仮面の重み


 シュナイゼルからの通信に映し出されたナナリーの姿に、ルルーシュもスザクも驚愕するしかなかった。
あの、フレイヤの爆発の中、一体どうやって…
否、ナナリーだけが無事だったという事なのだろうか?
あの中にはナナリーを助けに行った咲世子もいた。
他にも、政庁に詰めていた職員や他の一般人たちもいた筈だ。
シュナイゼルは、初めから、全てを計算して、ナナリーだけを手元に置いたのだろうか?
ルルーシュにとっての一番のウィークポイントだと、シュナイゼルでなくてもよく知っている。
「ルルーシュ…」
皇帝専用機の中でC.C.がルルーシュに声をかける。
ルルーシュは、膝の上で手を組み合わせ、下を向いていた。
これは明らかにシャルルが考えていた事ではない。
シャルルが最後に残した言葉…こんな形でルルーシュに降りかかってくるとは思わなかった。
『C.C.…僕だ…!ルルーシュは?』
ランスロットから専用チャンネルで通信が入った。
「スザクか…そちらの映像にも映っているだろう?とりあえず、お前は戻って来い!」
『解った…僕が行くまで、ルルーシュを頼む…』
そう云って通信が切れた。
やっと、ルルーシュとスザクが手を取り、新しい世界の構築へと歩みを進めたばかりだというのに…。
それに、帝都ペンドラゴンも消滅した…あのフレイヤで…
今のブリタニア本国は大混乱だろう。
すぐに皇帝であるルルーシュが戻らなければならない。
恐らく、ルルーシュがブリタニア本国を離れた隙を見計らっての攻撃だった。
親友と手を取り合う事が出来たかと思えば、今度は、半分だけとはいえ、血の繋がった兄との争い…。
そして、その争いに、ナナリーが巻き込まれている。
C.C.はシャルルとマリアンヌが消えた今も、ルルーシュに残された過酷な運命に深いため息をついた。
唯一の救いはと云えば…

 プシュ…
スザクがパイロットスーツのままルルーシュの元に駆け寄ってきた。
「ルルーシュ!」
「こんな状態が、以前にもあったな…。あれは…ナナリーがエリア11の総督に就任した時だったが…」
C.C.が独り言のように呟いた。
スザクはそんなC.C.をちらっと見るが、すぐに黙ったまま、何も言わないルルーシュへ目を向けた。
あの時は、スザクはルルーシュの敵で、ルルーシュを抑える為にナナリーを利用していた。
その事実がルルーシュにどんなダメージを与えるか、それを承知してやっていた。
記憶が戻っていれば、ゼロに対して致命的なダメージを与える事が出来る方法として…
記憶が戻っていなければそれに越した事はなかった…。
しかし、今の、C.C.の口ぶりだと…あの時には既に、ルルーシュはC.C.によって記憶を取り戻されていた。
スザク自身、その事実を否定するつもりもなかったし、あの時はそれが自分のなすべきことであったと思っている。
「C.C.、ちょっと、二人にしてくれるか?」
「解った…。ルルーシュを…頼む…」
その一言を残し、C.C.はその部屋を後にする。

 スザクは全く動かないルルーシュの身体をぎゅっと抱き締めた。
全ての罪は…二人で分かつ…神根島でシャルルを封印した時に二人は誓った。
二人が流してきた全ての血に対しても、犠牲にならなくてはならなかった人たちに対しても…。
もう、自分たちの信じた道を踏み外したりはしない…その決意のもと、二人は手を取り合った。
こんな事で、ルルーシュを失う訳にはいかない。
「ルルーシュ…僕たちは決めただろう?全ての罪を背負って、世界を創造すると…」
ルルーシュの身体を抱き締めたまま、押し殺すような声でルルーシュに話しかける。
「ス…ザク…」
やっと、ルルーシュから声が発せられた。
「ルルーシュ…僕が解るか?」
半ば焦点の合っていないルルーシュの瞳を見つめてスザクが尋ねた。
「スザク…俺は…」
「神根島で僕らが約束した事を覚えているか?何があっても…僕たちはこの世界を創造していくと…。その為にはどんな罪も背負うと…」
スザクが絞り出すような声で話しかけ続ける。
ルルーシュがどれだけナナリーを愛しているか解っている。
故に、ナナリーの為にどこまでも強くなれるし、ナナリーの為にどこまでも弱くなる…
今、自分がルルーシュに対して残酷な事を言っている事も解っている。
それでも…動き出した二人に立ち止まる猶予などない。
「わ…解っている…。これは…俺と…お前との契約…」
力なくルルーシュが呟く。
その言葉にスザクは横に首を振る。
「違うよ…。契約じゃない…。これは、ルルーシュと僕との…約束だ…」
「やくそく…」
オウム返しにルルーシュが口にする。
そんなルルーシュを見て、微笑みながら、スザクが微笑んだ。
「そう…約束…。僕は…神根島で君と話し合って、君と歩くと決めた。色んな人の下で働いたけれど、一緒に歩こうと決めたのは…君が初めてだ…」
「一緒に…歩く…」
「そう…僕たちはもう一度、一緒に歩くんだ…。あの時、小鳥を山の上の巣に返した時のように…」

 スザクの言葉にやや力が抜けたのか、ルルーシュはスザクの腕の中で身じろいだ。
「昔、言っただろ?二人が力を合わせれば、出来ない事なんてないって…。出来ない事がないとは言え、全て簡単に出来る訳じゃない…。だから、僕たちは二人で力を合わせるんだ…」
ルルーシュの背中を上下に撫でながら、スザクが言い聞かせるように言う。
「でも…ナナリーが…」
それを言われてしまうと、辛い部分があるが、一体どうしたのか…解らない事だらけである事も事実だ。
「ルルーシュ…何かおかしいと思わないかい?あの時、ナナリーは確かに政庁にいた。それは僕が保証する。もしあの爆発の中、生きていたんだとしたら…」
ここまで言うと、スザクが言葉を切る。
今のルルーシュでは無理かもしれないが、あらゆる可能性を考えなくてはならない。 神根島で、思考エレベーターの研究もしていたシュナイゼルだ。
ルルーシュなら、色々な可能性を推測できる筈だ。
「人為らざる力…ギアスのような…」
ルルーシュは一言こぼした。
「まぁ、可能性の問題だけれどね…。ただ、僕がギアスの話をするよりも以前から、ギアスの事はある程度調べてはいたようだった。あのナナリーが何者であれ、シュナイゼル殿下の支配下で、何らかの力が働いている事を考える方が自然だと思う」
「今度は一体何なんだ…!」

 ルルーシュもやっと思考が戻ってきたようだ。
「お前…ダテにラウンズをやっていた訳じゃなかったんだな…」
ふっと笑いながら…でも、その瞳には悲しみをたたえてスザクに呟く。
「君のやっている事を参考にさせて貰っただけだよ…。僕は、元々、頭脳プレイは苦手だから…」
スザクもおどける様に微笑んだ。
しかし、二人の表情もすぐに一転する。
「…シュナイゼルの…目的は…俺の排除…か…」
「ナナリーを使ってきたところを見ると、そう考えるのが自然だろうね…」
まず、事の分析が先である。
「いつの間に、あんな規模の空中要塞を作り上げていたんだか…。しかも、ニーナの作ったフレイヤは全て、シュナイゼルが握っているのだろう?一体いくつ作ったんだ?」
あんな大量破壊兵器…そういくつも落とされてはブリタニア本土だけではない。
地球そのものがおかしくなる。
「僕もその辺はよく知らないんだ。ロイドさんもフレイヤに関してはノータッチだったし…」
「じゃあ、ロイドがニーナを連れてくるのを待つしかないのか…」
ルルーシュは顎に指をあてて、考える。
シュナイゼルのそもそもの目的は一体何なのか…。
帝位が欲しければ、こんなまどろっこしい事をする必要はない。
シュナイゼルなら、そんな事をしなくても、名実ともに皇帝になる事など容易い事だ。
まして、帝都ペンドラゴンを壊滅状態にする必要なんてなかった筈だ。
ギアスの存在を知っていれば、自分がギアスにかからないようにする対策を施す事くらいは彼ならきちんと出来るだろう。
「ただ、俺を排除するなら…シュナイゼルなら、もっと簡単にやってのけると思うんだがな…。こちらの戦力、人材は奴の方がよく知っている訳だし…」

 確かにその通りである。
ブリタニア本国の事は恐らく、シュナイゼルの方が把握出来ている。
「となると…目的が…君自身である…と云う考えもある…」
「俺?」
スザクの言葉に不思議そうに首を傾げる。
「そう…。それが、君の命なのか、君自身なのかは解らないけれど…。ここでナナリーを使ってきている時点で、君の動揺を誘っているのは確実じゃないか…」
「結局は、ナナリーは政治の道具にされるのか…くっそ…」
ルルーシュは歯噛みする。
ルルーシュを抱き締めている腕に力を込める。
「少なくとも、このままじゃ、僕たちのやろうとしている事は成し遂げられない…。ルルーシュ…僕たちはもう、引き返せないんだ…」
「……解っている…」
ナナリーの事を考えると、ルルーシュ自身、どうしていいか解らない。
そんなルルーシュの心情を察してスザクが声をかけ続ける。
「ルルーシュ…覚悟をきめよう…。僕たちは、君の言ったナナリーの望んだ世界を作るんだろう?なら…」
スザクはルルーシュに対して必死に訴える。
昔から変わらない…ナナリーを一番に考えるルルーシュの姿勢…。
スザクはそんなルルーシュを好きではあったが、見ていて切なかった。
こんな状態で、どこにルルーシュの幸せがあるのか…ルルーシュの為に動いているところがあるのか…見えてこないから…。
「解っている…。ナナリーの望んだ、『人に優しくなれる世界』を俺達は目指している。その為に流れた血も、罪も、すべて、俺達が引き受ける…」
「うん…僕はもう…君と歩いていくと決めた。もう…迷わないから…。僕は、君の傍にいるから…」
そう云うと、再びルルーシュの肩を抱き締めた。
ルルーシュはそんなスザクの腕をぎゅっと両腕で抱え込んだ。
「ありがとう…スザク…」

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