始まりの時


スザクがアッシュフォード学園に編入してきてから1ヶ月が経つ。
最初のうちは、色々遠巻きにされたり、子供じみた嫌がらせなどを受けていたが、最近では、ルルーシュのおかげですっかりそんな事もなくなり、クラスメイトとも普通に会話できるようになった。
ルルーシュが猫を追いかけて、屋根の上から落ちそうになったところを、スザクが助けた。
下に降りて行ったとき、ルルーシュは迷う事なく、『俺の友達だ』とみんなの前で宣言した。
名誉ブリタニア人であれば、差別を受けるのは当たり前だし、名誉ブリタニア人の友達がいるなんて事になったら、ルルーシュも学園での立場が悪くなるのではないか…そう心配した。
それに、スザクは日本最後の首相、枢木ゲンブの遺児だ。
何かのきっかけで、ルルーシュがブリタニアの皇子である事が知られてしまうかもしれない。
そんな事になったら、せっかく、名前まで変えて、身を潜めていたのに、その身を潜めていた場所を奪う事になってしまう。
それを心配して、ルルーシュにはこう云った。
『学園では、他人でいよう…』
ルルーシュのあの時の寂しげな瞳は忘れられない。
でも、あの時のスザクは、ルルーシュにとって、それが最善の策だと考えた。
しかし、ルルーシュはスザクの学園の中での立場を慮って、そして、スザクとは友達でいたいと考えて、みんなの前でスザクが友達である事を迷わずみんなの前で公表した。
「俺の友達だ…」

その言葉、スザクにとって、本当は、ルルーシュの危険が増すかも知れないその言葉なのに…でも、嬉しくてたまらなかった。
本当に涙が出そうになった。
アッシュフォード学園に通う事を奨めてくれたのは、エリア11の副総督で、ルルーシュの異母妹のユーフェミアだった。
その時には、心の底から、ユーフェミアに感謝した。
そして、ルルーシュのその言葉に…。
また、ルルーシュと友達として、接する事が出来る…その嬉しさに胸が熱くなった。
と、同時に、不思議な感覚に襲われた。
ルルーシュと友達として接しているのに…友達なのに…他の人間がルルーシュをかまうのが面白くない。
ルルーシュだってスザクと離れていた7年の間に友達くらいは出来るだろうし、17歳ともなれば、彼女の一人や二人いてもおかしくはない。
そう、頭ではわかっているのだが、男であれ、女であれ、ルルーシュが笑顔を見せる相手が疎ましくて仕方ない。
スザクにも友達と云うか、話せる相手は出来た。
ルルーシュの推薦で、生徒会に入ってから、リヴァルなどは良く話しかけてくるようになった。
その時にはスザクだって、普通に笑顔で話すし、普通に楽しく会話もする。
でも、ルルーシュがあの、柔らかい表情で誰かと接するのは、非常に面白くないのだ。
正直、敵意を抱いてしまいそうになる。
こんな子供みたいな独占欲…スザクに嫌がらせをしていた連中と変わらないじゃないか…
そう思うが、どうにも、感情だけが先走っていると云う感じだ。

そんなスザクにルルーシュが気がついたのか…
「どうした?スザク…疲れているのか?」
そう言いながら、スザクの目の前に立っている。
今まで、ルルーシュが他の生徒と楽しそうに話していたのが面白くないとは言えない。
「あ、いや…なんでもないよ…」
と、適当に取り繕って見せるが…。
結構無理があったかと、自分でも自覚出来る。
「スザク、今日は軍の仕事は?」
ルルーシュがスザクに尋ねてくる。
今日は非番なので、ロイドからの急な連絡が来なければ、時間はある筈だ。
「いや、今日は非番だよ…」
「じゃあ、うちで夕食食べていくか?ナナリーも喜ぶし…」
相変わらずナナリーが第一か…と心の中で呟きながらも、上手に笑顔を崩さない。
「いいの?じゃあ、お邪魔させて貰おうかな…」
その会話に、女子生徒の羨望のまなざしがスザクに突き刺さる。
ルルーシュは自覚がないらしいのだが、アッシュフォード学園ではかなりもてているらしい。(リヴァル談)
スザクは名誉ブリタニア人で、生徒たちからの評価と云うのも、半分くらいはルルーシュが押し上げてくれている。
だから、ルルーシュにこうして誘って貰えるのは結構優越感に浸れるし、スザクとしても、ルルーシュからのお誘いなら、喜ばない訳はない。

もしかして…
スザクは思う。
もしかしたら、スザクはルルーシュが好きなのだろうか?
友達としては当たり前だけれど、友達とか、そう云う感じではなく…
ルルーシュは男で、スザクも男…。
でも、そんな事を飛び越えてしまっているように見える。
ルルーシュの強い瞳、いつも、無表情で、何事にも関心を示さなそうな風貌なのに、でも、いざと云う時には凄く優しくて…。
スザクの事も、危険を冒してまで救ってくれた。
これまで、ルルーシュ以外に友達を作った事はなかった。
出来た事がなかったと云うべきか…。
子供の頃は、親の権力を笠に着た事はないが、そのことを含めて、道場に通う子供たちの中でもずば抜けて強かったし、気も強くて、基本的に近寄りがたい存在であった、
でも、ルルーシュは、そんなスザクに対して、ひるむどころか、向かってきた。
確かに、喧嘩は弱いが、心が強い…そう思った。
多分、7年前のあの時から、ルルーシュのその強さに惹かれていたのかも知れない。
自分の考えは絶対に曲げない芯の強さ…自分より強いからと言って怯まない心の強さ…スザクから見ると凄く新鮮な感じがした。
そして、その瞳の輝きに…吸い込まれていった。

しかし、ふと気がついてしまうと、これまた厄介な感情である。
せめて、相手が女の子であれば…とも思うが…。
昔から、スザクは自分の中に抱え込む事が苦手で…でも、今度ばかりは、どうしていいか解らない。
言ってしまおうか…言わずにおこうか…
そんな事をもんもんと考え込んでしまう。
夕方、ルルーシュ達が住んでいるクラブハウスに行くと、ルルーシュが食事の支度をしていて、ナナリーと二人で話す事になった。
ナナリーと話していると気持ちが和む…。
昔からそんな風に思う。
秘密基地で二人で笑い合った時の事を思い出してしまう。
そして、ルルーシュがスザクを見つけた時のあの表情…今でも忘れられない。
ナナリーの事が心配で仕方がなくて…必死で…でも、子供であるルルーシュには何もできなくて…。
そんな表情だった。
その時ナナリーから聞いたルルーシュの話…。
聞いていて、涙が止まらなくなった。
あんな風にかわいげのないやつだけど…いや、ナナリーの言っている話から推測すると、そんな状況に置かれているから、自然体の自分を出せずにいたのかと…心が苦しくなった。
そんな状況の中でも、光を失わないアメジストの輝き…。
その時、スザクのルルーシュに対する見方が変わったのだ。

「ルルーシュ…ホント、君って凄いね…」
「なんだいきなり…」
食事を終えて、ルルーシュの部屋で二人でくつろいでいた。
相変わらず綺麗好きで、塵一つないような部屋だ。
それに、勉強も出来て、ナナリーの事もしっかり守っている。
「僕も…君の力になれたらいいのに…」
「?スザクは、俺の力になっていないとでも云う気か?」
ルルーシュがスザクの言葉にけげんそうな表情を見せる。
「だって…僕は…」
「なぁ、スザク、物理的に何も出来ていないように見えていても、人間には心があるからな…。物理的なものだけで埋め合わせる事が出来ないものってあると…俺は思う。」
ルルーシュがスザクの方に向き直って、真剣に話し始める。
「7年前、お前と出会って、お前の存在が凄く心強かった。俺は、お前がまた、俺の傍にいてくれる事が凄くうれしい。そう云う感情を与える事って、人の役に立ってるって事じゃないのか?それに、俺だって、そう云う意味ではスザクの役には立っていないだろう?」
スザクの意図を読み取ったのか、ルルーシュがそう説明する。
「そんな事ないよ…。僕はルルーシュに助けられた。一人っきりだった僕が、こうして、学園になじめたのは君のおかげだ…」
「俺は、スザクと一緒にいたかったからな…。偶然の産物ではあったが、あの出来事には感謝しているよ」
ルルーシュはやや微笑みながらスザクに言う。

「ねぇ…ルルーシュ…」
「なんだ?」
スザクはうつむいてルルーシュの名を呼んだ。
「僕たち…ずっと一緒にいられるよね…今度こそ…」
「…そうだな…。ずっと、一緒にいられたら…いいな…」
未来の事など解らない…そんな言葉だ…。
それでも、今はそれに縋りたい。
ずっと一緒にいられると…。
この先起こる、二人の悲劇を、想像もできないような空気が二人を包んでいた。

『suzaku×lelouch short story』へ戻る
『Novel』へ戻る トップページへ

copyright:2008
All rights reserved.和泉綾