『ありがとう』と言う言葉…

 ルルーシュが皇帝になり、スザクがルルーシュの騎士になって、1年が過ぎた。
シュナイゼルのダモクレスとの戦闘によって、ブリタニア本土は勿論、戦場となってしまった日本、そして、超合衆国加盟国の代表はその非常事態に自国には不在という状況となり、世界中、戦後間もなくは大混乱となっていた。
あの戦いで、非戦闘員の死亡者もかなりの数が出ていた。
世界の混乱が完全に収まったとは言えないが、それでも、シュナイゼルに従っていた黒の騎士団と超合衆国の代表者とルルーシュとの会談によって、平和条約が結ばれた。
元々は、皇帝となったルルーシュと、それに異論を唱えた第二皇子シュナイゼルとの戦いが、黒の騎士団、超合衆国を巻き込んだ形となっていた訳ではあるが、当時、超合衆国とシュナイゼルの間に密約が交わされていた事は解っている。
だから、シュナイゼルがルルーシュの手に落ちた今、超合衆国の代表とルルーシュとで、平和条約を結ぶしかなかった。
ダモクレスから発射されたフレイヤ弾は多くの犠牲を生んだ。
あれだけの破壊力だ。
当然ながら、ルルーシュの率いていたブリタニアの正規軍の犠牲は膨大な数に上ったし、シュナイゼルのダモクレスの盾の役割をはたしていた黒の騎士団の犠牲者も無視できる数ではなかった。
それに、富士山周辺であまり人の住んでいない地域を選んだとは言え、富士山にはサクラダイトの産出の拠点があり、日本人の非戦闘員の犠牲も出ていた。
ルルーシュもスザクも、それを覚悟の上で臨んだ『ゼロレクイエム』ではあったが、膨大な数の犠牲者を改めて確認すると、胸が痛くなった。
全てを受け入れ、背負う覚悟はあったが…それでも…。
超合衆国代表である、皇神楽耶との会談でも、ダモクレスから放たれたフレイヤによる犠牲者については話題に上がっていたが、確かにブリタニアの第二皇子が開発し、投下しているものではあったが、その協力を率先して行っていたのは超合衆国の軍隊ともいえる黒の騎士団であった。
それに、当時は、日本はルルーシュの手によってブリタニアの占領を受けていた。
つまり、あの時の日本はブリタニアであり、超合衆国は、日本の土地の復興の賠償をブリタニアから要求されている形となった。
そして、その要求が決定された時点で、日本国代表である皇神楽耶にルルーシュは日本国の返還を約束したのだ。

「ルルーシュ陛下…このような日本の都合だけを考えたような賠償請求で…」
 神楽耶がルルーシュの差し出した書類に目を通して目を丸くした。
元々、ルルーシュはそうするつもりだったのだ。
日本は…スザクの祖国である。
スザク自身、名誉ブリタニア人でありながら、日本とブリタニアのはざまで苦しんでいた事は知っていた。
だからこそ、スザクを名誉ブリタニア人から、日本人に戻す事をスザクに提案した。
しかし…
『僕は…ナイトオブゼロだ…。それに、僕が日本に戻ったりしたら、また混乱が起きる…先代ブリタニア皇帝のナイトオブセブンで、現皇帝のナイトオブゼロ…なんて…。日本は神楽耶に任せておけばいい…。否、その方がいい…』
そう言って、ルルーシュの提案を突っぱねた。
だから、ルルーシュにして見れば、ペンドラゴンの復興の為の賠償請求と、死んでいったブリタニア兵の遺族への補償さえあれば他に取る必要もなかった。
「いいんですよ…。調印、頂けますか?皇代表…」
「勿論です…。こちらは敗戦した側…。この程度の賠償請求で済むとは思ってはいませんでしたから…でも…」
神楽耶はルルーシュがゼロであるという事を知っている。
だから、やはり疑念はぬぐいきれないようで、調印を渋っている。
「他意はありませんよ…。それに、私とて…超合衆国を壊滅する事が目的ではありませんから…」
ルルーシュはそう言って、神楽耶に微笑んだ。
神楽耶もその頬笑みを見て、安心したのか、やっと、ペンをとり、サインをした上に捺印した。
「これで、やっと、あなたと握手が出来ますね…」
そう言って、ルルーシュは立ち上がり、神楽耶に右手を差し出した。
「ありがとう…」
神楽耶も、かつて、『自分の夫である』と周囲に言っていたルルーシュに対して右手を差し出した。
思えば、こうして直接触れ合うのは、これが初めてだった。
二人は、微笑みながら固い握手を交わし、平和条約が締結された。

 会談終了後、ルルーシュは神楽耶を誘って、会談に使われたホテルの中庭を歩いていた。
「どうしたのです?まだ、何かあるのですか?」
突然のルルーシュの誘いに神楽耶はやや戸惑ったように尋ねた。
確かに、二人で散歩したいなどとルルーシュに言われれば、警戒されてもおかしくないと、ルルーシュはクスッと笑った。
「そんな風にあからさまな警戒はやめて頂けますか?あなたとは、枢木の家にいた頃に何度かお会いしている…。昔話でも…と思ったのですが…」
ルルーシュが枢木家に預けられていた頃、何度か神楽耶は枢木の家でルルーシュを見ていた。
いつもナナリーを守って、周囲に警戒を怠らない、年に不似合いなほど警戒心…。
神楽耶にはルルーシュがそんな風にしか映らなかった。
ただ…一度だけ…多分、あの時、最後にルルーシュを見た日…一度だけ、ルルーシュの笑顔を見た。
スザクと、一緒に遊んでいたところに神楽耶が入って行った時だった。
あの時、神楽耶の姿を見るなり、ルルーシュはすぐにいつもの警戒態勢に入ってしまったが…。
だから、こんな和やかに、穏やかに笑っているルルーシュを見るのは、神楽耶は初めて…と言っても過言ではなかった。
「あ…あの…」
神楽耶が何やら聞きにくそうに声をかけてきた。
「何でしょう?」
ルルーシュは神楽耶の方を見て返事した。
神楽耶は下を向いて、更に質問を続ける。
「スザク…いえ、枢木卿は…どうなりますか?」
神楽耶も、たった一人残った自分の身内の事が気にかかっていたようである。
敵同士で、これまで、彼を心配する気持ちを外に出す事が出来ずにいたようだが…やっと、なんとか、彼の身の振り方を気にする事が出来る様になった。
「もし…ブリタニアにいられないという事になれば…日本へ…」
いくら、しっかりしているように見えていて、日本の中枢を担う皇家の息女とはいえ、まだ、10代も半ばを過ぎたばかりの少女だ。
一人で心細いのかもしれない…
「スザクは…ブリタニアに残ります。それが、本人の希望でもありますので…」
ルルーシュのその一言に、神楽耶はやや力を落としたように返事を返した。
「そ…そうですか…」
これまでの結果だ…と言われてしまえば、確かにその通りなのだけれど、こんな年若い少女にとっては、頼みの綱だったのかもしれない。
世界が殆ど崩壊してしまったような状態で、この少女の肩には、日本だけでなく、超合衆国の代表という責務も背負っている。

 やはり、不安が大きいのだろう。
かの戦争で、超合衆国も、日本も混乱状態だ。
ゼロがいたならば、日本の事を中心に考え、政を行っていけばいい。
しかし、今は、神楽耶が超合衆国の代表でもあるのだ。
「確かに…これまで、ブリタニアと超合衆国…否、日本は、戦争状態でした。しかし、我々の会談で平和条約が結ばれた…。だから、きちんと会って、話せる日も、近い内に来ますよ…それに…」
そこまで言うと、ルルーシュは、表情を変え、神楽耶の前に跪いた。
まるで、黒の騎士団にいた時のゼロと神楽耶のように…
「必要とあらば、私も及ばずながら、力をお貸し致しましょう…。神楽耶様…」
かつてのゼロの言葉だった。
「ゼロ様…ありがとう…ございます…」
涙ぐんで、神楽耶がそう答えた。
神楽耶が慕っていたのは、ルルーシュではなく、ゼロ…。
今のルルーシュが出来る、精一杯の神楽耶への慰めだった。
そして、これが、神楽耶の前で出来る最後のゼロの顔だ…。
「ありがとう…ございます…」
神楽耶はもう一度だけ、口にした後、言葉が出てこなかった。
ルルーシュも、そんな神楽耶を黙って二人の為に提供されている広い中庭をエスコートした。

 その後、数時間の後、ブリタニアの皇帝専用機がルルーシュを迎えに来た。
「では、私はこれで…。皇代表…お互いに自国の復興…頑張っていきましょう…」
そう言って神楽耶に微笑みかけて、迎えにきた皇帝専用機に乗り込んでいく。
中に入るとスザクが待っていた。
「スザク…お前、来ていたのか?確か、ペンドラゴンの方にいた筈では…」
「あ…ああ…。ちょっと、気になって…来ちゃったんだ…」
少々バツが悪そうにスザクはルルーシュに笑顔を見せた。
神根島で二人が約束を交わしてから、一度も笑わなかったスザクが初めて笑顔を見せた。 そんなスザクを見て、ルルーシュは思うところがあり、皇帝専用のインターフォンを手にとった。
「皇代表を機内に…ああ…10分でいい…」
そんなルルーシュを不思議そうにスザクが見つめている。
インターフォンを切った後、ルルーシュがスザクの手を黙って引っ張って機内の応接室へと連れていく。
「お…おい…ルルーシュ…」
スザクがルルーシュのいきなりの行動に驚きながらも、逆らう事なく、引っ張られていく…。
そして、機内にある応接室に連れて行く。
「ここで座って待っていろ!いいか、この部屋から動くなよ!」
そう言って、ルルーシュはスザクを残して応接室を出て行った。
そして、その5分後…扉が開いた。
「ルルーシュ?」
その音に気づいたスザクが頭を上げると…幼い時に別れ、中華連邦で敵として顔を合わせた、従妹の、皇神楽耶が立っていた。
「か…神楽耶…!?」
「スザク…」

 専用機の出入口でルルーシュがやれやれと言った表情で立っていた。
「ルルーシュ…」
呼ばれた方を目だけを動かして見ると…クーデターの中心人物でもあり、スザクの師匠でもあった藤堂が立っていた。
「……」
ルルーシュはすぐに視線を逸らし、黙って立っている。
あのとき、仕方がなかったとは言え、目の前の男に排斥された側としては、素直に返事もしにくい。
「配慮…感謝する…」
「…あなたに礼など言われると、気味が悪いな…」
ルルーシュが皮肉たっぷりに返事する。
「他意はない…。神楽耶様は、ずっと、一人で超合衆国も日本も支えてこられた。ゼロ亡き後…ずっとな…」
「……」
藤堂の言葉にルルーシュは何も返せなかった。
「あの時、ゼロを排斥した事に関しては、間違っていなかったと思っている。ただ、間違ってはいなくても、神楽耶様には背負うべきものが多くなり過ぎた…。これで、唯一の身内であるスザク君と少しでも話し、和解出来れば…と、思っている…」
「確かに…そうかも知れないな…。スザクにとっても…」
「今後は…もっと、自由に行き来し、会えるようになる事を願っている…。ルルーシュ皇帝…」
これまで、目を合わさずに話していた二人だったが、どちらからともなく、右手を差し出した。
そして、固い握手をした。
「今度こそ、日本を負けない国にしろ…」
「ああ…言われるまでもない…。こんな死に損ないで役に立てることがあれば、尽力しよう…」
その一言にルルーシュはふっと笑って、手を離した。
そして、ちょうどその時にスザクと神楽耶が出てきた。
「藤堂さん…」
何だか、顔を合わせにくそうにスザクが俯いた。
藤堂がそんなスザクを見て、スザクの頭に手を置いて、一言残した。
「スザクくん、君は、君の信じた道をいけ…」
そう云うと、神楽耶に目配せして、神楽耶の護衛としての顔となった。
「では、ルルーシュ陛下、この様なご配慮を感謝致します…。帰路、どうか、お気をつけて…」
神楽耶がそう残すと、藤堂を連れだって、皇帝専用機から降りて行った。
その言葉に柔らかい笑顔で見送る。

 その場に二人が残された。
インターフォンでルルーシュは出立のサインを送る。
そうして、皇帝の居住区に入って行った。
そこにスザクもついていく。
「あ…あの…ルルーシュ…」
スザクがおずおずとルルーシュを呼んだ。
ルルーシュは鬱陶しそうに、上着と帽子を脱ぎ捨てた。
「どうした?」
「あの…ありがとう…」
やはりスザクも自分に残された唯一の身内の事は気になっていたのだろう。
「いや…こちらこそ済まないな…。今はあの程度の事しか出来なくて…」
ルルーシュはソファにかけて下を向いて言った。
「でも、ルルーシュ…君は…ナナリーが…」
「だからだよ…。その痛みを知るから、こういう配慮も出来るんだよ…」
それ以上の言葉が出てこなかった。
先の戦いでナナリーは心を壊してしまい、今では、眠ったままになっている。
「そうか…そうなんだね…。ナナリーが目覚めた時に…ナナリーの望んだ『優しい世界』になっているように…僕も頑張るよ…」
その言葉が終わると同時に、飛行機が上がっていく浮遊感を感じる。
ブリタニアに帰っていく二人に、今の日本人たちは…決して、温かいだけではなかったが、かつて、ルルーシュが日本に来た時の様な、冷たさは…なくなっていた…

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