黒猫ルルにゃん7


 現在日本は梅雨…
鬱陶しい雨と身体に纏わりつくような湿度に悩まされる時期である。
元々、猫と云う動物は水を嫌う動物だ。
スザクと一緒に暮らしている、『猫帝国』の皇子様だと云う、ルルーシュは、この鬱陶しい雨の季節にうんざりしているご様子だ。
「スザク…この雨…いつ止むんだ?」
何度も繰り返されるルルーシュの言葉に…スザクは何度も同じ言葉を返す。
「多分、7月の半ばから下旬くらいかなぁ…。でも、その後は、すっごい暑い時期になるからね…。あんまり気候の変化のないところで生活していたルルーシュにはちょっとしんどいかもね…」
いつもの返事に、今のところ人間の姿をしているが、最近、雨の中一生懸命スーパーまで特売セールの食材をゲットしに走っている。
人間の姿をしていればまぁ、人と同じくらい、水に対しては順応するのだが…おばちゃんたちにもみくちゃにされ、商品ゲットして、雨の中、帰ってくると云うのは、結構体力がいるらしく、スザクが軍から帰ってくると、黒猫の姿になってしまっている事もしばしばだ。
時々、うっかり傘を忘れたり、傘置き場に傘を置いておいて、誰かに持って行かれてしまったりしてびしょ濡れになって帰ってきているらしい。
ルルーシュはスザクにそう言う事を隠しているつもりらしいが…スザク自身、帰って来てからすぐにシャワーを浴びる生活になっているので、洗濯物かごの中の洗濯物を見れば、ルルーシュが雨に濡れた事は一目瞭然だ。
そして…今日も軍から帰ってくると…
「みゃあ…」
今度は黒猫に変わっていた…
「ルルーシュ…?」
「みゃあ…みゃあ…」
スザクはルルーシュの様子に表情を変えた。
黒猫になった時のルルーシュの寝床となるバスケットの中から、ちょっとだけ顔をスザクの方へ向けているだけなのだ。
いつもなら、猫の姿になってもスザクの方に駆け寄ってくるのに…
「ルルーシュ?ひょっとして…具合…悪い…?」
今となってはルルーシュは猫の鳴き声しか発する事が出来ないであろう状況だ。
しかし、ルルーシュの方はスザクの言葉は解っている。
「みゃあ…」
よく見れば、身体が震えている。
室内は決して寒いと思われるような温度になどなってはいない。
そっと抱き上げると…ガタガタ震えているのが良く解る。
スザクの…高い体温にすり寄って、ルルーシュが身体を丸くして、スザクの腕の中におさまっている。

 スザクは青ざめた。
「駄目じゃないか…ルルーシュ…こんなに具合悪くなるまで無理するなんて…。お正月の時よりひどいじゃないか…」
年末年始にも、ルルーシュは無理をして猫の姿になり、人間の言葉も喋れなくなってしまった事があったが…
今回はその時よりも相当ひどい状態に見える。
「えっと…病院…。と云っても、ルルーシュの場合…どうしたらいいんだろう…」
猫であり、猫ではないし、人間であり、人間ではない…
少なくとも、このスザクの生きている世界にこんないきものはいない。
頭の中で、色々考えていると…
「あ…そうだ…ロイドさんなら…」
スザクはルルーシュに何枚もフワフワしたタオルを掛けてやり、自分の携帯電話を取り出す。
そして、アドレス帳の中から上司の携帯番号を探して電話をかけた。
コール6回目にしてやっと出た。
きっとまた、何か怪しい実験でもしているのだろう事は予想出来るが…
今回はコール1回分の時間さえも恐ろしく長く感じていた。
『はいはぁい…スザク君…珍しいねぇ…君が僕に電話をかけて来るなんてぇ…』
相変わらずの口調のロイドにスザクはとにかく慌てたような口調で口を開いた。
「えっと…ロイドさんは、ルルーシュと同じ国から来たんでしたよね?なら、ルルーシュが具合悪い時どうしたらいいか解りますか?えっと…病院は動物病院へ連れて行った方がいいのか、人間の…あ、でも、今のルルーシュは猫の状態で…人間の言葉が喋れなくて…それで…身体を丸めて…ぶるぶる震えていて…それで…それで…」
スザクが興奮状態で…そして、少し涙声を交えながら説明している。
ロイドも流石にこんなスザクは、まず落ち着かせなければならないと判断したようだ。
『はいはい…えっと…ルルーシュ殿下が…具合悪くなっちゃったんだね?』
一つ一つ、確認するようにロイドがスザクに質問を始めた。
「はい…帰ってきたら…猫の姿で…。いつもなら、猫の姿でも、寝ていない時には僕が帰ってくると必ず僕のところに駆け寄ってくるのに…。バスケットの中でガタガタ震えていて…」
スザクの説明に…ロイドが『ふぅむ…』と一言漏らした。
その後にロイドが言葉をつなぐ。
『じゃあ…熱があるのかもしれないね…。とにかく、また、こっちに戻ってきてくれるかな?こっちの病院じゃ、多分、治療は出来ないから…』
ロイドの言葉にスザクは縋るように続けた。
「えっと…ルルーシュは…死んじゃったりしませんよね?大丈夫ですよね?」
完全に涙声になっちゃっている自分の部下に…意外な一面もあるのだとロイドは新発見をしたような気分だったが…ここでそれを口にできるような状況でない事はロイドにも解っているようだ。
『とりあえず…僕のところに連れておいで…。多分、風邪だとは思うんだけどね…。あ、ちゃんと殿下が寒くないようにね…』
ロイドはその一言で電話を切った。

 スザクはルルーシュの身体にそっとタオルやら小さめのブランケットを巻いて、猫用のケージに入れた。
そして、揺らさないように、胸に抱えて家を出た。
夜になって、ロイドのいる部屋しか電気のついていない職場に着き、その電気のついている部屋を目指して速足で歩いて行く。
いつもなら、こんなに長いと思わない廊下も…今日ばかりは、『なんでこんなに長いんだ…』などと悪態づいてしまいそうになる。
「ロイドさん!」
いつもなら、礼儀正しくノックをして返事を待ってから部屋に入って行くスザクだったが…
今日はそんな事を構ってはいられない。
「やぁ…スザク君…。殿下は?」
「えっと…このケージの中です。とにかく、タオルとか、ブランケットとか…ケージに入れるぎりぎりまでルルーシュに巻いてありますけど…」
スザクの説明に、ロイドがケージからルルーシュの身体を優しく包んでいるタオルやブランケットごと出してやった。
そして、ルルーシュが目を閉じた状態で浅い息をしている様子を見ながら少し安心したような表情を見せた。
「大丈夫だよ…風邪だ…。ここのところ、変な天気が続いていたからねぇ…。それに、殿下の事だから…相変わらず、節約とか云って、夕方のタイムサービスに通っていたんだろうしねぇ…。セシル君が時々、スーパーでもみくちゃにされている殿下を見かけていたらしい…」
「え?セシルさんもその…ルルーシュ達と同じ…?」
スザクがロイドの言葉に目を丸くして尋ねると…
ロイドはくすくす笑いながら答える。
「否、セシル君は事情を知っているけれど、スザク君と同じこちらの世界の人間だよ…。ただ…セシル君が通っているスーパーと同じスーパーで買い物をしているらしくてねぇ…。おばちゃんたちにもみくちゃにされながらタイムサービス商品をゲットしに行っているその場には不似合いな美形の男の子がいるって…話してくれたからねぇ…」
確かに…スーパーでおばちゃんたちとタイムサービス商品の奪い合いを…ルルーシュがしていたら目立つだろう…
しかも、こんなに細い身体でどうやって、あのパワフルな生き物たちをはねのけているのやら…
セシルの場合、猫の姿になったルルーシュを見てはいるが、人間の姿になっているルルーシュはみた事ない筈なのだ。
だから…スザクは尋ねてみたのだが…偶然とは恐ろしいものだ…

 ロイドが浅い息をして、意識が朦朧としているルルーシュに対して動物病院に置いてあるような、猫用の点滴のキットを取り出した。
「とりあえず、だいぶ熱で脱水が進んじゃっているし、このまま熱を出した状態では辛いだろうから、点滴で水分と解熱剤を入れるから…。これは、僕たちの国のものだから、心配ないよ…。薬の内容は多少違うけど、やる事は同じだからね…」
そう云いながら、小さく丸まっているルルーシュに点滴の針を刺して固定してやり、天敵を落とした。
「あの…ルルーシュは…?」
「そうだね…今日はとりあえずここにいた方がいいよ…。あんまり動かすのも可哀そうだし…。なんだったら、スザク君、君のうちにあるっていう殿下のお気に入りの寝床を持ってきてやってくれるかな?きっと、その方が安心できるだろうから…」
「解りました…」
スザクはそう答えるとすぐに走り出して、自分の家に置いてあるルルーシュの為に買ったバスケットとクッションを取りに戻る。
それを見送るとロイドが隣の部屋でこのやり取りを見ていた人物に声をかけた。
「いきなりこちらに来て、覗き見なんて…悪趣味ですよ?殿下…」
ロイドの言葉は…ルルーシュに向けてのものではない事は解る。
勿論、覗き見していた者に対するものだ。
『たまたまだよ…。君の様子を見に来たら…思わぬ相手も一緒にいて…。驚いているのは私の方だよ…ロイド…』
「僕だって、最近ですよ…。ルルーシュ殿下とこちらの世界で会ったのは…」
ロイドはルルーシュの様子を見ながらそう答える。
その相手は、ロイドに対しても、ルルーシュに対しても敵意はない…
敵意はないのだが…『面白くない!』と云うオーラを隠そうとしていない。
『それに…ルルーシュの傍にあんな人間がいるとは思いもしなかったのだがね…?』
「あんな人間…って…スザク君の事ですか?」
『他に誰がいる?』
「ご挨拶しておきますか?あなたの大切なルルーシュ殿下を助けて、一緒に暮らしているようですが…」
『一緒に…暮らしているだと?』
「ええ…ルルーシュ殿下もそれはそれはお幸せそうですよ?」
ロイドの言葉にその、会話の相手が姿を現した。
「あれ?挨拶する気になったんですか?」
予想は出来ていたであろう彼の行動にロイドがわざとらしくその相手にそう尋ねる。
「……」
「まぁ…もうすぐ戻ってきますけれど…。ルルーシュ殿下は具合悪いんですから…妙なケンカはしちゃダメですよ?」

 スザクはルルーシュの気に入っているバスケットとクッションを抱えてロイドの元へと帰ってきた。
「ロイドさん…すみません…遅くなっちゃって…って…」
スザクは戻ってきた時に、もう一人ここに存在する人物が増えている事に気がついた。
「あの…」
「ああ…スザク君…まずはそれ…貸してくれる?ルルーシュ殿下をそっちに移すから…」
そう云いながらスザクの持ってきたバスケットとクッションを受け取って丁寧にルルーシュの身体を移動させた。
そして、解熱剤が少しずつ聞いてきたのか…少しだけ落ち着いたルルーシュを見てほっと息を吐いた。
「とりあえず…お互い初めまして…だよね?シュナイゼル殿下…彼は僕の部下で、現在ルルーシュ殿下と一緒に暮らしている枢木スザク准尉です…」
スザクは目の前の長身で、金髪の美形男性にそう紹介されて、頭を下げた。
「あの…枢木スザクです…」
ロイドが『殿下』と呼ぶ相手…となると…ルルーシュの兄弟だと考えるのが自然だ。
「で、スザク君…こちらはルルーシュ殿下のお母様の違う兄君…シュナイゼル=エル=ブリタニア殿下…。僕の上司だ…」
スザクに紹介されたその男性は…本当に綺麗な男性で…そして、『殿下』と呼ばれる程の立場である事を疑わせる事のない…オーラみたいなものを感じる。
「そうかい…君か…。私の可愛いルルーシュを拉致監禁した不届き者は!」
一瞬…スザクの身体の動きが止まる。
云われた事の意味が解らなかった。
拉致?
監禁?
不届き者?
確かに…監禁したくらいスザクとしてはルルーシュを独占したい気持ちは山々なのだが… しかし、実行に移した覚えはない。
それに、いきなり不届き者と云われても…
「殿下…いきなり僕の云う事を聞いてくれませんでしたね…。ここで枢木准尉に喧嘩売らないで下さいよ…。言ったでしょ?ルルーシュ殿下を助けて、一緒に暮らしているって…」
ロイドが呆れたようにシュナイゼルにそう告げる。
「大体…殿下がそうやってルルーシュ殿下を拉致監禁しようとするからルルーシュ殿下が逃げ出しちゃったんでしょうが…。ルルーシュ殿下…とっても幸せそうですよ?それに…このまま殿下を連れて帰っちゃわないでくださいね?スザク君には頑張って貰わないといけないんですからぁ…」
ロイドがシュナイゼルにそう諭すが…
「ふっ…あちらに連れて帰ればどうせ…父上をはじめ、多くの者たちが私の可愛いルルーシュを拉致監禁する為にあらゆる手を使ってくるに違いないのだ…。それならば、私がここで見つけたのだ!私がこの世界に留まり、ルルーシュを全身全霊で守ってみせる!」
力強い握り拳をつくって力の入った決意を言葉にするシュナイゼル…
スザクは思った…
―――ルルーシュって…ホントに苦労してきたんだなぁ… と…

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