今日は、たまたま、スザクがルルーシュ達のいるオレンジ畑に帰ってきていた。
オレンジを育てられる地域だけあって、11月も終わりと言うのに、かなり暖かい。
と言うより、日本の様な四季がないので、ルルーシュにとっては、何だか物足りない事もあるし、時折、その時の季節がいつなのか解らなくなる事もある。
そう思うと日本での生活が懐かしく思う事もあるのだが…。
しかし、今の状況では、ルルーシュはこの、ナナリーからジェレミアに与えられた領地から早々出る事は叶わない。
どうしても、スザクだけではどうにもならない時にだけ、こっそり出て行く程度だ。
もっとも、こっそり出て行ったところで、万民の目の前で『ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア』が死んだ事になっているので、多少変装しておけば、ばれる事もないし、スザクも、『ゼロ』としての活動の時にはパスポートもIDもその度にルルーシュが作った偽造されたものを使っているくらいなので、目立つ事をしなければ出てもいいのだが…。
それでも、元々、インドアなルルーシュの事…。
必要以上に外に出たがる事はない。
それに、ナナリーも『ゼロ』の為にジェレミアの領地はかなり広く確保してくれたようだ。
ジェレミアの、この領地は完全なる治外法権になっている。
故に、集まって来る者も様々で、気がつけば、訳ありの人間が集まって来るようになった。
それでも、ジェレミアがしっかり統制を執り、犯罪抑止は抜かりがない。
それ故に、元テロリストで、テロリストグループの機密情報を持つ者、ある国で政治犯と判断されて、普通の国では亡命も叶わない者、元マフィアなどのアングラ稼業で普通に歩いていると命を狙われる者…など、訳あり人間が増えている。
そして、基本的には真面目に更生しようとする者や、国家機密を握れる程の優秀な人物などが集まってきていて…。
最近では、ルルーシュも世界情勢の情報をそう云う人々から得る事もある。
当然、正体がばれるのはまずいので、直接接触する事は殆どないが…。
ただ…そう云った事をしているよりも、ルルーシュとしては、普通にオレンジ畑で静かに過ごしている事の方が有難いと思っているのだが…。
だから、時々スザクが帰って来る時にはほっとする。
アーニャやジェレミアも一緒にいるのだが、スザクに関しては、特別で…。
帰って来ると知らせが入ると、すぐに、その日には食事は何を作ってやろうかとか、何をすれば、スザクの疲れが取れるか…など…まるで、長期出張の帰りを待つ妻の様な心境になる。
当然、ルルーシュは男であるのだが、日本に送られて以来、家事全般は完全マスターしている。
掃除、洗濯、炊事…そして、それらをこなす事が何故か、ルルーシュにとって苦痛ではないのだ。
だから、普段のジェレミアやアーニャに必要な家事は、すべてルルーシュがやっているのだ。
と言うか、この二人には家事は無理と判断している部分もある。
『ゼロレクイエム』のクライマックスの後、先にここに来たのはジェレミアとアーニャだった。
ルルーシュが『コード』を完全に継承し終えるまで、少々時間がかかった為だ。
ルルーシュはこの二人から遅れて、1週間くらい経ったときにここに来たのだが…。
住まいは…彼らが来るまでは新築で、ピカピカだった筈なのだが…。
ルルーシュが来た時には…見るに見られない惨状と化していた。
食事が作れなかった所為か、どうやら街で出来合いの食料を買ってきていたらしいが…
かたや、神聖ブリタニア帝国の貴族で、辺境伯、かたや、神聖ブリタニア帝国皇帝のナイトオブラウンズ…。
家事などと言う者をした事がなかったのだろう。
ルルーシュはその惨状を見て、さっさと掃除と洗濯を開始したのだった。
そして、このときばかりは
―――あのろくでなしの親父ではあったが…『コード』を俺に渡してくれてよかったと思うよ…それこそ、心の底から…
と思った。
元々、神経質で几帳面なルルーシュの事…。
着いた早々に掃除を開始した。
そして、それまで培ってきた家事のノウハウで、あっと云う間に部屋がピカピカになったのだ。
それを見た、先に来ていた二人の住人は…
「ル…ルルーシュ様!申し訳ありません…。この、ジェレミア=ゴットバルト…こうした家事と言うものをした事がなく…」
「ルルーシュは一家に一人いると…便利…」
この二人の言葉にルルーシュはがくっと膝を折ったのだった。
確かに、この二人では、なかなか大変な事だろう。
ルルーシュがまだ皇帝だった頃、この地域だけはジェレミアに残るようにしておいた。
『ゼロ』であるスザクの住まいが必要だったし、その場合、秘密を共有する者が必要だったからだ。
それ故に、ジェレミアの領地として、治外法権になるようにしたのだが…。
まず先に問題となったのは、この二人の生活力のなさだった。
ルルーシュはいつものように買い出しに出る。
ジェレミアの領地が治外法権で、訳あり人の駆け込み寺になったお陰でそれほどルルーシュが気を使わなくても買い物くらいは出られる。
ただ、やっぱり、ルルーシュだとばれると厄介なので、細心の注意を払っているが…。
今日はスザクが帰って来ると云うので…スザクの好物の材料ばかりを買い物かごに放り込んでいる。
そして、会計を済ませて、帰り道を歩いている。
段々、周囲から人気がなくなり、最後の長い未舗装の田舎道に入っていく。
街まではそれなりの距離があるので、普段はジェレミアが車を出すのだが…今日は、
『一人で歩きたい…』
と言って、ルルーシュは一人で出てきた。
そんな事を言う事は滅多にないのだが…。
とりあえず、『コード』を継承したお陰で、ルルーシュ自身は命にかかわる事はなくなった。
しかし、彼の存在が見つかれば世界そのものが大騒ぎになる為、必ず変装をしていくのだが…。
それでも、滅多に外にでないルルーシュには必要な事であった。
田舎道を一人ゆっくり歩いている。
そして…後ろから…懐かしい…誰よりも安心できる気配がした…。
「スザク…出てこい…。いるんだろう?」
ルルーシュはすたすた歩きながら後ろから感じる気配に向って云った。
すると、木の陰から『ゼロ』の姿をしたスザクが出てきた。
ルルーシュは武道などの格闘技などを嗜んでいた訳でもないし、運動神経などは人よりも劣るくらいだが…。
だが…『コード』を継承してから、スザクの気配だけは感じる事が出来る様になっていた。
「ただいま…ルルーシュ…」
そう云いながら、『ゼロ』がゆっくりと仮面を外す。
ルルーシュよりもわずかに大人っぽい姿をしているスザクがそこにいた。
スザクはルルーシュのそれとは2年遅れて、C.C.から『コード』を継承している。
ルルーシュは振り返って、スザクにしか見せない笑顔を向けた。
「お帰り…スザク…」
ルルーシュのその言葉にスザクも微笑む。
二人が笑える場所は…お互いのいる場所以外になくなっていた。
いや、笑うだけではなく、泣いたり、怒ったりする事も…お互いの前以外ではしていない。
しかし、こう云った存在がいるだけ、彼らはマシなのだと思う。
本当なら…永遠の孤独…という、罰を受けるべきだと考えていたのだから…。
自分たちが犯してきた罪に対する…。
しかし、C.C.はそんな二人を見て言い切った。
『お前たちは…もう二度と間違えなければいい…。『永遠の命』と言う罰…それだけで、全ての贖罪が出来る筈だ…。それは…『永遠の命』とは…命ある者にとって、最高の『罰』となるのだから…。その、『永遠の命』を使って…お前たちは間違わないように世の中に償っていけばいい…。それに…償いたいと云うなら…お前たちが辛い思いだけを抱えていては…償った事にならない人物がいる事を忘れるな…』
『償った事にならない人物?』
ルルーシュとスザクが不思議そうな顔をして、C.C.を見た。
『ああ…ユーフェミアも、シャーリーも、ロロも、お前たちの不幸を望んだ訳ではないだろう?だったら、奴らが望んだ、お前たちの笑顔を見せてやる事も…彼らに対する償いだ…』
C.C.の言葉にルルーシュもスザクも黙り込むしか出来なかった。
だから…二人は決めた。
お互いのいる場所では…素直な気持ちを表すと…。
だから、二人が再会した時にはいつも…笑顔になる。
この笑顔を、死んでいった者たちの中で望んでいる者がいると云うのなら…。
全てを抱え込もうとしていた二人を見かねたC.C.の言葉が彼らにどんな影響を与えたのかは解らない。
ただ…彼らの為に死んでいった者も、生き残っている者も、全てに対して償いと言うのであれば、彼らは、彼らの不幸を望まない人々への償いもしなければならない。
買い物かごを持っているルルーシュにスザクが駆け寄ってきた。
そのまま、ルルーシュを抱き締める。
ルルーシュの持っていた買い物かごは力の抜けたルルーシュの手から離れて地面に落ちた。
久しぶりの互いの温もりに暫し酔いしれる。
お互いの存在を確かめるように…
そして、ルルーシュの持っていたかごをスザクが代わりに持った。
「久しぶりだな…。なかなか、全てを話し合いと言うテーブルで解決するのは難しいんだな…。結局…俺は…ナナリーに…」
そう云いながら、下を向いた。
こうした本音をさらけ出せるのも、スザクの前だけだとルルーシュも解っているから、こうして、つい弱音を吐く。
「確かに…ナナリーは…時々、ルルーシュの名前を呼んでいるみたいだ…。『お兄様なら…こんなときどうするのでしょう…』って…。そんなとき、僕は声をかけてあげられないし…。確かに…『生きている』方が、厳しい『罰』だね…」
そう云いながら、スザクも苦笑する。
でも、これは彼らが選んだ道なのだから…お互いに逃げる事は絶対に許さない。
そんな風に二人で歩いていると、前の方にアーニャの姿が見えた。
「アーニャ…久しぶり…。ただいま…」
スザクはアーニャにいつものように帰ってきたと伝える。
「おかえり…。何だか…そうやって、二人で歩いていると…夫婦みたい…」
相変わらずの口調でアーニャが云った。
「「夫婦???」」
「うん…新婚ほやほやの、バカップル夫婦…」
アーニャの言葉に二人が目を丸くする。
そして、ルルーシュがアーニャに尋ねる。
「なんで…俺達が夫婦なんだ???」
「スザクが旦那さん…ルルーシュが奥さん…。長期出張の旦那さんを迎える奥さん…。この間、衛星放送のドラマでやってた…」
アーニャの短く区切られる言葉に…少々困惑して、理解に苦しんでいる。
そんな二人を見て、アーニャはたたみかける様に更に続ける。
「今日…『いい夫婦の日』だって…。ジェレミアが云ってた…」
一体何のことだ???と云う顔をしていたが、スザクが何か思いついたらしい。
「ねぇ…ルルーシュ…今日って何月何日?」
普段、日付の感覚などとは皆無な生活をしているスザク…。
今日の日付をルルーシュに尋ねる。
「11月22日…」
スザクは『それでか…』と云う顔をして、アーニャの云っている事の解説を始める。
「日本での、語呂合わせだね…。11月22日…。11で『いい』22で『夫婦』って事で、日本では、『いい夫婦の日』って言っているんだ…。特に行事とかないんだけど…」
ルルーシュはスザクの解説を理解したようだが、まだ、アーニャの言葉には納得できないらしい…。
「その辺りの解説は解ったが…でも、なんで俺とスザクが夫婦なんだ?俺達は男だぞ?」
「ジェレミアの領地内…同性婚も認められてる…」
アーニャの言葉に何となく愕然とするが…
ただ…『永遠の命』を持っている同士と言う意味では、確かに、その通りなのかもしれない…。
永遠に共にいる、パートナー…。
否、むしろ、『夫婦』と言う絆よりも強くなるのかも知れない。
そんな風に考えた時、ルルーシュとスザクはぷっと噴き出して笑った。
そんな二人を見てアーニャが指摘した。
「久しぶりにルルーシュとスザクの笑ったとこ…見た…」
これまで誰にも感情を見せないようにしてきたのだが…。
「ルルーシュ達が笑うと、私も、ジェレミアも喜ぶ…。だから…もっと笑えばいい…」
そう云って、アーニャは家の中に入って行った。
そんなアーニャの後ろ姿に…二人は何となく複雑な思いを抱いてしまう。
これまで、自分たちは笑う事、泣く事、怒る事は、いけない事だと思っていた。
しかし、自分たちが笑うと、喜ぶ人がいる…アーニャが教えてくれた。
「いい夫婦の日…か…。まぁ、気づかされた事はある…よな…?」
「そうだね…」
短い言葉のやり取りの後、二人もアーニャの後を追って、帰るべき場所へと帰って行った…。
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