傍観者


 ここに…『ルルーシュ』の秘密を知る者たちの帰りを待つ少年が立っている。
彼が世界から消されて…2年と経っていない。
しかし…彼が準備した『話し合いと云う一つのテーブル』は…脆く、簡単に崩れ去った。
ゲームであれば、『悪』が消えればそれでハッピーエンド…
しかし…リアルでは、そうはいかなかった。
『悪逆皇帝ルルーシュ』を討つと云う大義名分の下に一つにまとまった世界だったが…
『悪逆皇帝ルルーシュ』を憎む心だけで集まった国々…
その、どんな意味であれ、世界を纏め上げてきた支柱を一本、失った今、世界は一つになるだけの大義名分も一つになろうと云う心さえ綺麗に消え去った。
あるのは…全てを『悪逆皇帝』の責任として責任の放棄をして、自分の利益の身に固執する為政者たち…
そんな為政者たちに不満を持つ者たちが集まって、テロリスト集団が形成され、世界のあちこちで小規模ながらも数多くの紛争が起きている。
かつて、彼が8年間暮らした…旧エリア11、現日本でも…彼が『黒の騎士団』を作り上げた頃と同じように…テロが頻発しているというニュースがリアルタイムで入って来る。
―――こんな事の為の『ゼロ・レクイエム』ではなかった筈なのに…
ぎゅっと握り拳に力が入り、唇を噛み締める。
結局、価値観の違う者をまとめ上げる時には…全ての人間が認める何かが必要…と云う事なのだと、ルルーシュは悟る。
自分の意に沿わない父、シャルル=ジ=ブリタニアからの『コード』の継承…
これも、今まで自分の犯してきた『罪』に対する『罰』だと云うのであれば仕方ないと思う。
それだけの事はしてきたし、こうなってしまった以上、ルルーシュはこの世界に暮らしながら、この世界に名にも影響を与えてはいけない存在となっている。
『コード』を持つ者は、『コード』を継承した年齢のまま、『コード』の継承者が現れるまではそのままだ。
下手にルルーシュがこの世界に関わりを持ったりすると色々な意味で話が厄介な事になって来る。
ルルーシュは確かにあの時…『ゼロ』に貫かれて…死んでいるのだ…
『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』はもうこの世にいない事になっている。
C.C.が元々の名を名乗らなくなったように…彼もまた、『ルルーシュ』と名乗ってはいけないし、まだ、ルルーシュはその姿を外に曝す事は出来ないのだ。
今の状態でも混乱していると云うのに、更に全世界向けのメディアを通して『ルルーシュ』は死んだ姿を発信してしまっているのだ。
これが、安いオカルト番組で取り扱われる程度で済めば良いが、既に死ねぬ身となった彼は…この状況で事情を知らぬ者たちの前に姿を現したら全世界をパニックへと陥れる事になるのだ。

 元々、ルルーシュ自身、自ら望んで『コード』を手にした訳ではない。
本当なら、あの場で綺麗に消え去っているべきだった。
スザクに『ゼロ』の仮面を継承したし、あの時のルルーシュの読みであれば、スザクのその肉体が滅びるまでには…何とか世界は落ち着く事が出来るに違いない…そう考えていた。
しかし、実際にはそんな事はなく…人々は様々な考えを持っている事を改めて思い知らされる。
確かに『皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』を憎むものはいるだろう。
しかし、これまでのルルーシュの事を知らない者の中には、その、『皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』の行為に対して感謝している者たちもいる…
たった一人の独裁者が生まれたからと云って、世界中の憎しみをそのたった一人に対して向けるなど…人間であるルルーシュには出来なかったのだ。
国も人も、自分を守る為に行動を起こすし、戦う事もする。
それは…ルルーシュも、スザクも一人の人間として生きていた時にしてきた事…
あの時の世界の団結と云うのは…『皇帝ルルーシュ』への憎しみで支えられていると思っていた。
しかし、団結しているように見えたのは…表の部分だけだった。
各国の政治の中枢に立つ者たちにとって、『皇帝ルルーシュ』のその能力と行動の速さに恐れを感じたのだ。
戦術的にも、戦略的にもブリタニアに敵う国はなかったし、『ゼロ』と云う主柱を失った『黒の騎士団』は、戦術的には手ごわい物があったが、戦略面ではシュナイゼルがちゃんと彼らをそそのかしてくれなければ、何もできない烏合の衆になり果てていただろう。
確かに中には優秀な人間もいた。
ただ…『ゼロ』はきちんと自分の後継者を育てていなかった。
初期からの『黒の騎士団』のメンバーたちが大きな顔をしているあの組織の中で、実力主義と云ったところで、彼らは自分たちのその幹部のいすを譲り渡す事はなかっただろう。
『玉城』などと云う、頭の足りない人間が幹部と名乗っていたくらいだ。
他にも全体像を見るだけの視野の広さと、あらゆる可能性を考える事の出来る柔軟さを持ち合わせた人間がいたとしたら…恐らく、黎星刻と藤堂鏡志郎くらいだろう。
あの二人がそれだけの力を発揮できていたのであれば…今のこの状況は少しはましな者になっていたかも知れないと思う。

 黎星刻は元々、中華連邦の天子の為にその身を捧げたものだ。
『黒の騎士団』に引き入れる事が出来たのも、『ゼロ』が天子の身の安全を保障し、中華連邦を守るために尽力したからだ。
黎星刻の守るべきは『黒の騎士団』ではなく、中華連邦と天子だ。
エリア11でテロリスト集団から始めていた連中はどこまでそれを把握しているのかは解らないが…彼らが日本となったあの島国での政治を取り仕切る様になってからの日本の状態は目に余る。
恐らく、住民たちはかなりの苦痛を強いられている事だろう。
現日本政府に不満を持った者たちが武器をとり、日本国内でテロ活動を始めているからだ。
別に、『黒の騎士団』のメンバーだからえらい訳ではないのだ。
『黒の騎士団』として戦い、導く者であるから人々は『黒の騎士団』、『ゼロ』を支持したのだ。
どうも、日本政府の中枢にいる連中は勘違いしているようだ。
藤堂鏡志郎も…その辺りを承知していても、元々は彼は武人であって政治家ではない。
自分の身の置くべき場所をわきまえているから、どれほど腐っていく様を見せられていても自分の出来ない事に対しては決して手を出さない。
ただ、再びテロリストとしてかつての戦友たちを戦う事を躊躇してくれているだけまだ有難いと言えるだろう。
あの男が本気で今の脆弱な日本政府を潰そうと思ったら1日で国会議事堂、首相官邸を抑え込み、潰す事が出来るだろう。
ただ、その先、日本を導けるだけのものが彼にはない。
そして、彼も自分の領分を弁えている。
だから、今は沈黙を保っているが…
もし、その先、日本を導けるような…―――例えば『ゼロ』の様な―――人材が現れたら、彼はその人材をその地位に着かせる為に全力で元々腐っていた日本政府を潰しにかかるだろう。
全ての泥は、彼自身が被る前提で…
そう…国の再構成と云うのはそう云うものだ。
必ず、作り変えていく中で人々が聞けば眉をひそめてしまうような事をせねばならない事も出てくるのだ。
そんな事も理解しようともせずに戦ってきたエリア11の『黒の騎士団』のメンバーが政治を握った時…あの国は…
政治も戦争も…綺麗事で済む訳じゃない。
当然ながら、戦略の為に見方を陥れねばならないことだってある。
それを理解しない者たちに政治の中枢に立つ資格など…ないのだ。
『ゼロ』であった時に全世界に向けて放った言葉…
『撃っていいのは…撃たれる覚悟のある奴だけだ…』
どうやら、身近にいた連中が一番理解していなかった…と、自嘲するしかない。
そして、その言葉を理解出来なかった結果が今の世界…
今日も…『ゼロ』がかつての母国でその騒乱を抑えに行っているのだ。

 ふぅ…とため息をついて、家の中に入ろうと踵を返す。
すると目の前にはルルーシュの愛した妹と同じ年の…元ナイトオブシックス、アーニャ=アールストレイムが立っていた。
そして、いつものように無表情でルルーシュに右手に持っていた電話の受話器を突き出した。
「電話…『ゼロ』から…。内容聞いても…落ち込まないで…」
その一言を残してアーニャは家の中に入って行った。
アーニャはルルーシュが『コード』を継承した事を知っているし、今ではジェレミアと共にルルーシュを匿っている。
アーニャの意味深なセリフにルルーシュは首をかしげる。
「もしもし…」
『あ…R.R.…今さっき、騒動を治めてきたんだ。C.C.を寄越すくらいならアーニャを寄越して欲しいものだね…』
受話器の向こうから変声機を通さない『ゼロ』の声…
「何があった?」
どうせ、またろくな事をしていないのだろうと、予想は着くが…
次の『ゼロ』の言葉に全身が凍りつく。
『C.C.ってば、元零番隊隊長殿と同窓会をしていたよ…。っていうか、C.C.が彼女と接触した事にもかなりの問題があるんだけど…』
その一言にルルーシュは驚愕で身体を震わせる。
C.C.と接触した事についてはまぁ、問題はあるが普通に歩いていて相手が気がついたと云うならまだいい。
しかし…
「カレンが…またテロリストとして動いていた…と云う事なのか…?」
ルルーシュが恐る恐る、『ゼロ』に聞き返す。
ここでもまた…『ゼロ・レクイエム』の後の悲劇をルルーシュに伝えられる。
しかも…今の日本の政治の中枢にいるのは扇要をはじめとする『黒の騎士団』の幹部たち。
その政府に対してテロ活動を…カレンが行っているという事になる…
『残念だけど…。僕も『あんたは…『ゼロ』じゃない!』って銃を突き付けられたよ…。今の状態では…カレンは間違いなく…』
「お前!解っていてカレンを解放したのか!?」
ルルーシュの声が怒りにうち震えているのが受話器を通しても良く解る。
そんなルルーシュの声に『ゼロ』が
―――そんなに仲間を大切に思っているのに…なんであんな方法を執ったのか…今でも僕には理解出来ないね…
と、つい、思ってしまう。
『大丈夫だよ…怪我もなかったから政府関連施設に預けてきたよ。多分、扇首相は驚くだろうけれど…これは身から出た錆だしね…』
『ゼロ』のその言葉が…今のルルーシュには重くのしかかる。
今、ルルーシュは姿を見せずに、『ゼロ』に協力する…後は…傍観する事しか出来ない身だ。

 そんな自分に悔しさで自分に対して憎悪を抱いてしまいそうになる。
「で、C.C.はどうした?」
『一応、隣に確保してあるけれど…送り返そうか?君とこうした通信システムを使わずに連絡が取れて有難いんだけど…カレンを逆上させたのは、僕だけの所為じゃないからね…今回は…』
『ゼロ』の言葉にルルーシュは頭を抱えたくなった。
自分が動ければ…あんな女をついて行かせたりしないのだが…
でも、彼一人に『ゼロ』の役割を果たさせるのはやはり無理がある。
『コード』を継承して、ルルーシュが不老不死になった事は『ゼロ』も知っている。
ならば、目的のために、最大限に利用するまで…そう考えていた。
「あのバカには暫くピザを与えるな…」
ルルーシュは一言、そう伝える。
受話器の向こうからは『ゼロ』の『やっぱりね…』と云う小さな呟きが聞こえてきたが… 「とにかく…その組織はまだ残っているのか?」
『まぁ…カレンがいたくらいだからね…だいぶ数は集まっていたんじゃないかな…。頭はまだ見つかっていないし…』
『ゼロ』の報告にルルーシュは頭を抱えたくなった。
確かにナイトメアは殆ど破壊した筈だった。
ブリタニアでも儀式用のサザーランドがある程度なのだ。
それに、ダモクレスとの戦いで富士に眠っていたサクラダイトのほとんどを使い切っている筈なのだ。
だから、ナイトメアでの戦いはほぼ不可能になった筈だ。
しかし、武器はナイトメアだけではなかった。
自国の政府に不満を持った民衆の中からテロリストが生まれ、そのテロリストたちが銃や弾薬を手にして、争いを始めている。
「その頭を潰すまで…日本に留まってテロリストたちを一掃しろ…。カレンを担がれたら話やややこしい事この上なくなる上に…扇たちだけではとてもじゃないが日本を治め切れなくなる…」
『もともと治めていたとは言い難い状態だったけれど…もう、神楽耶の言う事も聞かないらしいからね…厄介と云えば厄介だな…』
「なら…作戦を変える…スザク!テロリストと、扇政権を潰せ!穏便にな…」
ルルーシュが久しぶりに皇帝のオーラを放ちながら『ゼロ』に命じた。
こう云う時だけは、ルルーシュは『ゼロ』を本来の名で呼ぶ。
その一言に『ゼロ』自身は複雑な思いを拭えないがすぐにこう返した。
『Yes,your Majesty…』

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