星のない夜


 『ゼロ・レクイエム』…結局あれは何だったのだろう…
『世界の明日の為』
そう云っていた筈なのに…
『世界の憎しみは全て俺に集まっている。あとは、俺が消える事で世界は軍事力ではなく、『話し合い』と言う一つのテーブルにつく事が出来る…』
そう云っていた筈なのに…
でも、結局は…一人の『悪』を誰かが作り上げたところで…正義とは、誰の心にもある。
『正義』か、『悪』か、そんな事は自分の立っている位置、立たされている位置で見方が変わる。
一人殺せば『殺人』、100万人殺せば『英雄』…
言葉遊びの様なこの現実…
現在、各国の代表と名乗っている人間の中で後ろ暗い過去を持たない奴など一人もいない。
そして、その代表たちもその真実を知りながらも、それを認めようとしない。
結局、『悪逆皇帝ルルーシュ』は…彼らの後ろめたさを回避するために道具にされている現実を思い知る。
あの、ダモクレスとブリタニア軍との戦いの中で、戦犯として裁かれたのは…その時のブリタニア皇帝だったルルーシュ=ヴィ=ブリタニアだけだった。
『黒の騎士団』もダモクレスの指揮官も『ギアス』の存在を知っていた。
だからこそ、彼一人に全ての罪を押し付ける事はいとも簡単だった。
そう、『人ならざる力』を持つルルーシュ=ヴィ=ブリタニアによって、当時のブリタニア軍は操られていただけだ…そう云う認識で全ての話を進めてしまったからだ。
戦争とは…たった一人の誰かが起こそうとして起こせるようなものではない。
まして、あの時の戦いにおいて、確かにシャルル=ジ=ブリタニアを殺して帝位に即位したと世界に発信したルルーシュではあったが、平和的に…民主的に『超合衆国』への参加表明をしていたのだ。
そのさなかに、帝都であるペンドラゴンがフレイヤによって消滅させられた。
宣戦布告すらなく…
あれを…『虐殺』と言わずして何と言うべきか…
そして…『超合衆国』はダモクレスと共にブリタニアと戦う事を決定した。
あの時の決議は正式なものだ。
寄せ集めの国家連合であったとしても、その時の決議は正式に『超合衆国』の総意であった。
だからこそ、戦争に突入し、ダモクレスにフレイヤを撃たせ続けた事に関しても、『超合衆国』も責任の一端を担っている事になる。
あの時、その事実を冷静に見続けたのは恐らく…世界でたった二人…
互いに敵対し、戦いの指揮を執っていた…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニアとシュナイゼル=エル=ブリタニア…
恐らくこの二人だけは、誰よりも冷めた目で、戦いの全体を見続けていただろう。
目の前の被害ではなく、戦争の姿全体を…

 そして、その二人にそれぞれ仕えていた側近二人…
枢木スザクとカノン=マルディーニ…
この二人は、一番近くで、彼らを見続けた。
だからこそ知る…
―――全ての人間が受け入れられる『正義』など…存在しない…
と…
『ギアス』は人ならざる能力…故に、解り易いと云えば解り易い。
そして、断定しやすい…
『悪魔の能力』だと…
『フレイヤ』は人の手から生まれた。
だからこそ厄介と云えば厄介だ。
『核』も、人々の心の中の恐怖を煽るものであるが、世界から消し去ることが出来ない。
それは…人が作ったものだから…人の手で止める事が出来る…
そんな、あまりに無責任と云えば無責任な、人々の甘え…
『ギアス』は人の作ったものではないから、人の手で止めるのは難しいし、不可能である可能性もある。
しかし、『フレイヤ』は人の作ったものだから、人の手で止める手立てがあるかもしれない…
可能性としては1%の違いもない程度のものだが、人々はその可能性が実際の可能性よりも遥かに高いと想像しているのだ。
そう思えば、人とは、非常に操り易い生き物だ。
じゃじゃ馬な野生動物を飼い慣らすよりも遥かに扱いやすい。
そして…結果として、ルルーシュは『ギアス』と云う言葉を世界に公表する事もなく、しかし、ルルーシュの持つ力によって、人々を従わせるという形でルルーシュの願いを遂げた。
そう…あの時の…ルルーシュの願いを…
ルルーシュがこんな結果を望んでいたのかと…聞かれれば、恐らく…否、確実に『否』の答えが返ってくるだろう。
結局、人々は自分たちの責任、罪を自覚しようとしないまま、世界に存在し続けたためだ。
『悪逆皇帝ルルーシュ』と云う、大きく、強固な『悪の象徴』を生んでしまったが故に、全ての人間にある筈の責任を完全に放棄したのだ。
それ故に、反省がない。
反省がないという事は…同じ事を繰り返す事になる…
ブリタニアの皇帝さえいなければ…そんな思想が各国の統治者たちの中に植え付けられてしまえば、当然ながら、それまで、自分たちの都合のいい事ばかりを言い始める。
『すべてはルルーシュ皇帝が悪かったのだから…』
その一言で片づけてしまえば、それぞれ思惑の違う者たちで話し合いなど出来る筈がない。
全ての国が同じ価値観で動いている訳ではない。
全ての国が同じものを望んでいる訳ではない。
それ故に…欲したものの為に話し合いから言い争いへ…言い争いから確執へ…確執から敵対へ…そして…敵対心を持った者が顔を合わせれば…相手をどうやって消すかを考える事になる。

 敵対する相手は…自分にとっては単純に邪魔なだけだ。
民族文化、宗教、政治理念…どれをとっても全ての国が一つの意見になる事なんてあり得ないし、逆に、一つの意見に傾く事は世界に対しての危機をばらまく事になる。
何事にもバランスと云うものが必要だ。
今の世界は『ルルーシュ皇帝=悪』と云う思想に傾き過ぎている。
その事を懸念している者が一体どれだけいるのだろうか…
いたとしても、その事を口に出来ないのが現状だ。
暗黙の言論統制…
見えない思想弾圧…
『ルルーシュ皇帝』がいなくなってからの世界は…結局、彼らが否定し続けた『独裁』に戻っているのではないだろうか…
『ルルーシュ皇帝=悪』と考えなくてはならないと云う暗黙の強制…
恐らく、世界の統治者がそう云わなければ自国すら収められない状態にあるのだろう。
今の世界で…『ルルーシュ皇帝』を擁護出来るような雰囲気はまるでない。
民主主義になった筈なのに…各自が自由に考え、口にする事が出来る様になったはずなのに…
それでも…世界には『ルルーシュ皇帝』が施した善行を知る者もいる。
あの時、『ルルーシュ皇帝』はブリタニアの植民エリアだった国々を全て解放した。
無条件に…
その後の復興活動は楽だった訳ではないが…それでも民衆たちはブリタニアからの独立に喜んだし、あの時…彼らの心の中に確実にあったものがある。
『これからは…俺達の国のために頑張れる…』
彼らの心の中にはそう云う思いがあった。
だからこそ、解放された国のために頑張った。
自分の国のトップがどれほど『ルルーシュ皇帝のやる事は信用できない…』そう云い続けていても…国民にとって、国のトップの連中の利権など知った事ではない。
だから…国のトップに鎮座する連中の為にではなく、自分たちのために頑張っていた。
自分たちの暮らす地がブリタニアの『植民エリア』だった頃に、彼らは自分たちだけ亡命して、自分の国以外で亡命政権を名乗っていた。
その時、自国民たちがどんな生活をしていたかを知っていたのかさえ怪しい。
政治家の思惑は何であれ、一般の国民の考える事はたった一つだった…
―――自分たちが安心して暮らせる地で生き、死んでいきたい…

 結局のところ、『ゼロ・レクイエム』の後…世界はルルーシュの望んだ方向へは進まなかった。
今日も、『ゼロ』の仮面を被って、紛争地域へと赴く。
こんな世界…誰も望んではいないのに…
こんな世界…さっさと誰かが壊せばいいのに…
こんな世界…誰に対しても優しくなんてない…
『ゼロ』の仮面の下でそう考える。
自分たちが望んだ事は?
自分たちは何の為にあれだけの犠牲を払ってあれだけの騒ぎを起こして『悪魔』の名を背負い続けているのか…
紛争地域に入っていくと…必ず泣いている子供たちと出会う。
そして…愛する者をなくして…愛する者と引き離されて…唇をかみしめている子供たちと出会う。
―――あの時の自分たちの様だ…
『ゼロ』の仮面の下で切なげに目を細めてしまう。
自分たちが残した結果…
結局、あれも間違った方法だったという事…
あの時、自分たちは感情に任せて自分たちの為に『ゼロ・レクイエム』を施した。
ルルーシュはナナリーの為に優しい世界を…と望んだ。
スザクは敬愛した主の汚名を雪ぎ、仇を討つ事を…望んだ。
そして…二人の利害が一致した。
泣いている子供を見ると…あの時のスザクの姿を…
怒りにうち震えている子供を見ると…あの時のルルーシュの姿を…
『ゼロ』は思い出す。
こんな事をしたかった訳じゃない…
心の底から叫びたい。
結局、どれだけ崇高な思いを抱いて施した行動であったとしても…その責務を担う残された者たちがその意図に気づかなければ何にもならない。
それがはっきりと証明されている。
あれほどまでに『平和』を叫び続けながら…この醜態…
あまりに残酷で、凄惨で、悲しい…
またも…あんな子供たちにあんな顔をさせている…
彼らを…自分たちと同じ境遇にしてはならない…
気持ちだけ焦るが…『ゼロ』の存在だけでこの世界が何とかなるならこんなに簡単な事はない。
『ルルーシュ皇帝』を批難する時には一人前に声高に叫ぶくせに、自分たちにしてきた事に関しては全て口とつぐんだまま話そうとしない。
後ろ暗い事があると自ら暴露しているようなものだ。
誰かを『悪』とするなら、道は二つに一つ…
己が『聖人君子』になるか、己の『罪』を認めて、告白して、国民に許しを乞うか…
どちらにしても、そんな事をしたら、『ルルーシュ皇帝』を一方的に『悪』と罵る事など出来なくなるが…
何の罪も抱かぬまま統治者になったものなど古今東西あり得ない。
大小関わらず、何かしら『罪』を犯しているのだ。
否、人と云う生き物は、生きているだけでも、何らかの形で『罪』を犯している。
生きとし生ける者、全てがそうだとも言うべきか…
その『罪』を認め、『許し』を乞い、『罪』を抱えながら人々を導いていく…
人々からの誹りを恐れて、自分の犯してきた『罪』を認めようとしない者たちが…どれほど偉そうなことを云っても、人々の心は決してついては来ない…

 まるで堂々巡りの様な世界…
『ゼロ』はそんな混沌とした世界を駆け巡っている。
今、『ゼロ』のとっている方法も…結局は…『力』でねじ伏せている…と云う事だ。
『ゼロ』の名前の影響力は大きい。
あの、『ルルーシュ皇帝』を倒した『英雄』なのだから…
多分、それは、『ルルーシュ皇帝=悪』を声高に叫んでいる者たちにとっての…
その下で、苦しんでいる人々にとっては、『ゼロ』よりも『ルルーシュ皇帝』の方がはるかに善人に見えているのかも知れない。
無条件に植民エリアを解放した。
歴史上、植民地からの脱却は…恐ろしい程の労力、財力が必要だ。
植民地であった国の独立の際、支配者であった国に対して、多額の賠償金を支払う事が世界史の上での常識だ。
それが、弱者と強者の関係と云う事だ。
支配者であった国は植民地だった土地に対して何一つ残してなど行かない。
逆に、最後だからと絞り取れるだけ絞り取る。
独立運動の際、植民地だった国はすっかり疲弊する。
だから、その条約がどれほど不平等な条約であっても、その条件をのまざるを得ない。
もし、条約を破棄して植民地に戻るとしたら、これまでよりさらにきつい締め付けが待っているのだ。
『ルルーシュ皇帝』はそんな事はしなかった。
ただ…エリアの解放をしただけだった。
援助もしない代わりに、独立の代償としての搾取もしなかった。
―――このままでは、また…第二の『悪逆皇帝』、『裏切りの騎士』を生み出す事になる…
その懸念は決して間違っていないだろう。
今のこの悲惨な状況下では必ず、第二の『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』『枢木スザク』を生み出す事になる。
そんな子供を生み出さない為のものだったと云うのに…
―――まだ…彼らに世界を預けるのは早かったという事なのか?でも…あの時にやらなかったら…世界は…
どれほど考えても答えが出ない…
自分たちのやってきた事への…不安…
それでも…『ゼロ』として、見つめ続けなければならない…
自分たちが選んだ手段によるこの結果と結末を…
『ゼロ』としてできるのは…本当に限られている。
記号の英雄…
自らの意志を持ってはいけない…
少なくとも『ゼロ』である今は…
だからこそ、泣いている子供も、怒りにうち震えている子供も、その姿を目に移すだけで個人に対しては何も施さない。
全体を見続ける存在…
―――これも…自分たちの『罰』と云う事か…

『suzaku×lelouch short story』へ戻る
『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾