闇の花


 『ゼロ・レクイエム』から…既に数世紀が経っている。
あの場にいたのは…もう、ルルーシュとスザクの二人しかいない。
ルルーシュが不本意に父、シャルル=ジ=ブリタニアの『コード』を継承した。
それに気づいたのは…既にルルーシュが神聖ブリタニア帝国第99代皇帝を名乗った後だった。
最初に気づいたのは…C.C.だった。
『ゼロ・レクイエム』の準備が着々と進んでいる中…ルルーシュの身体に異変が起きている事に気づいた。
そして…それは…シャルルの『コード』を継承していたと云う…『コード』を継承したものだから解る、些細な変化だった。
『ゼロ・レクイエム』によって、ルルーシュが一度命を落とせば…ルルーシュは正式な『コード』の継承者となる。
C.C.はその事に気づいた時点で、『ゼロ・レクイエム』の内容を知っていたから…『ゼロ』に扮したスザクに貫かれた後のルルーシュの身体をその場から遠ざけなくては確実に、更なる混乱が起きると説明した。
ルルーシュもスザクも…その時には信用できなかった。
ルルーシュは『ギアス』を使っていたし、ルルーシュの気付かない形でそんな継承の仕方で渡ってしまうものなのか…疑わしかったからだ。
C.C.は『コード』の継承条件を説明した。
両目に『ギアス』が発動した時に、その契約者は『コード』の正式な後継者となれる器を持つのだと…
ルルーシュは『Cの世界』でC.C.の過去を見ている。
確かに…C.C.の『ギアス』は暴走し、両目から発動していた。
民衆の前で『コード』の発動などさせたら…世界はまた混乱する。
ある者は排除しようとつけ狙い、ある者は利用しようと近づいてくる。
そして、『悪逆皇帝』を貫いた筈の『ゼロ』にも影響が及びかねない。
二人が裏で繋がっていた事を世界が知れば、『ゼロ』に対しての求心力は消えてなくなる。
『黒の騎士団』だった者たちはそこから、解放された後、確実に『ルルーシュ皇帝』の配下だった者たちに対して虐殺を始める。
自分たちが正義であると証明された事により、彼らにはブリタニア人を殺す大義名分が出来るからだ。
軍が暴走した時、抑止力がない。
武器を持っているものはその武器で武器を持たぬものを操る事が出来るからだ。
銃口を突き付けられれば、普通の人間なら確実にその、脅迫者の意に従うだろう。
そして、世界の敵とされた『ルルーシュ皇帝』の配下の者たちは…『ゼロ』も含めて否応なしに憎しみの対象とされ、暴徒と化した『正義の味方』たちからの粛正に晒される。
だからこそ…憎しみを向けられる人物は『ルルーシュ皇帝』ただ一人でなくてはならないのだ。
『ゼロ』は確実に『正義の味方』で『英雄』とならなくてはならない。
とすると、あの場にて『コード』の発動をさせる訳にはいかない。
そこで、ジェレミアを使って、ルルーシュの身体をどこか別の場所へと移動させる…と云うプランを付け加えられる事となったのだ。

 そして、ルルーシュがその様な『業』を背負うと知った時…スザクは…
ルルーシュの罪も確かに大きい…。
しかし、スザクも罪人であり、彼の手に託されたルルーシュの残す世界を守る責務を担う。 それは…終わりが来ていいものではない。
だから、もし、ルルーシュが『コード』を継承していなくても、全てを終えた時…C.C.に申し出るつもりだった。
『自分と契約して欲しい…』
と…。
スザクがルルーシュの『コード』の発動を目の前にしながらC.C.に申し出た。
C.C.は驚いた。
これまで自分から契約を持ちかけた事はあっても、誰かから契約を求められる事などなかったから…。
どこまでも不器用にしか、自分の『正義』を示せない子供たちだと思った。
『永遠の命』と云う『罰』を背負う程の罪を犯してきたのだろうか…
この目の前にいる子供たちは…
尋ねたところで、彼らは『Yes』としか答えない事は解っている。
そして、その『業』に対して大きすぎる『罰』も、自分の『罪』に対しての報いだと受け入れ続ける事だろう。
恐らく…ここで『コード』と『ギアス』の系譜は終わる。
この二人が最後の契約者となるだろうから…
C.C.は一瞬迷うが…、それ以上の迷いは許されなかった。
スザクが許さなかった…。
『世界を守り続ける番人は…必要だろ?どうせ、『コード』の力で不老不死となるなら…どんな形でもいい…。この世界を守る為に使いたい…。C.C.…君にその覚悟があると云うのなら僕も諦める…。でもそうでないのなら…』
C.C.はスザクにすべてを云わせなかった。
どうせ、彼女が何を云ったところで聞く事はない。
そして、ルルーシュと契約すれば『ギアス』は手に入る。
その後、『コード』を継承可能な域まで昇華させれば、後は、シャルルがV.V.から『コード』を奪った時のようにC.C.から無理矢理奪ってしまえばいい。
そんな事をさせるくらいなら…
『いいだろう…お前のその覚悟…決して忘れるな…。私から『コード』を継承するんだ…。そのくらいの事はして貰う…』
C.C.のその言葉に…スザクはにこりと笑った。
『勿論だ…。僕も…ルルーシュも…きっと後悔なんてしない…。その力で出来る事が増えるなら…それで、僕たちの受ける『罰』も、ただの『罰』ではなくなる。勿論、苦しい事の方が多いだろう事は、君を見ていればよく解る…。でも、僕もルルーシュも…引き返せないところまで来てしまったんだ…』
言葉の最後の方では…スザクの翡翠が…少し、切なさを帯びながらも、嬉しそうな輝きを見せていた。
これで…『罪』に対する『罰』を与えられる…
そんな思いだったのかもしれない。

 あれから数百年…
二人は『ゼロ』の仮面を捨てていた。
代わりに…時代の記録者となっていた。
人は常に同じ過ちを繰り返す。
だからこそ…テキストが必要だ。
ここまで様々な物を見てきた。
争いが起きる時…必ず先人の知恵を借りようとする者がいた。
だから…ルルーシュとスザクは時代の記録者となって行った。
世界を守る…
それは何も、紛争地域に赴いて両者を宥めて引かせる事以外にも方法がない訳ではない。
寧ろ、未来永劫『ゼロ』の存在に頼っての『世界平和』など出来る筈もない。
だから…二人は少しずつ、直接紛争を治めに行く…と云う形から、後世の者たちがどうしたら悲劇を生み出す原因となるのか、悲劇を生みださない為の方法を模索をする為のテキストを作る事にした。
スザクはその現場の画像、映像を収集し、ルルーシュはそのデータをもとにテキストを創り上げる。
必ず、後世の伝わるように様々な仕掛けを施している。
それが…一般的な書籍やソフトの販売であったり、国家元首に取りいって、確実に残るようにしたり…
最初の内は確かにうまくいかない事もあったが、その資料の価値に気づき始めた時、世界は『ゼロ』と云う著者の著書を手に入れ、政治の上で、経済の上で利用するようになった。
勿論、『ゼロ』の正体は巧妙に隠されている。
著書の執筆に対する謝礼を申し込んできた者がいても、受け取りはするが、その受け取り方が巧妙だ。
著書の出版に関しても、突然メールで原稿が送られて来ると云う形だ。
だからこそ、定着に時間を要したが…それでも、どの時代にもこうした著書に興味を示す者がいる。
だからこそ、確実に残って行くのだ。
時代を経て、『ゼロ』は表舞台からは退き、紛争地域、トラブルの勃発した時でも決して姿を見せる事がなくなり…
代わりに、インターネットと云う情報媒体を使って、世界に警告し、解決策の提案を行う。
勿論、採用されてうまくいく事、行かない事、採用されずに解決された事、採用すれば解決できたかもしれないと云う結果になったもの、どの道解決できなかったもの…様々であるが…
その度に『ゼロ』の提案は磨かれて行った。
ルルーシュもスザクも…結果を無駄にする事はなかったのだ。
今では、『ゼロテキスト』と呼ばれ、数百年前のものから原文そのままに再編集されて、政治家を要請する為、経済を学ぶ為の優秀なテキストとして存在している。
それをうまく活用する者、出来ない者、必要としない者…様々であるが、それでも、『ゼロテキスト』の存在はこの世界に影響を及ぼしている。
それを記している者の正体を探ろうとする輩はいつの時代にもいる。
そんな事は最初から計算の内に入っている。
だから…ルルーシュもスザクも慌てる事はなかった。
彼らの正体を知って、興味を惹かれた者は…確実に不幸になる。
それは…ルルーシュとスザクが『ルルーシュ』『スザク』として存在していた時代に証明されている。
だから、二人はその愚を犯さない最大限の注意を払っている。

 時代の流れと共に二人は『ゼロ』の形を変えてきた。
今でも、歴史の教科書には『ゼロ・レクイエム』『神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』『ゼロ』の名前が刻まれる。
この時代、既に『神聖ブリタニア帝国』と云う国も『日本』と云う国も名前を消している。
民族そのものは健在で…あのころとは違った形態の国を創り上げている。
そして、彼らが存在しえた時代の彼らの習慣や文化は…表向きには変化していても、根元ではきちんと息づいている。
世界中を巻き込むような混乱の時代もあったが…民族の文化とは…民族が根絶やしにされなければ必ず残る。
否、根絶やしにされたとしても、その影響を大いに受けている民族がどこかに必ず存在する。
永い時代を生きていると…『ヒト』とは面白い動物だと思う。
元は同じ生物だと云うのに…肌の色や話す言語、身についている習慣や考え方が違うだけで…自己主張し、その身を食い合う…。
そのくせ、表向きには『ヒトの命は大事だ!』その言葉はいつの時代も叫ばれている気がする。
『ヒトの命は大事だ!』そう主張はするものの、自分の持っている要求の妥協はしないから、争いは怒る。
『ヒト』とはよく解らない生き物であり、永い時間、観察していると、『争いのない世界』にすること自体が不可能である事を悟る。
そりゃ、他の民族の価値観で、自分たちの民族の必要不可欠を否定されたら、否定された民族にとっては死活問題になる。
となれば、どうやったって、自らを守る為に自分たちの必要不可欠を否定した相手に対して抗議を行う。
その時にその相手が素直に過ちを認めて妥協、和解出来ればよいが、否定した側にだって、ただ、喧嘩を売る為に否定した訳ではなく、彼らの事情によって否定している訳だから…
その理由が自分たちにとって重要な事であれば、その相手の抗議を受け入れる訳にはいかない。
ともなれば、自分たちの存続を掛けた我の張り合いになる。
お互い命を掛けた我の張り合いをしていて、そこに『話し合いで解決を…』などと、どの面下げて横槍を入れると云うのか…
お互いに…引く訳にはいかない事情があればその姿は真剣そのものだ。
安っぽい平和主義など…その存在そのものが世界の『悪』となるのだ。
価値観の違う者たちが一つの星に生きているのだ。
当然、『ヒト』とは、支配欲を持つ生き物だ。
こうした繁栄の下では確かに…『争いの種』となるかも知れないが、自然の動物たちの中で生き残りをかけてサバイバルをしていた頃には、この、『支配欲』は生きて行く為に必要な本能であったし、『敵』に対して闘争本能を働かせなければ生きる事は出来なかった。
だからこそ、『ヒト』は、ただ闇雲に『闘争本能』を否定するべきではないし、自分の持つ本能の否定は、自己否定である。
だから、『ヒト』は理性を持つのだが…
戦争状態と云う…混沌の世界の中で理性を保っていられる程『ヒト』は強くない。
そんな状態の中で完全に絶望する程『ヒト』は弱くない。
だからこそ…ルルーシュとスザクは『ゼロテキスト』を残し続けている。
いずれ…この形での『ゼロ』の存在も破綻し、限界は来る…。
それは解っているのだが…それでも…そう思ってしまう。

―――カチャリ…
 ルルーシュがパソコンのキーボードを叩いている部屋の扉が開かれた。
「ただ今…ルルーシュ…」
その声は…テキストを作り続けている中、ため息ばかりの生活に訪れた…ほんの少しの安らぎを示している。
人は…決して思い通りにはならない。
強制的に従わせても、優しさと云う真綿でくるんでも…
だから、『ゼロ』は傍観者として存在するようになった。
既に、『ゼロ』が最前線に出向いて、争いの両者を取り成していた…と云うのは、伝説でしかない。
既に、『ゼロ・レクイエム』から数百年の時が流れているのだ。
人々の心から英雄としての『ゼロ』の存在が薄れて行ってもそれは仕方のない事だ。
時間の流れと共に、英雄の存在と云うのは、人々の中からリアリティを失い、伝説となる。
それが歴史だ。
『ゼロ』が最前線に出て行って…自分たちの手では何もできなくなっている…そう悟った時、ルルーシュもスザクも真剣に悩んだ。
悩んで、話し合って、意見の相違から1年近くも口を利かなかった事さえある。
それほどまでに二人は優しい世界を望んでいた。
しかし、優しい世界…それは、ルルーシュとスザクの価値観であって、この地球上に暮らすすべての人々がそれを望んでいる訳ではない…
そう理解した時…二人の意思は固まったのだ。
その直前まで、口をきく事もなかったのに…ある時…二人が同時に『あっ』と声を上げた。
その合図と同時に…二人は頷き合い、再び話し合いを再開した。
そう、口をきいていなかった時間も、二人はどうするべきか…自分の中で思考錯誤していた訳だ。
その時、二人とも、人間の平均寿命の倍は生きていた。
それ故に、普通の人間が見えないものも、少しずつ見えるようになってきていた。
そして…『傍観者』として、『記録』を『遺す』という選択をした。
どんな形でもいい…その時代に生きた人々がどのように問題を解決したのか…
その詳細を事細かに記録して行く事で…後世の人々がそれを利用して、よりよい方法を模索してくれるかもしれない…
その願いを込めて…
本当は…自分たちが愛した少女たちの『優しい世界』を作る事が出来ればよかった…。
しかし、自分たちを作った神はそんな、人間の甘えを決して許さなかった。
ぬるま湯に浸かり、人間の持つ能力を怠けさせる事を許さなかった。
人間とはいろんな人間がいるから面白いが…そのリスクとして、争いを生む事になる。
それを踏まえたうえで、その時代の人間たちはどのように歩みを進めて行くべきなのかを模索するべきなのだ。
これは…人間に与えられた試練だ。
だからこそ…学べるテキストを作り、その時代を動かす者がたちが利用できれば…そして、自らの解決方法を見つけ出す事が出来れば…
それも…『ゼロ』と云う、闇に咲いた花の在り方なのではないか…と思う。
何も、『ゼロ』が黒衣をまとう英雄として、世界に姿をさらしても意味がないのであれば、他の形で『世界の為に』存在していればいい…
それが…彼らの出した結論…

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