親友と別れた日…


 ブリタニアが日本に宣戦布告して、数週間後…日本は白旗を上げた。
日本軍の中には『まだ戦える!』と云う声がなかった訳ではない。
確かに、生き残っている将校の名前などを見ても、恐らく、それ相応に余裕を残しているように見える。
幼いながら、元ブリタニアの皇子と云う事で、政治や外交についても同年代の子供よりも精通していたルルーシュは新聞を読みながらそんな事を思った。
しかし、それを知ったからとて、今のルルーシュに出来る事など何もない。
ナナリー一人…否、自分の身さえ、自分で守る事が出来ずにいる自分に、そんな事実を知ったところで、悔しさと悲しさに泣く事くらいしか出来ない。
「ナナリー…スザク…」
「……」
「…お兄様…スザクさん…」
お互いに口を開いたところで、それぞれの名を呼ぶ事くらいしか出来ない。
枢木家の屋敷を出て、子供が3人…ルルーシュはナナリーを背負って、スザクはただ、下を向いて、ブリタニア軍にこれまであったものが吹き飛ばされて砂利道と化したその地面を踏みしめて歩いている。
これから、スザクの親戚にあたる桐原と云う人の家に向かうのだ。
スザクの生まれやルルーシュ達の立場を考えた時、こんな風に子供たちだけが歩いて桐原家に向かうなど、本来ならあり得ない話なのではあるが…
しかし、日本がブリタニアに無条件降伏し、日本と云う国がなくなり、スザクは枢木首相の息子と云う立場から、ブリタニアの植民エリア、エリア11の原住民である、イレヴンとなった。
そして、ルルーシュとナナリーは『ヴィ=ブリタニア』の名前を捨て、ただのブリタニア人となった。
桐原家に行き、それぞれの手続きが終われば、ルルーシュ兄妹とスザクは無期限の別れとなる。

「ルルーシュ殿下…」
 桐原家に着くと、日本に来てから、ずっと、蔭からルルーシュとナナリーの護衛につき、裏から手をまわして彼らの命を守り続けてきたアッシュフォード家の者がいた。
「もう…殿下ではないだろう?」
ルルーシュは鋭い瞳でその、声をかけてきた男に返す。
「失礼いたしました。ルルーシュ様…我が主の命です。これから、アッシュフォード家に来て頂きます。」
「ああ…解っている…」
ルルーシュは気を張って、硬い表情を崩そうとしない。
本当は、泣き出したいだろうに…と、アッシュフォード家の使いの者も、こんな、幼い元皇子が必死に何かを守ろうとしている姿が痛々しく思えた。
「アッシュフォード家では、ルルーシュ様、ナナリー様にはご不自由のない生活をお約束いたします。なにとぞ、ご安心ください。」
「ありがとう…。その心遣い、感謝します…」
もう皇子ではないし、母が死んで、アッシュフォード家だって、この二人の捨てられた皇族の子供の後見をしたところで何の意味もないだろうに…。
いつ、ブリタニア本国に売り渡されるか解らない。
庶民出の母の後見をした事から、単に、自分の利になる皇族を望んでいるとは思わないが、それでも、一族の維持、復興を願えば、ルルーシュとナナリーは確実に利用する為のコマにされる。
出来るだけ早く、自分たちの生活を維持出来るだけの力を手に入れなければ…。
ルルーシュとナナリーが生きていけるだけのものがあればそれでいい…。
「一つ聞いてもいいですか?」

 ルルーシュはふと目の前の男に質問を投げかける。
「なんなりと…」
「僕たちは…これで、スザクと会う事は出来なくなるんですか?」
「……」
ルルーシュの目の前の男は答えに困って返事を返してこない。
恐らく、この沈黙が答えだろう…。
「解った…もう…いいです…」
肩の力を落として、ルルーシュは言葉を絞り出した。
初めての友達だったのに…
初めて、心の底から笑い合えたのに…
「ルルーシュ様、お察しください。我々はブリタニア人、彼らはイレヴンなのです。今の時点では…」
項垂れているルルーシュを見て、哀れに思ったのか、目の前の男はそう言葉を濁しながら言った。
「……」
戦争が引き起こした、こんな幼い子供たちの犠牲…。
ルルーシュとナナリーの稀有な運命を加算すると、何とも、悲しい運命を背負っているのだろうかと、酸いも甘いも噛み分ける事の出来る大人の目からも切ない思いがする。
「で、いつ、僕たちは、アッシュフォード家へ?」
「アッシュフォード家の方の準備は全て整っております。ですから…明後日の午前中に、ここを発ちます。」
「明後日…」
「あ…あの…」
ずっと黙って、この二人の話を聞いていたナナリーが不意に口を開いた。
「なんでしょうか?ナナリー様…」
「えっと…明後日までの間に、スザクさんとお会いする事は可能ですか?」
ナナリーも自分の置かれている状況を受け止めているのだろう。
せめて、最後にちゃんと別れを言いたかったのだろう。
「こちらからも取り計らってみましょう…」

 その頃、スザクは一人、畳の部屋で呆然とした表情で、膝を抱えて座っていた。
「スザク…」
ふと入ってきたのは、スザクの従妹の神楽耶だった。
「大丈夫ですか?お父様の事…ご愁傷様です…」
神楽耶がその場に正座して、手をついて頭を下げた。
「……」
ルルーシュにも、もう会えないのかも知れない。
せっかく、あんな風に笑い合えるようになったと云うのに…。
やっと…、ルルーシュもナナリーも笑ってくれたと云うのに…
「神楽耶…僕は…これから…どうなるんだ?」
神楽耶はスザクの様変わりに驚いた表情を見せるが、すぐに気を取り直して、スザクの頭に手をのせて答えた。
「スザクは、これから、私の家にまいります。明後日、ルルーシュ殿下とナナリー殿下を送り出した後、私たちは皇の家に行きます。」
「そう…明後日…」
力なく、スザクは言葉を紡ぎ出す。
ここで別れたら、二度と、ルルーシュに会えなくなるのかも知れない。
戦争をした…。
日本とブリタニアが…。
そして、その戦争をすると決断した政権の中心人物は父、枢木ゲンブだった…。
恐らく、自分たち以外にも、自分とルルーシュたち兄妹と同じ運命を辿っている子供がいるのだろう…。
自分が父を殺す事で、戦争が止められると思った…。
ルルーシュ達と一緒にいられると思った。
でも、運命の歯車は、こんな、残酷な結末を自分たちに用意した。

「ルルーシュと、ナナリーに…会いたいんだけど…」
 眼の光を失ったような状態でスザクが神楽耶に言葉を紡いだ。
「先ほど、アッシュフォードの家の者からも、その要請があったそうですよ。あちら様も、スザクと同じ事を考えていたようですよ…」
神楽耶の言葉にスザクはむっとした。
「そんな事は聞いていない!会えるのか?会えないのか?」
少し声を荒げて神楽耶に質問をぶつける。
そのスザクの様子に神楽耶はにっこり笑う。
「良かった…完全にスザクが変わってしまった訳ではないのですね…」
「?」
「大丈夫です。桐原はアッシュフォードからの要請には縦に首を振ってくれたようです。」
「そうか…もう一度…会えるんだな…もう一度…」
これまでは、そんな事を…こんな風に誰かに頼まなくたって、いつでも好きな時に会えた。
ルルーシュとナナリーが枢木の家に来てから…凄く楽しかった。
本当に短い間で…その短い時間がさらに短く感じるほど、楽しくて、嬉しくて…堪らなく幸せで…
ルルーシュ達が人質として日本に来ていた事を忘れていた。
大人の世界…そう言われてしまえばその通りなのだろう。
政治家の家に生まれているのだ。
こう云う事はあって当たり前なのかも知れない。
ずっと、戦争をしてこなかった日本にいると、この世界では、いくつもの戦争が勃発し、その度に、植民地にされ、国の名前が消えている現実をつい忘れてしまう。
そして、日本は、その、植民地にされ、国の名前を消された国の一つとなった。

 ルルーシュとナナリーがアッシュフォードへ、スザクが皇へ送られる日…
「スザク…今まで…ありがとう…」
ルルーシュが泣きそうな顔で、その言葉を絞り出した。
既に、ルルーシュとナナリーのために用意された車の後部座席の扉は開かれ、ルルーシュが乗り込むのを待っている状態だ。
「ルルーシュ…ごめん…」
「スザク…なんで君が謝る?大丈夫…生きていれば…また、会えるさ…」
慰めにもならない言葉…。
自分たちでも解っている、自分たちの置かれている現実…。
「ルルーシュ…」
「君が、そんな風じゃ…ナナリーが心配する。いつもみたいに…笑ってくれ…」
無理な注文をしているとは解ってはいるが…何を言っても今のこの状況に相応しい言葉にならない気がする。
「スザク…いつか、必ず会おう…必ずだ…」
ルルーシュは顔を引き締めて、スザクに対して右手を差し出す。
「ルルーシュ…」
「僕は…絶対に生き残って見せる…。いつかまた、君と会う為に…だから…君も、生きていてくれ…」
「…うん…うん…。絶対に…約束だ…」
そう言って、涙を流しながら、スザクはルルーシュの右手を握った。
「ルルーシュ様…そろそろ…」
「解った…」
そう言って、ルルーシュはスザクの手を離し、車に乗り込んだ。
そして、車が走り出すと、スザクの姿が見えなくなるまで、後ろを向いたまま、微動だにしなかった。
スザクも、車が見えなくなるまで、その場を動かなかった。

 その7年後…二人は約束通りに再会した。
これが、彼らの望んだ形での再会であったかどうかは…彼らの中でも解らなかったが…。
でも、二人はもう一度、出会った。
この再会の齎した、彼ら二人の運命は…決して優しいものではなかったが…

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