黒猫ルルにゃん5


※設定:
ルルーシュは人間界に迷い込んできた、猫の国の皇子様です。
スザクはそんなルルーシュに一目惚れしてさっさと連れて帰ってしまった心優しい(一歩間違えれば誘拐犯と云うツッコミはなしです)一人暮らしの軍人さんです。
ルルーシュは魔法を使って人間の姿になれますが…うっかり屋さんで、時々ドジる事があります。

 ルルーシュがふと、インターネットで不思議な言葉を見つけた…
「バレンタイン?」
その文字を見つめながら、ルルーシュはそのウェブサイトの装飾が派手である事に気がついた。
やたら、キラキラした色や、イメージが張り付けられている。
中身を読んでいくと…
『大切な人へ…あなたの気持ちを伝える為に…』
と、見出しが書かれており、その後に、ごちゃごちゃと『バレンタイン』の説明が書かれていた。
大まかな部分を読んで、ルルーシュは、自分の大好きな人にチョコレートを贈る日…と言う日だと言う事は把握した。
しかし…何故チョコレートなのだろうか…
と言うか、人間の世界ではそんなにも重要な行事なのだろうか?
そう言えば、1月も半ばを過ぎてくると、ルルーシュが通っているスーパーにも特設売り場が設けられている。
そのままプレゼントになりそうなチョコレートから、子供だましのちゃちなチョコレート、ふざけるのも大概にしろ…と云いたくなるようなパーティグッズの様なチョコレートや、手作りチョコレートのセットなど…品数も豊富だ。
クリスマスと言い、正月と言い、人間とは、行事の好きな生き物らしい…。
「チョコレート…かぁ…。スザクは…こう云うのを貰うと…嬉しいのかな…」
パソコンの画面を覗き込みながら、そんな独り言をつぶやく。
スザクには、世話になっているし、スザクの事は好きだし、お礼とかも兼ねて、チョコレートを贈るのも…いいのかも知れない…などと思う。
どうせ贈るなら…多分、心のこもっている方がいい…。
その方が、ルルーシュがスザクの事が大好きだと言う気持ちも伝わるだろうし、きっと喜んでくれる。
ただ…ルルーシュが手作りでチョコレートを作るのはいいが…ルルーシュはチョコレートを作った事がない。
インターネットのウェブサイトにはそんなに難しい事をしなくても出来そうな書かれ方はしているが…。
流石にまずいものは贈れないし、何とか、スザクの喜んでくれるものを贈りたい。
色々やってみようと…ルルーシュは様々なウェブサイトを見て回った。
その中で…ルルーシュでもそれなりにうまく出来そうなレシピを見つけた。
猫帝国にいる時には、妹たちの為に、パウンドケーキなどを作ってあげていた事があった。
そのパウンドケーキの中にココアを混ぜた、チョコレートのパウンドケーキ…それなら、ルルーシュにも出来そうだし、スザクもきっと喜んでくれる。
一度、ルルーシュお手製のパウンドケーキを食べた時、スザクが心の底から喜んでくれた事を覚えていたから…。
「こんな簡単な事でいいのか…。これだけ、派手に宣伝している行事なら、もっと、手の込んだ事をしなくちゃいけないのかも知れないと思うのに…」
未だに、人間の世界の事はよく解らない。
大切な人に気持ちを伝える為の儀式なら…ウェブサイトのレイアウトの様なちゃらちゃらした気分じゃいけないような気もするし…

 色々悩んでいる内に、時間だけは容赦なく過ぎ去っていく。
ルルーシュとしては、スザクに喜んで貰いたい…そんな風に考えて、悩んでいた訳なのだが…
流石に、付け焼刃な知識ではどうにもならない。
仕方なく、最初に思いついたチョコレートのパウンドケーキを作る事にした。
スザクにはびっくりして貰いたいし、喜んで貰いたい。
ここ最近、軍の仕事も忙しそうで、疲れて帰って来る事もしばしばだ。
人間にとって、疲れた時は甘い物がいいと聞いた。
だから、ルルーシュは『バレンタイン』に極上のチョコレートパウンドケーキを作ろうと心の中で強く思っていた。
そして、自分の使えるお金…基本的には、スザクに返していた生活費をスザクが『ルルーシュが頑張ってくれたご褒美だよ…』そう云って、渡してくれていたお金を使う。
これまで、基本的に使うところがなかったから、随分貯まっていた。
持っているお金全部を使って、いい材料を買って、極上のプレゼントをしたい…そんな気分だった。
ルルーシュ自身、何故そんな風に思うのかがよく解らなかったが、それでも、そんな事を考えている時は凄く幸せで、嬉しくて…
そして、ウキウキワクワクして、ドキドキもする。
こんな感覚は初めてだ。
国にいた時、大好きな異母兄姉妹と、実の妹がいたが…大好きではあったけれど、スザクに対するそれとはちょっと違う気がする。
どういう事なのか…よく解らないのだけれど…
でも、その気持ちが、なんだか、ルルーシュを幸せな気分にする。
ただ…それは…ルルーシュが一人で、そう考えて、そういった行動をしている時…に限られていた。
どういう訳か…スザクが目の前にいると…心拍数が急上昇するのが解るし、目を合わせようと思うと、つい、背けてしまう。
スザクの事が大好きなのに…顔をまっすぐ見られなくなっている自分には…本当にちょっと前に気がついた。
多分、インターネットで『バレンタイン』と言う言葉を見つけた頃からだ。
スザクを目の前にすると、つい、可愛くない態度になってしまう…。
スザクはそんなルルーシュを見て、優しく微笑むだけだけど…本当は、こんなルルーシュに対して、不愉快に思っているに違いなかった。
そう思うと…自分の変化に腹が立ってくる。
「異母兄上や異母姉上達なら…どうしたらいいか…解るかなぁ…」
ふと、そんな事を一人、呟いてしまう。

 しかし、ここは人間の世界…そして、今の段階では彼らの元には帰る事が出来ない。
と言うか、どうしてここに迷い込んで来てしまったのかも実は、ルルーシュには解らない。
だから…一人で、これまで感じた事のない感覚に一人もんもんとしている訳だ。
「あ…そろそろ夕御飯の支度…」
そう呟いて、パソコンの電源を切り、キッチンへと向かった。
ルルーシュがスザクと暮らし始めた頃のアパートと違って、今のマンションは、人間の世界では『システムキッチン』と言うそうだが、色々揃っていて、ルルーシュとしては凄く気に入っていた。
オール電化とやらで、火事の心配は少ないし、シンクも調理台も広くて、使いやすい。
しかも、冷蔵庫なども大きくて…冷たい方がおいしい料理なども作り易いのだ。
「今日は…トンカツだ…」
最近、インターネットで覚えた、安い切り落とし肉を重ねて作るトンカツの作り方を覚えた。
それを作ってみた時、スザクには殊の外気に入ってくれたので、時々作るようになっていた。
財布にも優しいし、スザクも喜んでくれるので一石二鳥だ。
スザクが『おいしいよ…』と言いながらルルーシュに笑ってくれると、ルルーシュは嬉しくなるけれど、でも、その気持ちとは裏腹につい、恥ずかしくて顔を背けて、言葉も乱暴になってしまう。
どうしたら…スザクがルルーシュに笑いかける様に、ルルーシュもスザクに笑いかける事が出来るのだろうか…つい、真剣に悩んでしまう。
「いたっ…」
千キャベツを切りながら、左手の中指に刃が当たってしまったらしく、指先から血が出ていた。
ルルーシュは慌てて水道の水で血を洗い流す。
「くっそ…俺とした事が…」
救急箱から消毒液と絆創膏を出して、切れてしまった中指を消毒して、絆創膏を貼りつける。
どうかしている…そんな風に思う。
国の兄弟たちに料理をふるまった事があるが、みんなの笑顔を考えるとウキウキして、凄く張り切って、頑張って…いつもよりも仕事がはかどっていたのに…
でも…スザクの嬉しそうに笑っている顔を見たいのに…スザクのそんな笑顔を想像すると、何故か、ドキドキしてしまって…手元が狂ってしまった…
「俺…こんな事で、スザクにバレンタインのチョコレートなんて…作れるのか…?」
包丁は使わないが、火を使う。
まぁ、スザクが結構立派なオーブンレンジを買ってくれたから、火を使わないけれど、今の状況なら、火を全く使う必要のない料理でも火傷出来る自信があった。
そんな事をぐだぐだ考えている内に、スザクが帰ってくる時間になっていたらしく、玄関の鍵を開けている音がする。
「あ、しまった…」
大体の準備は整っていたが、まだ、トンカツの下ごしらえが完全じゃない。
お腹を空かせて帰ってくるスザクを待たせる事になってしまう。
「仕方ないな…先に風呂に入って貰うか…」
そう呟いて、ルルーシュは玄関に向かって、スザクを出迎える。
「ただいま…ルルーシュ…」
「おかえり…スザク…。ごめん…まだ夕飯の支度が済んでいないんだ…。先に風呂に入っていてくれるか?着替えは置いておくから…」
出来るだけ、笑顔を作ろうと、顔を背けないように努力するが…すると、スザクの顔を見ていると、顔が熱くなって、頭に血が上って来るのがよく解った。
スザクはそんなルルーシュに気づいているのかいないのか…笑顔で答えた。
「うん、解った…。先にシャワーを浴びてくるよ…。今日は汗をいっぱいかいちゃったから、丁度いいよ…ルルーシュ…」
スザクの背中を見送って、再びキッチンに立った。

 さて…ルルーシュがもんもんと良く解らない気持ちについて考えているとどんどんドツボに嵌っていくような気がする。
でも、時間はあと3日しかない…
まずは、試しに作ってみないと…
ルルーシュがスザクに返そうとして逆にルルーシュに渡された生活費の残りで…今日はちょっとだけ足を延ばして大きめのデパートへ行き、お菓子の材料を物色しに行く。
そして、普段なら考えられないような買い物をした。
「なんだか…ちょっと高級なチョコレートでも、買った方が安いんだな…」
今回は、試しに作る分の材料と、本番に作る分の材料…そして、ラッピングするための箱やリボン…
何となく、『大切な人に気持ちを伝える』のも、大変なんだと思った。
それでも…もしかしたら…こういったイベントなら…ルルーシュも少しくらい素直になれるかもしれないし、一生懸命作って、渡せば、少なくとも、少しは喜んだ顔をしてくれるかもしれない…
とにかく、これまでにいろいろ作ってきたから、スザクの味の好みはだいぶ把握してきた。
だから、今度も、絶対にスザクの好みになるように作って見せる…
時間はあまりないが、普段なら寂しくて嫌いなスザクの当直が2日連続になっている。
軍の仕事と言うけれど、スザクがどんな事をしているかよく解らない。
でも、いつも、洗濯ものとか見ると、随分汗を書いている事が多い事はよく解る。
だから、結構肉体的に負担の多い仕事なのだろうと思う。
「甘い方がいいよな…きっと…。どうせ、バレンタインも仕事をしているんだろうし…仕事の後なら、甘いもの…欲しくなるよな…」
そんな事を呟きながら、これからスザクの為に試作しようとしているチョコレートのパウンドケーキをどう作るか模索する。
よく、国でも、兄弟たちの為に作っていた時には…もっと気楽に作っていたのに…
こんなに悩んでいた事なんてないのに…
そんな事を考えつつも、それでも、つい、スザクがどうしたら喜ぶかと必死に考えているルルーシュがいる。
材料を前に、うんうん考え込んでいるルルーシュを見て、その売場のスタッフが声をかけてきた。
「どなたかに…プレゼントするんですか?」
にこやかに声をかけられてきたが、ルルーシュとしては、この人間の世界に来てから、スザク以外の人間と殆ど話した事がない。
いつぞや、スザクの上司だと言うロイドとかいう奴に、妙な事を言われた事があったが、あれは、ロイドの方が一方的にルルーシュに意味深な情報を聞かせてきただけだ。
「……」
ルルーシュは何と返せばいいのか解らず、ひたすら、材料を物色していた。
ルルーシュの真剣さに…そのスタッフのがにこやかにほほ笑んでこう云った。
「よほど、大切な方へのプレゼントなんですね…。でしたら…こちらの材料はいかがですか?これで作れば、きっと、喜んで貰えると思いますよ?」
そのスタッフの女性がルルーシュに微笑みかけながらある商品を指差した。
値段的には…決して法外な値段の超高級品と言う値段ではないし、シンプルにまとめられた、パウンドケーキの型、そして、専用のパッケージセットの揃ったものだった。
何となく、手作り的な感じが欠けてしまう気もするが…
それでも、良く解らない材料を目の前に悩んでいるよりも、このセットを買った方が何だか建設的な気がする。
「解った…これにする…」
ルルーシュの声を聞いて…そのスタッフはやや驚いた顔をしていた。
恐らく、ルルーシュを女の子だと思って声をかけたのだろう。
確かにルルーシュの容姿では、バレンタインの売り出しの時に、こんな手作りチョコレートの材料の売り場にいたら、普通に女の子と間違えるのは当たり前だ。

 そして…やたらと悩み続けたバレンタインまでだったのだが…
バレンタインの日…ルルーシュは一生懸命考えに考えて材料を買ってきて、焼き上げたチョコレートのパウンドケーキを完成させていた。
焼き上がったばかりのパウンドケーキからは…チョコレートとパウンドケーキその者が持つ甘い香りが漂っている。
「スザク…喜んでくれるかな…」
冷めるのを待って、専用のパッケージセットでラッピングする。
そして…スザクが帰って来るであろう時間が近づくにつれて…ドキドキして…落ち着かない。
もし、喜んでくれなかったら…
否、スザクは優しいから顔には出さないだろうけれど、もし、迷惑だったらどうしようかと考えてしまう。
そんな事をごちゃごちゃ悩んでいる内にスザクが帰ってきた。
すると…スザクの手には…バレンタインのチョコレートであろう包みがたくさん入ったデパートの袋があった。
それを見て…ルルーシュは…
その包みは…みんな、豪華にラッピングされた…立派なもので…
ルルーシュの作ったチョコレートのパウンドケーキも決してみすぼらしいものと言う訳ではないのだが、スザクの持っていたチョコレート達のラッピングの豪華さに…自分の作ったパウンドケーキを渡すのがためらわれてしまって、手に持っていたその包みを背中に隠す。
「ただいま…ルルーシュ…。何だか…仕事へ行ったら、沢山貰っちゃって…。一緒に食べない?」
そういって、スザクはそのデパートの袋をルルーシュに見せた。
バレンタインは大切な人にチョコレートをあげて、自分の気持ちを伝える日…
つまり…スザクには、それだけスザクを思う人がいっぱいいると言う事で…
「……否…俺は…いい…」
ルルーシュは俯いて、自分の部屋に閉じこもってしまった。
スザクは不思議そうな顔をしてルルーシュを見送るが…ルルーシュが立っていたところに何かが落ちている事に気がついた。
「?」
見ると…どうやら、バレンタインのチョコレート…と言うか、バレンタイン用に作った手作りのチョコレートのパウンドケーキらしかった…
「ルルーシュ…」
スザクは、じんと来た。
きっと、これまでいろんな人に義理チョコを貰って来たけれど…ルルーシュからの…それが義理であったとしても、スザクにとっては、そのルルーシュの作ってくれたパウンドケーキが一番嬉しかった。
そして…スザクの手に持っていたチョコレートの山を見た時のルルーシュの顔も…
スザクはその包みを大切そうに持って、ルルーシュの部屋のドアをノックした。
返事がないから、結局黙って入っていく。
「ルルーシュ…」
ルルーシュはベッドに潜り込んでいた。
そんなルルーシュに何となく、スザクは嬉しくなってしまって、暫く黙ったまま立っていた。
「スザク…俺…チョコはいらないから…」
布団の中からルルーシュの声が聞こえてくる。
「僕も…あんなチョコいらないよ…。君のだけで充分だ…」
スザクがサラッと言葉を放つ。
その言葉にルルーシュがびっくりしてばっと起き上がって、スザクの方を見る。
―――だって…あのスザクが持っていたチョコって…みんな、『スザクを大切な人だと思って、スザクに思いを伝えた人たちのチョコレート』なんだろ?
言葉になっていないが、ルルーシュの瞳が、そんな風に語っている…。
スザクはそんなルルーシュを見て思わず笑ってしまう。
「ルルーシュ…くすくす…本当に君は可愛いね…。あのチョコレートはみんな、義理チョコ…。貰えないかわいそうな男に女の人がお情けでくれるチョコレートだよ…」

 スザクの言葉にルルーシュは驚いた顔を見せる。
―――だって…インターネットでは…バレンタインって、『大切な人にチョコレートを渡して自分の気持ちを伝える』って…
言葉が出てこなくても、ルルーシュの表情はルルーシュの考えている事を手に取るように分かる。
しかし…これ程までに騙され易い状態で、インターネットを続けさせていいのだろうかと、スザクとしては不安になるが…。
「ルルーシュ…君は…どうして、僕にこのチョコレートのケーキ…作ってくれたの?」
とりあえず、あまり、図星ど真ん中を突かないような質問の仕方をしなくてはならない。
ルルーシュ自身、本当はどうして、今、こんなに落ち込んだ気持ちになっているのかが解っていないし、第一、バレンタインのチョコレートにあんなに悩みに悩んだ理由が解らない。
「だって…スザクはいつも…疲れて帰ってくるし…疲れている時には甘い物がいいって言うし…じゃなくて…。スザクは…俺を拾ってくれて…一緒に暮らしてくれて…それで…パソコン買ってくれて、俺の作ったご飯食べてくれて…でもなくて…。えっと…その…」
ルルーシュ自身、自分の気持ちに気づいていないらしく、今出てくる言葉に関しては自分の中で納得できていないらしい。
ここ最近、スザクと目を合わせると、ドキドキしてしまって顔を合わせられなくて…。
「僕は…ルルーシュと一緒にいられて…凄く嬉しい。一緒に暮らせて、凄く幸せだよ?だから…ルルーシュがこうして僕にバレンタインのプレゼントを用意してくれていた事…めちゃくちゃ…感動するくらい…嬉しかったよ…」
どうにも、ルルーシュは素直に感情を出す事…どころか、自分の気持ちを分析する事が苦手と言うか、自分の気持ちに関しては鈍感で…
そして、ルルーシュへ向けられているスザクの気持ちに対しても鈍感で…
スザクとしては、そんなルルーシュに苦笑してしまうのだが…
「本当に?スザクは…俺のバレンタインのチョコレートケーキ…嬉しかった?」
何とも信じられない…そんな風だ。
ルルーシュがあまりに騙されやすそうだからと、家の中に閉じ込め過ぎただろうか…。
スザクはそんな風に思ってしまう。
実際に、インターネットを使わせるようになってから、妙な誤解が増えたような気がする。
今回のバレンタインに関しても、恐らく、何かの勘違いでスザクの持っていたチョコレートを気にしたからこんな事になっているのだろうと思う。
多分、大げさに書かれたページでも見たのだろう…
『バレンタインは大切に思う人に自分の想いと共にチョコレートをプレゼントする日…』 みたいなキャッチフレーズをそのままストレートに受け止めたのだろうと簡単に想像はつくが…

 大体、ルルーシュがスザクと出会ってから、まだ、数ヶ月だ。
ルルーシュはどうも、人間の世界の事はよく解らないらしいし、だから、スザクと離れている時間の殆どは、家の中に閉じこもっている。
出掛けるとしても、基本的には、買い物に出る時くらいしかないのだ。
「ルルーシュ…ありがとう…。これ、手作りだろう?」
スザクはルルーシュの気持ちを悟って、その気持ちはそれこそ、舞い上がってしまいそうなほど嬉しいものだけれど、今のルルーシュにそんな態度を見せても、かえって、ルルーシュが混乱してしまうだろう。
だから、出来るだけ、冷静を装って、本当は抱きつきたいくらいの勢いなのだが、その辺りは必死にこらえる。
「……うん…。スザクが…俺にくれたお金で…初めて…一人でデパート行って…」
ルルーシュがぽつぽつと話し始める。
スザクはルルーシュのその言葉に驚いてしまった。
近所のスーパー以外には決して一人で行ったりする事がない。
タイムサービスの近所のおばさんたちとのサービス品の争奪戦で黒猫の姿に戻ってしまうほどなのだ。
基本的には人ごみは嫌いな筈…と言うよりも、ルルーシュにとっては、半ば決死の覚悟で足を踏み込んでいるのだろう事は容易に想像はつく。
いくら言っても、ルルーシュは『スザクの為!』と言って、タイムサービスの争奪戦に足を向けるものだから…
だから、ルルーシュに余った生活費を渡していたのだ。
もし、スザクの財布に返る事がないと言う事になれば、お金に対してあまり執着のないルルーシュの事だから、そんな無茶をしないと思ったからだ。
しかし…ルルーシュは相変わらずタイムサービスを利用して、あまりに大変な思いをすると、黒猫に戻っている事も未だにある。
そうやって…そんな苦労して、貯めてきたルルーシュに渡していたお金でスザクの為に、バレンタインのチョコレートケーキを作ってくれたとなれば、スザクとしてはこの上なく嬉しいに決まっている。
「ルルーシュ…ありがとう…。凄く嬉しいよ…。僕、そんな話をされたら…もったいなくて…食べられないよ…」
半ば涙ぐんでいるかのように言葉を紡いでいる。
そんなスザクを見て、ルルーシュが驚いて、立ち上がって、スザクの目の前まで近づいていく。
「スザク…どうしたんだ?俺…何かひどい事したのか?俺…人間の事…良く解らなくて、スザクにひどい事したのか?」
スザクが涙ぐんでいるのを見てルルーシュが焦ってスザクに近づいて、スザクの頬に手をあてた。
「そうじゃない…そうじゃないんだよ…ルルーシュ…。僕…嬉しくって…。ルルーシュが…そんなに頑張って、僕の為にチョコレートの準備をしてくれていたなんて…感動しちゃって…」
ルルーシュの差し出した手をぎゅっと握ってルルーシュの目をまっすぐに見て少し、手を震わせながら…ルルーシュに告げる…

 スザクのその言葉に…ルルーシュは…はぁ…と息を吐いた。
スザクのその言葉に嬉しくなったのと…自分が、スザクにひどい事をしたのではないと解った事と…ルルーシュのチョコレートケーキを嬉しいと言ってくれた事…
いろんな事でいろいろ考えていて、頭の中がぐるぐると混乱状態だったものが、一気に力が抜けた…と言う感じだった。
どうして、スザクにそう言った言葉をかけられて嬉しいのか解らないけれど、ルルーシュの中では『嬉しい』と言う気持ちでいっぱいになっていた。
これまで、スザクがルルーシュの作った食事を『おいしい』と言ってくれた時の気持ちの大きさを『1』とするならば、今は、その、『おいしい』と言ってくれた時の気持ちが100くらい重なって大きくなっている感じだ。
すると…ルルーシュの身体が一気に縮んで行った。
黒猫の姿に戻ってしまったのだ…
「あ…」
「ルルーシュ!」
ルルーシュも今回は予想外だったらしく、目を丸くしており、スザクは慌てて自分の手からルルーシュの手がすり抜けてしまったのが解ると、両手を伸ばして、ルルーシュの身体をキャッチした。
「あ…ごめん…スザク…」
まだ、スザクと会話できる程度らしい。
ルルーシュ自身、気づかない内に、精神的に色々と負担がかかっていたようで、それが、身体的にも影響を及ぼしていたらしい。
「大丈夫?でも…そんなに悩むほど僕の事を考えてくれていたの?」
スザクが小さな黒猫になってしまったルルーシュに優しく尋ねる。
本当は、さっきまでのやり取りでスザク自身、嬉しくて仕方ない状態だったのだが、ここまでルルーシュに負担がかかっていたのかと思うと、流石に気が気ではない。
良く見ると、左手の中指の指先に絆創膏が貼られていた。
身体が小さくなって、その絆創膏も、剥がれかけている。
「ルルーシュ…このけが…どうしたの?」
スザクがルルーシュの左前脚を持ち上げた。
ここまで気づかなかった自分に少々怒りを感じるが…今は、それを尋ねる事が先決で…
「えっと…数日前の…夕飯作ってる時に…ちょっと…切っちゃって…」
バツが悪そうにルルーシュが答えた。
スザクとしては、珍しい事もあると考えるが…今日のルルーシュの様子を見ていると、色々悩んでいたみたいだと…あえて、そこに突っ込み入れない事にした。
今、ここにいるルルーシュが可愛くて…そんなルルーシュの存在が嬉しくて…
そして、猫の姿になっているルルーシュの耳元に口を近づける。
そして、小さな声で…
「ルルーシュ…好きだよ…」
スザクの言葉にルルーシュがバッとスザクの顔の方へ自分の顔を向ける。
自分の顔を驚いた顔をして見ているルルーシュに優しく…そして、幸せを隠さない微笑みをルルーシュに向けた。
ルルーシュは、そんなスザクの顔から…目を背けることが出来ず…でも、心臓はこれまでにないほどドキドキしていて…多分、人間の姿だったら、顔ば真っ赤になっていただろう。
でも…そのスザクの優しくて、嬉しそうな微笑みを見て、ルルーシュは自分の身体を抱いているスザクの指先をぺろぺろとなめて答えた。
「ルルーシュ…くすぐったいよ…」
くすくす笑いながらスザクがルルーシュに抗議して見せるが、やめさせるようなそぶりは見せない。
スザクの言葉が聞こえているのかどうか…と言った様子で、ルルーシュは自分の照れ隠しと、嬉しさを表現するかのように…スザクの指先を舐め続けていた。

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