人の瞳を見つめていて…その瞳に映る自分が…どう見えるのか…
時々、それが気になって、相手の瞳を覗き込んでしまう事がある。
相手の瞳が綺麗であればある程…その瞳に映る自分の姿が気になってしまう。
特に、スザクは日本がブリタニアとの戦争に負けて、幼い頃に大きな罪を背負い、ブリタニア軍に入って…
そう云った経緯の中から自分の瞳が濁っている…そんな風に思っていたから…
スザクの中で、ずっと変わらないルルーシュのアメジストの瞳には…自分がどう映っているのかが気になってしまう。
軍の中にいれば…特に、名誉ブリタニア人ばかりがいる中にいれば…
自分の瞳の濁りなど…気にならなかった。
皆…どんな形であれ、何かを抱えているのだから…
確かに…スザクのように独りよがりな思いの元に負った罪ではなくても、それでも…殆どの人たちが…心の中に何かを抱えている。
そして…スザクの瞳に宿る…曇りと同じものが見える…
でも…それはそれぞれ似て非なるもの…
そんな風に…やっと、自分の身を置く場所で…自分の瞳の曇りに云い訳出来るようになった頃…
スザクは、幼い頃…その綺麗な瞳に惹かれた少年と再会した…
彼は…シンジュクゲットーでのテロに巻き込まれたらしく…
また、スザクの変わり果てた姿に驚いていた。
確かに、元日本国首相の遺児であるなら…名誉ブリタニア人となって、下っ端の一兵卒にならずとも…
身を立てる方法はあった。
元国家元首の息子であると云うのなら…敗戦時にブリタニア政府に名乗り出て、それ相応の立場と処遇を保証される事も出来た。
『キョウト六家』である、皇や桐原の家とは…スザクの方から関係を断絶し、多分、軍の上層部にはばれていたであろうが、申し出なければ何も追及される事もなかった。
だから、スザクは…表向きには『日本人を裏切った日本最後の国家元首の息子』として、名誉ブリタニア人となり、ブリタニア軍にその身を置く事とした。
スザクは、他の日本人たちと同様に、特別扱いをされる事はなく、普通の一兵卒としての扱いを受けた。
軍に入るときにはスザクの存在と名前を利用しようとする軍上層部にはそれ相応の待遇にすると云われたが…スザクは断固拒否した。
もし、それを受け入れてしまっていたら…
スザクが目指す場所には…辿りつけない。
それに…自分の理由が何であれ、否定した父親の名前を利用する事は…絶対に許す事が出来なかったから…
だから…もし、スザクが幼い頃に大好きだったあの、兄妹たちと再会して…悲しい瞳で彼を見つめたとしても…スザクはその決断を覆す事は出来なかったし、その決断に公開する事もなかった。
スザクが心惹かれていた少年との再会は…
テロの現場…
スザクはその時、別れ際の…まだ幼かった彼の言葉を思い出していた。
『スザク…僕は…ブリタニアをぶっ壊す!』
そのセリフとテロ現場での再会…
スザクは背筋が凍るかと思った。
もし、ルルーシュが…テロリストたちと共に…シンジュクゲットーで活動していたのだとしたら…
そんな不安が過った。
しかし…ルルーシュはそんな事はしていない…
そう確信できた時…ホッと胸をなでおろした。
そんな安心も束の間で…スザクの上官がルルーシュと共にその場にいるところを見つけたのだ。
その上官は…決してスザクの言葉を聞いたりはしなかった。
毒ガスのカプセルと云うのが開かれていたと云う事もあり、状況的にたまたま居合わせただけのルルーシュが…
―――ルルーシュは…殺させない…。ルルーシュは…僕が守る…
そんな思いから…普段ならルールを絶対厳守としてきたスザクだったが…
それでも、かつて、自分のトラウマになる程の事までして、救ったルルーシュだった。
自己満足だったとも思えるが…
失いたくなかったから…
今になって、その方法は間違っていたと云う後悔はあるものの、ルルーシュの命を救ったと云うこと自体に後悔は全くない。
それは…スザクにとってルルーシュはあの時から特別だったから…
ルルーシュの…あの綺麗な瞳を…失いたくなかったから…
だから…軍人でありながら…ルールを守らなければ…そう思いながら…上官の命令に逆らった。
確かに、あの上官の命令も悪質と言えば悪質だが…
それでも、あの上官は僕とルルーシュの事を知らないのだから…
それに…あの時、ルルーシュの事がばれたりしていたら…
そう考えた時…ぞっとする。
ルルーシュは…あの時、死んだ筈の皇子となっていたのだから…
その、死んだ筈の皇子が生きていたともなれば…
ルルーシュの命そのものの保証がない。
恐らく、あの時スザクにも事情は解らなかったが、あの時点でもルルーシュは安定した生活を送っていたとは云えなかっただろう。
そんな不安定ながら、何とかバランスをとっていた生活が…一気に崩れるかもしれなかったのだ。
だから…スザクはルルーシュの命を救う事、ルルーシュが『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』である事実を隠す事に…何の躊躇いもなかった。
そして…スザクは…その時、上官に撃たれた。
普通であれば、確実に即死する筈の場所を撃たれていたが…
後で、スザクの命が助かった理由を知った時…気持ちは複雑だった…
―――父さん…あなたは…自分の望みの為にあなたを殺した息子の命を助けたと云う事ですか?否、『死ぬこと』を求めていた僕に対する…復讐ですか…?
ルルーシュとの再会後…自体は大きく動いていた。
エリア11の総督で、ルルーシュの異母兄君であると云うクロヴィス=ラ=ブリタニアが何者かに殺された。
あの、毒ガスカプセルも…結局わけの解らないまま有耶無耶になって…
ルルーシュも生きているかどうか解らなくて…
そして…スザクは…クロヴィス暗殺の容疑をかけられた。
自分ではない…
それは誰よりも自分が一番よく知っていた。
そもそも、その時に、スザクは医務室にいたのだから…
しかし、ブリタニア軍でそんな事は通用しないのだ。
たまたま、ジェレミア=ゴッドバルトの目に映ったイレヴン…ただそれだけの事だった。
そして、彼の過去を調べられ、利用できると思ったのだろう。
確かに、総督であり、ブリタニアの皇子が植民エリアで殺されたともなれば、混乱が起きて当然だ。
それを治める為には落とし所が必要で…
当時のエリア11のテロリストたちの活動は活発だった。
風の噂では、スザクの親戚筋に当たる『キョウト六家』が表向きにはブリタニアにひざを折ったと云う事になっていたが、その実は、日本国内のテロリストたちの最大のバックボーンとなっていたのだと云う。
そんな状況の中、総督の暗殺など起きたら、更にエリア11は混乱を極める事になる。
スザクは『キョウト六家』の事をよく知っていた。
だからこそ、彼らが表に出てきたら…
再びブリタニアとの全面戦争となりかねない。
そして、クロヴィス暗殺の犯人が捕まらない限り、ブリタニア軍は、イレヴンたちの暮らすゲットーをことごとく壊滅して行く事になるだろう。
取り調べの際は…容疑を否認し続けてきたが…
実際に、有罪とされ、公開処刑に決まった時…
―――これはこれでよかったのかもしれない…
そんな風に思っていた。
確かに濡れ衣である事は百も承知だ。
しかし、スザクがここでその濡れ衣を着ることで…クロヴィス暗殺の容疑者の捜索と云う名目で次々とゲットーを壊滅させられるくらいなら…
これも、日本の為になる…
そんな風に思った。
だから…あの、メインストリートで晒し者にされていた時の心境は…恐らく自分の自覚している気持ちよりも遥かに冷静だったと思うし、落ち着いていたと思う。
心残りだったのは…
―――ルルーシュ…君は無事だったのかな…
それだけだった。
再会した…ずっと心の中でスザクを支え続けてきた少年…
出来る事なら生きていて欲しい…
でも…
―――あれが最期だったとしても…君に会えて…嬉しかった…
そんな心境だった。
そうして…覚悟を決めた時…
現れたのは…
『ゼロ』…
自らがクロヴィスを殺したと云う…。
そして、スザクは知っていた…あの、カプセルの秘密…
それを使って、『ゼロ』はスザクを救い出したのだ…
思えば…
彼がその仮面を被ったのは…スザクの命を救う為だった…
冷静になればすぐに解る事…
でも…スザクは彼の手を振り払った…
本当は…彼がそんな事に手を染めないで欲しい…
綺麗な言葉を使うなら…そう云う事だったのかもしれない。
彼の…自らの危険を顧みず…助けに来てくれた事に…
驚きと共に…胸にじんわり熱いものを感じた。
彼の立場を知るスザクは…
それがどれほど彼にとって危険なことであるか…よく解っていた。
だから…彼にそんな事から手を引かせようと…
それは…自分に任せて欲しいと云う意思表示の為に…
軍に戻ったのだ。
本当なら…その手をとりたかったけれど…
でも…彼の進もうとしているその道は…
自分が歩んできた道と同じように…間違っているから…と…
ここまで彼が生きてきたと云う事は…
不安定ながらも、ちゃんと守られてきたと云う事だ…。
ルルーシュが危険に身を晒さなければ…きっと…彼らを守る為の砦は…守られる。
そんな…ある意味、甘い毒に踊らされたのかもしれない…
あの時、彼がスザクを救った時点で…彼に危険が及ぶことは明らかで…
もし、あの時、彼の手を取っていたのなら…
スザクは…彼を少しでも…危険から引き離す事が出来たのだろうか…
スザクが前線に立ち、彼を陰の存在として守っていれば…
それでも…運命の歯車は容赦なく動いていた。
それは…スザクも彼も…望まぬ方向へ…
本当は…誰よりも彼がスザクを理解していた筈…
そして、誰よりもスザクが彼を理解していた筈…
それなのに…
スザクは…何かを間違えた。
恐らく…裁判の際、スザクが無罪と判決が下された時からかもしれない…。
いくら、クロヴィス暗殺を自供した男が現れたとはいえ、普通なら、名誉ブリタニア人である場合、疑われた時点で有罪だし、皇族を殺していると云う容疑であれば、そのまま処刑されていても仕方がない。
でも、ある皇族の権力が働き…スザクは命を救われた。
スザクは…その時に間違えたのだろう…
本当にスザクを理解し、必要としてくれている人物が…誰であったのかを…
過ぎた事だから…と、納得するには…事が大きすぎる…
クロヴィス暗殺の容疑が表向きに晴れて、外に出た。
間違いの発端となった…皇女殿下との出会い…
その後…もう一度、あの少年と出会った。
しかし、その少年の瞳には…再会した時の澄んだ瞳ではなく…自分と同じ罪を背負っている証しである…曇りが宿っていた…
多分…彼はずっとどこかでこうするチャンスを窺っていたのかもしれない…
そして、その引き金を引いたのは…スザク本人だった。
―――今なら間に合う…
そう思いつつも、彼がスザクの目の前から姿を消す事を恐れて…確認する事も出来ず、止める事も出来なかった。
やがて…運命は…残酷な歯車を刻んだ。
事実を知らされた時…スザクの中で冷静さが消えた。
ただ…彼に対する憎しみが…渦巻いていた…
彼に対して何が出来たのか…そんな事を考える余裕もないままに…
スザクを理解してくれていると…信じた姫君が…死んだと云う事実…
そして、その姫君を撃ったのが…他でもない彼であったと云う真実…
解っていながら止められなかった事に…目を向ける余裕もないまま…
スザクは…彼に銃口を向けた…
こんな筈ではなかった…
確かにスザクが知ったのは事実だったかもしれない…
でも、真実はどこにあったのだろうか…
スザクは振り返る度に…その事を考える。
ルルーシュは決して言い訳をしなかった。
スザクの抱く、恨みの対象を消す事をしなかった。
ルルーシュは知っていた…
『誰かを恨む事』…それも、生きる為の糧になると云う事を…
ルルーシュはブリタニアに対する恨みを糧に強くなってきたのだから…
今にして思えば、ルルーシュのスザクに対するそれは…
ルルーシュのスザクへの想いだったのかもしれない…
人外の能力を使ってでも生かそうとした…
死んでほしくないと…生きて欲しいという願いをその、魔の能力に込めるしか…彼にはすべがなかったのだろう。
そして…最後の電話…
『憎めばいい…』
今になってその言葉の悲しさを知る。
ルルーシュ本人が…スザクの抱く憎しみの対象として、生きる糧となってしまった…
皮肉な話だ…
募る後悔と…悲しみ…
スザクが本当に欲しかったものは…
ルルーシュが本当に欲しかったものは…
―――ねぇ…ルルーシュ…君の瞳に映った僕は…どんなふうに映っていたの?ルルーシュは君の瞳に映っていた僕を…どんな思いで見つめていたの…?
そう思った時…意識のないまま…ただ…涙が出てきた。
敵同士でありながら…お互いが憎しみの対象として生きる糧となった今…
―――なら…僕は君が生きる為に君の敵として生き続けよう…。君が生きてくれるなら…僕はナナリーを君に返したりはしない…
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