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 ある晴れた日の昼下がり…退屈そうにあくびをしているルルーシュにスザクが声をかけた。
「ねぇ、ルルーシュ、ちょっと出かけない?」
スザクのその言葉に、伸びをしながらスザクの方を見る。
「なんだ?いきなり…」
「だって…ルルーシュ、退屈そうだし…天気もいいしさ…」
言葉遣いは変わったが、昔と変わらない笑顔と、じっとしていられない性格で、ルルーシュを外に連れ出そうとする。
以前の勢いで喋るスザクの印象が強いルルーシュにとっては、何となく、寂しい気もしたが、そんなスザクを、今現在知っているのは、自分とナナリーだけだと思うと、ちょっとだけ、優越感が生まれてくる。
とは言っても、ルルーシュの事なので、絶対にそんな事は口には出さないし、自分の中でも認めてはいない。
「そうだな…まぁ、付き合ってやるか…」
本当は嬉しいくせに、いつも、こうして憎まれ口になってしまう。
―――まったく…どこの安物少女漫画の主人公だよ…
ルルーシュ自身、そんな自分に呆れてしまう。
こういう時、スザクはいつも素直に嬉しそうな顔をするのだが…ルルーシュにはどうしても真似が出来ない。
「じゃあ、ナナリーを呼んでくる…」
ルルーシュが立ち上がって、ナナリーの部屋へ向かおうとすると、スザクがそれを止めようと、ルルーシュの右手を取った。
「待って…。あの…ルルーシュ…今日は…二人で…行きたいんだけど…だめ?」
こういう時のスザクの表情はまるで、自分の飼い主に縋りついてくる子犬の目のようだ。
「何かナナリーがいちゃまずい事でもあるのか?」
ルルーシュは不思議そうな顔をして、スザクに聞き返す。
「あ…否…その…」
スザクがどもって、言葉が出なくなる。
ルルーシュはそんなスザクに、あまり聞いてはいけない事なのだろうと判断し、スザクに笑いながら答えた。
「解ったよ…。たまにはそう云うのもいいかもしれないな…」
確かに、普段、スザクとナナリーとルルーシュで出かけた時には、さまざまな部分で、スザクに負担をかける事がある。
車いすで目の見えないナナリーを街に連れ出すという事は周囲で見ているよりもかなり大変なのだ。
いつも、スザクが色々と世話を焼いてくれるので、甘えっぱなしになっていたのは確かに事実だ。

 ルルーシュとスザクは二人連れだって、ルルーシュの方はスザクがどこに行きたいのかもよく解らないまま、歩いていた。
あんな風に誘っておきながら、スザクは黙ったままだし、こう黙りこまれるとルルーシュもどう話を展開していいのかよく解らない。
すれ違う人たち二から見れば、見栄えのいい少年が二人、並んで黙って歩いているという事で、注目はしてくれているようだが、ルルーシュにして見ると、そんな視線に神経が向いてしまうと、居心地悪いことこの上ない。
それでも、スザクはさっきから何も喋ろうとしない。
普段なら、ルルーシュの方が黙っていて、スザクが色々話している事が多いというのに…。
ルルーシュは一体何があったのだろうかと、考えてみるが、思いつく要素がない。
スザクは普段、軍の仕事を抱えているから、ルルーシュが枢木家に預けられていたころと比べて、それほど長い時間一緒にいる訳ではない。
それでも、幼い頃、共にいた事もあり、顔色などを見ると、ある程度の判断は出来ると思っていたが…
それにしても、今日のスザクはよく解らない。
いきなり散歩に誘い出し、ナナリーを誘おうというと、今日は二人がいいと言い出す。
ルルーシュ自身は、それはそれで悪くはないと思っているのだが、スザクの謎の行動にどうしたのだろうかと気になる事は確かである。
「なぁ…」
あまりに居心地が悪くなり、半ば、恐る恐るスザクに声をかけた。
あまりに黙り込み過ぎている、スザクに声をかけるのは、ちょっと勇気がいる。
昔から、彼が黙りこんでいる時には異様に話しかけにくい雰囲気を醸し出しており、本当に、話しかけてはいけないような状況であった事が多い。
「……」
ちょっと声をかけて見ても、スザクは黙ったままだ。
何か、気に障るような事をしたのだろうか…
まさか、ゼロである事がばれたか?
ルルーシュの頭の中でいろいろな可能性がぐるぐる回っている。
もし、本当にゼロである事がばれていたのだとしたら…
「おい!スザク…」
つい、声が荒っぽくなってしまう。
心の中では落ち着け…そう、言い聞かせているのだが…
そして、ふと気がつくと、海辺に来ていた。
―――海…?
「ごめん…ルルーシュ…。無視しているつもりはなかったんだけど…」
そう言葉を発するスザクは、いつものスザクだった。

 一体何だったというのだろうか?
「どうしたんだ?ここまで来るのに、一言も喋らないで、ただ、黙々と歩いてきて…」
ルルーシュはここまでのスザクの不可解な行動にもっともな疑問を投げかけた。
「ごめんね…。でも、ルルーシュと二人だけで話したかったんだ…。ほら、学園内だと、なかなか二人になれないし、クラブハウスでも、やっぱり、人の気配がするから…」
ルルーシュには、スザクが何故にここまで二人で話す事に拘るのか…気になる。
ゼロの事がばれているのだとしたら…この場で…
否、もし、ばれているのであれば、スザクはこんな形で捕らえるような事はしないだろうし、説得して、ルルーシュがスザクの云う事を素直に聞くとは思わないだろう。
ルルーシュがスザクの事をよく知るように、スザクもルルーシュの事をよく知っている。
ルルーシュは心の中で身構える。
今、ここでスザクに捕まる訳にはいかない。
ナナリーの為にゼロの仮面をかぶり、黒の騎士団を作り上げた。
まだ、目的を達成しないまま、ブリタニア軍に捕らえられる訳にはいかないのだ。
「で、話ってなんだ?」
心の中は動揺しているが、必死に押し殺して、スザクに尋ねる。
「うん…僕はさ…軍人だから…いつ、死んでもおかしくない…」
これまた唐突な話でルルーシュは目を丸くする。
「いきなりどうした?」
どうやら、ルルーシュがゼロであるとばれた訳でもないらしい。
だが、この話の展開は一体どういう事なのだろうか?
「僕は、軍人だから、命令に従って死ななくちゃいけない事もある。それに、君も知っている通り、僕には、大きな罪がある。きちんと、罰を受ける事もなく、ここまで来てしまった…」
マオがスザクの心をえぐりだした時に知った過去の真実があった。
スザクは…日本とブリタニアの戦争を止めたいと願って、自分の父親を殺している。
そして、常に、自分に対する罰を求め、誰かからの『死』と言う罰を待っている。
「スザク…それは…」
ルルーシュはそんなスザクの言葉を遮ろうとするが、その先の言葉が出てこない。
「その事は…僕の罪だし、きちんと、日本人の為に死ねれば…と思っているよ…。ブリタニア軍人であっても、僕はやっぱり日本人だから…」
「……」
この矛盾を抱えているスザクに、どう答えていいのか、言葉を探してみるが、いい言葉が見つからない。

 ルルーシュの困った顔を見て、スザクがちょっとバツが悪そうに笑った。
「ごめん、こんな事が言いたかったわけじゃないんだ…。僕は、いつ死んでもおかしくないし、それが、日本人の為になるなら構わないと思っている。でも…」
やや、声のトーンが下がって、スザクが下を向いた。
「でも?」
ルルーシュがオウム返しに聞き返した。
しかしスザクの、その先の言葉がなかなか出てこない。
とにかくルルーシュはそのスザクの言葉をただ、黙って待っている。
「でも…迷惑かも知れないけれど…ルルーシュ…君にだけは、僕がいた事を覚えていて欲しいんだ…。他の誰が覚えていなくてもいい…。他の誰が僕を恨んでいても仕方ない…。でも…ルルーシュ…」
下を向いたままのスザクの方は小さく震えている。
恐らくは泣いているのだろう。
名誉ブリタニア人でありながら、ナイトメアフレームの騎乗を許され、今では、名実ともに、エリア11に配備されているブリタニア軍のエースだ。
きっと、軍内でもかなりの風当たりがあるのだろう。
「俺が…お前を忘れるはずがないだろう?それに…死ぬ事なんて考えるな…」
ルルーシュはスザクの『死んでもいい』と考えているその言葉にやや怒りを込めて小さく言った。
「スザク…お前は俺にとって必要な人間だ。誰がいらないと言っても、誰が邪魔だと言っても…。辛ければ逃げればいい。俺は…ここにいる…」
逃げればいい…そう云われて逃げるような人間じゃない。
逆に反目して、立ち上がる…それがスザクだ。
ルルーシュはこの時、弱っているスザクに付け込む事が出来なかった。
このまま、スザクの弱っている部分に付け入れば…黒の騎士団に入れる事は出来なくても、少なくとも、ブリタニア軍の軍人として、ルルーシュの目の前に立ちはだかる事もないだろう。
しかし、出来なかった。
プライド?友情?
よく解らないが、その時のルルーシュには、それ以上の言葉をスザクに投げかける事が出来なかった。
「ありがとう…ルルーシュ…」
そう一言言うと、スザクはルルーシュに抱きついてきた。
そして、そのまま、ルルーシュが抱き返してやると、スザクは小さく身体を震わせて、泣き続けていた。

 その後、黒の騎士団とブリタニア軍の戦闘は激化して行った。
スザクへかけた『生きろ!』と言うギアス、ルルーシュの暴走したギアスによりユーフェミアを殺した事、そして、スザクにルルーシュがゼロであると知れた事…。
スザクに捕まった時、ルルーシュはふと考えた。
―――あの時、スザクの弱っている部分に付け込めれば…結果は違っていたのだろうか… と…。
今更考えても仕方のない事…。
スザクの
『信じたくはなかったよ…』
の一言…。
修羅になると決めたルルーシュの胸に突き刺さった。
ナナリーの為のゼロ…ナナリーの為の黒の騎士団…。
その筈だった。
しかし、そのために、ルルーシュはかけがえのない者を失った。
それは…恐らく、スザクも同じ事で…。
後戻りできない、繰り返される戦いの中で、少年たちの願いとは裏腹に世界は動いて行った。
歴史に『もし』はない。
しかし、ルルーシュもスザクも考えてしまう…。
もし、あの時に…
お互いの心にある、いくつもの後悔の中で、考えても仕方ないと解っていながら…それでも考えてしまっていた。
そして、二人はお互いを大切に思いながら、最悪の敵となっていく…。
自分の心にウソを重ね、欺きながら…戦い続ける事を余儀なくされた。

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