ルルーシュをロイドの元へ連れて行って、一晩が経った。
ロイドがルルーシュに投与した薬によってルルーシュは落ち着いたようだった。
スザクは心配のあまり、ルルーシュの傍から離れる事が出来ず、結局一睡もしないままルルーシュに付き添っていた。
頭の中は色々と混乱しているが…
ルルーシュのお気に入りのバスケットとクッションを取りに行って、帰ってきたら、ルルーシュの異母兄でロイドの上司と云う、シュナイゼルと云う男がいたのだ。
ルルーシュの事を溺愛しているのはよく解った。
スザクに対して向けていた眼差しは…大切な物を盗られた…そんな感情のこもったジェラシーだったから…。
それに、シュナイゼルがルルーシュに抱いている感情は…多分、スザクがルルーシュに抱いている感情と同種のものだろう。
―――半分だけとはいえ…血がつながっているのに…
スザク自身、同性のルルーシュに恋心を抱いている自覚は、最近になって気付いた。
スザクの中の異常なまでのルルーシュに対する独占欲は…多分…それなのだ…。
そして、昨夜、初めて会った、たくさんいるルルーシュの異母兄弟の一人…シュナイゼルの瞳にも…そんな感情を帯びた色が見えていた。
スザク自身、ルルーシュと同じ男であると云う事は意図的にスルーしているが…
自分の中で、云い訳出来るだけのネタはある。
何より…ルルーシュは可愛い…。
見た目もそうだが…ルルーシュと一緒にいるとルルーシュの可愛さとか、綺麗さとか、とにかく、魅力がいっぱいなのだ。
プライドが高くて、意地っ張りだが…照れ屋で、なんだかんだ言って優しくて…。
そして、スザクに向けてくれる全ての表情と…スザクのちょっとした言葉に一喜一憂してくれる…そんなルルーシュが大好きなのだと知った。
そして、昨夜会った、ルルーシュの異母兄、シュナイゼルに対して…激しい嫉妬を抱いた事も事実だ。
スザクの知らないルルーシュを知っているシュナイゼルに対して、激しい嫉妬心を抱いたのだ。
しかし、そんな嫉妬心に駆られている場合ではなかった。
目の前では、黒猫の姿になって、小さく丸くなっているルルーシュが、苦しそうにしているのだ。
ルルーシュの傍に云い張るシュナイゼルに
『ルルーシュと一緒に暮らしているのは僕です。だから…ルルーシュが目覚めた時、ルルーシュが安心できるように、僕が傍にいます…』
と云って、強引にルルーシュの傍にいる権利をぶんどったのだ。
まさに…ぶんどったと云う表現が一番ふさわしい。
こんなスザクを見たのは初めてだ…ロイドはそんな顔をしてシュナイゼルに
『色々ご報告がありますから…殿下…こちらへ…』
と、ルルーシュとスザクを二人きりにしてくれた。
苦しそうなルルーシュの背中をそっと撫でてやりながら一晩中、ルルーシュの傍についていた。
そして…
ルルーシュがピクリと動いた。
スザクはいち早く反応する。
「ルルーシュ…?」
スザクがそっとルルーシュの名を呼んでやる。
すると…ルルーシュがゆっくりと顔をあげて…少しずつ目を開けて…スザクの声のした方と見た。
「みゃあ…」
流石に、昨日の今日でルルーシュも人間の言葉を放す事は出来ないようだが…
それでも、スザクの事は解るようだ。
「よかった…ルルーシュ…。よかった…」
スザクがルルーシュの背中を撫でながら、堰を切ったように涙をぼろぼろと流し始めた。
「みゃ?みゃあ…みゃあ…」
ルルーシュは身体がまだ重いだろうに…スザクが正面に来るように身体を動かして…自分の背中を撫でているスザクの手を舐め始めた。
今は、言葉が通じないので、ルルーシュはこうして、自分の気持ちを伝える。
繋がれている点滴は鬱陶しいが…それでも、勝手に引っこ抜くと怒られる事を承知しているので、邪魔だと思いながらも、その部分が動かないように気を付けているようだ。
「ルルーシュ…ごめんね?僕…ルルーシュが具合悪いの…気付かなくて…。あんな風になっちゃうくらいだから…ずっと具合悪かったんでしょ?」
スザクの言葉にルルーシュはぷるぷると首を横に振った。
今のルルーシュには細かい事情説明なんてできない。
でも…スザクの所為じゃない…スザクは何も悪くない…そんな風に必死に伝えて来る。
「ちょっと…待ってて…。ロイドさんを呼んで来るから…」
そう言って、スザクは席を立って、ロイドがいるであろう、研究室へと向かった。
そして、すぐにロイドを連れて帰ってきた。
「おはようございます…ルルーシュ殿下…。ご気分は…?」
「みゃあ…みゃあ…」
「そうですか…。でも、あんまり無理しちゃだめですよ?何か、召し上がれますか?」
「みゃ…みゃあ…みゃあ…」
「解りました…とりあえず、準備させましょう…」
スザクはルルーシュとロイドのやり取りを見て…
またもルルーシュの事で目を丸くする。
「ロイドさん…猫ルルの云っている事…解るんですか?」
「そりゃ…殿下と僕は同種だからね…。第一、姿が変わったくらいで言葉が通じなくなったら困るでしょ…」
ロイドは何でもない事のように告げて、部屋を後にする。
「僕も…猫になった時のルルーシュの言葉…解るようになりたい…」
そう呟いてしまう。
「みゃあ…みゃあ…」
スザクの独り言にルルーシュは何か云いたいようだが…今のスザクにはルルーシュの云っている事は解らないのだ。
でも、ルルーシュの様子を見ていると…何か方法がありそうだ…
「ルルーシュ…」
スザクはルルーシュの傍に行き、ルルーシュの後頭部を撫でてやる。
汗で…すこし、ルルーシュの綺麗な毛並みが乱れている。
「みゃあ…」
まだ、少し潤んで見えるルルーシュのアメジストの瞳…
多分…否、絶対に凄く苦しかったのだろう事を物語っている。
確かに…ルルーシュにしてみれば、こちらの環境と、ルルーシュの暮らしていた国の環境は全く違う筈だ。
ここまで具合悪くなる事がなかったのがおかしい程だ。
―――僕だって…環境が変われば…体調…崩すだろうし…。体力だけが取り柄の僕だってそう思うんだ…。ルルーシュ…君はずっと辛かったんだね…
一人で勝手に考え込んで、一人で勝手に結論を出して、後で、ルルーシュが聞いたら怒りそうな事を頭の中で考えている。
そんな事を考えている時…ロイドが平皿を一枚、中身がこぼれないように気をつけながら戻ってきた。
「はい…殿下…。どうぞ…」
その平皿の中身は…
最近、コンビニで売られている飲むプリンとか云うジュースだったようだ。
プリン好きの上司が何か、新製品を見つけるたびに大量購入して、大型冷蔵庫を占領している。(それゆえに、ここには二つの大型冷蔵庫があるのだ)
いつも、度を過ぎた上司のプリン好きには呆れていたが…今日ばかりはその事実に感謝した。
ルルーシュもプリンが大好きなのだ。
飲むプリンとやらがルルーシュのお気に召すかどうかは解らないが…それでも、口から何かを入れられればそれに越したことはない。
「ルルーシュ…美味しい?」
スザクはほっとしたように尋ねる。
夢中になって皿の中身を舐めているルルーシュを見ていれば…解るのだが…
それでも尋ねずにはいられない。
「みゃあ…」
少しだけ、そこから顔を放してスザクの問いかけに答える。
そして、再び夢中で、どうやらお気に召したらしい、ロイドのプリンコレクションの一つを舐めている。
「スザク君…とりあえず、これで大丈夫だよ…。後は、しっかり栄養を付けさせて、体力を回復させてあげて…。僕たちは峠を越してからが長いから…。暫くは殿下…君と会話は出来ないよ?」
「そう…ですか…。ロイドさん…僕でも、猫になって、人間の言葉の喋れなくなったルルーシュを会話する事が出来る方法はありませんか?やっぱり…猫の時でも…ルルーシュの欲しいもの…ちゃんと解ってあげたいんです。恥ずかしいけれど…僕…まだ、ルルーシュの動作だけで、ルルーシュの考えている事…解らないので…」
スザクがしゅんとなってロイドに訴える。
「あのねぇ…スザク君?そんな以心伝心みたいな事…誰にも出来ないよ?まぁ、猫になっちゃったルルーシュ殿下と会話できる…方法…ない訳じゃないけれど…。ただ…」
ロイドがそこまで云った時、スザクがロイドの襟首に掴み掛った。
「あるんですか?どうすればいいんですか?それが出来るなら、黒魔術でも丑の刻参りでも、悪魔召喚でもしますから!」
スザクの云っている事は…時々常軌を逸している事がある。
ロイドもスザクに掴み掛られて少々苦しそうだが…
「べ…別に僕たちは、悪魔の使いじゃないんだから…。そんな物騒な事をしなくても可能だよ…。ただ…そこにはルルーシュ殿下のご意思も必要だけどね…」
「ルルーシュの…意思…?」
少しだけ力を抜いた状態でスザクがロイドの言葉を繰り返す。
「と…とりあえず、手を放してくれないかな?あ、ルルーシュ殿下…お腹一杯になって眠っちゃったみたい…。点滴抜いちゃうね…」
ロイドはそんな事を云いながら、スザクの手から逃れ、ルルーシュの点滴を外してそっと抱いてルルーシュお気に入りのクッションがルルーシュの汗でぬれている事に気づいて、呼びのクッションと取り変えて寝かせてやる。
「えっと…ロイドさん…。ルルーシュの意思って…?」
スザクが改めてロイドに尋ねる。
「まぁ、色々説明しなくちゃいけないんだけど…。実はセシル君、僕と契約していて、僕やルルーシュ殿下が猫の姿になっちゃって、人間の言葉を喋れない状態の時、彼女なら解るんだよね…」
ロイドの口から明かされる、トンデモぶっちゃけ話…。
契約?
契約すると、猫帝国とやらの住人が人間の言葉を喋れなくなっても言葉が解る?
しかも、契約した本人だけでなく、そっちの国の住民全員と…?
「まぁ、僕たちの国って、好奇心旺盛な民族が暮らしているところでね…。異次元ワープできる穴があって…そこに飛び込んで僕や殿下みたいに異国にきちゃう事もあるんだけど…」
一体何のSFネタだ?と尋ねてしまいそうな話だ。
「その穴に飛び込む住人の中には目的を持って飛び込む者もいるんだ。僕みたいにね…。僕は、この地球と云う星に興味を持ってね…。先人たちの遺した資料を見て、一目で気に入って…。シュナイゼル殿下もそのお一人…。でも、シュナイゼル殿下は皇族で…しかも、皇位継承順位が上位でいらっしゃるから…だから、僕にこちらの事を研究するように命じられたんだ…」
「じゃあ…ルルーシュは?」
「殿下の場合、王宮内でのルルーシュ殿下の所有権争いに巻き込まれてたまたま穴に落ちちゃったみたいだね…。まぁ、僕みたいに研究者のいる世界でよかったよ…。まだ、僕たちの誰も行った事のない世界もあるからね…」
途方もない話だ。
俄かには信じられないが…ただ、目の前には猫になったり人間になったりするルルーシュがいるのだ。
「まぁ、僕が殿下を見つけたのは本当に偶然…。ルルーシュ殿下至上主義のシュナイゼル殿下が昨日、ルルーシュ殿下を見つけられたのも偶然。色々厄介な事になりそうだけどねぇ…」
はぁ…とため息をつきながらロイドがスザクに語る。
「じゃあ…僕もルルーシュとその…『契約』って云うのをすれば言葉が解るんですか?」
「まぁ…そうなんだけど…。君の人生を左右する事になるからね…。よく考えて…」
「でも!セシルさんはロイドさんと契約したんですよね?その人生を左右する事になる契約を…」
本当に途中で言葉を断ち切ってくれる…
ロイドは心の中で思うが…。
普段見せる事のないスザクの顔を見せられて少し楽しそうだ。
「まぁ、そうだね…。じゃあ、聞くけど…スザク君は…これから先、ルルーシュ殿下だけを愛して行く自信はあるかい?僕の場合はセシル君で僕は男で、セシル君は女性だ。しかし、君たちの場合、男同士だ。僕たちの国でならそう云う事はタブーじゃないし、偏見もない。この世界だと…そうはいかないだろ?」
普段、ふざけた印象のある上司が真剣な顔をしてスザクに尋ねている。
物陰に、ルルーシュを溺愛する人物の気配を感じながら…
「僕は…ルルーシュが好きです。ホント、誰にも見せたくないくらい…一人占めしたいです…。男とか、女とかじゃなくて…ルルーシュが好きなんです…。それじゃ…駄目でしょうか?」
あまりに真っ直ぐな目でそんな言葉を口にされると…大抵の事では驚かないロイドも少し驚いたような顔を見せている。
「これから先、人間の女性と…その…恋愛とか、性交渉とかできなくなるよ?基本的に同性愛に対して偏見はないけれど、不貞行為に関して…一度契約した場合、とても厳しいんだ…。それでも…大丈夫かい?」
「ルルーシュが相手なら…後悔はしません。と云うより、ルルーシュを手放す方が…絶対に後悔する…。だから…ルルーシュの事をよく知りたい…。そして、ルルーシュにずっと僕の傍にいて貰えるようにする…」
スザクがそこまで云った時…
「絶対に許さん!貴様などに…私の大切なルルーシュを嫁にやるなど…絶対に許さん!」
出てきたのは…シュナイゼルだった…
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