雨降りの窓の外


 外は雨降りで、ルルーシュは自分に与えられた部屋の窓にしがみついて外を眺めている。
流石にあの、ルルーシュの生まれ変わりと云うだけあって、インドアな性格のようだが…それでも、ここ数日雨が続いていて、窓の外ばかり眺めている。
「ルルーシュ…」
ルルーシュの後ろからアーニャが声をかける。
アーニャの声にルルーシュは特に声を出しての返事をする事もなく、振り返る。
「外…雨降っているけど…」
「しゅじゃく…あめ、ふってるのに…かえってこない…」
アーニャの声にそう答えるルルーシュ…
スザクにここに連れて来られて3ヶ月程経っているが…
「スザクは…お仕事しているの…とっても大切な…お仕事…」
アーニャはこの3ヶ月程、ルルーシュに何度もこのセリフを告げている。
ルルーシュは恐らく、アーニャの言葉を理解はしていると思われるが…
それでも、同じ行動を繰り返している。
「しゅじゃくは…あめのなか…おしごと…してる…」
ルルーシュがアーニャの言葉に対してそう呟く。
まぁ、スザクが『ゼロ』として現在立っているところが雨かどうかは知らないが、それでも、ルルーシュの目に映るのは現在、この土地に降っている雨の状態だ…
ルルーシュはC.C.と別れるときは意外にあっさりしたものだったらしいが…
スザクとの別れは…これまで2度程見てきたが…2度とも…自分の本心を無理矢理押し殺して見送っている姿だった…
C.C.がスザクにルルーシュを託したそうだが…
現在、C.C.の行方は解らない。
それに、彼女が何を考えて、ルルーシュをスザクに預けたのか… スザクとしても、『ゼロ』と云う仮面を被り続けなくてはならないのだから…本当なら、そんな幼子を引き取る様な真似など出来る筈はなかった。
それでも、スザクは…幼子となったルルーシュを引き取った…
確かに、C.C.の生活は各地を転々とする…云わば根なし草のような生活を強いられる。
基本的に、『コード』を持つC.C.は契約者がいない限り、長い時間同じ場所に留まる事は難しいのだ。
現在でも、多くの危険地域は世界各地にある。
だからこそ、『ゼロ』の仮面を被っているスザクは中々ルルーシュの元へ帰って来る事が出来ないのだ。
現在のスザクは…『ゼロ』として以外、表に出る事は出来ない。
『ゼロ・レクイエム』から3年…まだ、世界はあのブリタニアが世界を支配していた頃の傷からまだ、血の流れている状態だ。
と云う事は…不老不死のC.C.ならともかく、こんな普通の幼子が、IDも国籍も持たずに生きて行く事は難しい…
だからこそ…C.C.は無理矢理ルルーシュのIDと国籍を作り、スザクの元へと連れてきたのだろう…

 外は本降りの雨が降っていて…窓の外を見ても、窓ガラスに雨のしずくが当たって流れて行く…そんなものしか見えない状態だ。
「ルルーシュ…ジェレミアがご飯出来たって…。一緒に食堂へ行こう…」
窓のところからへばりついて離れないルルーシュをアーニャがそう云って抱きあげた。
ルルーシュは俯いて…何か云いたそうだったが、その言葉を呑み込んで大人しくアーニャに抱かれている。
「あーにゃ…しゅじゃく、きょうもかえってこない?」
「ごめん…それは私にも解らない…。でも、ルルーシュはいい子にしているから…帰ってきたら、きっと、スザク…ルルーシュの頭を撫でてくれる…」
アーニャの言葉にルルーシュが『本当に?』という目で見ているが…
アーニャの知るルルーシュとはかなりイメージギャップがある為に、対応に困る事が多い。
ルルーシュが来たばかりの頃は、本当に、素直だし、聞きわけはいいし、我儘を云わないので…
少なくとも、あの世界を恐怖に陥れた『悪逆皇帝』の生まれ変わりとはとても思えなかったが…
ただ、ルルーシュだって好きであんな風に『悪逆皇帝』となった訳ではないだろう。 それは…後になって思いなおした。
ルルーシュがこのまま素直に育っていける環境を作ってやれば…ルルーシュはあんな形で、自分の心まで殺して世界の憎しみを集める…なんて事に頭を働かせるような事にはならないと考える。
ルルーシュだって、好きで皇帝に即位した訳じゃないのは何となく解る。
『ゼロ・レクイエム』の時の…『ゼロ』に貫かれる直前の『ルルーシュ皇帝』の顔は…確かに笑っていた…
『これで…いい…』と云う…満足そうな笑みを浮かべていたのを覚えている。
アーニャは…だから、解らなくなっていたのだが…
ただ…アーニャが戦闘中に一言呟いた事があった…
『今のルルーシュは…嫌い…』
と…
でも、よく考えてみれば、あれは…ルルーシュとスザクが、全世界にそう思わせる様に…自分でそうしていたのだと…思える。
そんな思いをひた隠しにして…世界の為にその命を散らせたと云うルルーシュ…
今、アーニャが抱いている小さなルルーシュは…その生まれ変わりだ。
「本当に…『悪者』を演じられる人…本当のやさしさを持つ人…ルルーシュは…そう云う人…」
アーニャはそんな風に口の中で呟くと、ルルーシュは不思議そうにアーニャの髪を握っている。
「ルルーシュ…」
そう呼びながら、アーニャは愛おしそうにルルーシュを見た。

 その数日後…
『ゼロ』…ルルーシュにとってはスザクが…突然帰って来ると云う連絡を入れてきた。
シュナイゼルの手によって、問題の起きやすい地域には『ゼロ』が寝泊まりする為の隠れ家を用意されていたが…
そこは、本当に雨風をしのぐ事と、簡単な情報を得るための機材が用意されているだけの場所だ。
『ゼロ』がそう云った場所に出向いて行くとしても、同じ場所に長期間滞在する訳にはいかない。
世界的な有名人となってしまった『ゼロ』には、常にパパラッチ紛いの者たちがついて回る。
『ゼロ』の正体は絶対の秘密であり、『ゼロ』が使っている通信システムも特別に構築されており、軍事用の通信機同様、意図的にスパイ活動をする気でなければキャッチできないシステムを使っている。
それほどまでに『ゼロ』については、全世界でのトップシークレットとされていた。
ブリタニアが深くかかわり、彼の援助を全面的にしていると云う事は全世界に知られてはいたものの、その事について知る者はブリタニアの国内でもごくわずかな者たちだ。
そして、そのシステムを構築したのは、ロイドとセシルだった。
故に、彼らのシステムを崩すのは容易の事ではなく、いつまで経っても『ゼロ』に対して様々な思惑を抱いている者たちが何としても情報を得ようとして追いかけ回すが…結局、何も得る事が出来ない状態が続いている。
『ゼロ』の通信端末を持つのは『ゼロ』とシュナイゼルと、現在、『ゼロ』が情報を得る為に身を寄せているジェレミアの住んでいるところだけだった。
元々はジェレミアのところにはなかったのだが…ルルーシュを預ける事となり、急遽、そのシステムをジェレミアの元にも構築する事となった。
シュナイゼルも確かに全てを知る者の協力は必要だと、そのシステムの構築については誰もその中身を見ないと云う条件で取りつけた。
尤も、ジェレミアとアーニャ、そして幼子になったルルーシュがその組み立てを見たところで何が解る訳でもなかったが…
そこまでのシステムを…創り、後々までロイドとセシルにサポートするように命じたのは『ルルーシュ』であった事は…暗黙の了解で彼らは何も云わず、それでも、それを承知していた。
そのシステムを使って…いきなり『ゼロ』が一旦、ジェレミアの住居に戻ってくるとの報告があった。
ジェレミアのところにシステム構築をするまではシュナイゼルから通信機を使った口頭での情報提供のみだったが、この形になった事で『ゼロ』として動いているスザクとしても動きやすくなったと云う訳だ。
その報告が入って、ジェレミアがルルーシュの元へと駆け付けた。
「ルルーシュ様…お待ちかねの『ゼロ』が帰ってきますよ…」
ルルーシュがここに来て以来、ジェレミアはすっかり以前の覇気を取り戻し、ルルーシュを守るべく、そして、健やかに育つように尽力している。
まるで…かつて、マリアンヌの二人の子供たちを守る事が出来なかった事を取り戻すかのように…
「しゅじゃく…かえってくる…?ほんとうに…?」
きらきらした目で嬉しそうに聞き返してくるルルーシュにジェレミアは目を細める。
「はい…本当に帰ってきますよ…わが君…」

 その報告からルルーシュは相変わらず雨が降り続いている外を家の中からじっと眺めている。
今は…確実にここにスザクが帰ってくると云う確信があるから…
そうでない時にスザクの帰りを待ち続けている時のルルーシュとは違う。
まるで、クリスマスイブの夜にサンタクロースをまっている子供のような目で窓の外を眺めているのだ。
いつ帰るとは云っていない…
ただ、近いうちに一度戻ると云う報告だけだったのだが…
しかし、『ゼロ』はそう云った報告をした時には1週間以内に帰ってきていた。
とは云っても、これまでにルルーシュがこの家に来てから3回程、その連絡があったが、そのうちの2回はイレギュラー的に発生したテロや国同士の小競り合いによってかえって来る事が出来ずにいた。
『ゼロ・レクイエム』から既に3年が経っていると云うのに…世界はまだ…ルルーシュやスザクの望んだ世界にはなっていない…
それでも、少しずつ…前進はしている…アーニャもジェレミアもそう信じていた。
幼いルルーシュが…『ゼロ』の帰りを待ちわびながら窓の外を眺めているところを見ているのは…正直…心が痛む。
あの時の『ルルーシュ』は彼の死後、このような状況になる事をも予想していたのかもしれないが…だからこその、『ゼロ』の存在なのだろうが…
でも…無垢な魂で生まれてきたルルーシュ…
彼が…将来、『ゼロ』と共に世界を飛び回る様な…そんな惨い人生を送らせてはならないと…アーニャもジェレミアも思う。
ただ…アーニャもジェレミアも、陰から『ゼロ』のサポートをする事しか出来ない。
せめて、ナナリーに教えれば…喜ぶかもしれないとは思うのだが…今の世界の状況ではかえってナナリーにとっても残酷な報告でしかないかもしれない。
世界一の超大国であるブリタニアの代表を務めているナナリーに、まだ、混沌渦巻く世界の中、ルルーシュの存在は…更に守らなくてはならない存在が出来ると云う事は…彼女に対してさらなる負担を増やす事になるし、ナナリーのところに連れて行けば、ルルーシュの存在は多くの者に知られる事となる。
そうなれば…ナナリー自身はルルーシュを愛し、慈しむかもしれないが、その事に対して異を唱える者たちはきっと、この幼いルルーシュの排除を目論むかもしれない。
―――そんな事を…決して許してはいけない…。だから…そんな心配がなくなるまでは…自分たちの手でルルーシュを守るしかない…
彼らはそう思い、決してルルーシュの存在を口外しない。
ルルーシュにも、窮屈な思いをさせてはいるが…それでも、ルルーシュ自身は、何かを感じ取っているのか…決して不満の声を漏らさないし、何かを要求してくる事もない。
与えられた部屋の中で、子供向けの本を読んだり、与えられたおもちゃで遊んでいる事が殆どだ。

 『ゼロ』から一旦戻ると連絡が来てから3日経った時…
「あ…」
ルルーシュが窓の外を見ながら嬉しそうに声を出して、立ち上がろうとしていた。
「ルルーシュ?」
「あーにゃ…しゅじゃく…しゅじゃくがきた…」
嬉しそうな声で窓の外を見る為に移動させていた椅子から降りて、部屋の外へと駆けだして行く。
アーニャが窓の外を見ると…やっと、雨がやんで、太陽が顔を見せている外を、黒衣をまとった人物がこの家に近づいてきた。
普段、大人しく部屋の中で一人で遊んでいる事が殆どなルルーシュだったが…
まだ、幼いその身体を目いっぱい駆使して駆けだして行き、黒衣の人物に抱きついて行く。
そして、その黒衣をまとった人物もルルーシュの身体に合わせてしゃがみ、ルルーシュの小さな体を抱きしめている。
―――本当は…あの二人…一緒に生きていたかった…
アーニャは玄関から見る二人の姿にそう思う。
それでも、あの二人は…『世界』の全てを背負って…そして、その『業』を全て背負って…『世界』に第一歩を踏み出させた。
あの時が『ゴール』ではなかった。
『世界』にとっては、あの時が『スタート』だったと云う事だ。
古い『世界』から、新しい世界へと向かう為に…必要な儀式…
「アーニャ…」
横から作業着を着て、汗をぬぐいながらジェレミアがアーニャに声をかけた。
「ジェレミア…いつになったら…『世界』は…『ゼロ』を必要としなくなる…?」
アーニャはあの二人の姿を見ながらふと、そんな事を尋ねる。
ジェレミア自身も、そんな事の答えなんて解らない。
少し困った表情を見せるが…
作業をしながら、ルルーシュがスザクの名前を呼びながら駈け出して行った姿を見ていたジェレミアとしても…色々な意味で複雑な心境だ…
今なら…ルルーシュもスザクも…お互いが生きる為にお互いを支える事が出来るだろうに…そんな風に思えるから…
必要だった…
全てを知る者としては…そう云って納得するしかなかった。
「ルルーシュ様が…アーニャくらいの歳になった時には…あの二人が…一緒に過ごせる時間が増えるとよいな…。願わくば…この私のこの畑を手伝って貰いながら…」
ジェレミアも、既に表向きには『ゼロ』に対しての協力を出来る立場ではない。
それでも、スザクが幼いルルーシュをここに連れて来て、少しでも世界の為に飛び回っている『ゼロ』に対しての力になれる立場になれた事に感謝している。
主が残した…『世界』は…スタートを踏み出したばかりだが…
少しずつ変化して行っている。
これがいい意味で動いているのか、悪い意味で動いているのかは…各自の判断だろう。
しかし、あの時、世界が残した『独裁を是としない世界』にはなっているのだ。
現在、世界各地で起きている騒動は…世界が『独裁を是としない世界』を望んだ後に生まれてきた、負の部分である。
それが…これから先、少しずつでもなくなって行く事を願わずにはいられない…
『ゼロ』が帰ってきた事に…あれほど嬉しそうな表情を見せるルルーシュを見ていると…なおさら…
―――いつか…必ず…あの二人が…ここで二人、一緒に過ごせますように…

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