永遠の罪


 悪逆皇帝ルルーシュが死んでから、百数十年の月日が経った。
この二人の正体を知る者は、この世にはもう…いなくなっている。
ルルーシュはジェレミアから引き継いだオレンジ畑で毎年同じ作業を繰り返している。
時々、『ゼロ』を継承した、スザクの要請がある時以外は…
スザクも、『ゼロ』としての活動がない限り、ルルーシュと一緒にオレンジ畑の世話をしている。
先にコードを継承したのはルルーシュだった。
父である、ブリタニア皇帝がCの世界に飲み込まれる寸前…
その後、スザクがC.C.からコードを継承した。
ルルーシュがコードを継承して、2年後の事だった。
それ故に、スザクはルルーシュよりやや大人の姿をしている。
しかし、二人は同じ年齢である。
あの悪逆皇帝ルルーシュの名も、かなりかすんだ、ある意味、歴史の教科書にちょこっと書かれる程度の存在になりつつある。
ルルーシュの後にブリタニアの皇帝となった第100代ブリタニア皇帝、ナナリー=ヴィ=ブリタニアの名前は、歴史の中でも大きく取り上げられ、時々、見る、ナナリーの話などを読むと、ルルーシュは笑ってしまう。
歴史などと云うものは、本当にいい加減なものであると、苦笑せざるを得ないが、そんな歴史でも、読んでいると、あの頃のナナリーを思い出す。
結局、あの後、一度もナナリーに会う事は叶わなかった。
それが、自分の背負った業であるとは言え、辛くないと言えば嘘になる。
あの頃に知り合った人間、全てが普通に年老いて、そして、自然の摂理のまま死んでいった…。
ルルーシュとスザクにはそれは許されない。
C.C.の最期の言葉を思い出す…
『お前たちなら…多分、大丈夫だ…。お前たちは私と違って…一人じゃないからな…』
そう微笑んで、スザクにコードを渡し、静かに目を閉じて逝った。

「ただいま…ルルーシュ…」
 相変わらず、あの頃の名前で呼び合っている。
スザクが任務を終えて帰ってきた。
「おかえり…思ったより早かったな…」
そう云って、スザクに微笑む。
あの後、結局、ルルーシュとスザクが作ろうとした『優しい世界』は長く続かなかった。
ナナリーが没した後、すぐに権力争いが始まった為だ。
ナナリーは生涯、誰とも結婚しなかった。
故に、血縁による継承が出来なかった。
兄である、ルルーシュへの想いを断ち切れなかったのだろうと、C.C.は言った。
その言葉にルルーシュは俯くしか出来なかった。
幼い頃、二人で生きてきた。
そしてその後、敵となり、最後は…ナナリーを泣かせて、ルルーシュはナナリーの前から消えたのだ。
「まぁ…以前のように、『黒の騎士団』みたいな組織をこちらが構成する必要もないし、相手も、平和な世界に慣れ切っている連中が多いからね…。君が消えたばかりの頃よりは…遥かに楽だよ…」
そう云って、スザクもルルーシュに微笑み返した。
「あ、でも、また君の出番…あるかも知れないよ?とは云っても、君に策略を考えて貰うんだけど…」
「そうか…。結局、ナナリーがいなくなってから、また、纏まらなくなったな…。これも…俺の所為だな…。最後の最後に、ナナリーにとって、俺の存在が大きくなり過ぎた…」
ルルーシュは俯いた。
あの時は、ナナリーと話せる最後のチャンスだからと、スザクにナナリーの元で、ルルーシュとしての最期を…と頼んだ。
ルルーシュはその事を今でも悔やんでいる。
恐らく、あの時の『ゼロ』の出現でナナリーはルルーシュの意図を悟った。
そして、ルルーシュもナナリーと同じ事を考えていた事を知ってしまう。
コードを継承していたルルーシュにナナリーが触れて、ルルーシュの記憶を垣間見てしまったのだ。

 流石にそんな事ばかりも言っていられない。
だから、ルルーシュはそれを含めて自分の罪を背負った。
「ルルーシュ…もうすぐ、ナナリーの命日だ…」
ルルーシュは、ナナリーが亡くなってからの数十年、毎年、命日にはナナリーの眠る場所に花を供えている。
もはや、ルルーシュ皇帝の顔を知る者もいないから、最近では、普通の恰好でナナリーに花を手向けに行く。
相変わらず、ナナリーの人気は衰えていないようで、ナナリーが没したばかりの頃と比べて少なくなったとは云え、今でもナナリーに献花をしに行く者はいる。
「その時には、一緒に行こう…」
「しかし、ナナリーとユフィの命日は…」
そう…二人の命日は、偶然にも一緒だった。
だから、二人はこの日はいつも、別々に墓参りをしていた。
ナナリーはブリタニアで眠っている。
ユーフェミアは日本で眠っている。
「大丈夫…。日本とブリタニアは日付が違うから…。今年は一緒に行こう…。ユフィも待っている…」
そう、ルルーシュはユーフェミアの墓参りに行かなかったのではなく、行けなかった。
自分が、不本意にとは言え、ギアスをかけ、殺す事を余儀なくされた…ナナリーの次に愛した異母妹…。
そして、スザクの守るべき主だった。
「しかし…俺は…」
「ユフィも待っている…。だから…行こう…」
スザクが強引に話を進めた。
―――ルルーシュの意見など聞いていない!
とでも言うかのように…。

 やがて、その日が来て、ルルーシュは初めて、ユーフェミアの墓の前に立った。
ユーフェミアが愛した日本は、ルルーシュが幼い頃に送られた時と、様変わりしている。
枢木神社も建て替えられていて、面影は残っていない。
「ユフィ…久しぶりだな…。ごめん…なかなか来られなくて…」
ルルーシュはユフィの墓にそっと花を手向けた。
ルルーシュが悪逆皇帝を演じたお陰で、ユーフェミアの悪名はかすんだが、それでも、彼女の墓参りをする者は殆どいない。
ある意味、歴史からも名前が消えた事になるのだ。
でも、その方がいいのかも知れないと思う。
ナナリーの墓参りをしていると、その時の騒ぎを見ていると、そんな風に思う。
ナナリーは元々、目立つ事が好きな方ではなく、本当なら、ルルーシュと二人で暮らせればよかったと言っていた。
だから、本当は、静かに眠らせてやりたいと思うのだが…。
ユーフェミアの墓にはルルーシュとスザク以外に誰一人訪れていない。
「だから言っただろう?一緒にって…」
「ああ…。そうだな…」
そう云って、二人は手を合わせた。
沈黙の時間…。
そして…後ろから人の気配がした…。
「あの…」

 声をかけられた方を見ると、一人の少女が立っていた。
姿かたちから行くと、17〜8歳くらいだろうか?
「ユーフェミア様のお墓に毎年、お花を手向けて下さっているのは、あなた方でしたか…」
少女は嬉しそうにルルーシュとスザクに声をかけた。
あまり人に会わない方がいいとは思うのだが、ここはとりあえず、この少女と接してしまったので仕方がない。
「ああ…。君は?」
スザクが少女に尋ねた。
「私、ユフィ=アインシュタインと云います…」
―――アインシュタイン?ニーナの?
ルルーシュとスザクはその名前に驚いた。
「そうか…ニーナは…」
ルルーシュがふと呟いた。
その声がどうやらその少女に届いたらしい。
「ひいおばあ様の事、ご存じなのですか?」
『ひいおばあ様』と言われた時点で時の流れを感じた。
「君は、そのひいおばあさんには会った事は?」
「いえ…ありませんけれど…でも、凄い発明をした人だって聞いています。当時のブリタニアの皇女様の為に戦ったって…。私の名前、その皇女様から頂いているそうです…」
その少女が花を生けながらルルーシュ達に説明した。
そう、もう、それだけの時が経っていたのだ…。

 二人はその少女と別れ、人気のない道を歩いている。
「なぁ、スザク…ニーナは…最後までユフィの事…」
「そうだね…。これも、僕とルルーシュへの罰…なのかな…。僕たちが…守れなかったから…」
スザクが悲しげに呟いた。
自分たちが決めた、償い…。
それがこれほど重いものだったとは…改めて思う。
時間の流れと、改めて感じる、自分たちの犯してきた罪…。
「そうだな…。これは…俺たちの罪だ…。そして、俺たちが殺めてきた全ての命の為にも…あんな戦争を起こさないように、俺たちは…」
ルルーシュはここにスザクがいてくれた事に心から感謝した。
これが、一人であったなら…一緒にいるのがスザクでなければ…あの時の決心が揺らいでいたかもしれない。
「そうだね…僕たちは、もう、あんな事を許してはいけない。その為にこの世界に残って、『ゼロ』を演じているのだから…」
やや若い姿のルルーシュをスザクが抱き締めた。
こうしていないとスザクも押し潰されそうな錯覚に陥る。
ルルーシュはそのスザクの腕の中で、自分の腕もスザクの背中に回す。
「やってきた事への罰だと解っていても…やはり辛いんだな…。今のこの現実は…」
「そうだね…。でも、僕たちが決めたんだ。誰にもコードを継承せず、僕たちがこの世界を見守っていくと…」
「ああ…」

 もう、この世界でこの二人を知る者はいない。
だからこそ、二人で『ゼロ』を演じている。
いつまでも続いている、人と人との争い…。
時間の流れと共に、人が変わり、時代が変わっていく。
永遠に終わらない二人の戦いの中で、おそらく、唯一安らぎを許される場所となった、お互いの存在…。
自分たちの決めた事…
そうは思っても、時には涙が出てくるし、苦しくて息が詰まる事もある。
逃げる事の出来ない状況の中で、二人は時間を旅している。
人の力でできる事の限界と、人の起こせる奇跡に驚きながら、ルルーシュとスザクは時間を見守り続けていく…
そして、時に、必要となると…『ゼロ』として、導いては来ているが…そろそろその役目も終わりに来ている。
そう、時間の流れの中で、『ゼロ』と云う存在そのものが人々の中から薄れているのだ。
その内に、自分たちでは何も出来なくなる日が来る事は解っていた。
でも…それでも、二人は見守り続けていく…。
時間の流れとともに、移ろいゆく、人々と時代を…

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