「今日から枢木家で預かる事になった、ブリタニアの皇子、ルルーシュ=ヴィ=ブリタニア皇子と皇女、ナナリー=ヴィ=ブリタニア皇女だ。ルルーシュ皇子はスザク、お前と同じ年だ。」
おおよそ、友好的ではない紹介をされた。
枢木ゲンブの息子にルルーシュとナナリーが紹介された。
実際に、ブリタニアから来た兄妹とスザクが直接あいさつを交わす事なく、軽く会釈を交わした程度だった。
と云うのも、ブリタニアの皇族だと云うのに、供の一人も連れず、父ゲンブも厄介者が転がり込んできたと云う表情を隠そうとせず、ルルーシュと呼ばれた少年も警戒心むき出しでこの場に立っている。
妹のナナリーも、知らぬ土地、知らぬ人間、その中で決して歓迎されていない事を感じ取っているのか、びくびくした様子を必死に隠そうとしているが、隠しきれていない様子だ。
そして、数日前、スザクの遊び場だった土蔵を追い出され、彼らの住居となった。
(俺の遊び場だったのに…)
スザク自身、自分の遊び場を奪われ、決して友好的とはいえない態度で接した。
兄妹は多分、この枢木家では、歓迎されてはいない事は十分理解している。
そして、一通りのあいさつを済ませると、枢木家に仕えている家政婦が彼らを連れ立ってその兄妹を連れて、かつては、スザクの遊び場であった土蔵へと連れて行った。
ルルーシュは案内された場所を見て、一瞬、驚きを隠せなかったようだが、皇位継承権を剥奪されており、何の後見ももたない自分たちの境遇など、こんなものだと…すぐに納得した。
ただ、ナナリーが生活する上で、不自由がないようにだけはしたい。
目と足が不自由な、彼が唯一、人として愛情を抱くたった一人の妹をなんとしても守りたい…今、彼の頭にあるのはそれだけだった。
「お兄様…」
「大丈夫だよ…ナナリー…。お前の事は、僕が絶対に守るから…」
不安げな妹に対して、大して慰めにもならない言葉を発する。
知らない国、知らない人々…まだ、10歳にも満たない子供が二人…こんな状況で不安になるなと云う方が無理な注文である。
「大丈夫…ナナリーには…誰であろうと、指一本触れさせたりはしない…」
まるで、自分の決意を自分に言い聞かせるようにもう一度言葉に出した。
翌日からはルルーシュはずいぶん忙しい生活となった。
枢木家から派遣された家政婦は全員追い出し、食事も決して手をつけようとはしなかった。
昨日、自分がつぶやいた一言を実行している生活だ。
誰にも頼らない…すべてを自分でやる…まずはそこからだ。
少しずつでも、経験を重ね、自分の力をつけて、ナナリーを守らなくてはならない。
「ナナリー、ちょっと買い物に行って来るよ。誰か来ても、絶対にこの部屋から出ちゃダメだぞ…」
周りは敵だらけ…と言わんばかりに愛おしい妹に念を押す。
実際に、ルルーシュにとって、ここにいる人間はみんな、敵であると云う認識しかない。
買い物かごを持って、街に降りていく。
昨日、土蔵に案内してくれた家政婦から必要な施設の場所を聞いた。
山道をてくてく歩いて行く。
これまで、見た事ないような風景が広がっている。
林の中の道…この林の中に人が隠れていて、誰か暗殺に来るかも知れない…そんな事を思いながらも、政治的思惑のある、枢木首相がみすみす自分たちを殺すとも考えられない。
逆に言えば、逃げ出す事も、自ら命を断つ事も不可能と云う事である。
それに、自殺をしたところで、父である、ブリタニア皇帝が喜ぶだけだ。
日本への侵攻の口実が出来上がるから…。
日本は、世界最大のサクラダイト産出国で、この利権を欲している事は承知している。
この日本がブリタニアの手に落ちれば、今の世界の軍事力バランスが確実にブリタニアに傾く。
そんな事を考えている時…恐らく、偶然この場に居合わせたのであろう、枢木ゲンブの息子、スザクが立っていた。
日本の武道を習っていると聞いた。
多分、それの帰りなのだろう。
見た事もないような服装で、何か長いもの持っている。
どうやら、こちらに気がついたようで、ルルーシュの姿を確認したと同時に睨みつけてきている。
ルルーシュとしては、自分が邪魔ものである事の自覚があるので、そのたびにいちいち、その相手を睨みつけるのも疲れてきていたので、ため息を吐きながらスザクの目を見つめ返す。
「お前…父さんが連れて来た家政婦さん、みんな断ったんだって?」
その事か…頭の中で、対処方法を考える。
どうやら、直情的な性格らしく、すぐに思っている事が顔に出る性質らしい。
「ああ、君には迷惑はかけていないだろう?枢木首相には、僕が直接謝罪もしている…。せっかく、手配して頂いたのに、申し訳ありません…と…」
まっすぐスザクを見ているその瞳の色…以前、従妹の神楽耶が見せてくれた事があった。
宝石の紫水晶…その色に似ていると思った。
否、あの時に見せて貰ったアメジストよりももっと、透き通っていて、強い光をたたえていて…宝石の話など全く分からないのだが…でも、彼の瞳を見た時、女性が宝石を好むのが…解る気がした。
こんなに綺麗なものであるのなら…ずっと傍に置いておきたいと思うだろう。
「そこ…どいてくれないか?これから、食事の買い物に行かなくてはならないんだ…。それとも、僕に何か用か?」
さらに、強い光をたたえて、その少年はスザクに向かって低い声で話しかけてくる。
「あ…ああ…」
不覚にも、その瞳と一言で、気圧されてしまったらしい。
その道を、彼の為にあけた。
「綺麗だったな…」
自分の部屋に戻った時、昼間の出来事を思い出していた。
彼の瞳は、本当に綺麗だった…。
怒りをたたえており、ある意味、暗い瞳だったにもかかわらず…。
もし、あれが、彼の心からの笑顔で輝いたのなら…どんな宝石もかなわないような綺麗な光を放つに違いない…。
「いつか…見てみたいな…あいつが、心底笑った時の、あいつの瞳…」
あんな風に何かに見とれたのは初めてだった。
父が紹介した時、あんな風にそっぽ向いていないで、もっとしっかり見ておけば良かったと思う。
そのくらいに綺麗な瞳だった。
「よし!いつか…あいつを心の底から笑わせてやる!」
そうしたら、あの瞳が明るく輝くに違いない…。
子供ならではの些細な希望と目的…。
ただ、その時のスザクは知らなかった…。
彼の抱く、大きな影の存在…そして、彼を取り巻いている環境の中で、彼を心の底から笑わせることがどれほど困難な事であるのかを…。
しかし、スザクは時間はかかったが、彼を心の底から笑わせることに成功したのだ。
その笑顔を見る事の出来た時間は…本当に…本当に短い間ではあったけれど…。
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