一人の女が…辺りを見下ろすビルの上に立っている。
辺りは所々、ビルの明かりが見えているが…その数も少なくなっている深夜のビルの屋上…
実際に、このビルはすっかり暗くなっており、非常灯とこのビルの存在を示す、屋上の看板の明かりだけがついている。
そんなところにどうやって入り込んだと云うのか…
この女に人の作ったセキュリティなど、基本的に通用しない。
どんな手を使っているかは誰も知らないが…
それでも、普通なら入り込む事が不可能と思えるところにも出没する。
ただし…決して人目につかないところに…だが…
彼女が彼女個人として誰かと最後に接触したのは…もう…数百年も前の話だ…
あの時…彼女自身、失いたくないと…そう思ってしまった契約者がこの世から消えて…それ以来、彼女は殆ど人との関わりを絶っている。
「やっと…お前たちの歯車が噛み合ったな…」
彼女はふとそんな風に呟いた。
彼女が最後に契約した相手の魂は…何度か転生しているのを見てきているが…
それでも、その魂の望むもう一つの魂と時代を共にする事がなかった…
それが…やっと…あれから数百年と云う時を経て、一致した…
生まれた年が数年ほど違うが…
しかし…彼らは現在…近くに存在している。
あの時…最後の契約者の…あの…壮絶な最期を見届けてから…この時をどれ程待ち望んだだろうか…
恐らく、その魂も、その魂が欲するもう一つの魂も…互いを求めてやまない筈なのに…
「これも…あいつらに与えられた『罰』だと云うのか…。彼らの犯した『罪』とは…それほどまでに大きいと云うのか…」
今では既に歴史として語られる…『ゼロ・レクイエム』…
一人の少年が、世界の1/3を支配する帝国の皇帝となり、混沌のさなかにいた世界を…その混沌から解放する為のスタートラインを作った。
その…細い両肩に全てを背負った、世界の贄…としてその身を世界に差し出して…
そして…その魂の求めるもう一つの魂も…その、世界の贄の為に尽力し、多くの名をその身に背負いながら…その天寿を全うした…
その姿を見続けてきた彼女にとって…
今、願うのは…
やっと…お互いが傍にいられる環境の元にその魂がこの世に還ってきたと云うのなら…
今度こそ…二人に心の底から笑って欲しいと…そう願う…
自分は見ているだけでいい…
その二人の…あの時、全てを背負わされたあの魂が…現世では…人並みに笑える…人並みの幸せを感じる事の出来る…そんな人生を送っている姿を見る事が出来るのなら…
彼女自身は解っていた…
あの魂に自分が介入してはならないと…
介入すれば…きっといろんな形でひずみが出来て…彼らを…不幸に貶めてしまうと…
それだけは…絶対にしてはならないと…彼女の中で思っていた…
未だ、部屋の灯りが点いており、中では活動している様子が良く解る。
「こら!ルルーシュ…また夜更かししているとまた、明日の朝が辛いぞ…」
「なんだよ…俺はいつもこういう生活なんだから…放っておいてくれ…。それに、もう少しで完成なんだよ…」
そう云いながら、『ルルーシュ』と呼ばれた少年がパソコンの前で何やら色々とプログラミングをしている。
「そう言って…また明日の朝起きられなくても知らないぞ…。ほら…さっさと風呂に入って寝るんだ!もう、0時を回っているぞ…」
「あと、もう少しなんだよ…。スザク…これが出来上がればまた、これを売り込みして小遣いが出来るぞ…」
その言葉に流石に堪忍袋の緒が切れたのか…『スザク』と呼ばれた、『ルルーシュ』と呼ばれた少年よりもやや年上に見える少年がルルーシュを無理矢理椅子から引きはがそうとする。
「駄目だ!お前の場合、そのまま徹夜する事が多いじゃないか…。それに、お前がそんな風にソフト開発をして売り込みしなければならない程、親父たちが遺してくれた遺産は少ない訳じゃないぞ…。贅沢は出来ないけれど…お前が大学、大学院を出るくらいの金は充分ある!」
と、ルルーシュがやたらと、金に拘る事をよく知るスザクがそう言ってルルーシュをバスルームまで引っ張って行く。
「放せ!別にそんなつもりじゃ…。それに、俺の学費くらい…別に親の遺産を使わなくなって俺の成績なら奨学金でも何でもとれる!それに…スザク…俺が知らないとでも思っているのか…」
ルルーシュがスザクの言葉に対して反論しようとする。
スザクの方はちょっと視線をそらしているが…ルルーシュが何を云いたいのかはよく解っているだけに…
それ以上は何も言わない。
「スザクだって…スポーツ推薦でもっと、剣道の強い高校に行けたのに…授業料とか、遠征費とか気にして…勉強苦手なくせに…俺と同じ進学校にしたじゃないか…。しかも…俺に黙って…」
「それは…えっと…ほら…高校違っちゃうと…ルルーシュのお弁当食べられないじゃないか…。あの学校、ここから遠いし…こんな夜更かしするルルーシュに早起きして『お弁当作ってくれ…』なんて言えないし…」
やや、しどろもどろに答えるスザクに…ルルーシュは白い視線を送る。
「別に…そのくらい俺がやってやる…。俺の作るソフトをバカにするなよ?あの学校でのスザクの剣道に必要な金くらい…普通に賄えるくらいの稼ぎはあるんだからな…。大体…スザクがあの高校に行かないお陰で、通帳の数字ばっかり増えて困るんだよ…」
ルルーシュが皮肉たっぷりに告げるが…そこはスザクも負けずに云い返す。
「だったら…こんなに無理してソフト開発なんてする必要はないだろ…。それに…僕はあの高校の剣道部でだってちゃんと成績を残しているだろ?」
「その代わり…勉学の方はおぼついていないけどな…」
「あ、と云うより…ルルーシュ…兄貴に向かって『スザク』はないだろ?」
「一個しか違わないし…それに…どう見たってスザクより俺の方が兄貴に見えるからな…」
そんな言い合いをしながらも、スザクはルルーシュの服をひんむいて風呂場に放り込んだ。
「ちゃんと風邪引かないようにあったまってから出て来るように!後、風呂から出たら、僕が髪を乾かしてあげるから…」
どこにでもいる様な…他愛のない兄弟の会話だ…
彼らは現世では両親ともに同じの…兄弟として生まれたようだ。
相変わらず、スザクの方は体力バカで、運動しか取り柄がないらしい…
ルルーシュも無駄に頭がいいらしく、現世でもパソコンに関しては得意のようだ。
彼女は…彼らが生まれた時から…ずっと離れた場所で…彼らの目に入らないように彼らを見続けている。
彼女の最後の契約者…ルルーシュの魂は…ここでは彼の求めていた魂を持つスザクの弟として存在しているらしい。
両親は不慮の事故で3年前に死別している。
それまで…スザクもルルーシュも…彼らの両親からあの頃には考えられなかった愛情を注がれて育ったようだ。
だからこそ…あんな風に明るく笑えるのだろう。
あの過酷な運命を辿らざるを得なかった…あのころとは違う姿を…彼女は見続けていて…時に目を細めて、時に複雑な感情を抱く。
本来なら…あんな時代でなければ…彼らは…魂のレベルで惹かれ合う事はなかっただろうし…彼女自身、彼らに対してここまで関心を持つ事もなかっただろう…
「出来る事なら…お前達とちゃんと会ってみたい…がな…」
そんな一言を零してしまう。
しかし、それは彼女自らが決めた…彼女自身の禁忌…
決して犯してはならない領域だ…
彼女に出来るのは…彼らの姿を見守る事だけ…
それが…あの時、彼らが自らの『罪』に『罰』を下したのと同様に…彼女が彼女自身に課した彼女自身への『罰』なのだ…
彼らの魂がばらばらに転生し続けたこの数百年…
その度に…彼女は自分がしてしまったことへの『業』を感じた。
あの時…彼女のした事について…考える事が多くなった。
あの、シャルルとマリアンヌの『嘘のない世界』…
彼女自身もその世界に惹かれた事は事実だし…その世界を創る為に…彼女の『命』を必要として、同時に彼女の願いも叶うと云う…
しかし…あの時の契約者と共にいる内に…彼女の中に大きな迷いが生じる事となった。
そして…本当なら…シャルルとマリアンヌと共に行動するつもりだった筈なのに…彼女は…その時の契約者の手を取った…。
『死ぬために生きていたのか…』
恐らく、彼でなければ『Yes』と躊躇なく答えたであろう…彼の問い…
自分でも驚いた…
そして…自分が、とんでもない『業』を彼に押し付けたと…その時、遅すぎると解っていながらも気がついた…
彼は優しすぎた…
本当は…その優しさを…他の事に使わせるべきだった…
なのに…彼女と関わった事で…恐らく彼女が関わらなければ…彼の優しさは…違う形で世界に示された筈なのに…
『コード』を手にしてから…様々な契約者と関わってきたが…契約した事によって後悔をした事はあった…
しかし…彼の時のように…自分の前から契約者が消えて…『自分自身を許せなかった』事は…多分…初めてだった…
だからこそ…彼女は…彼らの魂を見届ける事…そして、二度と…契約をしない事を…自分の中で決めた…。
『コード』継承が…彼女自身の責任ではないにしろ…『コード』を継承できるだけの能力を持った自分自身の責任だと…思うから…
ルルーシュが風呂からあがって、パジャマに着替えて、必ず通る事になるリビングへ行くと…
スザクがドライヤーとブラシを持って待ち構えていた…
「さぁ、ルルーシュ…ここに座って…」
そう云いながら、スザクがルルーシュをリビングのソファへと促した。
どうせ抵抗しても力でスザクにかなう訳がない事はルルーシュ自身、承知していたので、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを手にスザクの待ち構えているソファへと歩いて行く。
「なんでそんなに俺の髪を乾かしたがるんだ?こんなの放っておいたって乾くし…多少濡れたままでもスザクと違って朝起きた時に問題はないぞ…」
「僕の癖っ毛は確かに大変だけど…。じゃなくて…せっかくきれいな黒髪をしているのに、なんでちゃんと手入れをしないのさ…。折角僕の好きな真っ直ぐで綺麗な黒髪なんだから…大切にして欲しいよ…」
そう云いながら、ルルーシュのまだ濡れている髪をブラシで梳き、緩めのドライヤーの風を当てる。
ルルーシュはその、あまりにのんびりしたスザクの動きにいらつきを覚えるが…
―――どうせやるならMaxでさっさと乾かせばいいのに…
とは思うのだが…
それでも、スザクが鼻歌交じりに楽しそうにルルーシュの髪を乾かしている様子が良く解るので…ここは口を噤む。
スザクの口癖だった…
『ルルーシュのまっすぐな黒髪と綺麗な紫の瞳…僕、大好きなんだ…』
照れもせず良くそんな恥ずかしいセリフを吐けるものだと思うのだが…
「なぁ…スザク…スザクはもてるのに…なんで誰とも付き合おうとしないんだ?」
ふと、そんな言葉を口にした。
スザクは運動神経が抜群で、実は、剣道をやっているものの、他の競技でも全てにおいて超高校級の成績を出したりするので…剣道部に入っているのに、他の部から勧誘が来る事もある。
それどころか、練習試合の時に『臨時部員』として登録されて、試合に出さされる事さえあるのだから…ファンがいても決しておかしい事じゃない。
大体、スポーツ推薦の学校だって、最後の最後まであきらめがつかなかったらしい事は覚えている。
「別に…好きでもない女の子と付き合う方が失礼でしょ…。やっぱり、付き合うなら…僕自身が何もかも投げ出してもいいくらいの相手と付き合いたいよ…」
スザクが真顔でそんな事を云っているのが解る。
声の感じがそんな感じだ…
「そのセリフ一つで…きっと、スザクに惚れられた女はイチコロだろうな…」
ルルーシュはそんな事を呟いた。
ルルーシュ自身、あんまり人との付き合い方がうまい方ではない。
スザクは誰に対しても友好的だし、誰に対しても優しいから交流も広い。
だからこそ…スザクが他の者に気を取られた時は…潔くスザクから離れようと…今から覚悟はしているのだが…
でも、実際にその時が来たら…そこまで潔く引き下がれる自信はなかった。
「何シリアスになっちゃってんのさ…。僕自身…ホントに『この人だ!』っていう人が本当に見つからないんだよね…。僕って贅沢なのかな…」
「まぁ…スザクがそう思っているのなら…それでいいんじゃないのか…きっと…。スザクに好きになって貰った人…幸せになれるよ…」
ルルーシュの声が…心なしか…小さくなったような気がしたが…
何回転生しても…本質部分の変わらない二人だ…
ずっと、彼らの魂を見続けてきた彼女は思う。
数百年…ずっと待っていたこの時…
彼らの魂が惹かれあっているのは…彼女だけが知っている。
何故、男同士で…兄弟として転生してきたのだろうか…
そんな風に思えてくる。
もっと自然な形で…添い遂げられるように転生出来なかったのは…
まだ…彼らの中に『罪』の意識が消えないからか…
あのときだって…本当は…求めあっていた筈なのに…
でも…彼らは互いを思い過ぎるあまり…互いの手を取り合う事が出来なかった。
そして…最期の最期に…互いが互いを殺す…と云う形でしか…彼らの本音を…たがいに大切に思っている気持ちを伝える事が出来なかった。
もう…許されてもいい筈なのだ…
恐らく…他の全ては…彼らの魂を許している。
少なくとも…彼らの魂に対して憎しみをぶつける様な事はしていない…
魂の中の怒りや悲しみ、憎しみも…長い時の流れの中で浄化され…無垢な形となる。
そうでなければ…何度も転生を繰り返す魂は確実に壊れて行く…
転生する度に真っ白に浄化されて、この世界に戻ってくる筈なのに…
それでも…これまで、彼らの魂がこの世界でめぐり合う事はなかった。
惹かれ合っている筈の魂なのに…
無垢な状態で生まれて来る筈なのに…それでも、こんな形で自分たちを何か『禁忌』の形でめぐり合わせたのは…
彼らが自らを許していないと云う証拠となりうるのだろうか…
しかし…
「形がどうあれ…魂が同じ場所に…同じ時に…共にあれば…それで何も問題はないか…」
彼女は呟く。
彼女は『魔女』だ…
神の定めた『禁忌』とて、恐れない存在だ…
彼らも…その強さを持ち合わせたと…
かつて、『魔女』と深く関わった二人が神の様々な矛盾にあらがっているのかもしれないと…
そして、自らの魂の行く先は…自分たちで決めると…
そう…云っているのかもしれない…
そう思えば…
「おまえたちは…この時代でも抗うか…。お前たちを取り巻く運命に…」
そんな一言が出てきた。
彼女の知る彼らの魂の本質がそのままでこの時代で共に生きているのだとしたら…
「お前たちは…変わらないな…」
少しだけ…嬉しくなる。
彼らのあの時の『世界への抗い』は…今の時代にも反映している。
彼らの遺した…『世界の明日』への『スタートライン』…
今もなお、その『スタートライン』から走り出した世界は…時に迷い、時に立ち止まりながらも…今も前進し続けている。
その方向が正しいのか、間違っているのかを決めるのは…その『スタートライン』を引いた者たちでも、今の時代を『歴史』として見る者たちでもない…
今生きる人間たちだ…
その人間たちの中には納得できずに抗う者もいれば、この世界に順応、適応して笑っている者もいる。
それが世界…
そして…立ったひとりに誰かによって縛られず…時に抗い、時に順応しながら人々は進み続ける。
「今も…お前たちの築いた礎の元…世界は前進しているぞ…。ルルーシュ…スザク…。この時代では…お前たちには…笑っていられる立場でいて欲しいと…私は思っているよ…」
魔女は一言…そう呟いて…彼らの方から目をそむけ、歩き始めた…
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