雷の日に…

 まだ昼間だと云うのに、生徒会室の窓から見える空は、真っ暗だ。
立ちこめる雨雲に覆われた空が重たそうに見える。
「何か…本格的に降りそうね…」
「あの…会長…私、雨が降らない内に帰らせて貰っても…」
カレンがいつものように猫を被りながらミレイに声をかけた。
「ああ、カレンは、帰って…。私たちも、これで切り上げるわ…」
そう言った後、ミレイはルルーシュを見て、多少申し訳なさそうな顔をする。
「ルルーシュ…後片付け頼んでいい?ちょっと、今日のは大変かもしれないけど…」
周囲を見ると確かに、散乱した書類が目に入る。
しかし、外の様子を見ていると、無碍に断る訳にもいかない。
ルルーシュはこのクラブハウスで暮らしており、恐らく、と言うか、絶対に雨に濡れる確率が一番低い。
「…解りましたよ…。とりあえず、分類分けしておけばいいですね?」
「ええ…頼むわね…」
こんな会話の中で、他のメンバーはさっさと帰り支度済ませている。
「悪いわね…ルル…。お先に…」
「あとよろしくな…」
適当な別れの挨拶をして、メンバーが帰って行った…
と思っていたが…生徒会室にはまだ人の気配がする。
アーサーの気配ではなく、確実に人の気配だ…。
後ろを振り返ると、スザクが書類の整理をしていた。
「お…おい!スザク…お前も早く帰れ…」

 ルルーシュは慌ててスザクに帰る様に言うが、スザクはそんな言葉が聞こえないかのように書類をまとめている。
「スザク!おまえは学園内の寮じゃなくて、学園の外の軍の施設まで帰らなくちゃいけないんだぞ…。本降りになったら、いくらお前でも…」
慌てて、スザクのカバンを準備して、スザクに渡そうとする。
ところが、スザクは手の動きを止める気配を見せない。
「だって、さっき、遠くで空が光ってた…。ルルーシュ…雷、苦手だろ?」
「そんなの昔の話だ!雷が鳴っているなら尚更早く帰れ!」
ルルーシュの声が更に大きくなるが、スザクは平然と作業をしている。
「僕を早く帰したいなら、ルルーシュも早く、書類の片付け、手伝ってよ…」
「あ…ああ…って、そうじゃなくて…」
スザクに流されそうになるが、すぐに我にかえり、スザクを帰そうと画策する。
しかし、スザクは一向に帰ろうとしない。
こうなると、ルルーシュが何を言ってもスザクはてこでも動かないだろう…。
ルルーシュはため息をつきながら、書類に手を伸ばす。
『ゴロゴロ…』
近くで雷が鳴っている。
「!」
ルルーシュの身体が一瞬強張る。
しかし、スザクに気付かれまいと作業を続ける。
『ドーン…』
近くに落ちたらしい…
「!!」

 スザクがルルーシュの様子の変化に気がつく。
「なんだ…やっぱり今でも嫌いなんじゃないか…」
書類整理の手を止めて、ルルーシュの傍に駆け寄ってきた。
「べ…別に俺は…」
『ピカッ…ドーン…』
「っ…」
堅く目を瞑って、その場で硬直する。
そんなルルーシュの肩にスザクはそっと腕を回した。
「大丈夫だよ…ルルーシュ…」
身体に触れていると小刻みに震えているのが解る。
昔、枢木家に預けられていた時もそうだった。
いつもは、怖いものなど何もないと云った感じでいるが、どうやら、雷だけはダメらしい…。
過去に何かあったのか…と思うほど…。
思い出しながら、昔もこんな風に抱き締めて、頭撫でて、
『大丈夫だよ…ルルーシュ…』
そう言っていた気がする。
7年経った今でも、雷嫌いは治っていないらしい。
「べ…別に…俺は…」
何とか強がろうとするが、声に力はないし、何より、身体が小刻みに震えているのだ。
「大丈夫…僕がいるから…」

 そう言った途端に、停電になり、部屋の明かりが消える。
「っ…」
その瞬間にルルーシュはその場にへたり込んでしまった。
「ルルーシュ…ほら…僕がいて良かっただろ?」
そう云いながら、スザクも身を屈めて、さっきよりも更に強くルルーシュを抱き締める。
―――昔と変わらないな…
他の誰の前でも必ず強がっているが、スザクと二人だけの時には、こうして、素直なルルーシュを見せる。
スザクと離れていた7年間、ずっと、気を張っていたのだろう…。
今日は、殆ど強がる余裕すらなかったらしい。
こうしている時、スザクは雷に感謝してしまう。
ルルーシュがこう云う顔を見せるのは、スザクと二人きりで、雷が鳴っている時だけだったから…。
こうした、ルルーシュの誰にも見せない顔を見る時、スザクは優越感に浸っている自分に気付く。
ルルーシュが自分に心を許してくれていると…。
「ルルーシュ…大丈夫だよ…」
スザクの優しい言葉にルルーシュも安堵の色を見せ始める。
7年前にも、よく、こうして抱き締めて貰った…。
あの頃よりも、スザクの身体は大きくなり、筋肉もついて、逞しくなっている。
あの頃のスザクの身体とは違っている。
あの頃よりも、がっちりして、力を抜いて寄り掛かれそうな…そんな気がする。
「お前…やっぱり軍人なんだな…」
ぼそりとルルーシュが口に出す。
「え?」
スザクが驚いて、聞き返す。
「だって…普通の高校生じゃ、こんな風に筋肉は付かないだろ…?あの頃は、もっと頼りない感じだったし…」
ルルーシュのそんな言葉にクスッと笑いながらスザクは聞き返した。
「こんな僕は嫌?」
予想外の切り返しにルルーシュは一瞬驚くが…
「否…力を抜いて、寄り掛かりたい気分だ…」

 外はまだ、雷が鳴り、大雨が降っていた。
雷の嫌いなルルーシュの傍らで、小さな子供をあやすようにルルーシュを抱きしめているスザク…。
―――大丈夫…君は必ず…僕が守るから…
スザクの心のつぶやきはルルーシュには届いていない。
もし、ルルーシュがブリタニアの皇子であったなら、絶対に騎士になったのに…そんな風に思ってしまう。
強がりで、意地っ張りで、プライドが高くて…でも、強くて、優しい…
そんなルルーシュに惹かれた。
守りたいと思った。
―――ルルーシュに言ったら、怒るかな…
本当は、今日だって、雷が鳴る事は解っていた筈だ。
あの雨雲を見て、雷の予想をしない方がおかしい。
それでも、生徒会のメンバーには常に強がって、意地を張っていて…。
ずっと、そんな風にしてきたのだろう…。
スザクがそばにいる事で、つい、ルルーシュのタガも緩んでしまったようだ。
「ス…スザク…」
不意にルルーシュに声をかけられる。
「何?ルルーシュ…」
「……とう…」
ぼそぼそっと言っているようで、外の雨の音もあり、よく聞こえない。
「え?何?」
「ありがとう…」
照れを隠しながら、必死に言葉を口にするルルーシュが愛おしくて堪らない。
「気にしなくていいよ…。僕は…大丈夫だから…」
そう言って、再び小さく丸くなっているルルーシュの身体をそっと抱き締めた。

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