優しい時間


 ナイトオブゼロとなった、スザクは、とある人物を探していた。
この広いブリタニア宮殿内…一人で探すのは確かに骨の折れる作業だが…
何せ、その人物…かなり多忙を極めている人物で、恐らくは…一人で探していてもなかなか見つからない…。
スザクの探している人物とは…ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア…。
スザクにとって、初めての友達であり、最強最悪の敵であった過去を持ち、スザクの主を殺し、誰よりも忌むべき相手であると同時に、スザクが心許せる唯一も存在…。
今は…神聖ブリタニア帝国第99代皇帝に即位した。
ブリタニア国内を二分するどころか、今では世界がルルーシュの敵となっている。
そんな不器用な現在のスザクの主であり、昔からの親友で、ある時から誰よりも憎むべき相手…。
しかし、今はそんな事を云っている場合ではなく、ルルーシュに至急、目を通して貰わねばならない書類をスザクが預かっていたのだ。
だから…ここ2時間ほど…宮殿内を駆け回って探しているのだが…。
なかなか見つからない。
キャメロットの研究室に行ってみると…
「あら…スザク…。どうかしたの?」
そこにいたのは、ニーナだった。
フレイヤ対策の為の研究をしている。
シュナイゼルの所有するダモクレスには、数多くのフレイヤが搭載されていると言う。
ニーナは、トウキョウ租界での惨劇を見て、ルルーシュが『ゼロ』である事を知る事になったが、自分のした事に対する答えを探す為に、敢えて、ルルーシュの下へ来た。
そして、すべてのデータを持って、ここで、研究を続けている。
時間が限られている中、ニーナ自身、我が身を削っての作業となっているだろう。
それでも、何か迷いが吹っ切れたかのように、一心不乱に研究を続けている。
「ルルーシュを探しているんだ…。どうしても至急、目を通して貰わなくちゃいけない書類があって…」
ニーナにルルーシュを探している事を告げる。
『ゼロレクイエム』の話を聞いた後、ニーナの考えている事は解らないが、ニーナはルルーシュに対しても、スザクに対しても、アッシュフォード学園の生徒会にいた時のように振舞っている。
否、スザクに対しては、『イレヴン』と云う括りから外れた存在になったのだろうか…。
アッシュフォード学園の生徒会にいた時のようなおどおどしたような話し方はしてこない。
「さぁ…私、朝からここにいたから…。それに、ルルーシュは、ここにはあんまり来ないわよ?」
確かに、今のルルーシュにこの研究室に来られるほどの時間的余裕はなくなっているが…。
「そう…ありがとう…。邪魔してごめん…」
そう云って、スザクは研究室を後にした。

 続いて、ジェレミアの執務室の前に来た。
―――コンコン
『どうぞ…』
中からジェレミアの声が聞こえてきた。
「失礼します…」
スザクは礼を払って中に入っていく。
ジェレミアとスザク…因縁のある仲ではあるが、今はルルーシュの思いを知る数少ない同士となった。
「貴殿か…どうした…」
やや、沈み気味の表情でスザクを見ている。
「ジェレミア卿こそ…どうかされたのですか?」
スザクのその問いに、ジェレミアが一気に機嫌の悪い顔を見せた。
「貴殿がそれを言うか…。我が君は…何故にそこまでやらねばならぬのだ…。やっと…やっと、我が君に忠義を果たせると言うのに…我が君は…」
そう云って、涙ぐんでいる。
しかし、ジェレミアの場合、スザク、C.C.同様、ルルーシュが『コード』を継承している事を知っている筈だ。
それなのに…
スザクは不思議そうな顔をしていると…
「貴殿は…『ギアス』を持つ事もなかったし、『コード』に触れる事もなかったから解るまい…。我が君は…生きながらにして、『自分の犯した罪』を償う為に、『永遠の罰』をその身に受けねばならぬ…。あの、細い身体で一身に…。我が君が犯した罪…確かに多いのだろうが…それでも…それ以上の罪を犯している者は多くいる…。それなのに…」
そう云って、わんわんと泣き出してしまった。
スザクもここはどうしていいのか解らない…。
この先、ルルーシュは…スザクによって、倒されて、正式に『コード』を継承する。
それが…どれほど過酷なものであるか…実体験はないにしても、想像を絶するものだと言う事くらいは解る。
人は…その命に限りがあるから、時間を大切にし、自分の望む事を持ち、そして、それを叶えるべく努力が出来るのだ。
それが、捻じ曲げられたら…それは『生きてはいる』かもしれないが、『命』ではなくなる。
ジェレミアの云う事も解らないではないが、これは…ルルーシュとスザクで決めた事…。
そして、ジェレミアもそれに従うと決めたのだ。
それに、今スザクにジェレミアの泣き言を聞いている暇はない。
「あの…ジェレミア卿…。ルルーシュがどこにいるか知りませんか?」
「ルルーシュ様?先ほど、謁見の間におられて…その後、出て行かれたきりだが…それからは見ていない…」
ジェレミアがスザクの問いに素直に答えてくれて内心ほっとする。
ルルーシュの事となると、ジェレミアは前も後ろも関係なくなるからだ。
スザクは当初の目的を果たしたところで、ジェレミアに簡単に礼を払って、執務室を後にした。

 とすると…次は…とスザクが考える。
もしかしたら、ナイトメアの格納庫にいるかもしれないと、ナイトメアの格納庫に向かった。
これから始まる大きな戦いの為に、キャメロットのメンバーが不眠不休でナイトメアの整備開発を行っている。
「ロイドさん…」
スザクが格納庫で見つけた人物の名前を呼ぶ。
「おや…スザク君…今日は、テストはないよ?」
スザクの姿を見つけて、ロイドはパソコン画面から目を離す。
「あ…否…そうじゃなくて…。実は…ルルーシュを探しているんです…。至急、目を通して頂きたい書類があって…」
そう云って、持っていた紙の束をロイドに見せる。
ロイドは、それを見るか見ないかの刹那だけ、目をやり、すぐにパソコン画面に目を移した。
「今日は、見ていないねぇ…。ずっと忙しそうにしているよねぇ…。先代の皇帝陛下って、何やっているかよく解らないけど…ルルーシュ陛下ほどバタバタ動き回っていなかったよねぇ…。そんなに焦ってやる必要なんて…あるの?『ゼロレクイエム』って…」
パソコンのキーボードを叩きながらロイドがあんまり感心なさそうにスザクに尋ねた。
ロイドの言葉にスザクは言葉が出てこなかった。
でも、ダモクレスにナナリーがいて、数多くのフレイヤが搭載されているともなれば、気持ちは焦る。
そして、シュナイゼルの考える未来…もし、このままルルーシュが黙っていたら…
恐らく、シュナイゼルのやろうとしている事への最後の抵抗がルルーシュなのだ。
「ダモクレスには…フレイヤが搭載されています。しかも…世界を破壊しつくせる程の…。だから…僕たちは急がなくてはいけません…」
スザクがぎゅっと拳を握って、低く口にする。
ロイドはそんなスザクを見て、やれやれと言ったため息をつく。
「君たちさぁ…なんでそんなに死に急ぐ真似をするのさ…。それに、自分たちだけでやろうとし過ぎじゃないのぉ?ルルーシュ陛下もそうだけれどさ…。確かに君もルルーシュ陛下も多くの罪を重ねているかも知れないけれどさ…でも、表面上の罪人が消えただけじゃ、世の中は何も変わりはしないよ?根っこを引っこ抜いて、処分しなければ…結局、何もかわりはしないよぉ?」
ロイドの言葉は…喋り方とは裏腹に…重いものを感じる。
しかし、スザクとルルーシュは、踏み出してしまったのだ…。
後には引けない…。
「どうしてでしょうね…。でも、僕たちは、今やらなければならない…そう思うんです。誰かの所為にして、避けていたら…きっと、もっと何も変わらない…」
そう一言云い残して、格納庫を後にした。
格納庫に残されたロイドは、そんなスザクの出て行った扉を見て呟いた。
「君たちは…そんな風に考えるにはまだ早過ぎる…。もっと時間をかければ…もっと、大きくて、必要な事が出来るって言うのにね…」,/p>

 スザクは足早に中庭を目指した。
ルルーシュはあの池のほとりが気に入っているらしく、時間がある時には昼夜関係なくお気に入りの場所で座り込んで佇んでいる。
もしかしたら、執務に疲れて一休みしているのかも知れない。
すると…そこにいたのはルルーシュではなく、C.C.と…小さな子供がいた。
C.C.はその子供の頭を膝の上に乗せて、その子供は眠っていた。
安心しきったような表情で…。
「C.C.その子…一体どこから…」
そう云いかけた時、スザクははっとした。
「ル…ルルーシュ?」
その子供は…まだ、スザクと出会った時よりも幼いルルーシュの姿に見えた…。
「静かにしろ…スザク…。やっと眠ったところなんだ…」
スザクは驚いて、C.C.の隣に座って、その子供の顔をじっと見つめている。
「ねぇ…これ…本当にルルーシュなの?」
小声でC.C.に聞いている。
「ああ…この薬で…ちょっとな…」
そう云って、C.C.は懐からピルケースを出して、見せた。
「C.C.って…一体どういう人なの?」
スザクは素直に今の率直な疑問をぶつける。
「私はC.C.だ…。『コード』を持ち、ルルーシュに『ギアス』を与えた、契約者で…共犯者で…魔女だ…」
C.C.は静かに笑みを浮かべて答えた。
そして、小さくなったルルーシュの髪を慈しむように撫でている。
ルルーシュに『ギアス』を与え、ルルーシュの運命を変えた…謎の魔女…。
彼女自身、ルルーシュの運命を変えてしまった事に罪悪感があったのかも知れない。
C.C.自身、何となく複雑そうな表情をしている。
「ねぇ…また、なんで、ルルーシュをこんな姿に?」
「これなら…ルルーシュは皇帝として動く事は出来ないだろう?『ルルーシュ』として存在出来る時間はあと僅かだし、これ迄だって、決して幸せだったと云い切れない。『ルルーシュ』でいられる時間に…少しくらい、こうして眠らせてやっても…神は怒らないだろうよ…」
C.C.のその瞳は…魔女と呼ぶには慈愛に満ちた色をしている。
スザクはこれから行う『ゼロレクイエム』を考えると…胸が痛くなる…。
ルルーシュが一度死ぬ事によって…ルルーシュの父、シャルルから継承させられた『コード』が完全に発動される。
これは…シャルルの父としての愛情だったのか、それとも、シャルルを封印したルルーシュへの復讐だったのか…。
今となっては確かめる術もない。

 不意にC.C.がスザクの方を向いた。
「スザク…ここはお前が代われ…。この薬の効果は1日が限度だから…明日の昼前迄ルルーシュはこのままだ。人目につく前に、ルルーシュの部屋へ連れていけ…」
C.C.は小さなルルーシュを抱き上げて、スザクに渡す。
C.C.でも抱き上げられるくらい小さくなったルルーシュ…。
確かに、このくらい小さな頃は、睡眠時間が長い。
夜は早く眠るし、昼間だって昼寝が必要だ。
その上、ルルーシュの身体自体、ここのところの多忙な生活で疲労はピークに達している筈だ。
スザクはそっと、ルルーシュを受け取って、C.C.を見送る。
「C.C.…ありがとう…。ルルーシュを休ませてくれて…」
スザクは心の底からそう思って、歩いていくC.C.に礼を云った。
そして、ルルーシュの寝顔をじっと見つめている。
―――この時間が…ずっと続けばいいのにね…
元々、ルルーシュを憎んで、恨んでいたのはスザクだった。
でも、ルルーシュの今の行動を考えると…ルルーシュの不器用な慈悲に泣きたくなる。
恐らく…ルルーシュは二度と、ナナリーの笑顔を見る事は出来ない。
きっと、世界中の誰にも理解して貰う事も、そのルルーシュの施す世界への優しさも、解っては貰えない。
それでも…『明日』を得る為に…ルルーシュは…。
小さな寝息を立てて、ルルーシュはスザクの腕の中で眠っている。
こんな寝顔を見ていると、決心が鈍りそうになる。
二人で決めた事だと言うのに…。
C.C.もこんな時に嫌な事をしてくれる…そう思ってしまう。
それでも、C.C.自身、この『ゼロレクイエム』を阻止したいと言う思いがあるのだろう。>
これは多分、C.C.のささやかな抗議行動…。
恐らく、ルルーシュには何も知らせずに何かに混ぜて飲ませたのだろう。
たった1日しか効かない…魔法の薬…。
それでも…この1日は…必要なのかもしれない…。
二度と…ルルーシュの様な犠牲を出さない為に…。
二度と…スザクの様な犠牲を出さない為に…。
スザクはルルーシュを抱きかかえたまま、ルルーシュの私室へと向かう。
これから、この二人には…よける事の許されない…強い北風の只中に飛び込んでいくのだから…。
―――だから…せめて今だけは…優しい時間をお許し下さい…
誰に伝えるでもない祈りを胸に、スザクは空を見上げるのだった。

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