スザクが…1年ぶりにアッシュフォード学園に帰ってきた。
交換留学として、1年間、ブリタニアに渡っていたのだ。
その、1年間の留学を終えて、スザクはまた、アッシュフォード学園のルルーシュのクラスに帰ってきたのだ。
「ただ今…ルルーシュ…」
「お帰り…」
相変わらず人好きのするスザクの笑顔にほっとしながらも、いつも照れとか、意地とか、余計なものが邪魔をして素直な笑顔で答えてやる事が出来ない。
でも、スザクはそんなルルーシュの事も愛していると云ってくれた。
そう、1年前…スザクの交換留学が決まったときだって…
『ルルーシュ…僕は、そのままのルルーシュが好き…。だから…ずっとそのままのルルーシュでいて…。僕が帰ってきた時に…また、照れ屋で、意地っ張りで…でも寂しがり屋な君が迎えてくれると嬉しい…』
そう言ってブリタニアへと旅立っていったのだ。
1年…
ルルーシュにとっては長かったと思う。
そして、スザクの言葉の通り…ルルーシュの方から連絡を取る事もしなかった。
ただ…ひたすら、スザクを待ち続けていた。
そして、漸くスザクが…ルルーシュの目の前に帰ってきたのだ。
1年ぶりともあって、クラスメイト達はスザクの周囲に集まってきた。
ルルーシュとしては、ゆっくり、スザクと話をしたいと思っていたが…それでもスザクの人付き合いを邪魔する気はなかったので、スザクの隣の席であったルルーシュはそっと、その席から離れた。
そんなルルーシュに気がついたのか、リヴァルが声をかけてきた。
「おい、いいのかよ…」
「別に…。それに、スザクの友達は俺だけじゃないだろ?邪魔する気はないよ…」
ルルーシュの言葉にリヴァルが少し呆れたような顔をして呟いた。
「否…邪魔してんのは、あいつらでしょ…。まぁ、ちゃんと前もって連絡貰って、既に感動の再会なんて済んでいるか…お前たちは…」
リヴァルの言葉にルルーシュは複雑そうな表情を見せた。
「否…俺…スザクがいつ帰ってきたのかも知らなかったんだ…。この1年…こちらから連絡を入れる事もなかったし…向こうから連絡をくれる事もなかったからな…」
ルルーシュの言葉にリヴァルが驚いた表情を見せる。
「え?でも、お前たちって…」
「別に…それに、中途半端に連絡を取っていたって…本物が目の前にいないのなら、余計に寂しくなるだけだろ…。だから、あいつがブリタニアに渡る前に二人で約束したんだよ…」
リヴァルにはルルーシュの言葉が…それはお互いに信頼し合ってのものなのか、お互いの間の距離なのか…よく解らない。
でも、ルルーシュの横顔を見て…『おまえ…凄く寂しそうだよ…』と思っていたのは、ルルーシュには内緒であった。
放課後、生徒会室でも結構な騒ぎになっている。
「おっかえりぃ〜スザク♪」
明るく声をかけてきたのは生徒会長のミレイ=アッシュフォードだ。
「あ、会長…。枢木スザク、無事、このアッシュフォード学園に帰ってまいりました!」
ミレイのノリに付き合ってスザクがそんな風に答えた。
「教室でも凄い騒ぎだったよねぇ…。ホントはルルと一緒に感動の再会…なんて…もう、しちゃっていたよね…。ルルとスザク君の事だから…」
何気ないシャーリーの一言…
ルルーシュとスザクの事は生徒会…と云うよりも学園では公認となっていた。
だからこその、シャーリーの一言だったのだろうが…
「否…俺も知らなかったんだよ…。スザクが今日、アッシュフォード学園に帰ってくる事は…」
ルルーシュの一言になんだかよく解らない空気が漂う。
リヴァルはさっきのルルーシュの寂しげな横顔を知るだけに『あちゃぁ…』と云った表情を浮かべるが…
「うん…僕もルルーシュに伝えてなかったし、今日帰ってくる事を知っていたのは、多分、理事長と担任だけだよ…」
なんとなく、微妙な空気の中、スザクが明るい声でそう答える。
「な…なんで…ルルーシュにまで黙ってたわけ?あんた…」
カレンが何となく気付いた空気の変化にやや、戸惑ったように声をかけた。
彼らの記憶の中にはルルーシュとスザクの仲のいい…姿しか思い浮かばない。
「別に…そんな事はどうでもいいだろ…。スザクがそうしたかったんだから…一々詮索する必要なんてない…」
ルルーシュは生徒会の資料をパソコンに打ち込みながらそう、答えた。
ルルーシュ自身は、努めて冷静に…と云うつもりだったが…
確かに、ルルーシュの事をよく知らない人間であれば、そのまま納得したかもしれない。
しかし、ルルーシュの事をよく知る彼らには…ルルーシュ自身、大きなショックを受けている事が解った。
「じゃ…じゃあ…スザク君のお帰りパーティの企画でも立てようか?」
シャーリーが何とかこの場の空気を変えようとそう提案した。
「そうね…折角だし、学園あげて、ぱぁぁぁっとやりましょ!」
シャーリーの提案にミレイも何とか乗っかった。
この場の空気が気に障ったのか…スザクがルルーシュの腰かけている椅子のところまで歩いて行く。
そして、ルルーシュの方はパソコンのディスプレイから目を話す事なく、キーボードをたたく手も止めようとしない。
そんなルルーシュを見下ろしながら、屈託のない笑顔をスザクが浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、周囲の空気もすこし、ゆるんだのを感じたが…
しかし、スザクの口から紡がれる言葉によって…その空気は…
「ねぇ…ルルーシュ…僕たち…別れよう?」
一気に緊張状態へと陥っていった。
その一言にルルーシュも流石にキーボードをたたく手が止まった。
スザクの方を見る事が出来ない。
周囲の二人の相反するその表情に…ただ固まっていた。
何もこんなところで…とも思うのだが…
「僕ね…ブリタニアで…大切な人が出来たんだ…。多分、明日付でこの学園に来るよ…。交換留学生として…」
ルルーシュはパソコンのディスプレイの方を向いているが…でもその目に、何も映し出してはいない事は…よく解る。
スザクの…言葉も…耳に入ってきているのか…入ってきていても、理解出来ているのか…解らなくて…
「ごめんね…だから、ルルーシュに帰ってくる事…伝えなかったんだ…」
そこまでスザクが云うと…
―――バキッ!
スザクの左頬にリヴァルの右ストレートがクリーンヒットした。
「おまえ…いい加減にしろよ…。少し…空気を読めよ…」
リヴァルの声が震えているのが解る。
怒りに任せて打ちこまれて、スザクは口の中を切ったらしい。
唇に左端の方から血が流れていた。
「リヴァル…やめろ…」
そう口にしたのは…これまでディスプレイに向いたまま、動かなかったルルーシュだった。
「でも…」
「いいんだ…。まぁ、別れるにしても…少しくらい…時間くれたっていいだろ?こんな、皆の前で、はい、さようなら…って云うのも微妙に気が引けるしな…」
ルルーシュは立ちあがって、スザクの手を引いて生徒会室へ出た。
スザクが是とも、否とも答えていないのに…
ルルーシュにしては強引だ。
「……」
生徒会室の中に静寂が続いた。
全員、何をどう話していいのか…解らないのだ。
ルルーシュが捜査していたパソコン画面だけ…明るい光を落としている。
明るいとは云っても、データ処理の為に開かれている表計算ソフトのカラフルなグラフのお陰だろう。
そこにいる者たちは誰ひとり、声を出す事も、その場を動く事も出来なかった。
彼らにとっては恐ろしく長く感じる時間…
その、『静寂』を破ったのは…
『にゃあああ…』
生徒会で飼っていた黒猫のアーサーの声だった。
「あ、アーサー…ごめん…皆…ちょっと怖い顔してたかな…?」
シャーリーがアーサーを抱き上げて、アーサーにそう問いかける。
『にゃあ?』
アーサーは何の事かよく解らない…そんな風に自分の身体を抱き上げているシャーリーに返した。
「ま…まぁ…あの二人の問題に…私たちが首を突っ込んじゃいけないわね…」
ミレイが気を取り直したかのようにそう告げる。
そして…ルルーシュが作業していたパソコンがスクリーンセーバーに変わると同時に生徒会のメンバーたちは言葉なく、作業を始めるのだった。
翌日…
スザクの云った通り、ルルーシュ達の一つ下の学年に交換留学生が入ってきた。
「初めまして…ユーフェミア=リ=ブリタニアです…」
屋上で、髪の長い、フワフワした感じの女生徒をスザクから紹介された。
「ルルーシュ…この子が、昨日、僕の云っていたブリタニアで見つけた…大切な人だよ…」
ルルーシュは言葉も出なかった。
彼女の様子から察するに、スザクはルルーシュの事を一切彼女には話していないのだろう。
「ル…ルルーシュ=ランペルージだ…」
やっと絞り出したその一言…
「ユフィ…彼は僕の親友なんだ…。ずっと仲が良かったんだよ…」
スザクが彼女にルルーシュを紹介する言葉…
酷く遠くで話しているような気がしている。
『親友』…
確かに、彼女に対して『恋人だった』とは言えないだろう。
「あの…俺、生徒会室に忘れ物があるんだ…取りに行ってくる…。それに…二人の時間を邪魔しても悪いからな…」
必死に取り繕い…屋上を後にした。
ルルーシュの背中を見送り…ユーフェミアが表情を変えた。
「よろしかったの?本当に…」
先ほどまでのスザクの恋人…の表情ではない。
「いいんだ…。有難う…ユフィ…。ごめん…変な事を頼んだりして…」
「私はよろしいのですが…あなたは…それで本当によろしいの?」
先ほどからユーフェミアがスザクに投げかける質問は同じものばかりだ。
「これが…ルルーシュの為だ…。ルルーシュは…もう…こんな先の見えている僕に縛られていちゃいけないんだ…」
スザクの言葉にユーフェミアがため息をついた。
「あなたはとてもいい人ですけれど…あなたを大切にして下さる方にとっては最低の人間です…。あの…ルルーシュと云う方…あなたの事を大切に思っていらっしゃいます…。そして、あなたを必要としています…」
ユーフェミアはその一言を置いて…スザクの元を離れて行った。
「僕を大切にしてくれる人にとっては…最低の人間…か…。でも…それで、ルルーシュがこの先、僕に縛られずに済むなら…それでいい…」
スザクは一言呟いて…俯いて…目を閉じた…
涙が…こぼれそうになったから…
ブリタニアに渡って…半年ほど経った時…告げられた…自分のタイムリミット…
本当はブリタニアで治療をしているべき身体だった。
でも、それでも…最期の最期に…一目でよかった…
自分に笑顔を投げかけてくれる事がなくてもよかった…
会いたかった人がいたから…
「ルルーシュ…」
スザクが、そんな身体を圧して日本に戻ってきた理由はたった一つだった。
「ルルーシュ…気付かなくてよかった…」
スザクの変化に対して敏感なルルーシュにどうやったら悟られないだろうかと必死に考え抜いた。
昨日、生徒会室から連れ出されて、何か云われるかもしれないと思ったが…ルルーシュはただ一言…
『あの連中に付き合うときりがない…さっさと帰れ…』
それだけだった…
しかし…スザクははっとする…
『さっさと帰れ…』
その一言…まさか…ルルーシュは…
背後で人の気配がした。
スザクのよく知る…絶対に間違える事のない気配…
「おまえが…俺を騙そうなんて…100年早い…」
声の主は…決して聞き間違える事のない…誰の声よりも自分を安心させる…そんな声…
恐る恐る振り返ると…
「ルルーシュ…」
「悪いが、全てを知りたかったからな…。全部聞かせて貰った…。お前が帰ってきた時の様子がおかしかったからな…」
ルルーシュは…怒ったような…でも悲しいような…そんな表情でスザクに近づいてきた。
スザクは…ルルーシュほどクールに徹する事が苦手で…これまでだって、泣きそうになっていた。
昨日の一世一代のあの…言葉だって…
「あんな変化を見せられれば…気づいて下さいと云っているようなものだ…」
ルルーシュはスザクの隣に立って、屋上から見える街並みを見ていた。
スザクはルルーシュのその横顔をただ、じっと見つめている。
「怒ってる…?」
「別に…ただ…お前の馬鹿さ加減に呆れているだけだ…。俺は…惚れた相手の変化も見抜けないほど…能天気に生きてきたつもりはないぞ…」
全てを知られて…ルルーシュにこんな言葉を掛けられて…スザク自身に取り繕う余裕などありはしない。
スザクは思わず、ルルーシュの細い身体を抱きしめる。
「ごめん…ごめん…ルルーシュ…。僕…ずっと怖くて…」
スザクの言葉にルルーシュもスザクを抱き返してやる。
「大丈夫だ…俺は…お前の傍にいる…。俺は…お前の傍にいる…」
ルルーシュのその言葉に…スザクはわっと泣き出した。
これまでの緊張の糸が一気に緩んだかのように…
残されている時間が少ないと云うのなら…その時間に悔いを残さなければいい…
ルルーシュはそう考える。
最期の最期まで…スザクと共にいる…
「ルルーシュ…僕…ずっと怖かった…。僕がこんな事になっちゃって…ルルーシュを不幸にしちゃうんじゃないかって…」
「バカか…人の幸せを勝手に決めるな…。俺は…お前と一緒にいる…。それが俺の幸せなら…文句はないだろ?」
いつもは冷たい雰囲気を醸し出しているルルーシュの…
こんな風に優しい部分を知っているのは…
多分…スザクだけで…
言葉は乱暴だし、ひねくれ者だし、すぐに意地を張るし、無駄に頭がよくて…
「ありがとう…ルルーシュ…」
その時…その一言を精一杯の気持ちを込めて、ルルーシュへと贈った…
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