シュナイゼルがアッシュフォード学園に乗り込んできて1週間…
正直、ゼロは怒り心頭と云うか…超ご機嫌斜めだし、スザクは絶えず殺気を振りまいているし、ライはご機嫌斜めのゼロにへとへとになっているし、カノンは自分の主の暴走に1週間後、胃カメラ検査が必要だと云われてしまい…
そんな中、ルルーシュはげっそりとやつれてしまっている。
もし、ここに他の皇族でも来ちゃった日には恐らく、ルルーシュ自身、どんな手を使ってでも、どんな犠牲を払ってでも、このアッシュフォード学園から(無駄な努力と解っていても)逃亡を謀るだろう。
そんな中、一人だけ元気なのは、こう言う時は(意図的に)空気を読まず、周囲を(周囲の意思を完全に無視して)巻き込んで行く能力にたけているシュナイゼルだ。
スザクとしても、自分の主を奪われる訳にはいかないとばかりに、ゼロと手を組んでまでシュナイゼルと一触即発を演じている。
普段は冷静沈着なシュナイゼルだがこいつらと喧嘩をするときはなぜか、精神構造が若返る。
本当に世界の1/3を支配する帝国の宰相閣下であり、次期皇帝の椅子に一番近い男と云われているのがうそに聞こえるくらい、若返る。
ルルーシュとしては、ゼロを含めた同母、異母関係なく、兄弟たちがそう云った時のルルーシュの反応を楽しんでいるだけだと認識しているが…
しかし、実際には非常にシビアにルルーシュの独占権を争っている彼らだ。
とりあえず、ルルーシュの中では『俺をからかう人間が兄弟の中で一番面倒な相手ではあるがシュナイゼル異母兄上だけで済んでいる事に感謝するか…』と考えているし、ゼロとしては『こうなったら、スザクと共闘でも何でもして、全力でルルーシュの貞操を守らなくてはいけないな…』と思っているし…
認識としてはゼロの方が正確に状況を認識していると思われる。
シュナイゼル自身、普段は非常に冷静沈着にして、作戦行動時の冷酷さは敵味方関係なく恐れられているが…
実際には、ルルーシュが絡んでゼロやスザクと戯れている時が本性であると…カノンは知っている。
尤も、そんな事を知る人間は数少ない。
シュナイゼルと行動を共にしているカノン=マルディーニと後、まだ登場していないもう一人のシュナイゼルの側近、そして、シュナイゼルが軍を動かす時には必ず随行する、ルルーシュの異母姉であり、シュナイゼルの異母妹であるコーネリアくらいだ。
ルルーシュもその事実を知ればある程度あしらい方も解るのだろうが…
しかし、ルルーシュの中では『シュナイゼルは普段の疲れとストレスを全てルルーシュにぶつけている…』と云う認識なので、考えがそこまで及ばないのだ。
シュナイゼル自身、それを理解しているのか…それを利用してルルーシュを困らせているのだが…
カノンとしては…
―――それほど大切な異母弟君であるのなら…もう少し接し方を考えれば、殿下の御望みを叶えて貰えるでしょうに…
カノンはそう思う度に大きくため息をつき、いつもシュナイゼルが加わる事で普段以上にぐったりしている『シュナイゼルが最も愛する異母弟君』に対して同情のまなざしを送るのだった…
さて、シュナイゼルが参戦してしまっているアッシュフォード学園内のルルーシュ争奪戦なのだが…
普段は決して手を組む事のないスザクとゼロが何やら作戦会議のようなものを開いている。
生徒会室には二人しかいない。
ルルーシュはゼロの専任騎士であるライに預けていた。
ライ自身、シュナイゼルが参戦して来ると、あの二人が手を組んで更にルルーシュの疲労を増して行く事をよく知っている。
だからこそ、ライとしては何とかしてやりたいと思うのだが…
ライの隣では既にぐったりしているライの最愛の兄君であるルルーシュが『なんでここに異母兄上がいる…』と云う表情をしている。
「大丈夫ですか?ルルーシュ…」
「いつもの事ながら…なんでゼロもスザクも異母兄上も…俺で遊びたがるんだ…」
普段のゼロとスザクの争いなら最近ではすっかり適当にあしらえるようになっているのだが…
そこにシュナイゼルが参戦してくるともなると話が変わってくる。
仮にも…(否、『仮』じゃないけど)神聖ブリタニア帝国の宰相閣下であるシュナイゼル=エル=ブリタニアだ。
いくら精神構造が若返っていても、厄介な事に無駄に悪知恵に長けているその頭脳は健在で…
ゼロもルルーシュの弟と云うだけあって頭が悪い訳ではないのだ。
ただ…相手が悪すぎる…
ルルーシュだってシュナイゼルにはチェスで一度も勝った事がない。
シュナイゼルも大人げない事にルルーシュに対しては全力でつぶしにかかってくるのだ。
まぁ、そのお陰でルルーシュのチェスの実力はぐんぐん上がった。
だから、シュナイゼル以外の人間でルルーシュにチェスで勝てる者は今のところお目にかかった事がないのだが…
ただ…シュナイゼルの頭脳プレイはそれこそ世界中を探しても彼ほどあくどい方法を平然と施せる人間はいないと思われるが、その分、運動能力は少々劣る。
ルルーシュよりも好き嫌いが少ないと云う部分で、しっかりと食事を摂っている分、ルルーシュを抱き上げる事くらいは出来るが、毎日ルルーシュを巡って(ルルーシュからは『校内マラソン』と命名されてしまっている)大騒ぎをしているゼロとスザクには敵う事は決してあり得ない。
まぁ、その分、シュナイゼルが手玉に取るのは赤子の手を捻るよりも簡単だとも云えるのだが…
ただ、最終的に相手を打ち負かすのは小賢しい小細工ではなくて、物理的なパワーである事はルルーシュもよく解っている。
実際に、ルルーシュはそれなりの頭を持っている自覚があるが、あの二人からパワー勝負で来られたら、いくらルルーシュが頭脳を駆使して小細工を施したところで…結局勝てるとは思えない。
ゼロとスザク…あの二人…毎日ルルーシュの独占権争いの中でこのアッシュフォード学園に来たばかりの頃よりも確実に体力がついているし、運動能力も上がっている気がしている。
「ライ…あの暴走連中…どうしたら抑えられると思う…?」
「いくら僕でも…あの二人をいっぺんに相手は出来ません…」
ルルーシュの悲痛な質問に…ライは無情にもあっさりと答えたのだった…
一方、生徒会室を完全に独占しているゼロとスザクだが…
シュナイゼルが現れて、ルルーシュの身柄を拉致されそうな状況になる度に二人は手を取り合う。
ルルーシュとゼロ…見た目は瓜二つなのだが…
多分、性格も似ているのだが…
スザクはいつでもこの二人を見ただけでどちらがルルーシュかを見分けるし、ゼロに対しては容赦のない態度をとる。
何がスザクにそうさせるのかはよく解らないのだが…
ただ…こう言う時だけは(普段は憎き恋敵なのだが)これ以上にないコンビとなる。
シュナイゼルの側近であるカノンなどは…
『いっそ、戦場でルルーシュ殿下が敵に攫われでもしたら、シュナイゼル殿下にゼロ殿下…枢木卿が全力で敵軍を討ち果たすでしょうね…それこそ…みるも無残な残骸を残しながら…』
と、ライに喋っていた事があったが…
この様子は確かにそんな感じだ…
カノン自身はそう云った主の姿をよく目にしているし、そうなった時の自分の主の事を止められる人間はいないと思っている。
少なくとも、ブリタニア皇帝ですら止められないのであれば、世界中探してもそんな人材はいないと断言していいだろう。
自分からルルーシュを奪おうとする者、危害を加えようとする者は確実に彼らの『敵カテゴリー』に加えられるのだ。
はっきり云って、ターゲット認定された相手には気の毒と云う言葉しか出て来ないのだが…
それでも、彼らは本当に真剣にそのターゲットを『敵認定』して、どこまでも追い詰める。
おまけに3人とも、ジャンルは違うのだが…有能なのだ。
そして、第二皇子の権威は非常にでかい…
それこそ、皇子の母であっても、所詮は貴族出身の権威と権力を求めるだけしか能のない母君と後見貴族で太刀打ちできる相手ではない。
それに、こいつら…相手が男だろうが、女だろうが容赦はしないのだ。
確かにルルーシュとゼロの母は庶民出のある意味、取るに足りない女かも知れない。
ただ、それ故にルルーシュもゼロも生きて行く為に必死に努力をして来ていたので、実力ではその、貴族出身の母を持つ皇子や皇女では太刀打ちなど出来ない。
権威を使って威嚇してみても、彼らのバックには(ルルーシュを独占したい)第二皇子、シュナイゼルが待っているのだ。
そんな、負けると解っている勝負に挑むほど愚かではない…
と云うより、そんな勇気がない…
だから、ギャグみたいな話だが、ブリタニアの王宮でもルルーシュに対して、
『おまえ…本当の皇子なのか?皇女の間違いじゃないのか?』
と云って、ルルーシュが怒りを露わにした皇子がいたのだが…
その皇子ももうちょっと違う愛情表現をすれば身の安全は保障されていた筈なのだが…
この事が、ルルーシュの弟皇子、ルルーシュの専任騎士、ルルーシュとその一言をほざいた皇子の異母兄が耳にして…
『ルルーシュがいじめられた…』
と微妙な勘違いを加えたとらえ方をして、そのルルーシュが怒りを露わした相手の皇子はフルボッコにされたという逸話があるとか、ないとか…
そうでなくてもルルーシュの事が絡むと目の色が変わってしまう双子の弟と専任騎士…
そこに第二皇子が加わったとなれば、皇帝以外の人間がフルボッコにされても誰も何も言えないし、確実に付け加えられる一言がある。
そのやり取りの一部をご紹介しよう…
ターゲットをフルボッコにした直後…(3人そろっていた時)
『ゼロ、枢木卿、そのくらいにしてあげたまえ…』
ゼロとスザクの足元には(一応傷を作らないように気を付けたので表向きには傷は何も見えないが)地面にひれ伏して、ガタガタ震えているターゲット…
そんなターゲットに対して気の毒に思ってもいないのだが、これ以上やると、自分の出番がなくなるとシュナイゼルが横やりを入れて来る。
ゼロもスザクも『とどめは自分が!』と思っちゃっているので、面白くなさそうな顔をするが…
シュナイゼルがこうしてしゃしゃり出てきちゃった時には何を云ったところで引く事はないと解っている。
それに、変にシュナイゼルを刺激してこっちのとばっちりが来るのはごめんである。
『シュナイゼル!こいつはルルーシュの髪の毛を引っ張ったんだぞ!こんな無礼…許されていいはずはないだろう!』
ゼロが未だに怒りがおさまらないと云う顔でシュナイゼルに訴えるが…
『ゼロ…いい加減君は『異母兄さま』もしくは『異母兄上』と呼べないのかい?まぁ…云い…。そうか…この者はそんな無礼を…『私の可愛いルルーシュ』にはたらいたのか…』
シュナイゼルが手を顎に当てながらそんな事を云ってみる。
ゼロがシュナイゼルに対してプライベートで『兄』と呼ぶ訳がないのは解っているのにわざとらしい…そんな姿であるが…
シュナイゼルが『この者』と呼んでいるのは、ルルーシュ達よりも3つ程年上のシュナイゼルの異母弟であり、ゼロとルルーシュの異母兄なのだが…
こう云う風に呼ばれた時点で、目の前にひれ伏しているこの皇子殿下の行く末は…
スザク自身、ちょっと前までゼロと一緒にフルボッコにしていたのだが…(ここで不敬罪を問われない…と云うより反逆罪を問われないのもシュナイゼルのお陰なのだが)
ちょっとだけ、その相手を気の毒に思えてきてしまう…
―――シュナイゼル殿下が出てきちゃったら…よくてヴィ家の奴隷、悪ければ、シュナイゼル殿下の奴隷…だな…
そんな同情の気持ちが芽生えて来ないでもないのだが…
何せ、ヴィ家の奴隷となれば、ゼロの陰湿ないじめが待っている。
エル家の奴隷となれば、シュナイゼルの執拗な嫌がらせが待っている。
どちらがマシか…と聞かれれば確実に前者と答えるだろう。(それでも地獄を味わう事になる訳だが…)
それでも、シュナイゼルにも情けはあるのか、どちらの奴隷になりたいかは尋ねてやるのだ。
シュナイゼルがその、悪質な行動については右に出る者のいない程その優秀な頭脳を駆使して、日本人であるスザクから教わった『正座』と云うものをさせて、くどくどとたっぷり3時間、お説教ではなく、シュナイゼルの嫌みをきかせ続けている。
ここはフローリング…正座をしていると非常に足が辛いだろうとスザクは思う。
そして、その相手に運命の決断をさせる時がきた。
『君は、ヴィ家の奴隷になるのと、エル家の奴隷になるの…どちらがいいんだい?好きな方を選ばせてあげるよ…』
にこりと恐ろしげな笑みを浮かべて究極の選択を迫るのだ。
ヴィ家は庶民出の后妃とその子供たちの奴隷と云う事…エル家はこのシュナイゼルの悪辣な云いつけを全て聞かねばならないと云う事…
『ああ、それを決めるまでその正座…続けて貰うからね…。決まるまで私はここで本を呼んでいるから…ゼロ、枢木卿…外で遊んでおいで…』
プライドを守るか、我が身を守るか…そんな苦悩の中、目の前ではシュナイゼルは自分に暴行を働いた彼らにそんな風に穏やかに声をかけているのだ。
目の前の光景にルルーシュの髪を引っ張ったと云う皇子は決断を迫られている。
そしてこの愚かな皇子は考える。
―――このシュナイゼル異母兄上の寵愛を自分が得ればいいではないか…
と…
これで、道を踏み外す皇子、皇女は多いのだが…
シュナイゼルにとってルルーシュとゼロは特別であり、他の者は特に興味もなければ、気にかける事もない。
『で…では…エル家の…』
その一言で彼の運命はきまった。
シュナイゼルはにこりと笑ってその言葉を発した相手に極上の笑顔で、彼の運命の行き先が知らされる。
ゼロもスザクも同じように『あ〜あ…気の毒に…』と云う顔で彼を見つめている。
云われた方は彼らが何故そんな表情をするのかよく解らず、シュナイゼルが差し出してきた手を取って、立ち上がろうとする。
しかし、フローリングの床に3時間もの間正座させられていたその足には感覚がなくなっており、まともに立つ事が出来る訳がない。
よろけてシュナイゼルの方に倒れ込む形となる。
『も…申し訳ありません…!』
流石に慌てて体勢を立て直そうとするが…そう云ったところでうまく足が動く筈もなく…
そんな彼をシュナイゼルは優しく微笑みながら、
『いいんだよ…これから、君は私の大切な兵士となるのだから…』
その一言に嬉しそうにシュナイゼルを見上げる。
『ほ…本当ですか?』
『ああ…本当だよ…』
シュナイゼルの軍で重用されればこの先、色々と優遇される事も多いし、シュナイゼルの寵愛をあの双子から奪い取る事も出来るかもしれない…そんな風に思っていると…
『では、まずは二等兵から…やって貰おうかな…。勿論、特進なんてないからね…よほどの手柄をあげなくちゃ…。大丈夫…皇帝陛下には私から許可を頂くからね…』
にこりと笑って恐ろしい決定をシュナイゼルの方に倒れ込んでいる皇子に対して告げる。
先ほどのゼロとスザクの気の毒そうにこちらを見ていた理由がやっと理解出来た。
二等兵…つまり、最下級の階級…ただの一兵卒…
恐らく、歩兵からと云う事だ…
『あ…あの…私は…ブリタニアの…』
『うん…だから、皇帝陛下にお許しを頂いて来るからね…。君がいなくなれば、君の母君も別の屋敷にお移り頂く事になると思うから…。君が選んだのだから…まぁ、頑張ってくれたまえ…』
そう云って、シュナイゼルはその皇子から離れて部屋を出て行く。
その皇子は立っている事も出来なくて…その場に膝をついて両手をついて震えていた。
『これで解っただろ?二度とルルーシュに変な真似をするなよ?』
『と云うか、これからルルーシュに近づけないと思うけど…。君たち、実力を認められていたから階級としては少佐でしょ?僕たちだって准尉を頂いたし…』
『まぁ、俺たちに直接かかわる様な所には来る事はないんじゃないかな…。ヴィ家って云っておけば、ルルーシュ…優しいからここまでひどい目に遭わなかったのにな…』
この二人の言葉から察するに…これは本当らしい…
と云うか、シュナイゼルの怒りは本物だったようである。
ゼロとスザクが出て行った後、その部屋から恐ろしい叫び声が聞こえてきた。
そして…その手続きは…シュナイゼルの手によって、本当にその日の内に済まされていた…
実に恐ろしきは…ルルコン達のルルーシュに対する執着と、愛情だ。
この先、彼らがブリタニアを背負って行く事を考えた時…
誰のご機嫌を取っておくべきかは…一目瞭然なのだが…
ルルーシュにしてみれば…
これ程はた迷惑な愛情もないと云うものである。
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