ジノとアーニャがアッシュフォード学園に編入してきて…ルルーシュの周囲は騒がしくなった。
ロロはやたらとこの二人のナイトオブラウンズに対して、『黒の騎士団』としてではない、よく解らない殺気を抱いているし、玉に学校へ訪れるスザクもまた、態度がおかしい。
元々、ロロとスザクはそれほど気があっていなかったのか…最初から妙な火花が飛び散っていたが…ロロが殺気を向ける相手が増えたのだ。
それ故に、ロロが変なところでギアスを使ってしまわないかとルルーシュはハラハラしている。
一応、ヴィレッタにも監視はさせているが、ロロがギアスを使ってしまったら、ヴィレッタが何を云っても無駄だ。
ロロがギアスを使う時、殆どの場合はロロの目の前に遺体が残されるのだから…今のこの状況下で変な動きをされても困る。
「ロロ…この頃、妙に殺気立っていないか?」
クラブハウスの自分たちの部屋に戻ってきた時、ルルーシュがロロにそう声をかける。
ルルーシュが二重生活となっており、なかなかロロと一緒にいる時間が取れないので、正直、ルルーシュのいない間に何かが起きているのではないかと気が気ではないのだが…
尤も、ロロとしても、今となっては、ルルーシュの元を離れることは考えにくい。
と云うか、ルルーシュに対して異様なほど、過保護になってきている気がする。
家にいても、学校にいても何かとルルーシュの傍から離れず、世話を焼きたがる。
「そんな事ないよ…。ただ…アッシュフォード学園内に、枢木スザクだけじゃなく、二人もナイトオブラウンズが来ちゃったからね…。警戒を怠る訳にはいかないでしょ?」
機密情報局の監視カメラが付いてはいるものの、今となっては、そんなもの、ルルーシュにとって何の障害でもないから、スザクがいない時には普通に話が出来る。
ただ…あのナイトオブラウンズがどこまで情報を知っているのかが解らない為、油断は出来ないのだが…
ただ、彼らの学園内での行動を見る限り、普通に学生生活を送っているという感じだ。
―――ナイトオブラウンズって、本当は暇なのか?
などと、ルルーシュは考えてしまう事もあるのだが…しかし、今、このエリア11の総督はナナリーで、そのナナリーの補佐役にあのスザクがいるのだ。
となると、気を抜いていたら、きっと…。
それに、いまだにカレンはブリタニア軍に捕らえられたままなのだから…
いくら警戒していても、足りないと思えてくるくらいだ。
しかし、こんな緊張状態のままでいたら、それこそ、身が持たない。
これから、ミレイが企画した『キューピッドの日』に咲世子が『交友関係は円滑に…』と云うルルーシュの言葉通り、本当に、申し込まれるデートの約束を片っ端から了承しているのだ。
さっさと『キューピッドの日』を終わらせて、解放されたい気分でもあるが…
ロロの様子をうかがうにしても、咲世子の組んだスケジュールがあってはとてもじゃないがそれどころじゃない。
しかし、ロロの中では、咲世子の組んだルルーシュのスケジュールもさることながら、あの、ナイトオブラウンズ達のルルーシュに対する視線が気になった。
『ゼロ=ルルーシュ』と云う事を知っての事ではないようだが…ロロにとっては邪魔な存在になっている。
多分、枢木スザクと同じくらいに…
ロロは…ルルーシュと出会うまで…人から受ける『無償の愛』を知らなかった。
ルルーシュが『ゼロ』としての、『皇子』としての記憶を失って、ルルーシュの本質部分だけがルルーシュ自身に残された。
そんなルルーシュとロロは1年間、偽りとはいえ、兄弟として過ごしてきた。
ロロにとっては、ルルーシュとの生活は驚く事ばかりだった。
それまで、ロロはかけられた事のない言葉、かけられた事のない眼差し、そして、かけられた事のない愛情をルルーシュから貰ったのだ。
今は…記憶を取り戻して…記憶のなかったルルーシュではなくなっていたけれど…それでも、ルルーシュは相変わらずロロに対して優しかった。
『枢木スザクを殺しますか?』その言葉を口にした時、ルルーシュは『もうそんな事はしなくていいんだ…』そう云ってロロに人殺しをさせなかった。
常に殺人マシーンの様に命令通りに人を殺すことだけしか、した事がなかったから、戸惑ったが…でも、『人を殺す事』を止めてくれたルルーシュのその言葉は嬉しかった。
ルルーシュと共にいるようになってから、誰かに命令されて人を殺した事はない。
自分にとって邪魔な存在を自分の意思で殺した事はあったが…。
それは…ルルーシュの記憶が戻ってからも変わらなくて…。
だから…あんな連中にルルーシュを取られるのは嫌だった。
ルルーシュはロロの兄であって、他の何でもない…。
特に、ルルーシュをブリタニア皇帝に売り払ったあの枢木スザクだけは絶対に許せなかった。
こうして、ルルーシュをロロの兄としてくれた事には感謝するが…それでも今でも彼はロロの大切なルルーシュの命を狙っているのだ。
―――枢木スザク…兄さんには絶対に指一本触れさせたりはしない…。僕が命に代えても兄さんを守る…。
ロロは『キューピッドの日』を前にそんな決心をしていた。
問題の『キューピッドの日』…案の定、ルルーシュは掃いて捨てるほどの生徒たちから狙われている。
それこそ、男女問わずだ。
ロロは、スタートの合図が近付くにつれて…殺気がどんどん強くなってくる。
ルルーシュの帽子を守る為に、ロロは教室のロッカーに潜んでいた。
そして、スタート合図と同時にロロはギアスを使って、学園全体の時間を停めた。
その隙に、ルルーシュをロッカーの中に隠した。
とにかく、今日は命がけでルルーシュを守らなくてはならない…。
どうやら、今日の『キューピッドの日』には枢木スザクの姿はないようだが…突然現れたジノ=ヴァインベルグとアーニャ=アールストレイムがいるのだ。
彼らが機密情報局に顔を出した事はないが…普段の学園生活の中で、ナイトオブラウンズであるという事以外の危機感を感じる。
ルルーシュに対する危害…と云うよりも…ロロの個人的事情だ。
ロロのルルーシュに対する思いがあるからこそ解る。
あの二人も…ルルーシュに対してロロと同じ思いを持っている事を…
初めてルルーシュに会った時、あのジノはルルーシュに触れたのだ。
その時、ロロは体中が火に包まれたように怒りが込み上げてきた。
ルルーシュに気易く触れてくるあの、ナイトオブスリーをそのまま殺しかねないくらいの怒りを感じていた。
それでも…その衝動を抑えてくれたのは…ルルーシュのあの時の言葉…
『お前はもう…そんな事をしなくていいんだ…』
あの時のルルーシュの言葉を裏切ったら…ロロは多分、死んでからも後悔すると思った。
ルルーシュがロロに与えてくれた全てのものがロロにとって、かけがえのない宝物だったから…。
だから…ルルーシュのくれた、その言葉も、ロロにとって大切なものだったから…。
時々、自分の執着心に驚きもしたが…それでも、絶対に失いたくなかった。
ロロだけの兄を…
ロロだけのルルーシュを…
それを守る為なら…きっと、ロロはどんなことでもするし、どんな我慢でも出来る。
それでも…あれだけの数の生徒がルルーシュを狙っていたとは…
咲世子も協力してくれるが…本当は、ルルーシュは機密情報局のモニター室にこもっていた方がいいのではないかと思ってしまう。
咲世子なら…絶対にあの生徒たちを振り切れるし、いざとなれば、ロロがギアスを使えばいいだけの話だ。
それでも…ルルーシュがこのイベントに出ていくのは…多分…
ロロの中で、なんだか切ない思いがわき上がってくる。
どれだけ裏切られても、どれだけひどい仕打ちを受けても…きっとルルーシュの心の中にいるのは…多分…
そんな風に落ち込んでいた時、隠し持っていたインカムからルルーシュの声が聞こえてきた。
『どうした?ロロ…』
ルルーシュがモニタに映るロロの様子の変化に気がついて声をかけてきたらしい。
「あ、大丈夫…。流石に咲世子の動きについていくのが大変で…」
それまでの考え事を…ルルーシュに知られてはいけないと思った。
ロロは気づいている。
ルルーシュにとって、ロロは…
でも、今はそうでも、ルルーシュの役に立っていれば…いつか、必ずロロを必要としてくれる筈だ…そんな風に思う。
ルルーシュの弟としては、実の妹のナナリーには敵わない。
誰よりも大切な他人としても、枢木スザクには敵わない。
だったら…ロロのとるべき道はたった一つで…
ルルーシュの為にルルーシュの役に立つ事だ。
ルルーシュを傷つけるもの…すべてからルルーシュを守ること…
今のロロの出来る事はそれだけで…
多分、ルルーシュを失わない為の…ロロの持つ唯一の方法だった。
『暫くは咲世子一人でも大丈夫だ…。少し、お前はどこかに隠れて休んでいろ…。必要になったらまた知らせる…』
その言葉だけでインカムからのルルーシュの声が途切れた。
どうやら、咲世子が天然丸出しで大暴れしているうえに、ミレイ会長が無茶をしているようだ。
さっき、校内放送で、ルルーシュの帽子をミレイに持ってきたクラブには予算を倍にするとか言っていた。
それ故に、必要以上にルルーシュにはきつい状態になっている。
だから、ロロも予定外に疲労を感じているのかも知れない。
こんな、体力勝負の戦場にルルーシュを放り出す訳にはいかない。
そうでなくても、ここ最近、体力勝負みたいな生活を強いられているのだ。(半分以上、咲世子の所為だが)
それに、あんまりのこのここのイベントの中をルルーシュが歩いたりしたら、生徒たちを撒いても、二人のナイトオブラウンズがいる。
あの二人…絶対にロロと同じ感情をルルーシュに対して抱いているのは解る。
恐らく、同じ想いを持っている者だから…多分、ロロには解る。
そして、絶対に外れていない。
ルルーシュが『ゼロ』として中華連邦に行っている間、咲世子がルルーシュの影武者として身代わりをしているが…その時、あの二人のルルーシュに対する態度があからさまだ。
ルルーシュに対してはある一定の協定を結んでいるルルーシュのファンたちも流石にナイトオブラウンズにそのルールを押し付ける事も出来ず、こうなってしまうと役に立たないのだ。
イベントも佳境に入ってきて…咲世子も機密情報局のモニタ室に身を潜めた。
完全に行方不明になってしまったルルーシュを探すのに全校生徒も躍起になっていて…と云うか、殺気立ってしまっている。
こんな状況の中、ルルーシュを放りだしたりしたら大変な事になる。
ロロのところにもルルーシュの行方を聞いてくる生徒が後を絶たない。
そして…このイベントが終わる5分前…図書室の本棚からルルーシュが出て来る事になっているのだが…
そして、イベント終了と同時にルルーシュが生徒たちの前に姿を現す事になっている。
イベント終了…5分前…図書室には殆ど人がいなくなっていた。
まだ諦めきれないクラブのメンバーたちが相変わらず躍起になってルルーシュを探している。
そして、ルルーシュが姿を現した時…スザクがランスロットで現れた。
図書室にいたルルーシュの姿を見つけると…先ほど、モルドレッドが作った壁の穴にランスロットの左手部分を差し入れて、ルルーシュの身体を攫って行った。
その状況をモニタ室から見ていたロロたちがばっと立ち上がった。
「兄さん!」
「枢木卿?」
ロロとヴィレッタが同時に叫んだ。
そして、ランスロットからスザクの声が聞こえる。
左手につかまれているルルーシュは顔を引きつらせてはいるが、無駄な抵抗はしていない。
『ミレイ会長…約束通り、ルルーシュは頂いていきます…』
スザクのその一言に学園中が騒然となる。
様々な思いが多分、混じり合っているだろう。
そして、クラブハウスの2階のベランダに出てきたミレイが『仕方ないわね』と云う表情を見せながら出てきた。
「ま、しょうがないわね…。そう云う約束だったし…」
話しの見えていないルルーシュを含めた全校生徒がミレイとランスロットを交互に見ている。
そして、ランスロットのコックピットが開いて、スザクが姿を現した。
「ミレイ会長、ご卒業、おめでとうございます…。あと、ルルーシュの事、これまでありがとうございました…」
そう云ってスザクがミレイに礼を払って云った。
何のことか解らないと言った表情で全校生徒の視線がミレイに集まった。
「そっか…準備が出来たのね…。わざわざエリア11に赴任しているラウンズをアッシュフォード学園に閉じ込めて…。あなたもやるわよね…」
「仕方ありません…。そうしなければ…ルルーシュもナナリーも…守れませんから…」
二人の言葉に驚いたのはジノとアーニャと…機密情報局のヴィレッタ、ロロだった。
モルドレッドが出動しているので政庁ではスクランブル扱いとなり、多くのナイトメアがここに集まっている。
「スザク!これは一体どういう事だ!」
ジノがランスロットの足もとまで走り寄って叫んでいる。
「僕は…ルルーシュを守るために存在している。ラウンズも何も…関係ない…」
スザクがジノに対して静かに冷たい翡翠で見下ろす。
「お前…一体何を…」
ジノがそう云いかけた時、アーニャの言葉がジノの言葉を遮った。
「スザク…ルルーシュ…守るの?」
アーニャがいつもの口調でスザクに尋ねている。
「ああ…ここにいるナイトメアは…ギルフォード卿のものを除いて、全て、ルルーシュを守る為にある…」
スザクがそう云って左手で指示を出し、ギルフォードのナイトメアの周りを他のナイトメアで包囲させた。
「く…枢木!?」
ギルフォードが慌てた声を出しているが…数が多いうえに、ランスロットを相手にしたらギルフォードでは敵わない事は彼自身も自覚していた。
「なら…私もスザクと行く…。私もルルーシュ守る…」
アーニャはモルドレッドに乗り込んで、ランスロットの前に立った。
その光景を見て、ロロはやられたと思った。
そして…ルルーシュが…スザクを必要としていた理由が…解ってきた気がした。
言わなくても…通じ合っている相手…
スザクはランスロットを操作して、ルルーシュをコックピットに乗せる。
そして、コックピットを閉めると呆然としたままのルルーシュを連れ去って行った。
スザクは呆然としているルルーシュに対して言葉をかける。
「ごめん…遅くなって…。カレンも無事だ…。今度こそ…僕たちで取り戻すんだ…あの夏の日を…」
ミレイは飛び去っていくランスロットを見送りながら…自分の帽子を投げ捨てて叫んだ…。
「モラトリアムとか…そのほかいろいろな事…これで終了!」
その言葉には…満足そうな…本当に満足そうな想いが溢れていた。
そして…モニタ室の咲世子が事の詳細をロロとヴィレッタに話している。
ロロは…ただ…愕然としていたが…咲世子が最後にこう伝えた。
「これは…ルルーシュ様も知らなかった事です。私はスザク様に相談され、今日の事を知ってはいましたけれど…。ロロ様、あなた様も、ルルーシュ様の下へ…」
咲世子がそこまで云うと、ロロは咲世子の手を振り払った。
「ああ…行くよ…。兄さんを…あいつから取り戻すまで…僕は絶対に…諦めないから…」
ロロの瞳にはスザクに対する大きな敵対心を隠しきれずにいた…
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