夏バテのお薬


 うだるような暑さ…。
普段から体を動かす事よりも頭を働かせることの多いルルーシュは、すっかりこのところの暑さにやられて、ダウンしてしまっていた。
ベッドに横になって、動けずにいるルルーシュの傍らで色々世話を焼いているスザクはなんだか楽しそうである。
別にルルーシュがダウンしている事が嬉しいのではなく、こうして、ルルーシュの世話を焼けることが嬉しいのだ。
「ルルーシュ…大丈夫?」
「あ…ああ…」
力の入らない返事がスザクの耳に届く。
多分、具合悪いと云う自覚は殆どないのだろう。
ただ、夏バテのおかげで、普段から食の細いルルーシュが、更に食べなくなり…見た目にも痩せた事が解る。
「ルルーシュ…何か、食べられそうなものはある?」
「何も…食べたくない…」
このところずっとこんな感じだ。
学園は夏休みで、生徒は実家に帰っている。
今、学園の敷地内にいるのは警備員を除いて、ルルーシュとナナリー、そして、ルルーシュ達のお世話係である咲世子だけだ。
そして、軍の仕事がない時にスザクがその、数少ない学園敷地内にいる人間の一人となる。
『お兄様?』
扉の外からナナリーの声がした。
「ナナリー…ごめん…今はちょっと…」
ナナリーを溺愛し、常に、しっかりしている兄でいたいと思っているルルーシュを慮って、スザクは申し訳なさそうにナナリーに今は入ってこないで欲しいと伝える。
『そうですか…スザクさん…咲世子さんが、水分だけでもと…言っていたので…これだけ…お渡ししたいのですが…』
どうやら、ナナリーがあまりに心配するので、咲世子が気を利かせてナナリーに頼んだのだろう。
「解った…」
そう答えて、スザクが部屋の外に出る。
「スザクさん、お兄様…そんなにお身体の調子が悪いのですか?」
「う〜ん…このところの暑さと、ルルーシュの不摂生が祟ったんだろうね…。どうも夏バテが胃腸に来たみたいだね…。全然食べられないんだよね…」
「そうですか…。咲世子さんが、お兄様にこれをと…」
そう云って、ナナリーが膝の上に置かれているトレイをスザクに渡す。
「あ、これ、ひやしあめじゃないか…懐かしいな…」
「今のお兄様には、こう云うものがいいのでは…と…」

 スザクはトレイの上のものを懐かしそうに見つめる。
日本がエリア11になってから、目にする事もなくなっていた。
「そうだね…。こういうものだと、喉越しもいいし、胃腸にも負担が少ないね…」
「そうですか…。なら、お兄様に差し上げてください。それと…」
ナナリーが途中で言葉を切る。
「何?」
ナナリーの言葉が切れた事に首を傾げながらスザクが聞く。
「お兄様の事…お願いしますね…。お兄様…スザクさんになら…こう云う時にも甘える事が出来るみたいですから…」
何だか、寂しそうにナナリーがスザクに言った。
どうやら、こうして具合悪い時でさえ、ナナリーに頼って貰えない事が寂しいらしい。
「ナナリー、ルルーシュは、ナナリーの前ではかっこいいお兄さんでいたいんだよ…だから、ルルーシュにはかっこいいお兄さんでいさせてあげて?」
微笑みながら、スザクはナナリーに言葉を紡いだ。
スザクの言っている事は本当だ。
ナナリーの前では、優しく、強く、かっこいい兄でいたいと云うルルーシュの気持ちは一番近くで見ているスザクにはよく解る。
「はい…お兄様に、早く元気になって下さい…と、伝えて下さい」
「ああ、解った…」
そう云うと、スザクはルルーシュの部屋に帰って行った。

「ん…スザク…。今のは…ナナリーか…?」
「うん…咲世子さんが作ってくれたひやしあめを持ってきてくれたんだよ…。多分、これなら今のルルーシュの喉にも通りやすいんじゃないかな…」
 そう云いながら、ベッド近くのテーブルにトレイを置く。
「ルルーシュ…起きられるかい?」
「ん…ああ…少し起きるよ…」
そう云いながら、体を起こそうとするが、どうにも力が入らないらしい。
そんなルルーシュの様子を見て、スザクはルルーシュの背中を支えるように腕を差し出す。
やや貧血気味らしく、起き上がると頭がくらくらする。
「大丈夫?ルルーシュは、ちゃんとご飯食べないから…。ナナリーも心配していたよ…」
ルルーシュの上半身を支えながらスザクがやや説教じみた言葉を発する。
「はい、ひやしあめ…これなら胃にも負担がかからないし、飲みやすいと思うよ…」
そう云いながら、ルルーシュにひやしあめを入れたグラスを手渡す。
両手でグラスを支えながらルルーシュはゆっくりとグラスに口をつける。
一口飲んで、少し、喉の滑りも良くなったようで、ほうっと大きく息を吐いた。
「スザク…済まなかった…いろいろ面倒をかけて…」
「何言っているんだよ…君は、色々無理しすぎ…。普段、君が何をしているか、僕は知らないけれど、ナナリーも心配している。だから、こんな、体を壊すような生活は、少し、慎んだ方がいいよ…」
スザクの言葉にルルーシュは少し、胸が痛んだ。
自分がここまで体調を崩した原因は…
しかし、スザクやナナリーには言えない。
せめて…全てが終わるまでは…
そう思って、ルルーシュは、膝の上に両手で包み込んでいるグラスに目を落とす。
「ごめん…」
何に対しての謝罪なのかはよく解らないが、ルルーシュはふっとそんな言葉が口に出ていた。
「…?まぁ、謝るくらいなら、ここまで体力を消耗するほど、無理はしない事!それに、心配しているのはナナリーだけじゃないんだから…」
下を向いたままのルルーシュの髪の毛を撫でながらスザクは優しく言葉を紡いだ。
ルルーシュが何をしているのかは知らないし、スザクだって、ルルーシュに言えない事を抱えている。
お互いが大切に思うが故に、言えない、自分の真実の姿…。
でも、いつかは…そんなものは消えてなくなる…そんな風に思っていた。

「でも、僕はちょっと嬉しかったけどね…」
「?」
 スザクの突然の予想外の言葉にルルーシュが首を傾げた。
「だって…こんな時でもないと、ルルーシュは僕に甘えてくれないじゃないか…。こうして、ルルーシュが苦しい時に、僕に甘えてくれて、ルルーシュが具合悪いって解っていても、僕は嬉しかったんだよ…」
そう云いながら、ルルーシュに微笑んで見せた。
これはウソではない。
実際に、甘えて貰えていると云う実感があった事は事実だ。
甘えると云う行為は、その相手に対して、自分の全てを曝け出せるから出来ると云う事だ。
ルルーシュは、その相手にスザクを選んだ。
その事実がスザクには、何にも代え難いほどの喜びを感じていた。
「べ…別に…今は…スザクしか…」
「ナナリーもいるし、咲世子さんもいるじゃないか…。それでも、僕を君のお世話係にしてくれたんだろ?それが嬉しいんだよ…」
「……」
ルルーシュの顔を覗き込むとさっきまで、青白い顔をしていたルルーシュの顔が真っ赤になっていた。
「ルルーシュ?」
「お…俺は別に…」
―――意地っ張りでプライドの高いルルーシュをこれ以上いじめてしまってもかわいそうかな…
そう思いながらスザクはそんなルルーシュの顔に満足していた。
誰にも見せない、スザクしか知らない、ルルーシュの顔…。
「ん…ルルーシュ…飲み終わったんなら、もう一度寝る?それとも、シャワー浴びる?」

 スザクは話題を変えながら、ルルーシュの持っていたグラスをトレイに戻して、尋ねた。
「そうだな…少し、シャワーでも浴びてすっきりしたい…」
「解った…じゃあ、咲世子さんを呼んでくるよ。シーツを変えた方がいいだろうしね…。僕はシャワー室の前にいるから…具合悪くなったらすぐに呼んで?」
体調が悪い中とは言え、シャワーの途中で倒れて、女性である咲世子に運び出される事はルルーシュの性格からして、絶対に嫌であろうという配慮…。
「ああ…頼む…」
「はい、これ、君の着替え…」
そう云って、恐らく、ルルーシュのクローゼットから出したであろう、着替えやらタオルやらが重ねられていた。
「……とう…」
下を向いたまま、ルルーシュが小さく言葉を発していたらしいが、本当に小さな声で、スザクの耳にはちゃんと届いていない。
「え?何?」
スザクが聞き返した。
「ありがとう…スザク…」
下を向いたままだが、今度は、先ほどよりも少しはっきりした声でルルーシュが言葉を発した。
そんな、ルルーシュの姿を見ていると、そのまま抱き締めたくなる。
そんな衝動を抑えながら、スザクは、優しい頬笑みを作った。
この状況の中で、自分の好きな相手にこんな顔で、こんなセリフを言われて、理性を保った自分に賞賛の言葉を与えたくなるほど…
「何言ってるんだよ…ルルーシュ…。君が具合悪いときは僕がちゃんと、君の面倒をみる…。この特権だけは、たとえナナリーでも、誰にもあげないから…」
そう云いながら、スザクはルルーシュをシャワー室に促した。
「恥ずかしい奴め…」
力なく発せられるスザクへの言葉…。
そんなルルーシュにスザクは普通に微笑んで見せた。

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