ここは…とある異空間…
そこに、二つの人影が存在する。
一人は…『人の記憶を書き換えるギアス』を持つ、シャルル=ジ=ブリタニア(63)。
もう一人は、その、シャルル=ジ=ブリタニアの娘であるナナリー=ヴィ=ブリタニア(15)。
この二人は今、話し合っている様子…。
「ねぇ、お父様…今度は、私の考えた設定でお兄様の記憶を書き換えてはくれませんか?」
「何?ナナリーがそのような事を云うとは…珍しいのう…」
シャルルが普通の人なら解りにくい程度に表情を変えながら、ナナリーを見た。
下手をすると、おじいちゃんと孫…にも見えそうな二人だが、正真正銘の父娘である。
そんな事はともかく…
日頃、滅多に自分の希望など話す事のないナナリーが、珍しく、おじいちゃん…じゃなくて、シャルルにおねだりをしている。
「はい♪これなら、お父様もきっと喜んで下さると思うのですが…」
「ほう?そんなに面白い設定か?」
「そうですねぇ…面白い…と言うよりも『萌え♪』と言うべきですわ…」
「『萌え♪』だと?い…いや…それはまずい!そうでなくとも、ルルーシュは(無自覚で)フェロモンをまき散らしておる!ルルーシュのお陰で、シュナイゼルまでわしをたばかりおって…」
ナナリーの申し出にいきなり表情を変えて、いきり立ってしまっているシャルルであるが、ナナリーはそんな父を見ていても平然とにこにこしている。
「大丈夫です…。ちゃんと私もいますし、一緒にガードしてくださる方も設定しましょう…」
「ガードしてくれる者だと?」
「はい…。『R2』のTURN02で放送されましたよ。さっさと、前作でお兄様を捕らえ、お父様にお兄様を売り払ったスザクさんなら、お兄様に手を出さないでしょうし、ご自身で、『ゼロを殺すのは自分です…』と宣言されていますから…。お兄様を愛する方々を寄せ付けるような真似はしないと思いますわ…」
この、やや無理のあるナナリーの説得に、シャルルはちょっとだけ心を動かされているが…それでも、あの、天然フェロモンマシンのルルーシュの事が心配らしい…。
「い…いや…しかしだな…。わしのルルーシュが野獣連中しかいない世界で…病院で入院患者などと云う設定は…」
「危険だと思われたら、お父様の出番ですわ…。その時でこの世界のお話は打ち切りと言う事でいいではありませんか…」
にこやかに話すナナリーに
―――やはり、この娘…コードギアス最強…
と思いながらも、まだ不安げである。
そう思うといきなりナナリーが表情を変え、目つきが鋭くなる。
「お父様…いつも私、お父様の協力をして差し上げていますよね?一回くらい、私の云う事を聞いても、バチは当たらないと思いましてよ?」
口は笑っているのに、目が笑っていないナナリーを見てシャルルはつい、刻々と頷いてしまう。
「わぁ…ありがとうございます!お父様…大好き!」
さっきまでのおっかない顔はどこへ行ったのやら…と思わせるような花の咲いたような笑顔をナナリーが見せた…
ここは、私立ブリタニア総合病院…。
この病院のとある病棟に一人の美人患者さんが入院していた。
その美人患者さんの名前は…ルルーシュ=ランペルージ…
身体も細く、色も白くて、見た目的にも入院患者さん役のぴったりなこの少年…。
早速、この病棟では注目の的となり、回診の担当でない日にも主治医が毎日、日曜日も返上して足しげく彼の病室に通っている。
そして、看護師たちは、彼の食事を持っていくとか、点滴交換とか、検温とか…とにかくありとあらゆる世話焼きに誰が行くかを決める為に壮絶なバトルを繰り広げている。
しかし、そんな彼にはいつも、金魚のフンみたいに看護師たちの行く手を阻む存在がいた。
枢木スザク…一体何者かは知らないが、やたらとルルーシュの世話を焼いている。
点滴交換などの医療行為以外はすべて彼が仕切っているという有様である。
―――コンコン…
個室の扉がノックされる。
「はい…」
ルルーシュが答えると…そこには、噂の枢木スザクが立っていた。
「スザク…いつも済まないな…」
ルルーシュが本当に済まなそうに…でも、その存在に喜びを隠せずにルルーシュは入ってきたスザクに笑顔を向ける。
「僕は大丈夫だよ…。あ、今日はルルーシュの好きなプリンを買ってきたから…」
そう云いながら、ベッド備え付けの冷蔵庫に買ってきたプリンを入れていく。
ルルーシュの細い左腕に点滴が繋がっている。
利き手ではないとは云え、片手が使えないというのは非常に不便なものだ。
「じゃあ、身体を拭こうか…。とりあえず、点滴を止めて貰わないとね…」
スザクがそう云ってナースコールを押す。
ナースコールの鳴ったナースステーションは大騒ぎである。
まず、誰が出るかだけは、朝一番のアミダで順番が決まっている。
そして、玉城がナースコールを受ける。
「あ…そうですか…。解りました…」
そういって、受話器を下ろすと、玉城ががっかりしたように次の言葉を口にする。
「ちぇっ…今回はあの、枢木だった…」
「で、何だったわけ?」
同期の井上がじれったそうに玉城に尋ねた。
「あ、いや…体拭いて、着替えたいから、点滴止めてくれって…」
玉城のその一言に、ナースステーションのナースたちが輪になって、じゃんけんの準備を始める。
「ランペルージ君の清拭よ!一発で決めるわよ!せぇの!」
「「「「「「じゃんけんポン!」」」」」」
輪の中に入れなかった玉城が、そぉっとナースステーションから出て行こうとすると、じゃんけんをしていたナースの一人、カレンが素早く首からぶら下げているPHSを玉城に向けて投げつけた。
「いってぇなぁ…何すんだよ!」
「玉城!なぁに一人抜け駆けしようとしているのよ!あんたはナースコール取ったんだから、今回は遠慮しなさいよ!」
カレンがそう言い捨てると再びナースステーションではじゃんけん大会が始まる。
で、3分後、やっと決まったのが、セシルだった。
「やったぁ〜〜〜♪じゃあ、行ってきまぁす…」
そう云うと、清拭用の熱々のタオルを持って、ルルーシュの病室へとスキップして走って行った。
―――コンコン…
『どうぞ…』
中からルルーシュの声がしたのを確認し、セシルが病室へと入っていく。
「タオルお持ちしました。ランペルージ君、体拭きますね…って…」
「ああ、すみません…。ルルーシュの身体を拭くのと着替えは僕がやりますから…点滴だけ止めてくれますか?出来るだけ早く終わらせますんで…終わったらすぐにナースコールで呼びますから…」
と、間に割って入ったのがやっぱりスザクである。
頭の中では『このクソガキャ…』と思いながらも、必死でひきつった笑顔を作っている。
「じゃ…じゃあ、点滴、一旦止めますね…。まぁ、10分くらいなら…ヘパロックする必要はないかな…」
そう云いながら、点滴の管の連結部を止めて、本体から放してやる。
「じゃあ、ルルーシュの体拭きますんで…ちょっと、廊下で待っていてくれますか?」
さりげなく、スザクの笑顔に『邪魔なんだよ…このおばさん…早く出て行けよ…!』と訴えているようなオーラを感じているのは、多分、セシルの気の所為ではないだろう。
「終わったら…すぐに呼んで下さいね…」
何とか笑顔を取り繕ってセシルが廊下に出ると、わなわなと拳を握りしめている。
「あんの、クソガキャ…。せっかくのチャンス…じゃなくて、えっと…なんだっけ…。否、何でもいいや…邪魔してくれちゃって…(怒)」
そして中からは…
『さぁ、早くパジャマと下着脱いで…』
『え?背中以外は自分で拭けるって…』
『こういう時くらい、甘えるもんだよ…ルルーシュ…』
『そ…そうなのか…?』
とまぁ…こいつら何をやっているんだ!と思わせる会話が聞こえてくる。
そうして、10分ほど…何だかよく解らない耳障りと言うか、聞いている者に精神的苦痛を与えるようなラブラブトークを繰り広げていた。
そうして、一通り終わったのか、スザクが使用済みタオルを袋に入れて出てきた。
「すみません、お待たせしました…。ちゃんと、ルルーシュの身体を綺麗に拭きましたから…。点滴を繋げて下さい…」
そう云って、悪意に満ちた笑顔をセシルに向けるのであった。
その後、その日の回診の時にはルルーシュの主治医が回ってきた。
スザクはこの回診が嫌いである。
と言うのも、家族であろうがなんであろうが、回診の時の処置の時には、傍にいる人間を締め出すからである。
いつも、助手と二人で、素人では何だかよく解らない事をしているので、スザクとしてはイライラするのである。
でもって…中でのやり取りはと言うと…
「どうだね?ランペルージ君…調子の方は…」
「最近は、結構いいみたいです。今日も、さっき、身体を拭いて貰いましたし…」
そう云いながら、ルルーシュが今の自分の体調を説明している。
その様子を見て、カルテの記録を見て、主治医であるシュナイゼルが肩にかけている聴診器を準備する。
「じゃあ、前、開けてくれるかな?胸の音を聞くから…」
そう云われて、ルルーシュがパジャマの前のボタンを外す。
シュナイゼルの周りにいる研修医たちからも『ゴクッ』というツバを飲み込む音が聞こえてきそうな勢いである。
そこで、シュナイゼルの助手をしているコーネリアが、『コホン』と咳払いをして、そこにいる研修医たちを一喝する。
無理もない…。
男としても、女としても、これほど綺麗な姿をしている少年が自ら、パジャマのボタンを外しているのである。
若い研修医たちがある意味、妙な興奮を覚えても仕方ない。
そして心底思うのである…
『シュナイゼル医師になりたい…』
と…。
確かに野獣どもと言えば野獣どもだが、この程度で済んでいるならまだかわいいものであろう。
それなのに…異世界でこの様子を見ていたある人物がもの凄い剣幕で暴れ始めてしまった…。
ここには、シャルルとナナリーしかいない…。
故に、暴れ出したシャルルを止めるのはナナリーしかいないのだが…どう考えても、全力で暴れているシャルルを止める事など出来る筈もなく…
「ルルーシュ!ルルーシュ…!パパが悪かった!こんな設定にしてしまって…こんな野獣どもの世界から一刻も早く救い出してやるぞ!!!」
「お父様…もうちょっと大人しくしていて下さいな…。いいところなんですから!」
ナナリーの言葉も聞こえていないらしく、シャルルはその異世界から飛び出して行った。
「あ〜あ…もうちょっとお兄様にフェロモンマシンをやっていて欲しかったのに…」
この上ない、腐女子な発言をぽろっと零すのであった。
そして、今シャルルが作り出した世界に降り立ったシャルルは、白衣を着て、ルルーシュの病室に飛び込んだ。
そして、ルルーシュに抱きつき、わんわん泣き始めた。
「ごめん…ごめんよ…ルルーシュ…。お前の可愛らしさで野獣どもが集まって来る事が解っていながら…こんな設定にしてしまった愚かなパパを許しておくれ!」
そんなルルーシュに抱きついているシャルルの姿に怪訝そうな顔で見つめているギャラリーのみなさんたちは…
「あんた…誰ですか…」
「と言うか、診察の邪魔をしないで下さい…」
そんな言葉が浴びせかけられる。
シャルルはしばらくルルーシュに抱きついたままだったのだが…
「ふっ…お前ら…わしは、この私立ブリタニア総合病院第98代院長シャルル=ジ=院長と知っての無礼か!」
「「「「「「え?そうだったの?」」」」」」
全員、ハモりながらの反応である。
「ふっ…お前たちは常にわしに支配されておる!この設定にももう我慢の限界であるぅ!シャルル=ジ=院長が刻む…新たなる偽りの記憶を…」
その場に赤い光が放たれたかと思うと…
その場は暗転した。
そして…次の設定はと言うと…
「失礼します…ナナリーお嬢様…お茶の時間です…」
そう云って、入ってきたのは、この屋敷の執事、ルルーシュ=ランペルージだった。
「ありがとうございます…ルルーシュさん…」
「いえ、これも執事としても勤め…」
そして…話は、シャルル…じゃなくて、ナナリーが飽きるまで続けられていく…
再び、異世界での二人の会話…
「お父様…これなら、お兄様は妙な野獣どもに襲われないでしょう?」
にこにこ笑いながらナナリーがシャルルに向って言う。
「し…しかし…これでは…」
「まぁまぁ…いいじゃありませんか…」
半ば涙目になっているシャルルの頭を優しく撫でているナナリー…
そんな状況でシャルルが一言呟いた…
「この設定で…わしも…お嬢様になりたい…」
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