秘密特訓


 ルルーシュ?ランペルージ…
彼は、少〜〜〜〜しだけ、人より運動神経が不自由だ。
そして、目の前には一つ、大きな問題が立ちはだかっていた…。
ルルーシュはよく、授業をさぼるが、きちんと単位を落とさないよう計算しつくしている。
だから…大嫌いな体育も、必要な単位の為にはきちんと出ていた。
しかし…
今、目の前に重大な問題が立ちはだかっていた…
ルルーシュは陸上でも人より運動神経が不自由なのだが…水中ともなると、そこに更に輪をかけて不自由となる。
何が云いたいかと言えば…
つまり…
泳げないのだ…
インターネットでどうすれば泳げるようになるか…徹底的に調べたのだが…
どうにもうまくいかない。
そして…深夜…
誰もいなくなった室内プール…
ルルーシュはいつものようにセキュリティを突破して中に入り込んだ。
ここ数日…一人でインターネットで調べた泳ぎ方を試しては見るのだが…
どうもうまくいかない。
足を動かすと…沈むのだ…
今回は、体育の先生であるヴィレッタ先生に
『25m、一度も立たずに泳げんようなら単位はやらん!』
と、しっかり宣言されてしまった。
普段、サボりの多いルルーシュに対してはほとほと困っていたようで…
ヴィレッタ先生が苦肉の策として、『ちったぁ真面目に授業に出やがれ』と云う意味で出た言葉だ。
ルルーシュはこの学校の教師の性格を全部把握していた。
そして、ヴィレッタがこう云った以上、決してその言葉を覆さない事は…解っていた…
で、逃げる事も模索したのだが…どうにも、部が悪いので、真面目に泳ぎ方を練習しようと考えた。
『黒の騎士団』の活動でも、意外と水辺が多いので、泳げないとまずいかな…とも思っていたりもする。
しかし、エベレストよりも高いプライドを持つルルーシュが…誰かに教えを請いながら、泳ぎの練習をしているなどと…ばれたら、末代までの恥…って事で、とにかく、文章のみの説明で頑張ろうとしている訳だ。
体育の授業の場合、百聞は一見に如かず…
実際にはうまい泳ぎの人間をコーチに覚えた方が絶対に覚えられるのだが…
どうにも、高すぎるプライドの為に、同じ失敗を1週間ほど繰り返していた。
そんなとき、こっそりとプールを使っているところを、ある人物にばれてしまった。
アッシュフォード学園生徒会、風紀委員の枢木スザクだった…
枢木スザクに見つかったのが…
ルルーシュにとって幸せであったのか…不幸であったのか…
色々と議論のネタになりそうなところではあるが…
ただ、『泳げるようになる』と云った時に、人間離れした運動神経を持つスザクに教えられて、凡人以下の運動神経しか持たないルルーシュが覚えられるかどうか、微妙なところだ。

 ルルーシュがプールサイドでインターネットで調べた資料を口の中で反復する事に集中していた。
そこに…
「ルルーシュ…?」
スザクが背中から声をかけた。
「ほわぁぁぁぁ…」
流石に考え事をしていた時に突然声をかけられてルルーシュも腰を抜かしたかのように驚いた。
実際に、立っていられた事を自分で自分をほめてやりたいくらいの状態で倒れこむ事を我慢していた訳だが…
そんなルルーシュを見て、スザクがにこりと笑った。
それはバカにしたような笑みではなく、何だか、こんな風に頑張っちゃっているルルーシュの姿を見る事が出来るのは、中々ない事だなぁ…と云う、ある意味私服の笑みだ。
「ルルーシュ…そんな風に力が入ってたら…沈んじゃうよ…。力を抜いて…」
スザクが何を尋ねるでもなく、そんな風に話し始める。
プールサイドに敷いてあったマットを見つけて、何か思い立ったようだ。
「そうだ…いきなり水中で練習しないで、まず、無駄な力が入らないところで泳ぐ時の体勢を練習してみようよ…。やっぱり、水に入っちゃうとどうしても緊張しちゃうから…」
ルルーシュの髪を見ると、すっかり濡れているし、多分、校舎の中から教師がいなくなったと同時に入り込んで練習していたと思われる。
負けず嫌いなルルーシュの事…
同じ生徒会で水泳部に所属しているシャーリー辺りにでもアドバイスを乞えば…とも思ったが…
シャーリーに相談してミレイに伝わらない筈はない。
ともなると…
絶対に何かのお祭りにされてしまう。
下手をすると全校あげてのお祭りにされてしまう可能性がある。
ミレイの場合、確かにデッドラインを弁えているが…(特にルルーシュの)
本当にぎりぎり許されるデッドラインの際までルルーシュを追い詰めるので…
それを考えた時には確かに…生徒会のメンバーであるシャーリーに相談を持ちかけるなど、絶対に出来ないし、誰かがやったとしたら鬼だ。
ルルーシュ自身、高すぎるプライドが邪魔をして女子であるシャーリーに相談…なんて事もしなかっただろうが…
こんな形でばれた相手がスザクであったのは、まぁ、不幸中の幸い…と云うところか…
スザク自身、ルルーシュに対する独占欲は人一倍強いし、こんな美味しい…じゃなくて、秘密特訓をして頑張っている貴重な姿を誰かに教えるなんて…そんな勿体ない事はしない。
これを、自分の中にそっと秘めておき、皆の前で泳げるようになった時、『Eye To Eye』で語り合う…そんなシチュエーションを考えてしまうと…
―――ここで、僕がルルーシュに泳ぎ方を教えてあげなくちゃ…
と云う、相当不純な動機ではあるが、妙な義務感を抱いてしまう。

 そして、最初から水の中に入って練習しようとするルルーシュを強引にプールサイドに置いてあるマットの方へと連れて行って、うつぶせ状態でマットの上に寝かせる。
「な…何をするんだ!」
流石に、スザクの行動を計算しきれいないルルーシュが起き上がろうとしてスザクに怒鳴る。
しかし、スザクは涼しい顔をしてルルーシュが起き上がろうとするのを阻止して答える。
「とりあえずね…水の中で浮いている時の体勢を水の外で覚えてからやった方がいいと思って…。あんなんじゃ沈んじゃうよ…。足だってあれで沈まない方がどうかしている…」
スザクの方は教えると云う事に関してはとりあえず、真剣に考えているようだ。
ルルーシュ自身、スザクにだって、こんな無様な姿を見られたくはないのだが…
それでも…スザクの目は真剣だし、本気でルルーシュに泳ぎ方を教えてくれるつもりで入るようだ。
「まずは、水のないところで体勢を覚えて…そこから、ビート板を使って身体を水に浮かせてみて…慣れたら、ビート板なしでやってみるんだよ…。ルルーシュの事だからインターネットで色々調べたんだろうけれど…ちょっと順番すっ飛ばしている気がする…」
スザクの一言にムッとするが…
ただ、ルルーシュ自身、順番をすっ飛ばしている自覚はあった。
ここのマットだって、ルルーシュが自分で練習しようと思って、用意しようと思ったのだが…
自分で自分の姿を見られないのでは正しいのか、間違っているのか解らない。
だから、とりあえず、色んな体制を試してみて、水の中でもそれに忠実にやっていたつもりなのだが…
うまくいかず、沈んでいた。
「じゃあ、両手をこうして伸ばして、足も伸ばす…。身体を一直線にするつもりで…。ルルーシュは普段、姿勢がいいでしょ?それをここでもそうするって感じで…」
そう云いながらルルーシュが寝そべっている状態の足やら手やらの位置取りをしてやる。
「少し…窮屈だな…」
ルルーシュがスザクに支持された通りに手足を伸ばしてそんな事を呟く。
「まぁ、慣れだよ…。それに、コツをつかんじゃうと、気にならなくなるし…。ちょっと体に力入り過ぎ…。まぁ、ルルーシュの場合、脂肪が少ないから…水には浮きにくいよね…。筋肉がある訳でもないんだけど…。だから僕みたいに体力勝負で泳ぐってわけにもいかないし…」
ルルーシュの身体の線は非常に細く、筋肉がないから瞬発力はないし、脂肪がないから持久力もない。
確かに…水泳には…と云うより、体育の授業全体に向かない身体だとは思う…
「この体勢でビート板使って浮いてみようか…。水に顔を付けなくてもいいよ…まだ…」

 ルルーシュとしては…こんな風に教えられていると…複雑な気分だ。
いつもなら、スザクに勉強を教えるのはルルーシュの方だ。
今日は完全に立場が逆転している。
しかも…スザクの場合、絶対にルルーシュをバカにしたような態度を取らないから…つい甘えてしまっている自分に少々腹が立つ。
理由は解らない。
スザクに対して腹が立っているのではなく、自分自身に腹が立っているのが良く解る。
それに…スザクはきちんと服を着ているのに、自分が水着姿…と云う、そんな格好のギャップに妙な恥ずかしさも覚えて…
ビート板片手に水の中に入って、両手でしっかりとビート板をつかんでスザクが支持してくれた通りの体勢を取ると…
「そうそう…そんな感じだよ…。それでバタ足して見せてくれる?さっき、ルルーシュのバタ足…ちょっとおかしかったから…」
プールサイドでそんな事を云っている。
とりあえず、云われた通りにバタ足をしてみるが…
ビート板のお陰で沈みはしないが…
前に進んでいる様子は全くない。
はたから見ればもがいているようにしか見えないだろう。
ここまで一人で練習してきた事の疲れも出てきていて…
足もだるい…
「ルルーシュ…もう一回、こっちに来てくれる?今度は、こっちでバタ足の練習をしよ?」
スザクから声をかけられて、ルルーシュは足を動かすのをやめて、プールの中で立った状態となる。
スザクの顔を見ていると…どうやら、問題点が解ったらしい…
こう言う時、ルルーシュはスザクの云う事に対して無条件に従っている気がする。
それは…子供の頃、スザクがルルーシュに何かを教えてくれる時は…絶対に真剣に教えてくれると云う確信があったから…
子供の頃のスザクは確かに言葉は乱暴だったし、云っている事も結構乱暴だった。
しかし…絶対にでたらめな事を教える事はなかったし、自分の解らない事については正直に解らないと云える…そんな少年だった。
そして…それは今も続いている。
多少…雰囲気が変わってしまったようにも見えるが…
それでも、スザクの本質の部分は変わってはいない…
だから、ルルーシュはスザクの云っている事を信用できるし、いつの間にかこうして教えを乞うているのだろう。(ルルーシュからは何も言っていないが…ルルーシュがこうして素直に教えて貰っていると云う時点でルルーシュは教えを乞うているのだ)
「じゃあ、またさっきのマットの上でさっきと同じ体勢になって?」

 微妙に…無防備な体勢になって…異様な恥ずかしさを覚えるのだが…
それでも…ルルーシュはスザクの云う事を素直に聞いている。
『単位』を貰えないのは困る事も事実だ。
しかし、それでも、スザク以外の人間の前でこんな…恥ずかしい真似など出来るか!という思いはある。
そう…相手がスザクだからだ…これは…
ルルーシュの中ではっきりと自覚した時…自分でもはっきり解るくらい…顔が真っ赤になった。
「え?ルルーシュ…どうしたの…?」
スザクがルルーシュの顔の変化に気づいたらしい…。
見つからないように薄暗い中で二人が練習しているのに…
―――なんていう目をしているんだ…こいつは…
「な…何でもない…」
ぷいっと横を向いて、スザクに云われた通りにうつぶせになった。
正直、こんな顔を見られたくなどないし…
スザクはルルーシュに見えないようにくすりと笑い、そして、複雑な表情になる。
―――ホント…ルルーシュ…そんなに煽らないで欲しいよ…。僕が…なんで水の中まで付き合わないか…解ってないのかなぁ…
スザクだって水着の準備くらい、すぐ出来るし、多分、一緒に水に入って教えた方が手っ取り早い事も解っている。
でも…
こんな薄暗い二人きりのプールで…
―――まったく…ルルーシュ…良かったよ…。風紀委員として、半ば職権乱用の状態でここに一人で見回りに来て…。他の人にこんなルルーシュの姿見られたら…絶対にその相手の目を潰す自信があるし…
普段は柔和な雰囲気を醸し出しているが、事、ルルーシュに関してそんな、優しさを保っていられる程スザクは人間が出来ていない。
頭の中では、ルルーシュが絡んで来ると簡単に物騒な事を思いつく。
そして、バタ足の練習の為に…スザクがルルーシュの足首をつかむと…
スザクの頭の中では天使と悪魔が熱い火花を散らすようになる。
―――耐えろ!僕…ルルーシュは僕を全面的に信頼してくれているんだ…だから…
そんなスザクな葛藤を知ってか知らずか…ルルーシュは色々と質問を投げかけて来る。
確かにこれまで出来なかった事をやろうとしているのだ。
ルルーシュなら色々と質問をして来るのは当たり前だ。
スザクが必死になって冷静を装う…
自分でも頑張っていると思う…
そんな時…スザクの心の中でも読んだかのようにルルーシュが一言…これまでの質問とは比べ物にならないほど小さな声がかけられた。
「ちゃんと…俺が泳げるようになったら…その…えっと…ちゃんと…礼をするから…」
スザクの動きがピタッと止まる。
とりあえず、妙な方向に思考が向かないように必死になるが…
「練習している間は…駄目だ…。水泳は…体力の消耗が…激しい…」
最後には消え入りそうな声だ。
気がつくとルルーシュ自身、体中が真っ赤になっている事が解る。
スザクの表情が…ぱぁぁぁぁぁっと明るくなり、答えを返した。
「うん…僕、一生懸命教えるから…だから…頑張ってね…ルルーシュ…」

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