おでん屋 ルルやん


 時は平成、ところは東京下町…
現代社会の片隅に、今日も愉快な仲間が集まる小さなお店がありました。
そのお店の名は…

おでん屋 ルルやん

 妹のお店だった筈なのに…皿洗い勝負に負けて、今日も、ここの平の店員である、そして、今ではこの店の看板になってしまったルルーシュ…。
噂が噂を呼び、今日も、女性客ばかりが集まるお店となっておりました。
しかし、これだけ働いていても、名義は妹のナナリーになっており、それまで、この、今は亡きルルーシュの両親の残したお店をほったらかしにしてきたツケとでも云いましょうか…
今日も、このおでん屋さんのカウンターにはルルーシュが立っておりました。
そして、ルルーシュがこのお店に立つようになってから、女性客ば激増し、ナナリーが慎ましく店を切り盛りしていた頃と比べて、売上は10倍…。
その売り上げを見て、ナナリーは…
『じゃあ、もう一軒、お店を出しましょう…。全国チェーンにする足掛かりとして…』
と言って、今は大阪の下町へと出向いてしまっていました。
ガラッ…
「あ、ルルーシュ…今日も頑張ってるね…。ナナリーのお陰で、真人間になれてよかったじゃないか…。僕も嬉しいよ…」
そう云って、店の暖簾をくぐったのは、ルルーシュの幼馴染で、今では自衛官として、日本国を守るために一生懸命頑張っている枢木スザクでした。
「スザクか…いつもの奴でいいのか?」
ルルーシュは顔なじみである客の来店にちょっとばかりほっとしていました。
店の中は、黄色い声が飛び交っている。
元々、客商売に向かないルルーシュの性格でどうして、これだけの人気を誇っているかと云えば、名物のルルーシュがカウンターで憂いのある顔で立っている事と、そこに入って来るルルーシュの幼馴染、スザクが来た時に見せる、ちょっとだけ表情の和らいだルルーシュを見る為に女性客が殺到しているのです。
おかげで、最近では、アルコール類も、日本酒やビールよりも、チューハイやカクテルなど、女性向けのアルコールを仕入れる事が多くなりました。
そして、スザクが入って来ると、いつものカウンター席でルルーシュからいつも飲んでいる日本酒とグラスを受け取ります。
その時のルルーシュの表情、スザクの表情はここの女性客には受けがいいらしく、スザクが来るころになると、カウンター席以外は全て女性客に埋め尽くされています。(ナナリーがいた頃はカウンター席と2つのテーブルしかありませんでしたが、今ではテーブルが8つ並ぶほど、店が広げられていました)

 スザクはいつものようにカウンター席にかけると、ルルーシュにおでんの注文をします。
「大根と卵とこんにゃく…」
ルルーシュは皿に注文されたおでんを乗せて、スザクに渡しています。
その間も、女性客たちはじっと、その二人の様子を窺っているのです。
スザクが来た時には黄色い声がこだましていたのに、今ではすっかり静かになって二人の行動をじっと観察しているのです。
その様子に気がついたルルーシュが女性客の方を見てにっこり笑います。
「何か、ご注文はありませんか?」
本当は虫唾が走る程この瞬間が嫌いなのですが…売り上げがノルマに達しないといくらナナリーが留守しているとはいえ、帰ってきて何を言われるか解りません。
結局、ナナリーに頭の上がらないルルーシュ…。
他の人間との勝負であったなら、そのままとんずらしていたところなのですが…。
あの勝負に負けた後、すっかりルルーシュは『おでん屋ルルやん』としての立場がすっかり板についてしまっていました。
でも、そのおかげで、ルルーシュは気づくのでした…。
スザクと一緒にいる時間の素晴らしさ…じゃなくて、地道に働く事の喜びを…
「そう云えば…今日はカレンと玉城は?」
「カレンは今日は店の友達と飲みに行くって言ってたな…。玉城はツケがたまり過ぎているから、来たけど追い返した…。今度、馬が勝ったら払いに来るって云っていたな…。ナナリーは何であんな奴に甘い顔をしていたんだか…」
やれやれと言った顔でスザクに話します。
その姿を見た、スザクの背後の女性客たちはまたまた黄色い声を上げるのです。
最初の頃は、とにかく鬱陶しくて、嫌だったのですが…。
ナナリーに…
『お兄様、お父様もお母様も、必死に働いて、私たちをここまで育ててくれて、こんな立派なお店まで残してくれたのです!お客様を大切にして下さい!』
と、強く念を押されてしまいました。
ナナリー自身、ルルーシュとスザクがカウンター越しで会話している姿を目当てに来る女性客には気づいていました。
故に、ナナリーにはめっぽう甘く、弱いルルーシュに対して、ちょっとだけ、頑張ってほしいとの思いから、叱責したのです。
そうして、かわいい妹に叱られて、ルルーシュはこうして、いつも来て下さる女性客の皆さんの受けがいいように振舞うようになりました。

 ナナリーに言われてすぐの頃には、営業スマイルをばらまいていたのですが、それはむしろ逆効果でした。
女性客の一人から…
『ルルーシュくんは、ちょっと憂いのある方が素敵なのに…』
と…。
そして、一番楽な無表情でいるようにしたところ、再び売り上げが上昇しました。
そんな状態を暫く続けていたのですが…
2ヶ月ほど、スザクが自衛隊のお仕事で海外へ行って、帰ってきた時の事…
ルルーシュは少々ストレスがたまっており、気心が知れたスザクの顔を見た時にほころんだのです。
その時の女性客の黄色い声は…とにかく、筆舌し難いほどのものであり…
それを見ていたナナリーはルルーシュに向って、更にこう云いました。
『お兄様、スザクさんがいらした時には嬉しそうにして下さいね♪』
まぁ、スザクが来ると、ルルーシュ自身、とても気持ちが楽になるので、表情も柔らかくなり易いのですが…。
ついこの間までは『笑顔は大事です!』とか『お客様を大切にして下さい!』など…ルルーシュの行動にケチばかり付けられていたのですが…。
女性客が増えてから、ルルーシュの自然体…(本当は仏頂面なのですが、女性客の皆さんにとっては憂いのある綺麗なお顔に見えるらしいのです)の方がはるかに客受けがいいと言う事になり、今では、ルルーシュ自身、あまり無理をしない態度でお客様と向かい合っています。
女性客が増えるにつれて…だんだんカレンも玉城も顔を出す事が減ってきて…。
最終的には、スザクが来てくれる事が多くなり…
と云うか、カレンと玉城がいると、ルルーシュとスザクのツーショットのシチュエーションには邪魔だからと、ルルーシュとスザクには内緒で他の店に行って貰っていると言うのは、ナナリーとカレンと玉城だけの秘密でした。
そして、今の『おでん屋ルルやん』の形が出来ているのでした。
そんな事を知ってか知らずか、ルルーシュもスザクも、女性客たちの妄想を掻き立てるような態度で、二人は会話しているのです。
それはそれは…アニメオタクな女性、彼氏と別れてしまって寂しくなってしまった学生やOL、果ては、欲求不満な主婦の皆さんと云った…とにかくバラエティに富んだお客様たちが毎日、『目の保養』と称して、『おでん屋ルルやん』にこのツーショットを愛でに来るのでした。
中には、それこそ『上客』と呼ばれるような熱烈なファンもいらっしゃるようで…。
お客様達の会話をちょっと聞いてみる事にしましょう。

 ある、アニメイベントの帰りの女の子たち…。
「ねぇねぇ…ルルーシュくんとスザクくんって、どっちが受けだと思う?」
一人の学生らしき女の子がテーブルについているグループの女の子たちに一つお題を出します。
すると…一人がこう答えます。
「勿論、ルルーシュくんでしょ?だって…どう見たって、スザクくんが押し倒されるようには見えないじゃない…」
一人の女の子が『これが王道でしょ?』と言わんばかりに答えます。
すると…他の女の子がこう云います。
「あ、でも、いつもいつもルルーシュくんだけじゃないかも知れないわよ?例えば…ルルーシュくんが体力勝負でスザクくんに勝てなくても、ちょっと『ツンデレルルーシュくん』になって、スザクくんがメロメロになっちゃえばさぁ…」
すると、最初にお題を出した女の子がこう切り返します。
「否、『ツンデレルルーシュくん』はむしろ逆効果…。かえって、スザクくんに火が付いちゃうわよ!」
「じゃあ…スザクくんが酔い潰れて、介抱している時に襲うとか…」
流石にルルーシュの細腕で、スザクを押し倒すのは無理…との彼女たちの結論です。
しかし、最後の発言のように、一歩間違えれば犯罪の様な事にまで彼女たちは妄想を膨らませます。
そう、アニメオタクの中の腐女子、貴腐人の方々の妄想の中に、その程度では犯罪にはならず、逆に…『そこまでのリスクを冒してでも、その相手を欲しがる』というシチュエーションに『萌え♪』を感じる様です。
そして、最終的にはビジュアル的な問題となり…。
『筋肉質のスザクくんが、細いルルーシュくんを襲ってしまう。最初は嫌がるルルーシュくんだけど、スザクくんには甘いルルーシュくんが、結局スザクくんの全てを受け入れる…』という結論になったらしいのです…。
別に聞く気はなかったのだが…聞こえてきてしまったこの会話でした…。
ルルーシュも、スザクも、『女性の想像力って…凄い…』と思いながら、ルルーシュはおでんの様子を見、スザクはコップの日本酒を口にするのです。
しかし、彼女たちは…彼女たちが想像している事が本当に繰り広げられている事を…知りません…。
ルルーシュとスザクは最初にこの会話を聞いた時には、一瞬ドキッとしたのです。
『一体いつ、どこで、そんな事がばれた???』
と…。
実際には女性たちの勝手な妄想に過ぎなかったのですが…

 閉店時間が過ぎて、暖簾を中しまって、お店の中にはルルーシュとスザクしかいなくなっています。
「ね、ルルーシュ…女性の想像力って凄いね…」
「俺が、お前の上に乗る時は犯罪者かよ…」
「ま、君には無理でしょ…」
さっきまで女性客で賑わっていた店の中でルルーシュとスザクがこんな会話をしています。
ルルーシュがこのおでん屋に戻った頃…実は、一番喜んでいたのはスザクでした。
いつも、どこかへ行ってしまっていたルルーシュを見ながら、切ない思いをしていました。
だから、スザクはナナリーに感謝していました。
あの勝負は…流石に『これはちょっと…』と言う部分が否めなかったのですが…。
そして、ナナリーはスザクを呼び出してこう云ったのでした。
『スザクさん…どうか、お兄様の事、お願いしますね…。このお店に縛りつけておけば、お兄様はここにいてくれます。スザクさんの傍にいてくれます…』
そう云って、ナナリーはスザクに笑いかけたのでした。
スザクは驚いてナナリーの顔を見つめて、こう言葉を切り返しました。
『べ…別に僕は…』
スザクがドキドキしながらナナリーに云いますが、ナナリーはそんなスザクの本心を見抜くかのようにもう一度言いました。
『スザクさん…私にまで隠さないでください…。私はスザクさんの味方です。それに、お兄様もきっと…。でも、お兄様は筋金入りの鈍感さんですから…』
ナナリーはスザクにもう一度、そう云いました。
ナナリーは『全部お見通しですよ…』と云う表情で、スザクを見ていました。
スザクもドンピシャリと本心をつかれてしまい、黙り込むしかなくなってしまいました。
しかし、ナナリーのそんな優しさに打たれたのか…
『ありがとう…ナナリー…』
素直にお礼を言いました。
『だって…スザクさんってば…作り話を作ってまでお兄様を引き止めようとしたんですよ?きっと、カレンさんや玉城さんは気づいていないと思いますけれど…』
そう云って、ナナリーはスザクの方を向きました。
『スザクさん、私がこれから、チェーンを作りたいという夢があるのは本当です。お兄様のお力もお借りする事になると思います。その時に、すぐにお力を借りられるように、スザクさんはお兄様をここに引き止めておいて下さいね…。これから、私が留守にしてしまう事も多いでしょうから…』
そう云って、ナナリーはスザクに頭を下げました。
スザクはナナリーにルルーシュを託されたのです。
そんなやり取りを知らないルルーシュですが、それでも、今は、結構幸せに生活しているようです。

 時は平成、ところは東京下町…
現代社会の片隅に、今日も愉快な仲間が集まる小さなお店がありました。
これは…そんな小さなお店の…ちょっとだけ心温まるお話…

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