Matsuri no Ato


 『ゼロ・レクイエム』が終わった…
ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアも、枢木スザクも、世界から名前を消した。
今、ここにいる二人は…言うなれば、ここに付き添っている『魔女』、C.C.と同じような存在だ。
この世界に存在しない…
しかし…その命だけは…存在している。
これをどう言う存在と云うのかは…解らないが…
しかし、彼らに残されている現実は…
『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』としての存在ではない。
『枢木スザク』としての存在ではない。
世界から排除された存在だ…
これは…彼らが選択した道であり、後悔はしない…
スザクは『ゼロ』の仮面を外し、目の前の血まみれになって横たわっている目を閉じた状態の『主』を見る。
普通の人間であれば…確実に即死する急所に剣を突きたてた。
ジェレミアの手によって運び出され、あらかじめルルーシュが用意していたこの、秘密の地下室に彼を連れてきた。
スザクとC.C.が横たわる彼を見つめている。
元々、こんな地下室の準備は必要なかった筈なのだが…
『Cの世界』で…ルルーシュは自分の意思とは無関係に…父であるシャルル=ジ=ブリタニアから『コード』を継承させられていた。
それが、シャルル自身の意思であったのかどうかは…解らない。
ただ、ルルーシュの『絶対遵守』のギアスをかけられた『集合無意識』は、シャルルとルルーシュの母であるマリアンヌの望む『嘘のない世界』を否定し、彼らを排除した。
その時、ルルーシュの首を掴んでいたシャルルの手から…『コード』を継承できる存在となったルルーシュに『コード』が移されてしまったようだった。
ただ『コード』を移されただけでは継承した事にはならない。
一度、『死』と云う儀式を経て、それは完全に『継承者』に継承される。
ルルーシュの場合、『コード』を移されてから正式な継承までの時間が長かったせいか…完全にルルーシュに継承されるまでに多少の時間がかかっているようだ。
スザクもC.C.もただ、黙って…恐らくその心中には複雑な思いを抱えているだろう事はよく解るが…それでも何も言葉を発する事がない。
人々にとっての最大の『祭り』は終わったが…
しかし、彼らにとっては恐らく、こちらの方が大きな『祭り』と云う認識だろう。
あんな茶番劇…ルルーシュにとってもスザクにとっても通過点に過ぎないのだから…
そして…ルルーシュとスザクにとって…本当の意味での『覇道』とは、これから始まる、彼ら自身の闘いであり、あの、『ゼロ・レクイエム』の成功は…その為のスタートラインを引いたにすぎない。
これからは…彼らは、『世界』から切り離され、『世界』の外側から…彼らの『覇道』を推し進めて行く事となる。

 この部屋に入り…小一時間ほど経っただろうか…
ルルーシュの身体から…紅い光が発せられ始める。
それは…ルルーシュの身体を守るように包み込み…ルルーシュの身体に対して何かの儀式を行い、その後、覚せいを促している様にも見える。
「始まったな…」
スザクの隣で様子を窺っていたC.C.がそう呟いた。
ここにきてから、スザクもC.C.も声を発する事はなかった。
ただ…黙って、ルルーシュの血まみれの身体を眺めているだけだった。
『コード』がその身体に移されてから、正式な継承までに時間のかかっているルルーシュだったから…
C.C.自身、自分が『コード』の継承をした時とは違っているからこそ、何も言えなかったのかもしれないが…
そして…スザクは…こんな形で、自分たちの『死』さえも利用して、ルルーシュが望む世界を創り出そうとしている事に…色んな複雑な思いを抱く。
あんな、混沌とした時代だったからこそ…『世界』は…ルルーシュやスザクの存在を求めたのだろう。
歴史における偉人たち…特に、世界を動かす程の偉人は…よく、『時代が求めたから生まれてきた…』と言われる。
そう言われてしまえば…確かに…『なるほど…』という言葉が素直に出て来る。
尤も…そんな形で『時代』に求められてしまった『人間』にとっては、迷惑この上ないかもしれないが…
しかし、それは、傍から見た感想…
自分には出来ないと思う者たちの思い…
出来るのだから…彼らはやった訳ではない。
自分の欲したものは…そのくらいの事をしなければ手に入らないものだったから…
だから…その為に全力を尽くし…その結果、手に入れただけの話だ。
そして…彼らにとっては…この『ゼロ・レクイエム』の成功は…通過点に過ぎない…
紅く光るルルーシュの身体を見ていると…色々な事を思い出す。
ルルーシュとスザク…決して長い時間ともにいた訳ではない。
ルルーシュが人質としてブリタニアから送られてきた時も、たった1年で引き離された。
再会した時も…その時スザクは既に名誉ブリタニア人として、ブリタニアの軍人となっており、ルルーシュは、自分の身分を隠し、隠れ暮らしている状態…
それでも…彼らの心の中で求めていたものは…
大切な者にとって…優しい世界…
だったから…
その為に払ってきた犠牲は…罪は…
本当は…『ゼロ・レクイエム』の時に…本当にCの世界へと旅立てていたのなら…
これまで自分自身を削り続けてきた彼にとっては…
やっと与えられた…休息となったのかもしれないのに…

 やがて、紅い光が収まり…完全にその光が消えたと同時に…ルルーシュの長い睫毛がピクリと動いた。
「ルルーシュ!」
ずっと、黙ってルルーシュの『コード』継承を見つめていたスザクが声を荒げてルルーシュに駆け寄った。
横たわっているルルーシュの上半身をスザクが抱き起こして、顔を覗き込む。
先ほどまで全く血色のなかったルルーシュの顔に…赤みがさしている。
これは…生きている証し…
ルルーシュがゆっくりを瞼を上げる。
そして…
「スザク…」
ルルーシュが目を醒ましてまず、最初に口にした…その名前…
ルルーシュ自身、自分は結局…クロヴィスやユーフェミア…シャーリーやロロ達の元へは逝けないのだと…
改めて思い知った。
それを思い知って…でもすぐに…
―――俺に…彼らの元へと逝く資格なんてない…。それでも、地獄とやらに…落として貰えれば…まだ…納得出来るのにな…
そんな事をぼんやり考えながら、ルルーシュの細い上半身を抱きしめているスザクの後頭部に腕をまわして…その癖毛に指を入れた。
「やはり…俺は…ここにいなくてはならないんだな…。この世にも…あの世にも…俺の居場所なんて…」
自嘲しながらそんな事を呟く…
確かにそれだけの事をしてきた…
多くの人の命をその手で消してきた…
目の前にいる…幼馴染の大切な存在をも自らの手にかけた。
最愛の妹に…あんな涙を流させた…
それを罪と云わずしてなんと云うのだろうか…
ルルーシュの心の中はそんな思いが渦巻いているのだろう…
しかし…
「それも…俺の『罪』の…『罰』だと云うのなら…」
そこまで呟いた時…突然ルルーシュの左頬が熱く感じた。
ルルーシュの呟きを聞いていたスザクが少しだけルルーシュから身体を放して…手をあげたのだ。
痛い…と云う程度の…恐らくスザクは大して力を入れた訳ではなさそうな感じだが… それでも…左頬がジンジンと熱い…
「スザク…?」
「あんまり…自分だけが悪いと思うな!確かにこれはルルーシュに対する『罰』だ!だけど…それでも…君は…まだ必要な存在だったという事じゃないのか?だったら自覚しろ!ここに君の命があるのは…『罰』であると同時に『義務』でもあるという事を…。君がここに残った理由は…まだ…終わっていないからだ…」
スザクが…皇帝専用機の中でナナリーの姿を見た時の動揺を打ち消そうとした時と同じ目でルルーシュを見ている。
「ルルーシュ…こいつは云っていたぞ…。『僕は彼の剣だ…彼の敵も弱さも全て僕が排除する…』とな…。お前には生きる理由があるのだろう?だから…私と契約した…。結局、その契約もシャルルに奪い取られてしまったがな…」
二人のやり取りにC.C.がそう…静かに口を開いた。
お前たちにはここで…もう一つやる事があるんだからな…と云う…そんな視線を二人に送っている。
そう…もうひとつ、施さなくてはならない儀式が…残っているのだ…
これも…二人で決めた事…
C.C.はただ…その二人の提案に対して…黙って頷いて…承諾したのだ…
「思い出したなら始めるぞ…」

 C.C.が二人にそう告げると…
二人がその場を立ち上がり…ルルーシュはスザクから数歩離れる。
ルルーシュにとっては…衝撃しか覚えていない…あの時の…
『ギアス』の契約…
二人とも…C.C.の望みを知っている…
それを知った上で、しかも、スザクは『ギアス』を憎んでいる。
スザクにとって大切な者たちの運命を狂わせた…その存在を…
それでも…今のスザクにとっては…目的を果たす為…自分の望む事の為に…
その憎むべき存在をも利用する…
最初は…ルルーシュは反対した…
スザクが『ゼロ』としてその生涯を閉じたら…それでスザクの『罪』は許されていいと…
ルルーシュの『コード』の継承は…ただのイレギュラーで、偶然だったのだから…と…
それでもスザクはルルーシュの反対を押し切った。
C.C.自身は彼らのやろうとしている事に対して、手を貸しても、口出しは一切しなかった。
少なくとも…シャルルから『コード』を継承させられていた事は…シャルルが『集合無意識』とルルーシュによって姿を消されそうになった時、彼女は気付いていたから…
あの、ルルーシュの首を掴んだ手から…
それに、直接触れなくても…シャルルがV.V.から『コード』を奪った事でシャルルが押し付ければルルーシュに継承されていた…
―――シャルル…お前は…ずっとルルーシュを愛していたのに…何故…このような運命を与えたのだ?ルルーシュが…様々な痛みを知って…誰かに自分の『コード』を押し付けるなんて真似は出来る筈がない事は…お前が一番よく知っていただろうに…
C.C.は…そんな事を思いながら…自分の目の前で身体をかがめているスザクの額に手をかざす。
「いいのか…私と契約したら…」
「君もくどいね…ひょっとして…死ぬのが怖いの?」
C.C.が口を開いた時に、スザクが言葉を遮る。
そして、挑発的な言葉を口にする。
C.C.にとってはそんな挑発で心が動く訳でもないが…
「覚悟があるなら…別に私は構わん…。元々、『死』を望んで…ルルーシュや、他の者たちと契約していたのだからな…」
C.C.がそう一言口にすると…
C.C.の身体の周囲に上昇気流が生まれ…二人を囲むように…紅い光が発せられる。
ルルーシュが…C.C.と契約した時も…こんな状況だったのかと…ルルーシュは心の片隅で思う。
不思議な光景だ…
目の前で繰り広げられているこの光景…
何と表現していいのか解らない。
『悪魔の力』と呼んだ『ギアス』だったが…
今この二人を取り巻いている空気は…『悪魔』との『契約』と云うには…なんだか…
違うような気がする…
確かに…『ギアス』は『悪魔の力』と称されるべきものだろうが…
でも…今、ルルーシュの目の前で繰り広げられている光景は…
それはルルーシュの心が『人ならざる者』となった為なのか…
一瞬そんな不安を覚える。
ただ…世界中の誰もが…スザクは『悪魔との契約者』と呼んでも…ルルーシュだけは…この光景を見て、スザクの心の中を知るルルーシュだけは…
この儀式は神聖なるものと…思える…

 二人の周囲の紅い光が小さく消えて行く…
「終わったぞ…。スザク…お前にどんな『ギアス』が備わったのかは…私たちには解らない…。私にもルルーシュにも…『ギアス』は効かない…」
C.C.の言葉で…スザクはゆっくりと目をあける…
そして…自分に能力が備わった事を自覚したスザクは…二人を見た。
「僕の…『ギアス』は…。なんだか笑っちゃうんだけど…。僕にこんな『ギアス』が備わるなんて…」
スザクが自嘲気味に笑いながらそんな事を口にする。
ルルーシュもC.C.もスザクのその様子を黙って見守っている…
「でも…この『能力』なら…意外と…早く『コード』を継承出来るかも知れない…」
スザクがそう云いながら…自嘲気味に笑っていた表情を変えた。
その表情は…何とも言い難いような…何とも表現しにくい…そんな表情だ…
「僕の『ギアス』は…『嘘を見抜く能力』だよ…」
その一言を…ルルーシュもC.C.も静かに聞いている。
「僕が…『ギアス』を発動したら…その相手は…喋っている内容のウソを…自白する…みたいだ…。ルルーシュみたいに…同じ人には何度も使えないのかな…」
ルルーシュも…なんだか複雑な気持ちになった。
お互い…ウソだらけだったのだから…
スザクが…『嘘を見抜くギアス』を備えたと云うのは…皮肉としか言いようがない…
「これから…必要以上にウソを重ねる必要がなくなったから…じゃないのか?スザクがその能力を身につけたのは…。もしくは…そのウソに対して…いろんな思いがあるから…」
C.C.の言葉は…
確かにその通りだと思わざるを得ない。
二人とも…ウソをつきながら共にいた…
世界に…大切な存在に…
皮肉な気もするが…
それでも…
―――スザクらしい…
そんな風に思えてしまう。
どの道、『ギアス』は『人ならざる力』であり、『人の意思を捻じ曲げる』ものである事には違いない…
何も、『絶対遵守の能力』だけが『人の意思を捻じ曲げる』訳じゃない。
『嘘を見抜く』と云う方が…その相手の奥底に眠る意思をほじくり返す事になるのだから…
ある意味、酷く悪質な…そんな風にさえ思う。
もし…『ギアス』を与える時に…その能力の内容をつかさどる者がいるのだとしたら…
悪趣味だと思う。
しかし…『ギアス』の能力は人の本質部分を表している。
C.C.だって…『愛される事』を望み、『ギアス』によって、『人の心を無視』して…愛され続け…結局、『愛』とは何なのか…見えなくなったのだが…
「では…スザク…」
ルルーシュがスザクに対して声をかける。
「うん…祭りの後の後始末…しないとね…」
『ゼロ・レクイエム』の後の…混乱は…確実に起こる…
それは…時代の変革の時…必ず起きる事…
その為に…『ゼロ』と云う存在を残したのだから…
いくら、たった一人の『悪』を消したところで、世界がすぐに変わる訳ではない。
まして…『黒の騎士団』など…元々はテロリストの集団…
そんな連中がまともに政治を行える訳がないし、一つの目的を果たして、元々利害一致で力を合わせてきた者たちの絆は、この時点で切れてしまう。
それによって…確実に…新たな争いは起こる。
民族、言葉、習慣、価値観…全て違う者たちが『ゼロ』という存在に集まってきた『超合衆国』…
中身の入れ替わった『ゼロ』にどれだけの事が出来るかなど…たかが知れている。
ルルーシュのしてきた事の偉大さを気づかない世界にはまだ…ルルーシュが必要だった…
「『ゼロ』として…」
「君は…陰から…」
「お前は…外から…」
「「世界を変える…」」
二人は…『目的』に向かって…歩き出す…
祭りは終わり…
そして…その後の混乱の残った世界を…彼らは…見守り続ける…

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