悠久の時より生れし伝説


 あの…『ゼロ・レクイエム』から一体何度の季節を廻っただろう…
一体、何度の時代の変革を目にしてきただろう…
彼らが死んで、生まれ変わった時…その時も時代の変革の只中だった。
そして、いつの時代も…時代の変革には血が流れている。
彼らが生まれるずっと昔の…古代の時代から…それから数千年と云う時が流れても…人間が何かを変えようとする時には…必ず多くの血と涙が流れている。
ルルーシュとスザク…『コード』を継承し、人ならざる存在となって…一体どれほどの時が経っただろうか…
ルルーシュなら…まだ、頭の中で計算できる。
それに、数字を確かめると云うだけであれば、古代の記録媒体のしっかりしていなかった頃に比べるとほぼ完璧に残る状態だ。
そんなものは、どこにでもある資料をめくればすぐに数字など出てくる。
数字そのものは…確かに正確なものであるが、そこに書かれている当時の出来事は…もう、1000年以上経っている事も手伝って、様々な人間の手で、様々な解釈の元に書かれている。
ルルーシュ達の知る…本当の『ゼロ・レクイエム』を伝える資料は…既にこの世には彼らしか残されていない。
尤も、時代とともに歴史の見方、価値観…否、歴史に限らず、全てに対する価値観や考え方が変わっていく。
1000年も前の話…そんなに正確に伝わっている必要などどこにもない。
その時代の人々にとって、必要な受け止め方をすればいいだけの話だ。
この時代に…あの『ゼロ・レクイエム』とは、何だったのかを知る者はいないが、その名前だけは誰でも知っている…。
ルルーシュとスザクが、ルルーシュ、スザクとして生きていた頃の『イエス=キリスト』の様に…。
こうして、『死』のない自分たちの境遇に身を置いてみて…誰も経験した事のない事を経験している彼ら…
その時々、その場所によって、『ゼロ・レクイエム』の首謀者に対する評価が全く違って来る事には驚かされる。
そして、『ゼロ・レクイエム』をやろうとしていた頃の自分たちが…いかに子供であったか…稚拙であったかを思い知らされる事も多々あるのだ。
今ではそれは、二人の中で笑い話にもできるが、彼らが『ゼロ・レクイエム』の後、初めての変革を迎えた時には…驚きと戸惑いと恐怖に震えたのを今でも覚えている。
それでも、人間とはたくましいもので、どんな形であれ、どんな歴史であれ、自分たちの生きる為の力にしていく…そんな能力を兼ね備えている事を…この1000年で学んできた。
そして…あれから、1000年以上過ぎた、この時代にも…彼らの残した伝説は…人々が生きる為に…人々が変わっていく為に、様々な形で利用されている。
あの頃の自分たちも…ルルーシュ達が時代の変革に生きる人々の姿を見て…彼らと同じように必死にもがいていたと…あがいていたと…そう感じずにはいられない。

 ルルーシュとスザクはジェレミアとアーニャが生きている内は、ジェレミアのオレンジ畑の屋敷を帰る場所としていた。
しかし、不老不死の二人があまり同じ場所にい続ける事は好ましい事ではないし、一歩間違えると混乱の元となってしまう。
匿われている内は…その存在を隠されている内はあそこにいれば良かったが…ルルーシュとスザクの秘密を知る者が消えた時点で、一か所に留まることは不可能だ。
少なくとも、あの時…『ゼロ』は最前線で活躍せねばならなかったし、ルルーシュの姿形も人々の記憶の中に鮮明に存在していた。
年月が経っていたから、流石に同一人物と気づく者はいないだろうが…それでも…『悪逆皇帝ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』、『裏切りの騎士枢木スザク』と同じ姿形をした者が人目につく場所に留まる事はあの時点では好ましい事ではなかった。
以来…ルルーシュとスザクは共に、数年に一度の割合で住居を移動している。
幸い、大人と子供の狭間の年齢の姿をしていた為に、いろんなところに身を置く事が出来た。
学生として、全寮制の学校に入ったり、企業に所属して住居を構えたり、時に、自分たちで会社を立ち上げたり…
時代によって、求められるものは変わっていき、そして、学ぶ事も変わっていく。
不老不死と云う人ならざる運命に辛さを覚えない訳ではないが、それでも、こうして、時代によって変わっていく世界のあり方を見て行くのは、素直に楽しかった。
人は…常に何かを求めて進み、止まり、後退し…その中に争いがあったり、戦争があったり…
こうして、長い時を生きてきた二人は…人の、瞬き程の『生』の時間の中で、何かを求めて、何かに抗い、何かを守ろうとしている事に気づく。
本当は、自分たちもその歯車の一部にすぎない筈だった。
人と同じように何かの為に何かを求め、何かと戦い、何かに抗い、何かを守る…
こうした繰り返しが人の歴史だと…人の時間で幾世代もの時間を生きて、実感させられる。
あれから、これだけの年月が経っていると、二人とも『ゼロ』としての活動などしている訳もない。
一度、時代の変革が行われる度に世界の価値観、考え方が全て変わっていく。
『ゼロ・レクイエム』の後の最初の変革の時に『悪逆皇帝ルルーシュ』の名前も、『英雄ゼロ』の名前も、世界から一気に吹き飛んだ。
その時の世界の動きに…ルルーシュもスザクもただ…ただ…驚愕するしかなかった。
ナナリーが望んだ…ユーフェミアの望んだ…そして、ルルーシュとスザクが礎となって築かれた世界が…崩壊していく様を…二人は目の当たりにした…。

 ルルーシュがマンションの一室で、その頃の資料をパソコンの画面に映し出して、ぼんやりと考え事をしていた。
時代が変わるごとに、ハードもソフトも変わっていく。
今使っているルルーシュのパソコンは…あの当時のものとは使い方が全く違っている。
400年ほど前に開発された、新しい機構のツールで仕組みが色々と変わった。
スザクは元々そう言ったものの扱いが苦手だったので、今では、自分たちのアルバムを見る時くらいしかパソコンの前に座る事はなくなっている。
「ルルーシュ…また、あの時の記録…読んでいるの?」
後ろから声をかけられた。
スザクは、ルルーシュが何か深く考えている時、落ち込んでいる時に、『ゼロ・レクイエム』の資料を読んでいる事を知っている。
きっと…今の時代の『皇帝ルルーシュ』と『ゼロ』の見解で、落ち込んでいるのだろう。
「あ…否…別に…」
ルルーシュはさっと画面を切り替える。
スザクはそんなことしたってもう見ているのに…と思いながらふっと笑った。
あれから1000年以上が経って、今の『ルルーシュ皇帝』は世界の全ての業を背負って一人、『悪』を演じて、世界を救ったという事になっている。
そして、ナナリーたちへの評価は…
今更、歴史の話で落ち込んでも仕方がない。
その時代、その時の支配者によって、歴史の解釈は次々に塗り替えられている。
それでも…未だにルルーシュはたった18年しか、兄妹としていられなかったナナリーの事を慈しみの気持ちを持ち続けている。
恐らくは…一番つらい時期に…彼女がいたから…ルルーシュは強くあろうと出来たのだと思う。
そして…この、1000年なんて、途方もない時間…誰に『ギアス』を与える事もなく、誰かに『コード』を継承させる事もなく来られたのは…スザクがいたからだ。
これだけの長い年月…既に、『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』も『枢木スザク』も、歴史の人物と云うより、伝説の人物となっている。
それだけの時を…たった一人で…しかも、逃げ道が目の前にあっても、使う事なく、来るのは…一人では絶対に無理だった。
「スザク…ありがとう…」
ルルーシュの口からふっとそんな言葉がついた。
あの時の記録を見るたびに…やはり考えてしまう…
『他の方法はなかったのか?』
と…
『歴史』に『もし』はないが…彼らの場合、一つ一つ経験としてその身に残っていく。
その経験を使って…何か出来ないかと、模索した事もあったが…結局は何もできないと悟った。
人は…結局…一人では何もできないのだ…

 ルルーシュのいきなりのその言葉に…スザクとしてもずっと一緒にいて慣れているのか、ルルーシュに微笑んで見せる。
―――また…落ち込んでいたのか…。確かに、この時代の『ゼロ・レクイエム』の評価は…ルルーシュには厳しいかな…
いつも、大胆な事を考えながらも、その心は繊細で…『コード』を継承して…ルルーシュに内緒でルルーシュの記憶を垣間見た事があった。
ルルーシュが…『黒の騎士団』を率いて、『ゼロ』の仮面をかぶっていた時も…常に見えないところで涙を流していた…。
異母妹のユーフェミアを撃ったときの…あの、地獄の様な葛藤を知った時…スザクは愕然とした。
何故…何故…あの時、きちんと話せなかったのか…と…
ナリタの時でも、シャーリーの時にも…ルルーシュは誰にもその気持ちを打ち明ける事なく…唯一、ルルーシュを理解し、共犯者としたC.C.にさえ…本音を話す事がなかった。
ユーフェミアを撃った後も…ただ…C.C.が
『私だけは…お前の傍にいる…』
そう言っただけで…ルルーシュ自身は、自分の心の弱さを責める様に何かを呟いていただけだ。
今なら…二人とも、あんな涙を流さず…そして、あんな涙を流させずにあの、『ゼロ・レクイエム』を遂行できたかもしれない…
でも、それは…今考える…仮定の話…
時代を経て…人も、国も、国の名も…否、衛星写真に映し出される世界の地図さえ、あの頃と違う。
数百年前…富士山が大爆発を起こし…その時に…日本列島の形が変わってしまった。
その時…代々守られてきた枢木神社も海の底へと消えて行った。
ルルーシュとスザクが…まだ、何の邪気もなく、隠し事もなく、ただ、笑っていられたあの場所は…すでにこの世に存在しない。
それ程の時を…二人は歩んできたのだ。
「ルルーシュ…今の『あれ』に対する価値観は…ルルーシュには辛いかもしれないけれど…でも、これも結果だよ…。今の時代の人々にとっては…『ルルーシュ皇帝』は『悪逆皇帝』ではなく、すべての人類の罪を負って、世界の人類の罪を浄化した…」
1000年も昔の話だ。
当然、デフォルメも時代に都合のいい解釈も含まれている。
でも、スザクは…ルルーシュが人類すべての罪を負って、すべての罪を浄化するかのように…その名前をこの世から消したと思っている。
そして…その為に…ルルーシュの傍らにいて、ルルーシュのやるべき事を成した時に一番近くにいられた事に…スザクは天に感謝した。
あの当時、どのような言われ方をしても…本当の世界の救世主は『ゼロ』ではなく、『ルルーシュ』だった…そう思うから…
ルルーシュに云えば…絶対に全力で否定するだろうが…

 スザクの言葉に、ルルーシュは、スザクの方を見る。
ルルーシュは…いつまでもその痛みを忘れる事が出来ずに…1000年もの間…ずっと、たった18年間…『ルルーシュ=ヴィ=ブリアニア』として犯した罪の罰を受け続けている。
実際にルルーシュが『大罪』を犯した時間は…この、1000年などという途方もない悠久の中では5%にも満たない時間だ。
そして…スザクも、ルルーシュとナナリーを守るために…あの時戦争を止めたいと願った為に…実の父を殺した罪を未だに忘れられず、一人、暗い夜空を見上げている事がある。
これだけの長い時を生きて、様々な人間の姿を見てきて、知ってきても…ルルーシュもスザクも捕らわれたままだ。
そして、二人とも…その罪を忘れることを決して許さない。
忘れてしまったら…許してしまったら…いくら一人ではないとはいえ、この、未来永劫続く不老不死と云う業を背負って生き続けるなど…出来ないからだ。
スザクも、ルルーシュがそう言った事で落ち込んでいて、事実を口にして、元気づけようとする事はあっても…決して、『忘れていい』とも、『許されていい』とも言わない。
それはお互いに許されない事だと承知しているからだ。
辛くても、切なくても…それを抱えながら生きて、人々を、世界を見続けて行く事が彼らに課せられた…罪に対する罰であるのだから…
ルルーシュも、スザクに対しては同様だ。
元々、『父を殺した』罪に対する罰を求めて死ぬ事を考えていたスザクに…『生きろ!』と云うギアスをかけて、さらに辛い道を歩ませる事になった。
そのギアスが発動して…トウキョウ租界でフレイヤのスイッチを押して…さらに罪を大きく重くした。
スザクはそれを自分の罪と据えて、決して許しを乞おうとしないし、許しを求めたりしない。
盛者必衰の理…とはよく言ったものだ。
どれだけ優れた統治者がどれだけ優れた国をもたらそうと…時間が経てば…必ず腐って、消えていく。
ルルーシュ達が成した『ゼロ・レクイエム』以後の世界もそうだった。
否、あまりに不完全過ぎて…結局、あれが、混乱期の始まりとなり、次の…本当の意味での『優しい世界』が出来るまでには相当な時間がかかった。
あれは…ただの始まりにすぎなかったのだ。
それ故なのか…『ゼロ・レクイエム』に対する評価は、時間が経つにつれて『悪逆皇帝』の部分だけが薄れて行った。
ナナリーやユーフェミアの望んだ世界が出来上がる頃には…ナナリーもその、波乱に満ちた生涯を閉じようとしていた。
それだけ苦労して創られた世界も…結局は…時間と共に木の実がその木から落ちる様に、真っ赤に成熟した後は、暫くは綺麗に輝いていたが…やがて、虫が食い、腐り、その木から落ちて行った。
人はこうして歴史を紡ぎ、繰り返している。
今のルルーシュ達に対する見方だっていつまで続くのかなんてわからない…
今の彼らに出来るのは…ただ…歴史の傍観者として…見守ることだけなのだから…

『suzaku×lelouch short story』へ戻る
『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008-2009
All rights reserved.和泉綾