ギアス執事


 ここは…とある異空間…
そこに、二つの人影が存在する。
一人は…『人の記憶を書き換えるギアス』を持つ、シャルル=ジ=ブリタニア(63)。
もう一人は、その、シャルル=ジ=ブリタニアの娘であるナナリー=ヴィ=ブリタニア(15)。
この二人は今、話し合っている様子…。
「ねぇ、お父様…また、私の考えた設定でお兄様の記憶を書き換えてはくれませんか?」
無邪気な笑顔でルルーシュを翻弄し続ける、ルルーシュの実の妹のナナリーが父、シャルル=ジ=ブリタニアに向かって笑いかける。
シャルルはと云えば…
―――この娘…最近ではすっかりマリアンヌに似て来よったわ…
と、ため息をついている毎日だ。
ルルーシュがナナリーに頭が上がらないのと同様、シャルルも妻、マリアンヌには頭が上がらなかった。
と云うか、マリアンヌ存命当時の事を知るのは、ナイトオブワンであるビスマルク=ヴァルトシュタインだけなのだが…本来は、ブリタニア皇帝に絶対服従であり、ブリタニア皇帝の言葉が絶対である、この男でさえ、マリアンヌには頭が上がらなかった。
どうやら、マリアンヌの腹から生まれてきた女子(おなご)は男を翻弄するのが得意らしい。
「今度はなんだ?」
ここで逆らったりすると、過去のマリアンヌとの経験値からあまりいい事はないと察して、とりあえず聞いてみる。
「まぁ、そんな風に警戒なさらないで下さいな…。今度はちゃんとお礼をしますから…」
ナナリーはびくびくしている父を見てにっこりと笑って見せる。
「お礼…とな…?」
その言葉に耳をダンボにさせたシャルルが自分の見た目は天使、しかし中身は悪魔より怖い娘を見る。
「はい…今度言う事を聞いて下さって、楽しんでいる最中に邪魔をされなければ、私が咲世子さんにお願いして隠し撮りして貰った『?お兄様の秘密写真』のアルバム(全152P )を差し上げますわ…」
「それは…ルルーシュの…と云う事か?」
ナナリーは父の姿を見て、『よし!食いついてきた!』と内心思いながら、にっこり笑って頷いて見せた。
「勿論、オリジナルを差し上げる訳にはまいりませんが…コピーならお渡ししますわ…。勿論、カラーコピーで…」
ナナリーの天使の様な…悪魔の笑顔に気づいているのかいないのか…すっかり目の前の美味しそうな餌に食いつくシャルル…(一応、世界で恐れられた神聖ブリタニア帝国第98代皇帝陛下なのだが)
そのシャルルの輝くような目を見て、ナナリーは内心、
―――チョロイものですね…
と、ほくそ笑んでこれまで考えていた設定を書いたメモを渡した。
「では…この設定でお願いしますね…」
ナナリーの一言にシャルルはこくこく頷きながら準備を始めた。

 ここは…枢木財閥のお屋敷…
ここには、枢木スザクと云う、将来枢木財閥を背負って立つ枢木家の一人息子と、その、一人息子に仕える執事がいた。
その執事の名は…
ルルーシュ=ランペルージ…
見目麗しく、男の恰好をさせても女の恰好をさせてもサマになり、家事をさせたらこの屋敷で働いているメイドたちなど必要なくなるほど完ぺきで、無駄に頭がいいので、仕える主の家庭教師も務め、おまけに、レセプションなどの時には秘書の変わりもしてくれるという、なかなか便利な執事である。
致命的な欠点があるのだが…ここまでできる執事に対してこれ以上望むのはいくらなんでも酷と云うものだろう…
ルルーシュ=ランペルージ…最大の欠点は身体を動かす事に関しては同年代の人間と比べると、女子にさえ負けてしまう程の運動神経と、体力を持ち合わせている…
それでも、要領はいいので、今のところ…ある一点を除いては問題はないのだが…
ルルーシュが仕えるべき主…スザクは…天下無敵の…体力大魔王だった…
初めてスザクがルルーシュを見た時、その見目麗しさと、輝くばかりのツンデレオーラに一目惚れ…
ルルーシュが就職の面接試験を受けに行った時、スザクの一声で一発採用…
しかも、スザク専属で、ルルーシュ専用の個室を与えられた。
スザクの私室の隣に…
スザクの私室の隣と云う事は、立派なお屋敷の中の立派なお部屋であって…
本来、使用人たる執事が暮らせるような場所ではない。
周囲はそれはそれは猛反対したのだが…
またもやスザクの鶴の一声で周囲を黙らせてしまった。
「これ以上、文句を言うなら…屋敷内で暴れてやる…」
この一言の魔力は…この屋敷に長く仕えていればいるほど身にしみるのだ。
体力大魔王のスザクが暴れ始めると、それこそ、あまりに広いこの屋敷の半分は原形をとどめる事なく破壊されるのだ。
実は、素手でナイトメアのシールドを突破してナイトメアの装甲を破壊できるとか、実は、既に第七世代のナイトメアの5機くらいなら、(もちろん素手で)一人で撃ち負かせるとか…そんな揶揄までされるような坊ちゃんにそんな脅しをかけられては誰も文句は言えない。
そして、改めて、この屋敷の使用人たちは思う…
「君が来てくれてよかったよ…ルルーシュくん…。君のお陰でスザク坊ちゃんはとってもいい子になりました…」
と…
中には涙ぐんで喜んでいる古参の使用人までいる。
ルルーシュがこの屋敷で執事をするようになってから1年ほどになるが…最初のうちはスザクのお気に入りと云う事で特別優遇されている事に引け目を感じていたし、最初の1ヶ月はとても居心地が悪かった。
しかし、実際にふたを開けてみれば、
―――もっとルルーシュの待遇をよくした方がいい…他のお屋敷に取られてしまう前に…
と願う者さえ出てきている。

 執事の朝は早い。
どちらかと云うと、ルルーシュは朝は強い方ではないのだが…仕事だと思えば、それさえもあっさりクリアして見せる。
―――コンコン…
控えめにスザクの部屋を扉をノックする。
「失礼します…」
どうせ起きちゃいないスザクに対して一応、挨拶をしてから部屋へ入っていく。
そして、広い部屋のカーテンをスザクのベッドから一番遠い順に開けて行く。
―――シャッ…
カーテンが開くたびに外の光が入ってきて、部屋の仲が明るくなってくる。
そして、全部開け終えると、スザクの着替えの準備をして、スザクに声をかける。
この時、スザクの起床時間の5分前…
元々スザクは、人に起こされなくては起きられないような人間ではないのだが…それでも、ルルーシュのフェロモンボイスで起こされる事に味をしめて今ではタヌキ寝入りしてでもルルーシュに起こして貰っているのだ。
「おはようございます…スザク坊ちゃん…」
今日は本当に眠っているらしい…
流石にルルーシュも1年もこの坊ちゃんに仕えていると、本当に眠っているか、タヌキ寝入りかくらいの見分けはつくようになった。
そうして、ここからルルーシュの腕の見せ所となる。
スザクがルルーシュに弱い事は、周知の事実…
知らないのはルルーシュだけ…
これを、無意識にやっているのだとしたら、どれほど罪深い事だろうかと思ってしまうのだが…ルルーシュは天然フェロモンマシンなので、仕方がない。
スザクの耳元でそっと声をかける。
「坊ちゃん…朝ですよ…」
スザクの耳に吐息のかかるところで、そっと囁くように声をかけられる。
スザクは、そのと息と声に反応して身体がぴくりと反応する。
ここまで来たら、近くにいると、今度はルルーシュの方が襲われる。
スザクがルルーシュの声に反応したのを確認してすっと離れる。
これまでの失敗は全てルルーシュは学習して、同じ過ちを繰り返さないようにする。
それも執事としての務めである。
しかし、この坊ちゃんはなかなか一筋縄でいかない。
普段は、それほど頭がいいとは云えないくせに、お気に入りの執事にあんな事やこんな事、あまつさえそんな事までする時には、普段使わない頭をフル回転させるのだ。

 今回はどうやら、そのまま動かない事を選択したらしい…
この場合のスザクの行動パターンは43パターン…
ルルーシュはその中から一番可能性の高いものを考えるのだが…本質が野生動物なスザク相手では、スーパーコンピュータ並みのその頭も役に立たない事が多い。
「ねぇ…ルルーシュ…具合悪い…」
いきなりのウソっぽい発言にルルーシュはやれやれとため息をつく。
どうにもこの坊ちゃんはルルーシュで遊び倒したいらしい…と云うのがルルーシュの認識で…
しかし、スザクは本気で真剣にルルーシュの事が大好きで、それはそれは愛しちゃっているのだが…
今回のシャルルの作った舞台ではルルーシュに対して恋愛スキルを一切与えなかったらしい。(そんなものはぁ…当たり前なのよぅ…By.シャルル)
「坊ちゃん…悪ふざけは大概にしてくださいね?坊ちゃんを連れて行かないと自分が首になりますから…」
このあたりの頭の回転はルルーシュの方が一枚上手だったらしい。
大体、ここまでこんな暴れ馬なスザクをうまくコントロールできる執事はほかにいない。
この屋敷の人事部が絶対にルルーシュを手放したりしないだろう。
ルルーシュがこの屋敷に来る前…何度この広い屋敷が全・半壊した事か…
ルルーシュが来てからの1年…一度も修復工事がされていないのだ。
お陰で、ひいきにしていた建築業者からはクレームが来ているが…
屋敷に勤める使用人にとってはそんな建築業者の都合など知った事ではないのだ。
ルルーシュがその一言を発して、スザクがガバッと起き上がる。
「ダメだ!ルルーシュ…絶対にやめちゃダメだ!」
まるで子供のように駄々をこねているが…ルルーシュの方は至って冷静である。
「そんな事を言われましても…俺は雇われている身ですから…。人事部の偉い人に『役立たず』と思われてしまえばクビになってしまうのは仕方ないでしょう?」
実際にはルルーシュを手放して困るのはこの屋敷の方なのだが、この際ウソも方便である。
「解った…すぐに行くから…」
スザクのこの単純な頭にルルーシュはつい、感謝してしまうし、何となく可愛いと思ってしまう。
同じ年の男の子なのだが…そう思ってしまう…
仮にも自分が仕えるべき主に対しての感想ではないだろうと心のどこかで自分にツッコミを入れている。
「はい、これがお着替えです…」
そう云って、ルルーシュは先ほどそろえたスザクの着替えを渡してやる。
「では、お着替えが終わったらお呼び下さい。俺は次の間に控えていますから…」
そう云って、ルルーシュが次の間に行こうとしたら、また、スザクが愚図り始めた。
「ルルーシュ…着替え…手伝って…」
本当に子供みたいなのだが…
それでも、ルルーシュは『やれやれ』と思いつつも、その言葉に従う。
「畏まりました…」

 そして…この様子を見つめていた異世界の二人…
ナナリーは何となく不満そうな顔をしている。
「お父様!『萌え♪』がありませんわ!私のお渡ししたメモをちゃんと読んでいないのですか!」
ナナリーの怒りは、多分、本編含めた『コードギアス』シリーズの中で最大のものであると断定できる。
「い…否…『萌え♪』と云ってもな…どうせ、ピーとか、ピーとか、ピーとかなのだろう?お前にはまだ…」
「お父様?邪魔はしない…ちゃんと言う事を聞く…と云う事でしたわよね?」
ナナリーの背中から真っ黒なオーラが見えているようだ。
シャルルはそんなナナリーに『ヒィィィ…』と云った表情を見せる。
そして確信する。
―――ナナリーは間違いなく…マリアンヌの娘だ…
と…
本編ではあんなに愛らしい娘だったが…恐らくあのキャラを演じるのは相当ストレスがたまっていたのだろう…
ここにきて全てを晴らさんとするナナリーの姿が目に映っている。
「お約束を守って頂けないのでしたら…『?お兄様の秘密写真』のアルバム(全152P )は、差し上げられません…」
ナナリーがぷいっと横を向いて言い捨てた。
シャルルはその言葉にびくっとして、今にも泣きだしそうな顔でナナリーに縋りついた。
「わ…解った…。今度はその分の台本も書いてくれ…そしたら…あの二人にそれをそのままさせるから…」
これでは父と娘と云うより、女王様とそのしもべである。
流石、ブリタニア皇家…女の方がはるかに強い…
「いいでしょう…では、今度は事細かに文章にして差し上げます…その代わり…忠実に再現してくださいね?私…お兄様の『萌え♪』なお姿を拝見したいんです!」
すっかり煩悩丸出しの娘に頭の上がらない父親…
この喜劇…じゃなくて、悲劇はいつまで続くのか…

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