修羅の涙


スザクから差し出された手を取ろうとした時に、その手に向けられ放たれた銃弾…。
ルルーシュは…何の事だか、解らず、頭が真っ白になった。
スザクの性格は…知っていた。
否、今となっては、知っていたつもりだった…と云うべきか…。
やっと、同じものを目指す事が出来ると思ったのに…
結局、自分は、二度、この『親友』にブリタニアに売られたのだ…。
あの時、スザクの驚き、戸惑った表情を見るだけの余裕などなかった。
ただ…あの時の、その場の状況を把握するのが精いっぱいだった。
信じようと…信じられると…今度こそ、彼の手を取る事が出来ると…そう思ったのに…。
中華連邦で一度顔を見た事があった…シュナイゼルの側近が、スザクの後ろに立っていたのだ。
そして、自分に向けて、いくつもの銃口が向けられ、背中から羽交い絞めにされた。
これまで、たくさんの嘘をついて来た。
戦略と云う名の…だまし討ちを幾度もしてきた。
人をだますと云う事に関しては、ルルーシュも、人の事は言えない。
自分のやってきたことを考えれば、計算に入れるべきであった。
恐らく、相手がスザクでなければ、咲世子くらいはどこかに潜ませていただろう…。

そう…相手がスザクだったから…約束どおり、一人で、枢木神社に出向いたのだ。
丸腰で、何の武器ももたずに…。
あの時のイレギュラーと云えば、多分、約束の相手がスザクで、そのスザクはそう言った事で嘘をつかない、だまし討ちなどしないと、信じ切った自分の甘さだけだった。
確かに、今回の相手は、シュナイゼルだ。
何かあると考えるべきだった。
スザクがナイトオブセブンであると云う事にすっかり安心していた自分の甘さに腹が立つ。
ナイトオブラウンズに命令を下せるのは、あの男…ブリタニア皇帝、シャルル=ジ=ブリタニアだけだ。
いくら、ブリタニア帝国の宰相である第二皇子、シュナイゼル=エル=ブリタニアであっても、スザクに命令を下す事は出来ない…その事に安心していた。
それに、スザク自身、あれほどゼロのやり方に反目していたのだ。
スザクが、そんなだまし討ちをするなど、あり得ない…否、『枢木神社に一人で来い』と指定したのはスザクの方だ。
スザクが自分から言い出した約束をあんな形で裏切るなど、ルルーシュには考えられなかった。
あの時に、思い知った。
スザクは…もう、8年前、ルルーシュやナナリーに笑いかけ、真っ直ぐな目をしたスザクとは違うのだと…。
恐らく、シュナイゼルの手の者の手にとらわれた時に流した、一筋の涙…
あれが、ルルーシュにとって、最後の涙となるのだろう…
ルルーシュはそんな風に思った。
護送車と云うには、かなり豪華に作られた、車内でシュナイゼルの姿を見た時…ルルーシュは既に、修羅の顔となっていた。
そう、もう仮面でもなんでもない…ルルーシュ自身が修羅となったのだ。

ギルフォードにかけたギアスがうまく働いてくれた。
ギルフォードが車内のルルーシュの動きに反応し、ヴィンセントでルルーシュを救いだした。
あの時、ギルフォードにギアスをかけた事が、こんな形で役に立つ事になろうとは…。
否、信じている筈のスザクに会いに行くのに、そこまで手を回そうと思ったあの時の自分の判断が間違っていなかった事が、正直、ショックであった。
しかし、そのショックに浸っている余裕はなかった。
あのまま、シュナイゼルの元に連れて行かれていたら、黒の騎士団は壊滅、ルルーシュ自身も、再び皇帝の前に引きずり出され、今度こそ命はなかっただろう。
いくらシュナイゼルでも、ルルーシュの命を救う事は出来なかっただろう。
それより何より、あの、優しげな顔をしながら、誰よりも冷酷な自分の兄に情けをかけられ、一生、彼の前に跪いて生きるなど、ルルーシュの誇りが許さなかった。
きっと、精神的には死ぬよりも辛い…否、嘘だらけだった『ルルーシュ=ランペルージ』としての生活よりなお、屈辱的な生活を強いられる事になる。
シュナイゼルは、皇帝同様、自分の利用できるものにしか興味はない。
ルルーシュを助けようと思ったのも、おそらく、『何かの役に立つ』と踏んだからだろう。
シュナイゼルの犬となって生きるのは絶対にいやだった。
あのようなだまし討ちの後ではなおさらだ。
結局…ブリタニアは、ルルーシュから何もかもう奪い去ったのだ。
最愛の母、妹のナナリー、自分の名前、そして…誰よりも信頼し、信用し、必要とした友達も…

伏せておいた蜃気楼に乗り込んだとき、トウキョウ租界への攻撃に関しては何の迷いもなかった。
否、意味のない、情が働かなかった事に関しては、スザクとシュナイゼルの謀略に感謝したくらいだ。
トウキョウ租界にはアッシュフォード学園がある。
学園で共に過ごした仲間達があの、トウキョウ租界にいるのだ。
もはや、ナナリーとカレン以外に興味はなくなっていた。
「くっくっくっ…余計な情を捨てさせてくださったことに…感謝しますよ…異母兄上…」
口の中で皮肉交じりに呟く。
そう、もう迷いがない。
友情など幻だった。
あのスザクさえ、ルルーシュをあんな形で裏切った。
卑怯な事が大嫌いなスザクが…迷うことなく、ルルーシュをだまし討ちにして、売ろうとしていた…。
この世で信じられるものなど、もはや自分だけなのだ。
これで、黒の騎士団を使い捨ての捨て駒にする事にさえ、迷いがない。
ルルーシュは、本当に修羅となった。
ギルフォードのヴィンセントの手の上で、
「さらばだ…俺の最初で最後の友よ…」
と、スザクに対して言葉を発した時に…。
あの時のスザクのルルーシュの名を呼んだ叫び声も…単に、逃げられてしまった事への悔しさからの叫びにしか聞こえなかった。
トウキョウ租界のゲフィオンディスターバーを作動させる直前、ルルーシュは再び心の中でつぶやいた。
『信じていたよ…スザク…』
と…

『suzaku×lelouch short story』へ戻る
『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008
All rights reserved.和泉綾