いつものように、ルルーシュは一番乗りで教室に入った。
一応、このクラスの委員長と云う事で…それなりの責任感を持っている様ではあるが…
それでも、本人自身はそれほど自分が真面目な人間だと思っていないし、出来るからやっている…と云う程度の感覚だ。
幸か不幸か…その程度の考え方で任された仕事は完璧にこなしている。
それ故に、周囲の期待も大きいようだが…
ルルーシュにしてみれば、勝手な思い込みによる期待をかけられても迷惑なだけだ。
確かに…それなりに優秀に生まれてきたらしく、云われた事は完璧にこなすし、その中でも自ら気がついてそれを実行に移し、周囲の人間から感嘆の声をかけられることもままあるのだ。
―――別に…このくらい気づけよ…
ルルーシュはそう云った期待や簡単をかけられる度にそう…考えてしまう。
ルルーシュにそう云った、他の人間の気付かない事に気づくと云う事に対してそれほど特別だと感じてはいないのだ。
出来るからやる…
任されたからこなす…
期待をかけられたから答える…
それらの行動は…出来るからやると云っていても、過度に期待をかけられたり、任されても、出来ない事は出来ない。
しかし、人と云うのは現金なもので…
一つ出来ると、それ以上の事も出来るのであると判断を下すのだ。
そう判断を下されるルルーシュにとっては迷惑極まりないのだが…
それでも、今のところ、ルルーシュは教師、クラスメイトからの期待を完璧にこなしているのだ。
最近ではそれが顕著に表れている。
いくら、他のクラスメイト達よりそう云った事が出来るからと云ったって、ルルーシュだって人間だ。
出来る事と出来ない事があるし、出来る事であっても、いくつも重ねられ、過度の期待をかけられればそれに応えようと頑張っては見ても…
頑張りきれない事だって出て来るのだ。
精神的には追い詰められるし、しかし…任されたことへの責任感は重く圧し掛かって来る。
―――他の誰かが…やればいい…俺一人で出来る事なんて…たかが知れているのに…
今朝、早めに登校してきた理由は…
もうすぐルルーシュ達の学年での野外学習の為の資料作成の為だ。
今回はある地方の遺跡巡り…と云う事になっているのだが…
資料を集め、必要な部分を抜粋し、ガイドにすると云う作業は…非常に疲れるものだし、本来は一人で出来る作業だとも思えないのだが…
しかし、ルルーシュ一人に甘える事に慣れきっているこのクラスは…ルルーシュ一人にそう云った作業を任せるのだ。
そして、ルルーシュ自身、こんな時に働かなくていい高いプライドが彼らに口出しをさせない。
それゆえの悪循環ともいえる。
今日、その為に集めてきた資料を自分の籍に数冊置いて、ぱらぱらとめくり始める。
―――流石に…時間がかかりそうだ…
そんな事を考えながらページを捲っている時…
不意に教室の扉が開いた。
どう考えてもこの時間に誰かが来るのは考えにくい。
こうした地道な作業を誰かに見られる事を極端に嫌うルルーシュは絶対に他のクラスメイトが来ない内に登校して、そう云った作業をしているのだが…
「ルルーシュ…お前…相変わらずバカだな…」
そう告げてきたのは…教師たちからはルルーシュと正反対の評価を受け、クラスメイト達からはあまり近づきたくないと云うオーラを放たれている…
しかし、ルルーシュはそんな気持ちなど一片も持ち合わせない相手…
幼馴染の枢木スザクだ。
「いきなり入ってきたと思ったら…出てくる言葉がそれか…」
ルルーシュのスザクに対する態度は…スザクに対して妙な偏見のある他の人間たちとは違ったものだ。
と云うか…確かにスザクの恰好や普段の態度を見ていれば…周囲のスザクに対する態度も致し方ないと思える部分はある。
ルルーシュは…スザクの幼馴染だからこそ…スザクを知る。
そして、ルルーシュに対して『バカ』と云い切れてしまうのは、恐らくこの学校の中ではスザクだけだ。
それも…スザクはルルーシュの幼馴染だからこそ、ルルーシュを知るからだ。
「だって…お前…頭いいくせにバカだからさ…。そんなもの…適当にやって、足りない分は他の連中に任せたっていいじゃないか…」
「これは俺が任された仕事だ…。それに…他の連中にやらせたらそれこそ中途半端なものになってしまう…」
ルルーシュの言葉にスザク自身、相変わらずだと思うし、バカだと思う。
それに…完璧主義でプライドの高いルルーシュらしいとも思う。
「そんなんだから…そうやって何でもかんでも押し付けられるんだよ…。大体、自分で出来ないものに対して、皆、ルルーシュに完璧を求め過ぎなんだよ…」
スザクの言葉に…
ルルーシュ自身、あまりに図星を突かれているので、何も言い返さない。
云い返したところで、時間の無駄になるから…
それに…スザクの言葉は…誰も…誰も気付こうともしてくれない…ルルーシュの根の部分を言い当ててくれているのだ。
でも、そんなルルーシュの姿を見せるのは…
やっぱり、高すぎるルルーシュのプライドが許さない。
だから…そんな本心は絶対に口にしない…
「そんな事より…スザクがこんな時間に学校なんて…。久しぶりに授業に出るか?ちゃんと出て来ないと留年だぞ?」
「何?ルルーシュ…それ、本気で云ってんの?」
スザクはこれまでのルルーシュを心配したような口調から、ルルーシュをバカにしたような口調へと変わった。
そう…スザクの実家である枢木家は…この辺りでも有力者で…
この街の誰も…スザクの父親に逆らう事は出来ない。
そして、学校もスザクの素行が少々悪くとも、目を瞑っている。
まぁ、スザクの場合、問題にされるのは喧嘩とサボりと服装なのだが…
とりあえず、一般の生徒たちはあまり近づかない。
「スザク…そんな風にしているから、皆が誤解するんだろ?俺の事を云えるのか?」
先ほどのお返し…とばかりに今度はルルーシュが口を開く。
ストレートに言葉をぶつけて来るスザクと…綿密に計算つくした言葉を選ぶルルーシュ…
うまく噛み合えば…これ以上にないコンビだ。
この、二人のやり取りをほぅ…と息を吐いて、断ち切ったのはルルーシュだ。
スザクとこんな云い合いをする為に無理矢理早起きして学校に来ている訳ではないのだ。
「そんな事を云う為だけならお前と問答している時間はない…。早くこの資料を仕上げなくてはならないからな…」
そう云って、ルルーシュは自分の席に着席して資料をチョイスしてまとめ始める。
実際に時間がないのは本当だ。
この資料作成以外にも、色々と押し付けられている。
それらの作業もしなくてはならないのだ。
そう考えてパソコンに資料を打ち込み…まとめて行く。
「ルルーシュ…俺はこれでもお前の事心配しているんだぜ?有能過ぎるっていうのも罪だよな…。無能者たちが自分の無能ぶりさえ気付かないような優秀なお前が傍にいる事は、他の連中にとっては大きなマイナスだよ…」
スザクはそう云って、どこへ行く気なのか…
教室から出て行った。
一応、かばんらしきものは持っていたが…中に教科書などが入っている様には見えなかった。
教室から出て行くスザクの後ろ姿を…
なんとなく見つめて見る。
自分について、しっかり言い当てられている事に…腹立たしさと…そして…それに気付いてくれる者がいると云うことへの安心感が自分の中に生まれる。
―――俺らしくもない…。別に…俺は…
スザクの云う通り…ルルーシュは完璧を求め過ぎなのかもしれない。
そして、それが出来てしまうから…一人で抱え込む事になる。
解ってはいても…
これはルルーシュの性分だ…
他の連中にこれを押し付けるつもりは毛頭ない。
そして、自分の出来なかった分を誰かに押し付ける気もない。
それでも…
さっきの…スザクの一言は…
―――嬉しい…
ここ最近、ずっと、こんな状態が続いていたような気がする。
最近、色々と抱え込んでいる気がする。
そして、色々と自分自身を追い詰めているような気がする。
だからこそ…染み込んできたのかもしれない…
スザクは…あんな風に振る舞うから…誤解される。
でも…ルルーシュは知っているから…
スザクは…本当は誰よりも優しいのだと…
誰よりも頼り甲斐があるのだと…
本当は、ルルーシュなどよりもスザクにこうした事を任せた方がいい…
ルルーシュが分析するスザクへの評価はそう云うものだ。
ルルーシュの場合は…出来るからやるのだ。
スザクは…出来るようにする為に…手段を模索する…
その違いは大きい。
もし…ルルーシュがクラスの中で、何かの失敗をした時…全ての責任はルルーシュに押し付けられる事となるだろう。
でも…スザクは…
―――ここに来て…弱音か…?この俺が…。この程度の事…この俺が出来ない筈がないだろう…
そんな風に思っていた矢先に…
ルルーシュはミスを犯した。
恐らく、様々な事を抱え込んで、もしかしたら多少、パニックを起こしていたのかもしれない。
普段ならあり得ないミス…
しかし、見逃す訳にはいかないミス…
クラスメイト達は…当然のごとく、ルルーシュに責任追及を始めた。
ルルーシュはこれも至極当然のこと…と…受け止めている。
そして、ルルーシュの責任を追及する言葉を聞き流しながら、どうするべきなのかを模索する。
今考えるべきは、誰の責任かとか、その責任をどう取るか…と云う事ではない。
このミスをどう返上するかだ…
ルルーシュはクラスメイト達の追求の中、そんな事を考えていると…
ルルーシュの態度にどうやら、クラスメイト達の怒りに油を注いでしまったようだ。
何もしなかった連中の責任追及など…ルルーシュにとっては少々うるさいスピッツ犬の鳴き声程度にしか聞こえない。
今、必要なのは…そのミスをどう取り戻すか…なのだ…
本当は、責任放棄をした連中のうるさい文句など聞いてやる義務はないのだが…どうせ、ここで避けたところで、今度は、一人一人が好き勝手訴えて来る事になる。
なら、いっぺんに済ませてしまうのが得策だし、時間の節約だ。
それに、何もできない連中程、状況把握も出来ない。
それが解っているから…ルルーシュも右から左へと聞き流す。
しかし…
―――責任追及するならもう少し、レベルの高い言葉を使えばいいものを…これでは、癇癪を起した子供だ…
ルルーシュはクラスメイト達の追求を聞きながら…そんな事を考える。
しかし…群衆心理とは…大人も子供も関係ないようだ。
だんだんエスカレートしていく。
担任の方も、これまで、ホームルームのまとめ役をルルーシュに完全に任せきりとしていた為に、一切口を出す様子はない。
つまり…この状況はルルーシュ自身で何とかしろ…と云う事だ…
とりあえず、タイムリミットまであと15分程だ…
「そろそろ…これからどうするべきか…考える事をしたいのだが?俺自身のミスに関してはきっちり謝罪しなくてはならない。ただ…ここで、そうやって責任追及だけをしていても何も出来る訳じゃないし、何の解決にもならない…」
ルルーシュが調子に乗って責任追及を続けているクラスメイト達に一言告げる。
クラスメイト達にしてみれば…ルルーシュのこの一言には、『反省していない!』と云う評価しか出て来ない。
自分たちが何一つやらずに調子に乗っているクラスメイト達を見て、ルルーシュの中に生まれるのは…『バカな連中だ…』と云う評価だけだった。
ルルーシュは一旦鎮まった教室の中で彼らが吠えている間に考えた提案をした。
恐らく…それが、クラスメイト達に一番負担が少ない方法…
全く負担なし…と云う訳にはいかないが…この程度なら許容範囲だろう…ルルーシュの中で考えていた。
しかし…
それは…甘かったらしい…
教室の空気は…
『そんな余裕なんて…あるか…』
と云う雰囲気だ。
そんな沈黙が5分ほど過ぎた頃…ルルーシュは決断する。
恐らく、数日ほど、ルルーシュ自身が徹夜を強いられるだろうが…それでも、一人で何とかできる程度だと判断する。
「じゃあ…」
ルルーシュがそこまで口にした時…突然教室の後ろの扉が開かれた。
立っていたのは…
枢木スザク…
その瞳には…ルルーシュには解る…
最大級の怒りをたたえている。
「ルルーシュ…こんな連中にお前が身を削る事なんてないだろ…。たまには自分の事くらい、自分でやらせろよ…」
スザクが開いた扉に寄り掛かって腕を組んだまま、ルルーシュに向かって言葉を放った。
当然、教室中に聞こえている。
スザクの素行や喧嘩の強さの噂を聞いているクラスメイト達は…ルルーシュに対しての時とは打って変わって何も口にしない。
納得している訳ではないだろう事は解る。
ただ…スザクの存在が怖いと云う…それだけの事…
ただ…教室の中でも、数人ほど…スザクの云っている事を理解した、多少は頭を働かせる事が出来る生徒はいたようだった。
しかし、教室の雰囲気から表立って彼らがスザクに同調する事は出来なかった。
「悪いが…ルルーシュは枢木家で色々忙しいんでね…。ルルーシュが枢木の家で世話になっている事はお前らも知っているだろ?今は、お前らに関わっている暇はないんだよ…」
そう云って、スザクはルルーシュの手首を掴んで教室を出て行った。
慌てたのは担任だ。
スザクが怒りを抱いたと云う事は…
この辺りの有力者の怒りも向けられてしまう可能性があると云う事だ。
それに…一旦冷静になってみると…
確かに…自分のやった事を振り返らざるを得ない…
やがて…誰かが席を立ち…再び話を始めた。
当然、普段完璧な委員長を務めているルルーシュのようにはいかないが…
一方、ルルーシュを連れだしたスザクは…
「ホントに…なんでそんなにバカなんだよ…。おまえは…。ここ最近、ちゃんと寝ていなかったくせに…。更に徹夜するつもりだったのか?」
スザクの言葉に…怒りがこめられている事が解る。
そして…ルルーシュを心配する気持ちも…
「別に…あれくらい…」
平気だ…と続けようとした時…頭がふらつく事に気がついて、それに気づいたスザクがすっと腕を差し出した。
「ほら見ろ…。ふらふらじゃないか…」
ルルーシュは思う…
―――バカなくせに…こう言う時ばっかり…余計な事に気がつく奴だ…
ルルーシュはスザクに凭れ掛かりながら…そんな風に思った。
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