約束の枢木神社…。
ルルーシュは一人で来た。
スザクとの約束どおりに…。
殺されても…仕方ない…。
そんな表情だ。
ナナリーさえ、ナナリーの身の安全さえ、保障されれば、こんな命は安いものだ…。
それだけの事はしてきた。
スザクに対しても、他の誰に対しても…。
むしろ、スザクの手にかかるなら、それはそれで本望だ。
再び、ゼロが消えれば、超合衆国も、黒の騎士団も…捕虜となっているカレンも、記憶を失ったC.C.も…崩壊し、助からない事になる。
しかし、ルルーシュにとって、ナナリーが一番で、最優先だった。
今もそれは変わらない。
スザクに対しての裏切り…許されない事は解っている。
今になって、こんな形で、スザクの力の大きさを認識する事になるとは…。
晴れた空を仰ぎ見ると、それは…8年前の夏、スザクと一緒に枢木神社で遊んでいた晴れた日の空と同じに見える。
枢木神社も敗戦のあと、特に、手をつけられた形跡もなく、8年前にスザクと別れた時と同じ状態で残っている。
周囲を見回すと…あの頃の自分とスザクの姿がホログラフのように映し出されてくるような感覚に襲われる…。
二人が駆け足で、いろんな場所を走り回って…何をしているのか、よく分からないけれど、凄く楽しそうで…。
ルルーシュがブリタニアの皇子で、人質である事を思わせない程、スザクと楽しそうに遊んでいた。
その先、ブリタニアとの戦争が勃発し、日本が敗戦し、二人が引き裂かれることなど、想像もできないほど…幸せそうに…。
追いかけっこ、虫取り、海釣り、ナナリーを交えてのハイキング…
あんなに幸せだったのは、多分、ここまでの人生を考えても、あの時だけだった。
ブリタニアの王宮にいても、アッシュフォード家に匿われていても、あんな風に、心を開いた相手はいなかった。
今では…顔を合わせる事すら出来なくなってしまった…元親友…。
スザクの性格はよく知っている。
そして、ユーフェミアの騎士で、今でも、彼女の仇を討つために、軍属に身を置いている。
多分、今のスザクはルルーシュを手にかける事に迷いはないだろう。
ただ、一つ、スザクが躊躇する理由があるとすれば、皇帝がルルーシュの記憶が戻っている事を知らないと思っている事…。
ルルーシュの記憶が戻っていると云う事が皇帝に知られたら、ナナリーの身が危ない事はスザクも承知している。
もう二度と、自分の守るべき存在を死なせない為に、スザクは動いている。
ルルーシュへの憎しみは別にして、ナナリーを守ろうと云うスザクの想いは本物である。
ただ…ルルーシュにそれは伝わっていないとは思われるが…。
ルルーシュの脳裏には…今、何が写っているのか…。
昔の温かい思い出、再会して束の間の幸せな時間、ランスロットのパイロットと判明して、ルルーシュがゼロであると知られ、お互いに憎むべき相手となってしまった経緯…。
ルルーシュにとって、スザクは初めての友達で、初めて、心を開いた相手…。
ナナリーを…かたくなに心を閉ざしてしまったナナリーを笑わせてくれた、ルルーシュとナナリーの恩人…。
そして、ナナリー同様、笑う事が出来なくなったルルーシュにもう一度、笑顔を取り戻させてくれた恩人…。
ルルーシュは、そんな恩人を裏切っていた。
ブリタニア憎し、自分の父親憎し、ナナリーの居場所の確保、自分の母の仇を討つ事…そんな事ばかりを考えていた。
本当なら、黒の騎士団などと云う、そんな大きな組織を作る必要はなかったのかも知れない。
ルルーシュが、ただ一人、ナナリーと云う妹を守れるだけの力があったなら…。
最初の望みはそれだけだったはず…。
スザクを敵に回したかった訳じゃない。
スザクを裏切りたかった訳じゃない…。
本当は、スザクと一緒にナナリーを守りたかった。
しかし、別れて、次に会った時には、敵だった…。
ルルーシュにとって、ブリタニアは敵…だから、ブリタニア軍もルルーシュとナナリーの身を脅かす敵…。
黒の騎士団だって、ナナリーの安全の保障された場所を作るためのコマでしかなかった。
そうだったはず…。
でも、8年前に別れて、1年前に再会した時、スザクはルルーシュの敵であるブリタニアの軍人だった。
スザクにもいろいろ事情はあったのだと思う。
父を亡くし、ブリタニアの植民エリアになった日本で、元日本国首相の息子が…一人生き抜くためには、それ相応の苦労と苦渋を重ねている筈…。
解るけど…解るけど…ずっとルルーシュはそんな思いに葛藤していた。
8年前と変わらないこの神社…。
多少、時間の経過で、古びてしまっているところはある。
近所に住む日本人たちが、自分たちの出来る範囲で管理をし続けていたようだ。
確かに、色あせなどは見られるが、完全に放置されていたと云う感じではない。
色々触れてみる…。
あの頃とは目線の高さが違っている。
8年…そんな時間が経っていたのだ。
鳥居の高さも、階段の長さも、あの頃感じた感覚とはすっかり変わっている。
そんな事を想いながら、賽銭箱の前にある階段に腰掛ける。
耳を澄ませていると、あの頃と変わらない鳥や虫たちの声がする。
あんな戦争があっても、変わってしまったのは戦争に巻き込まれた人間だけだったのだろうか?
そんなはずはないと思うが、今のこの神社の雰囲気では、その幻想に縋ってみたくなる。
ここにないのは…ルルーシュと、スザクと、ナナリーの笑い声だけ…。
再び、あの時間が来ることはないと解ってはいても、ここに来ると、つい、思い出してしまうらしい。
大好きだった…あの時間、あの空気…。
楽しかった…楽しかったが故に、毎日があっという間で、終わりと告げたのもあっという間だった。
あの何カ月かは…人生の中でいちばん体感時間が短かったと思う。
多分、ナナリーも…。
ブリタニア王宮での辛い日々…。
あの時は、それを忘れさせてくれていた…。
今のルルーシュは…何かあるごとに、辛い事しか思い出されない。
皇子だった頃のルルーシュ、スザクがランスロットのパイロットだったと知った時のショック、ユーフェミアを殺す事になってしまった経緯、そして、それが原因で、スザクに憎まれる存在になってしまった現実…。
ここまで来ると、涙すら出てこない。
涙を流せる相手もいないと云う事もあるが…。
安心して、涙を流せる相手が…今は…自分の命を狙っている敵になってしまったから…。
ナナリーの安全さえ確保できれば、最低ラインはクリアだ。
超合衆国憲章も一通り形をなしている。
戦争になったとしても、黎 星刻、藤堂 鏡志郎もいる。
この二人がいれば、外交、戦略、おそらく問題はない。
今のルルーシュにとっての一番の気がかりは、妹のナナリーの事…。
スザクが首を縦に振ってくれれば、心配する事はない。
スザクの事はよくわかる。
承諾してくれれば、彼ほど信頼のおける相手はいない。
敵であれ、味方であれ…。
ここでは敵であると云う事に、悲しさを覚えるが…。
それでも、ナナリーの安全が確保できればそれでいいのだ。
せめて、最後に一度…ナナリーに会いたかった…。
今のルルーシュの想いはそんなところだろう。
カサッ…
自分の腰掛けている場所の真正面に人影が…。
スザクだ。
「ルルーシュ…」
「スザク…」
ルルーシュは立ち上がって、スザクの前に進み出る。
お互い、さまざまな思いを抱えながら…二人は対峙する…。
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