと我に返る。
「い…いけない…。とにかく…この冷蔵庫…一体なんでここにあるのかを聞いてこなくては…」
そう云って、学校に遅刻する訳にはいかないので、全ての準備を済ませて執事長の元へと向かった。
そして…理由を聞くと…
「スザク坊っちゃんがルルーシュ君の好物を聞いて…嬉しそうに『プリンと冷蔵庫をそろえろ!とにかくルルーシュに嬉しいサプライズをプレゼントする!』と仰っていた…。君のお陰で気に入らない事があるとすぐに暴れ出す…と云う事がなくなり…非常に感謝しているのだよ…。あ、安心したまえ…あれは全て経費だから…。君の給料から天引きにはならないよ…」
執事長の言葉に…ルルーシュは『当たり前だろ…』と思う。
主の勝手な行動で給料天引きされてたまるか…と云う思いだろう。
―――否…ツッコミどころはそこじゃない!ツッコミどころはいっぱいあるが…
しかし…確かにスザクに気に入られていると云う自覚は多少はあったが…
執事長にまで感謝される程ルルーシュはスザクにとって特別なのだろうか…と、色々考えてしまう。
特に何をした覚えもないのだが…
「よく…解らない…」
廊下を歩きながらそんな風に呟いていた…

 そして、今日もスザクを起こす時間になった。
他のメイドたちに聞いてみるとスザクは気に入らない相手が起こしに来ると絶対に布団から出て来る事はないと云っていた。
ルルーシュに対してはルルーシュが行く前から退屈そうに布団の中で待っているようなのだが…
―――コンコン…
ルルーシュがいつものようにスザクの部屋の扉をノックする。
当然…スザクは目を醒ましているだろうが…
返事はない…
いつものようにルルーシュは静かに部屋に入って行き、スザクの着替えを準備する。
そして、学校のカバンの中身もチェックして、朝のシャワーの準備もしてやる。
「スザク坊っちゃん…起きて下さい…。お目覚めの時間です…」
いつものように、スザクにそう声をかける。
主であるスザクが望むなら…狸寝入りを知らぬ振りをする事も多分…世話係の仕事なのだろう。
暫くの沈黙の後…スザクが起きだしてくる。
ちょうど、ルルーシュがスザクの部屋のカーテンを半分くらい開いた頃に…
「おはよう…ルルーシュ…」
顔を見ると…今日もすこぶる元気そうである。
「さぁ、シャワーの準備も出来ております…これを持って、シャワールームへどうぞ…」
そう云って、スザクにタオルと替えの下着を渡す。
スザクは素直に受け取りながらルルーシュに甘える。
「今日も…髪…乾かしてくれるでしょ?」
子供にねだられているような気分になる…スザクの毎朝のこのセリフ…
「承知いたしました…。では、早くシャワーを浴びてきて下さい…。学校に遅刻しないようにしなくてはいけませんからね…」
ルルーシュの言葉にスザクがヒマワリのような笑顔で頷いてシャワールームへと足を向ける。
スザクの部屋に付いている…シャワールーム…
それほどの金持ちなのに…全てが揃えられているのに…
ルルーシュの目から見たスザクは…
―――なんだか…凄く…何かに飢えているみたいだ…
と思わせる。
ただの世話係なのだから…云われた事をしていればいいのだが…
それでも、何となく気になってしまうのは何故なのだろうか…
それに…スザクがここまでルルーシュにべったりなのは…何故なのだろうか…
恐らく、世話係としては、古参のメイドたちの方が仕事としてはしっかりできるだろう。
ルルーシュよりも経験の多いメイドたちばかりなのだから…
しかし、彼女たちでは…スザクは心を開いていないのだ…
―――なんだか…寂しそうな子犬みたいだ…
そんな風に思いながら…それでも、それ以上の事を考えないようにしながら…ルルーシュの今日一日の仕事が始まるのだった…

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