あの…『ゼロ・レクイエム』が完結して…半年が経った。
今のところ…『ゼロ』の存在感は健在で…一応、世界は『話し合い』と云う一つのテーブルについている。
しかし…価値観、宗教、習慣、話す言語、何もかもが違う者同士が一つのテーブルについて話し合う事の難しさを…今になって、思い知る様になっている。
実際に、その、『話し合い』が行われるときには必ず、『ゼロ』も立ち会う。
決して口を出す事なく…その存在だけを示している。
それが…今の世界の暴走に対する抑止力…
そして、半年前まで続けられた、神聖ブリタニア帝国99代皇帝、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアによる世界の掌握を恐れた、各国の今の姿勢だった。
実際に、今では世界の意見も分かれ始めている。
ルルーシュ皇帝は確かに独裁政治を行った。
ルルーシュ皇帝に対する非難の声を浴びせた者は投獄、最悪の場合、死罪となった例もあった。
しかし、そのルルーシュ皇帝に対して異議を唱えたのは…ブリタニア帝国の皇族であった者、貴族であった者、財閥のトップに君臨していた者…そう云った人物たちであった。
植民エリアの開放により、皇族や貴族たちは将来的に植民エリアの総督を経て、本国での立身出世の道を断たれる事になる。
財閥の解体によって、その財閥にトップに君臨していた者たちはこれまでの財産を失う事になる。
それまでの制度がいかに、不公平な制度であり、植民エリアに限らず、ブリタニア本国に暮らすブリタニア人に対しても非常に苦痛を強いている制度を廃止した。
それ故に…それまで権力を持ち続けてきた者達が不満を漏らした。
そして、こんな出来過ぎた制度改革に対して、『超合衆国』の中でも、否応なしに『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と云う人間に対して、あらぬ誤解を抱く者達は自分の目で確かめる事もなく、そして、自分の見方を変えず、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』に対する一方的な固定観念だけで『ルルーシュ皇帝』の成した事を全否定した。
『ゼロ』として、彼らを見てきた『ルルーシュ』が、あの、『裏切り』の一件でそれを悟り、その、彼らの特性を利用した。
そして…『ルルーシュ』は『黒の騎士団』のメンバーに対して、『ルルーシュ』が生きている限り、『ルルーシュ』に対する攻撃、暴力に対して彼らが罪悪感を抱かずに行えるよう、仕向ける事に成功した。
それが…今のこの結果なのだが…
『ルルーシュ』が残した、『明日のある世界』とは…こんなに薄汚れたものではなかった筈なのに…
『ゼロ』の仮面を本人から直接継承したその席に立ち合っている『ゼロ』は思っていた。
『ゼロ』は政治介入はしない。
そして、『黒の騎士団』も解体され、今では『ゼロ』一人が『皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』を討った救世主として、その場に同席している。
故に、軍事介入も行わない。
ただ…そこに存在する…象徴的な『英雄』…
ここで、『ゼロ』が過去の功績を並べ立てて、自己主張したら、また、世界は混沌の渦に飲み込まれる。
下手をすると、『ゼロ』が世界を束ねる独裁者になってしまう可能性すらある。
『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』と違って、『ゼロ』には『ルルーシュ』が作り上げてきた奇跡の数々、そして、彼を敬う人々がいるからだ。
『ゼロ』の言葉はだから、世界にとっては重い。
『ゼロ』は無国籍であり、どこの民族にも肩入れをしない…そう云う存在だ。
今の、この、『話し合い』と云うテーブルに置いて、『ゼロ』が持つ権限と云うのは…意見が真っ二つに割れた時…どちらを選択するか…その時の決定を下す…それが、『ゼロ』の務めだった。
つまり、彼らの意見を戦わせ、より良い世界にする為の意見を出し合った時、決定するときには必ず多数決になる。
その時に意見が分かれてしまった時、その決定を下せる者が必要となる。
今の『ゼロ』はそう云った役回りだ。
賄賂などで懐柔しようとする輩も、少なからず出てくる。
あれから半年経って、多少、世界も戦争の熱から冷め始めてくる。
その時に考えるのが…自分の利益…
自国の利益であるのなら、それは立派に主張すべき事なのだが…中には、様々なしがらみの中、個人の利益が絡んでくる者もいる。
その時、『ゼロ』に取り入ろうと姑息な事を考える者も出てくる。
だから…『ゼロ』は決して誰とも連絡を取らない。
会議の日程だけ…あるルートからその手に届くだけだ。
基本的にその会議の内容も、『ゼロ』に事前報告される事もない。
『ゼロ』は、あくまでも無国籍であり、世界にとっての第三者と云う立場になった。
だからこそ…『ゼロ』は仮面を外す事も、誰かと話す事も許されない立場になっている。
いわば…誰にも平等な『神』とも言える存在なのかもしれない。
しかし…実際には、『ゼロ』は人間であり、どれだけ隠して、押し殺していても、個人の感情は当然ながら、抱いているものだ。
だから…『ゼロ』は事前に情報を得ない。
誰とも個人的に話す事はない…。
『ルルーシュ皇帝』を討ってから、今日まで…彼の声を誰も聞いた事がない。
それでも、たった一つ…『ゼロ』がきちんと呼吸できる場所を…『ルルーシュ』は残してくれた。
大体、人間なのだから、衣食住は必要な訳で…
そして、『話し合い』のテーブルの置かれる日時の情報を受け取れるだけの者も必要で…
そこは…それら全てを賄う場所…
その敷地内にあるログハウスに向かって歩いていく。
そこで、次回の『話し合い』の日程や、今、世界情勢がどうなっているのかを知る事が出来る。
「…お帰り…」
一人の少女がその姿を見て、一言…そう告げる。
『ゼロ』の正体を知り、今、彼の活動の手助けをしている。
本当にたまにしか訪れない、この場所…
世界に散らばった軍人たちが何とか身を立てられるまでこの地域で治療、あるいは社会復帰の為の訓練をする。
『ゼロ』の提案によって、『ルルーシュ皇帝』の側近であったジェレミア=ゴッドバルトに与えられた、治外法権区域…
10マイル四方のその地に、あの戦いで軍人として戦ってきたが、平和な世の中になって、どうやって身を立てていいか解らない者、精神的に病んでしまったり、負傷して重い後遺症を残した者達がここに集まってきている。
あの戦いの後、軍人崩れとなってしまった者たちの…最後の砦…とも言うべき場所…
『ゼロ』はそこで様々な情報を得ている。
今、世界に何が必要であるか…世界は何を求めているのか…吟味するための情報をここで得ている。
「……」
少女のその声に『ゼロ』は答える事はない。
こんな外で声を出す訳にはいかない…そんな風に思うからだ。
正体不明の『英雄』であり続け、決して正体がばれてはならない…
だから…『ゼロ』は細心の注意を払う。
そして、彼らの住居について、中に入っていく。
流石にブリタニアの宮殿の様な…と云う訳にはいかないが、それなりに広い作りとなっているし、様々なセキュリティシステムが施されている。
部屋の扉を開けるだけでも、指紋認証が必要な程、ここの秘密は強固に守られている。
それは…『ゼロ』が世界の『英雄』であり続ける為…
世界を第三者的に見つめ続ける為…
決して個人の感情を交えない判断を下さなければならない。
しかし、ここで『ゼロ』の正体がばれたり、ここでどのような形で情報を受け取っているかなど…各国の諜報機関に知られる事は当たり前だが、三流のゴシップ雑誌に取りざたされる事も困る。
『ゼロ』は記号…
『ゼロ』は英雄…
それを保つためには決して、『ゼロ』の秘密を知られる訳にはいかない。
だからこそ、『ルルーシュ皇帝』に忠誠を誓っていたジェレミアに猿芝居をさせてまでこの治外法権区域を制定し、何人もこの建物に近づけないようにしたのだ。
中に入り、やっと、自分の仮面を外した。
そこには…栗色の縮れた髪を持ち、翡翠の瞳をした少年の顔がある。
「ふぅ…」
やっと、息を吐いた。
ずっと、息のつまるような状況の中で『ゼロ』を演じているのだ。
そして…少年故の純粋さで世界を壊し、『明日のある未来』を願って、残された大人たちにその願いを託した気持ちは…世界の誰にも届いていない様な気がしていた。
あの騒ぎからたった半年しか経っていないのに…
あの、『話し合い』の場での醜い大人たちの姿を見せつけられて…何も言えずに、ただ見ている事しか出来ないこの、『ゼロ』の仮面を壊したいという衝動に飲み込まれそうになってしまう。
「まだ…たった半年だぞ…。あの…独裁が2ヶ月しかなかった事で…何も理解されていないのか…」
個人の欲望のままに世界を動かそうとする大人たちの姿…
中にはそんなことではいけないと発言する国もあるが…本当に僅かだ。
特に、『ルルーシュ』の後を継いでブリタニアの代表となっているナナリーはその、純粋さを引き継いでいる。
そして、その純粋であるが故に傷つきながらも…大人たちの暴走を止めようと…必死に足掻いている。
そんな様子を目の前にしても…『ゼロ』であるこの少年は…今は名前を持たない人間で…声をかける事も許されない。
だから…胸が痛くなるのか…
だから…自己嫌悪に陥るのだろうか…
「まだ…あれから…たった半年しか経っていないのに…」
口の中でそう呟く。
その言葉の中に、悔しさとか、悲しさとか、切なさとか…色々な者が込められている。
「彼なら…どうしたのかな…こう云う時…」
最近、精神的に辛くなるとつい、発してしまうこの言葉…
今は…答える事が出来ないのに…
廊下の奥へと進み、そこから、地下に繋がる…そして、この屋敷の中で一番強固なセキュリティの施されている扉へと進んでいく。
いつものように…一人でこの扉を開く。
その先に続く階段の先にある、もう一つの…重厚な扉の場所…
『ゼロ』は今、そこから、世界を見続けている。
これは…『ゼロ』の言う、『彼』が作り上げたシステム…
この少年が、『ゼロ』として存在するために必要なものを全てここに残した。
ジェレミアが、元軍人たちの面倒を見るという名目の元にこの土地を手に入れるよう、ジェレミアに命令したのも…『彼』だ…。
―――シュッ…
電子音のする扉の向こうには、全ての情報を得る事のできるシステムを備えたコンピュータがある。
そして…向かって右側にもう一つ、扉がある。
そこは…『ゼロ』が云う、『彼』が眠り続けている場所…
「帰ったのか…」
そこに、黄緑色の長い髪を持つ少女が…まるで『彼』の眠りを守るかのように立っていた。
「ああ…何か…新しい情報は?」
「来月の10日にまた、ネオペンドラゴンの国際会議場への召集が来ている。後は…まぁ、いつものくだらない争いのニュースばかりだ…」
その少女がため息を吐きながら報告する。
「そう…。で、『彼』は?」
彼女の今の報告よりもそちらの方が気になっている事らしい…
その、『彼』が眠り続けている部屋へと続く扉を見て尋ねる。
少女は『結局、お前はあいつにしか興味がないんだな…』と云う表情を見せながら答える。
「まだ…その時ではない…。私の知る知識の中で作り上げた部屋だ…。時期が来るまで、あいつは目覚めない…。それに…あいつはその事を望んでいないだろうからな…。本当は…お前が死んでから…の方がいいとも思ったんだがな…」
少女の言葉に少年がキッと少女を睨んだ。
今の状況が苦しいのだろう。
本当は…『彼』の言葉が欲しいのだろう…
そんな事を思わせるような…睨みつけているのにそこに畏怖を抱く事はない。
ただ…少女は切ない顔をするだけだった。
この少年も…時代の犠牲者…
彼の本当の名前は、あの混乱の中葬られている。
そして、今は、ここでしか仮面を脱ぐ事は許されず、口を開く事が出来るのもここだけだ。
「僕は…『彼』のギアスによって…死ぬ事の出来ない身体になったんだ…。だったら…僕は『彼』と共に生きる…。君には邪魔はさせない…」
まるで…悲痛な叫びのようだ。
たった半年で、この少年はこんな形で『彼』を求めている。
『彼』もまた、あの、Cの世界でのイレギュラーにより…不老不死となった。
そして、『ゼロ・レクイエム』の影響を考えて、今は、『コード』の発動を抑えつける装置の中で眠っている。
この少年は、『彼』にかけられた『生きろ!』と云うギアスによって、死ぬ事が出来なくなった事を知った。
あの…ダモクレスでの戦い…ランスロットから脱出して終局の為に備える…そのつもりだった。
しかし、あの時の紅蓮の攻撃は思った以上に少年の身体に傷を負わせた。
自力で動けない…そう思って、もしかしたら、『彼』の元へ戻れないかもしれない…そう思っていたら…深く抉られた傷がみるみる回復していく様を見たのだ。
―――自分は…死ねない…
そう確信した。
そんな、呪いに涙が出そうにもなったが、感謝もした。
そう…『彼』が『コード』を継承した事を知ってから…
『彼』が目覚めたら…まず話をしたかった。
とにかく、何でもいいから…話したかったし、聞きたかった。
今度こそ…嘘のない言葉で…
今はまだ…その時ではないという…
だから…少年は『彼』の目覚めを待つ…。
『彼』が目覚めねばならない…その日が来るまで…
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